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主人公が鈍感(←理由あり)過ぎて、全然進展しないじゃないか!  作者: true177
終章 ずっとずっと、これからも……編(Ryohei's,Miho's,and Mio's story)

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164 小競り合い

 燃える威圧感が地面を這い、ゆるやかに立ち上っていく。寝起きをたたき起こされた冬眠ヒグマが咆哮しているのかとさえ、錯覚させられる。勘違い人さらいに抑えられているお方から発せられている青白い閃光が周辺を包み、ピリピリとした痺れを起こしている。澪殿はご立腹のようだ。


 さて、その獰猛な小動物を素手でつかむという大ポカを犯した未帆はどうするのか。恐怖が筋肉にまで植え付けられて力が入らない亮平であるから、余計に集中する。


(テキパキ対処できるなら、株がだいぶん上がるんだろうけどなー……)


 暴れ出しそうな澪は離せない。このまま平行線をたどっていくわけにもいかない。前門の澪、後門からも澪である。逃げ道が無い。


「ちがうよ、ちがう……」


 扱いきれない輩を手に入れてしまったことに、動揺が隠せていない。


 ついに澪が、手足をジタバタさせて暴れ出した。お腹付近のジェットコースターの安全バーが、中々外れない。びくともしていない。


「みーほー、はーなーせー! その後、ケジメつける!」


(それ、言わなかった方が良かったのでは)


 単語を羅列したカタコト日本語で、未帆を攻め立てる。腕の締めつけ具合がずいぶんきつくなったのは、気のせいではないだろう。


 何と殺伐とした、緩い空気なのだろう。西森劇場で、未帆アンド澪のギャグマンガが披露されている。将来の夢は芸人なのではと思われるほど、王道を進んでいる。襲撃せんばかりに前傾姿勢である澪を、ツッコミ役を兼任する未帆が止めているように映る。


 と、文字おこししたのだが、どうも歯車が嚙み合わない。


(……なんか、逆転してないか?)


 澪が潜り込んだのだから、未帆と澪は向き合っていなければならない。しかし、現実は反転している。横から遮った拍子に、図らずも未帆に安全装置を付けられることになったのだろう。


「……これ、最初から亮平くんと未帆がグルで……。いやいや、亮平くんがビックリしてたからそれは無いかな……」


 被害妄想を拡張して、流れ弾が亮平にクリーンヒットするまでがオチのパターン。信じたことも無い天運が作用したのか、今はそれを免れたようである。余りにもワンパターンで、また一方的で、哀れに思ってくれたとかでは決してないだろう。哀れみで加護があるなら、未帆に白旗を上げさせられることは無かったはずなのだから。


 亮平としても、未帆の単独行動には意表を突かれた。感情がやけに昂っていそうなのは確認済みだったが、理性を投げ捨てて来る思い切りの良さは範囲外だった。


(未帆、不安定なんだよな……)


 未帆も不安定なら、亮平も不安定だ。小さな力の変化が、頂上のバランスを容易に崩壊させる。積み木ピラミッドが崩れたとき、それが理性の終わり。衝動的に行動を取るようになる。


 卒業式も間近、過ごす日々も残り少ない。特殊な状況下だからこそ、精神は乱れる。


「……澪ちゃんも、そりゃそうだよね……。亮平……」


 情報摂取過多で、未帆の中はグルグルと星がめぐっている事だろう。やかんから湯気が抜けていくように、赤い未帆はフラフラ後ずさりした。


 縛りがほどけて自由になった澪だが、宣言を履行することなく、未帆の介抱へと走った。


「……どうしたのよ? いつもの未帆じゃないよ?」


 澪は力の抜けた未帆の塊を受け止めたが体重に耐えきれなかったらしく、自身ごと後ろへ倒れこんだ。ちょうど、未帆が腕枕される形となった。


「それは、そうだよね……。澪ちゃんだって、黙っていられるはず、ないよね……。ごめんね……」


「……未帆らしくない。戻ってこーい!」


 性格まで劇的に変化してしまっている未帆を直そうと、樹を揺らすかのような振動を幾度となく継続する澪。


(未帆のこれ、『癒しモード』なのか、名前つけるとすれば)


 『私は、何が出来るのかな』、未帆が葛藤の末に見つけた結論が『癒しモード』であるのだ。亮平に、このスタイルを矯正するよう指導する権限があっていいはずがない。


 しかしながら、不安要素は残ったままだ。未帆がモードチェンジの際にどれほどのエネルギーを消費しているかは知れないが、相当の精神力を削っているはず。長期間保ち続けるのは不可能と言っていい。


(『私を信じて』、か……)


 未帆は、特別どうという人間ではない。悲しければ泣く、楽しければ笑う、腹が立てば怒る。喜怒哀楽がはっきりと出る、一目で機嫌の良し悪しが丸わかりなのだ。


(でも、グニャグニャなようで、割と真芯は鉄だよな)


 真面目に、親身に、お悩み相談に乗ってくれるのは、未帆しかいない。


「……そうだ!」


 澪の手を打つヒラメキの音で、深海から吊り上げられた。いちいち深入りしてしまう、未帆にも指摘された亮平の特徴と言うより短所だ。


 未帆の視点が定まらず、日本語ではない言葉をひたすら呟く。高熱にうなされているようならば救急車を呼ぶべき事案だが、その様相にお構いなく澪が耳打ちをした。いつぞやの未帆の、二メートル離れていても耳に入るヒソヒソ話ではないため、空気に遮られて音波はやって来ない。


(下手したら意識があるかすら曖昧なのに、たった耳打ち一つで未帆が回復するとも思えない)


 澪としても、勝算の無い賭けには出ない。意味のないことは、負けん気が許さない。未帆にとって刺激的な檄を飛ばしたのだろう。内容は、何となくわかる。


(俺をネタにして釣ってそうだな)


「……そんなこと、絶対許さないからね!? 全く、抜け目ないんだから、澪ちゃんは……」


「そんなこと、って?」


「聞いてよ! 私が寝転んでる間に、澪ちゃんが亮平を……。りょうへいを……」


(うん、JIBAKU)


 学校の女友達だと思い込んで気持ちをぶちまけていた相手は、何も隠さなくても亮平だ。だんまりのまま徐々に頭を持ち上げ、同じ赤でも怒りが混じったものから羞恥心マックスに形質転換が起こっていく様は、中々なコメディのテンプレだ。


 自爆で、また未帆が元の木阿弥になってもらっても困りもの。話題の波を極力小さくするためにも、ここで打ち切って高波にしてはいけない。


「まーた、そんなもの真に受けちゃって……。情報社会で迷子になるぞ?」


 このまま社会人に羽ばたいていくと本気で給料全て不透明な投資に費やしそうで、こちらは戦々恐々としている。クリア過ぎるのもものによっては、だ。


「亮平、澪ちゃんと何もしてないよね?」


「……あなた様は、いったい何秒転がっていたと?」


「一分くらい。……うん、考えすぎだったかも」


 単位は問題文に合わせないと、テストでペケを食らうので要注意である。答えが一キロでも、問がミリメートルならミリメートルで統一。先ほどの未帆のケースはと言うと、ぶっちゃけいちゃもんに近い。


 亮平の分かりづらいこじ付けはさておき、賢明な未帆の思考回路は、どうやら澪が短時間で亮平にすり寄るのは非現実的だ、と結論付けたようである。


 たった五分のアリバイがない時間を作っただけでとやかく突いてくる、澪というモンスタークレーマーが前例だったので内心冷や汗が止まらなかったが、杞憂だった。もっとも、澪の数撃ちゃ当たる弾は命中していたわけだが。


「西森さん、お茶汲んでくるんじゃなかった?」


 未帆は正気に戻った。横岳の援護射撃もあり、もう騒動は終焉を迎えそうだ。


「そうだったー。みんな、ちょっとだけ待っててね」


 そう手でシグナルを出すと、生まれたてのひよこ足でキッチンへと向かっていった。小刻み過ぎて危なっかしい足取りに見えるかもしれないが、制約のない駆け足でのみ現れるので問題点は無い。親鳥から巣立つのは、数年後だろう。


 娘の自立を見守る父親の心情と同化しそうになっていた亮平に、横岳からの催促が入った。


「おーい、西森さんが気になるかもしれないけどさ、麻雀牌積むの手伝ってくれよな。自動のやつじゃないんだから」


 西森未帆の乱で気を取られていたが、テーブルの上にでかでかと設置してある麻雀台は、まだ麻雀牌がばらまかれたそのままなのだ。


「……それで、どうやるんだっけな……」


「……ネットだけか?」


(そうだよ!)


 リアル麻雀など、雀荘に行かなければ打つことはできない。親にせがむことが出来るはずもなく、実を言えば本物の牌に触ったのも今日なのだ。経験者である澪が手慣れた様子で並べていくあたり、きっと家にセットが置いてあるのだろう。


 粗方セッティングが終わったくらいのタイミングで、ウエイトレス未帆からなみなみに注がれた麦茶のガラスコップが順々に手渡された。澪たちが到着する前に無造作に置かれていた、飲みかけグラスと同じ種類のものである。


「これって、未帆がさっきまで飲んでたやつと変わらない。……」


「飲み干して洗ったに決まってる! 澪ちゃんこそ、そんな発想出来るってことは、過去にやったことあるんじゃない?」


 渡す順番は未帆が自由自在だったことから、疑いの目を未帆に向けた澪。当たり前のことで論破され、さらに反撃を受けている。細かい事まで首を突っ込むと、痛い目を見る例だ。論争は、二人に任せておくことにする。


 未帆が入れてくれた麦茶を、乾き気味の喉に一気に流し込んだ。未帆への心配で血流が増加していたものが、冷やされて収縮する。


(……未帆……)


 高級茶ではなく、ただのお茶だ。それでも、『未帆』が関わっていると、どうして胸が熱くなるのだろう。


 せり上がってくる熱に、どう対処すればいいか分からなくなった亮平であった。

※毎日連載です。内部進行完結済みです。


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