162 ぶらっくじゃっく
未帆と澪の動乱が一通り落ち着いたところで、もともとの話題へと戻る。
「みんな、何がしたいの?」
一番乗りで挙手をしたのは、この亮平である。
「読書で」
「却下だ」
冷淡な横岳の否定。
「きゃっか!」
あまり見ない真面目な澪の、機械声。
「いかにも亮平が提案しそうなことだね……」
あくまで、真っ向から対立はせずに横に回る未帆。
「一人でもできる事はなし」
正論をぶつけてくる友佳。四人全員にオーバーキルで払い下げられた。自己中心気味で叩かれることの多い亮平なので、そういう方向のメンタルはつよつよなのだが、四方八方から総袋叩きだと滅入ってしまう。九割がた非があるのは亮平ということは補足しておく。
「それじゃあ、亮平以外で何かある?」
まるで亮平の発言がきれいさっぱりなかったかのように、進行していく。こんなシカトが許されていいのか。アンケート調査をしたとして、亮平を擁護する票は入ってこないに違いない。
お泊り会での定番事は、ゲームだろうか。読書のような皆がバラバラな向きになるものは、全く持って全体行事には似合わない。
ゲーム、とひとまとめにしても、アナログとデジタルに枝分かれする。最近の流行りはデジタルだが、『大人数』が『同時に』となると、中々条件に合致するものは限られてくる。だからと言ってアナログが優れているわけでもなく、魅力としては乏しい。一長一短なのだ。
テレビ台の下側の収納部分に、ゲームソフトらしきものは見当たらない。
「未帆、ビデオゲーム系ある?」
「あるけど、五人で出来るのは無いかな……。そもそも、対戦ゲーム自体が……」
申し訳なさそうに、床の一点を見つめる未帆。ボソボソとした口の動きになり、自信の無さを表している。
「気にするなよ、未帆のせいじゃない。話を振った俺が悪かった」
亮平が無理気味にパスしたために、未帆が難しい球の処理を余儀なくされた。これは猛省の対象だ。
(もうちょっと、返答しやすいようなものにすればよかったな)
大切な人をないがしろにしてはいけない。
「特に何もないなら、ブラックジャックでもしないか?」
唐突に、何処から取り出してきたのかトランプを片手に、横岳が小さい円を作った。
「ぶらっくじゃっく……? ギャンブル?」
「そうそう。お金はかけないから、法律にも違反しないし」
「ギャンブルって、地下の隠れたところでコソコソとしてるイメージしかないけどなぁ……」
「何処の情報源から仕入れてきたんだよ。未帆って、ひょっとして裏社会系の漫画好きか?」
「……映画の予告編で流れてたのに、たまたま映ってたから」
未帆の意外な一面を見られたと思ったが、純粋のままだった。つい先日まで羊水に守られていたかのようである。
「ルールは単純で、カードに書いてある数字がそのまま点数。絵札は十点、エースは一点か十一点。合計が二十一点に一番近かった人の勝ち。霧嶋は、いつもせっせといそしんでるから分かるだろ?」
「裏カジノなんか経営してないぞ」
亮平が違法行為を、日常から公然とやっている風に見せかけられるのは困る。経営するなら、もっと摘発されないように細々と続けていかなければやっていけない。
「きっかり二十一点だったら?」
未帆はギャンブル系のゲームについて初心者のようだ。ブラックジャックは比較的メジャーなトランプカジノで、別に闇営業に関わっていない亮平も遊んだことがある。バカラもポーカーなどにも無縁そうだ。
「無敵になる。強いて言うなら、枚数が少ないほどいい」
絵札とエースの組み合わせは、『ブラックジャック』と呼ばれ、最強の手札になる。亮平は完成させたことが無い。リスクを極限まで低くした結果、ジリ貧負けを多発したのだ。
「二十二点以上取ったら……、二十点の人と同じ強さになる?」
「残念ながら、ドボン。負けになるよ」
(これ、人によってタイプが分かれるよな……)
イケイケの澪は、このタイプになりそうだ。手札の合計点数が二十でも、自信満々にカードを引いてバーストする姿が頭に浮かぶ。
さて、戦闘開始……と流れで行きたいところなのだが、提案が秒で却下されたことと理不尽なネタのお返しとして、はっきりさせなければならないことがある。
「……おい、いかにも決まったかのように説明してるけど、誰も承諾してないぞ?」
そう、誰もブラックジャックに賛成の立場を示していない。興味津々な未帆はともかくとして、澪と友佳の内情は謎のままなのだ。
しかし、現実はそう甘くはない。
「霧嶋の言う通りだから、別に異議が無い人は手を挙げて欲しい」
亮平のささやかな抗いをものともせず、落ち着き払っている。結果を見透かされているようだ。
スタスタと、手が挙がった。横岳はもちろん、未帆も、友佳も、自分の世界に入り浸って話を聞いてい無さそうだった澪までもが、横岳側についた。世論VSヒネクレ屁理屈の勝者は、言わずもがなである。
(……そうだろうな)
「よし、決まりだな。霧嶋君よ、ご苦労さん」
労われている気がしない。だいたい予期出来る事柄なので、別段ショックは無いが。
―――――――――――
「本当は親を決めるんだけど……、面倒くさいからいいや」
ディーラーが勝ちやすいシステムになっているのが、ギャンブルの常。胴元がいては、面白みが半減してしまう。金を稼ぐのが目的ではない、あくまでも娯楽としてのトランプである。
「チップみたいなもの、ある?」
横岳としては消しゴムでも鉛筆でも何でも来いだったのだろう。ハナから、チップ本体は当てにしていなさそうであった。
「……チップ? あるよー」
が、そんなことは無かった。
なんてことないように、テレビ下の引き出しから大小様々なチップを取り出してきた。それも、ポーカーの世界大会で目にするような本格的なものだ。所々汚れが付いている。
未帆が場所を覚えていることと、それでいてギャンブルは初心者なところ。未帆の家庭も一般的とはいかなそうである。
「……結構本場のが出てきたなー。一人十枚づつくらいで良さそうだけど」
目をパチクリさせている横岳。亮平もそうリアクションに大差はない。
チップが行きわたったところで、手を挙げたのは澪だった。
「なんか、心理戦は苦手だから、一番最初に行くよ?」
「どうぞー」
反論する因縁も何もなく、スッポリとと一番手に定着した。
澪がトップバッターで山からカードを一枚ドローし、第一回戦目のコングが鳴らされた。レフェリーは特にいない。
山札の上から順番に引いていく形式だと、イカサマによって結果が揺れ動く。よって、不正は防がなければならない。最も、イカサマを出来る技量を持っているのは亮平と横岳くらいなもので、シャッフルしていたのは未帆である。カードが弾け飛んでおじゃんになった回があるのは、御愛嬌と言うことで。
「……もう一枚」
バーストすることはあり得ないので、一枚引くのは必須。ここで心理戦が展開されることは無い。実行者が未帆ならば、揺さぶってスタンド(カードを引くのを止める事)されられたかもしれないが、澪の意志を捻じ曲げることはおよそ不可能だ・
手札に一枚加えた澪は、表情一つ変えずに人差し指だけを突き出す。
「ワン、モア」
このメンバーの中で一番喜怒哀楽の激しい澪がポーカーフェイスを貫いているのを、誰が想像できたであろうか。心理戦に持ち込むよりも先に、カードを引かれてしまう。
「……澪ちゃん、もう一枚いっ……」
「スタンド!」
未帆が仕掛けようとするのを封殺し、澪がストップ。最初から行動パターンを決めているのだろうか、迷いが無い。未帆もこの点は学んでほしいものだ。よく暴走することばかり似るのはどうにかして欲しい。
澪が発声の勢いそのままに、保持していたカード三枚を場にたたきつけた。メンコでないのだからカードが傷つくので説教ものだが、それ以上に禁忌を犯している。
「カードの内容公開してどうするんだよ……。不利になるだけなのに」
自信家が『しまった』と、ビクッと首を震わせてカードを手元に戻そうとした。だが、爪が引っかからずにズルズルとカードが机を滑っていく。8、5、6の三枚が顔を見せていた。
「澪の合計は、19か」
「わーわーわー! 忘れて、忘れて!」
視界が、奪われた。身を乗り出した澪に、目隠しをされたらしい。未帆がザワザワしているのが聴覚から伝わってくる。直接見えなくとも、未帆が澪を小突いているだろうと想像できてしまうのが恐ろしい。未帆的常識テストには余裕で合格できる。
19未満ならば負け。この情報が与える影響は、小さくはない。
「……もう、次いこ!」
自分の失態は棚に上げて、次を急かす。失態とはいえど、本人以外には有益なのでやり直しするまではいかないのだ。
そこからは、流れるようにことが進んでいった。友佳、横岳共に三枚目を引いてバースト。合計12から絵札を引くという狂運で見事失格となった横岳には、流石に同情する。
「よし、よし……」
爆発した二人を順々にたしなめて、不敵な笑いを浮かべている。本音は未帆がどうなるかが気になるのか、目配せで『引け』と信号を送っている。なお、黙殺されている模様。
「……俺、引くぞ」
未帆があまり引きたくなさそうなのと、最後になると悪ノリに巻き込まれるのを嫌って、亮平が歩み出た。効率が悪いので、一気に二枚を持ってきた。
(足して19……。スタンドしたら澪と同点数だから、負けはないか……)
スーパーローリスク、ハイパーローリターン主義は曲げない。
「スタンド。いらない」
「どれどれ、みーせーて?」
役目が全て終わり、フリーの澪からの要請にこたえて、コッソリと中身をのぞかせた。同店であることに気を良くしたのかもしれない、瞳孔が大きく広がる。机の下という無法地帯で、グッジョブを返してきた。
これで残るは、未帆だけである。
「そうだ、最後の人はオープンするっていうのは、どう? どうせバレたって変わらないでしょ?」
「思いっきり未帆が不利になりそうなんですがそれは」
未帆には勝ちたいという意地が、よく伝染してくる。
「どこが不利……? それくらいならやっても良さそうかな……」
「それじゃ、決まりね」
ゲームの根幹を揺るがすようなルールが、二者間だけで締結されてしまった。これは由々しき事態である。何としてでも、手番が最後に周るのを回避しなければならないゲームn変貌した。
手札が公開されるということは、相手からの揺さぶりをモロに受けてしまうという事である。澪が自爆してボーダーが割れている今こそ踏み外すことは無いだろうが、平常だとブラックジャックを狙えだのスタンドしておくべきだの、余計な戯言が四方八方に飛び交うようになる。その中から正答を導き出すのは困難ではなかろうか。
そういうカラクリにはてんで気付かないまま、追加ルールにあっさりと賛成してしまう未帆も、未帆なのだが。
未帆の手札が開かれた。スペードの7とハートの6の二枚で、合計は13だ。スートはカウンティング以外は関係ない。
「澪ちゃんに勝とうと思ったら、19はこえないといけないんだよね……」
未帆は、場に置かれた自らのカードとにらめっこしている。
どうやらこちらも、負けられない戦いのようである。亮平は負けてもべつにかまわない。財産が没収されるわけでも無し、賭けられているものもなしでは、いまいちテンションが盛り上がってくれないのだ。
ギャンブル狂のような思考であるが、あくまでも亮平は一般の男子中学生であることをお忘れなきようにしていただきたい。
ふぅーっ、と浅く息を吐き、軽く目を瞑った。手が一直線に山まで伸びる。スッと面を下にして非公開のまま手元まで移動させ、ひらりと手が舞った。
ポトリと落ちたカードに、皆の注目が集まる。目線をレーザー光線に例えると、おそらくトランプは数字ごと焼き切れて識別不能になる。
人の絵柄の描写は無かった。描いてあったのは、赤色のひし形、ダイヤだ。端の数字を直接見ずとも、イラストの個数を数え上げればいい。
「8だ!」
誰よりも早く、未帆が反応した。一目瞭然の事実なのだが、言葉に出されると改めて真実なのだと実感できる。レートが設定されていないブラックジャックの初戦など、たいそうなことでは無い。そんなことは知っている。未帆の弾み具合が、印象をより強めているのである。
13足す8は21。これよりない最高の結果である。澪がイカサマをしてカードをすり替えていようとも、負けは絶対にあり得ない。ブラックジャックには負けるので厳密な最強デッキではないが、澪の手持ちは三枚である。
通称負けられない理由がある戦い一回戦は、未帆の勝ちである。
「……次、勝つ。次は、絶対に勝つ!」
情熱のオレンジの波動が、同心円状に広がった。ヒーターに直当たりしてはいないが、暖気が強く吹き付けた。悔しさが、澪の炎を一層天高くそびえ立たせている。
(運ゲーに全力を出そうとしても無駄なような……)
とは言え、気の強さが流れや強運を手繰り寄せてくるのかもしれない。非科学的なものはあまり信用しないが、未帆達だけは不思議と気の塊があっちへこっちへ飛び回っているような気がする。
世間一般で『運で勝敗が決まるから面白くない』とレッテルの貼られているものも、実はいかにしてその『運』という不確定要素の確率を高められるかという、実力勝負の綱引き合戦であるかもしれないのだ。
ただ、そのことを亮平が知るすべはない。亮平は、何も感じ取れない。科学で染まっている。論理で表せないようなことは、決して許容しない。
「……あ、私かったんだ」
「おい、さっきの歓喜の声はなんだったんだよ」
「何となくいい感じの数字が来たから」
……どうやら、未帆はよく理解していなかったようだ。
※毎日連載です。内部進行完結済みです。
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