表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
主人公が鈍感(←理由あり)過ぎて、全然進展しないじゃないか!  作者: true177
終章 ずっとずっと、これからも……編(Ryohei's,Miho's,and Mio's story)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

178/208

161 洗浄力

「おじゃましまーす」


 玄関の扉が開く音とともに、挨拶が侵入してきた。これは、横岳だ。未帆との直接的な接点があまり無いのも手伝って、来賓化している。


「未帆の家、久しぶりー」


 こちらの挨拶も無しに上がり込んだのは、澪。亮平は未帆に実質強制的に連れ込まれたのが最後の西森宅来訪なのだが、澪もそれくらいのブランクが空いていそうだ。


「こんにちは、それともこんばんは? ま、いいか」


 そして、最後尾に友佳である。現在外は太陽が絶賛夕焼けを表示中で、昼か夜かの境界線に位置している。夕方の挨拶の言葉も作ってくれないからこうなるんだぞ、と人類の先祖にクレームを入れたい。


「澪ちゃんも、友佳も、横岳くんも、みんな一緒に来たの?」


 この三人が並んでいる光景は、そうそうお目にかかれない。シャッターチャンスは、今だ。


「公園で待ち合わせ。横岳くんは未帆の家の場所知らないから」


「……あれ、家で私と横岳くんが一緒になったこと、なかったっけ? 亮平もいたよね」


「それ、未帆の家じゃない」


 夏祭りの計画をしたのは、横岳の家だ。


「亮平くん、先に来てたんだ。どれくらい前に来てたの?」


 不審な挙動を怪しむように、澪に問いただされる。


「十分ぐらい前」


 現在時刻は、約束の時間から五分後。五分前行動していた亮平は、逆算して十分前だ。


(たった十分だったのか、未帆の甘えさせコースは……)


 未帆との濃密なひとときの短さには、驚愕するばかりだ。休日にゲームをしている感覚の比でないほど、時の経過が新幹線に感じる。


「……ふーん。十分間、未帆と亮平くんが二人っきりになってた、ってこと?」


 サブマシンガンを乱射しそうな勢いで、澪の追撃弾が亮平を追尾する。地雷を踏み抜けば即死、かといって障害物も見当たらない。真っすぐ逃げ続けても、狙い撃ちでヘッドショットをかまされてしまう。


(……事実なんだよなぁ)


 『亮平と未帆が別行動している』などという仮定が、出来るはずもない。自爆するよりは、観念して首を差し出す。それよりなかった。


「はい、そうです。……でも、それは遅れてきた澪にも問題があるんじゃないのか? 定時よりちょっと早めに着いておけば、疑う手間も省けただろうに」


 ただし、タダでやられるつもりはない。カウンターを決めれば、流れは亮平&未帆連合軍に来る。ただ、澪が想像するものと、亮平達の実際のタイムテーブルが似ていないことは無いが、凡ラブコメのようなイチャイチャシーンは無い……と言い切れないのが苦しい。


 澪が、服の袖を肩付近までたくし上げた。ファインティングポーズを取り、抗戦する気満々だ。


「例え私が約束の時間ちょうどに来たとしても、亮平くんと未帆しかいない時間帯が五分ある! その間に何もしてない、っていう証明はどこにもないよ?」


「証明をしろ、っていうこと?」


「そう。数学だって出来るんだから、成り立つんだったら現実でも出来るよね?」


「ええ……。むずかしい……」


 澪はすっかり昂って抜け落ちているが、未帆は数学がチンプンカンプンである。文系寄りの文系なのだから、間違いはない。


(真を証明するのは、防犯カメラでもついてないと……)


 警察は『疑わしきは罰せず』の原則に従って不起訴にする。が、澪は『少しでも疑わしければとりあえず罰する』というトンデモ司法なので、完全無罪への道は遠い。


 負け戦は、とっとと捨てて逃げるべし。アイコンタクトで、様子見していた友佳と横岳にヘルプコールを送信した。


「降参なら、いつでも受け付けるよー。決着がつくまで、帰らな……」


「霧嶋も、西森さんも酒井さんも、盛り上がりすぎ。目的をもう一度確認してみようか」


 助け舟が横岳の手によって出された。手が出やすい亮平と比較して、言葉だけで狂暴組(澪しか暴れていないにせよ)をやんわりと抑えつけられているのは称賛に値する。


(よく、澪も言うことに従うよな……。横岳とあんまり親しくないが故の大人しさかもしれないけども)


 これこそ、借りてきた猫である。


「廊下で立ち話しててもアレだから、リビングで何かしよう?」


「異議なーし」


 澪が再燃するのを恐れて、未帆の提案に乗っかった。他に異論もなく(澪はプスプス煙を立ち上げていたが)、前中央にドンとテレビが置かれたリビングへと移動した。


「……食卓の椅子が隣同士で二脚も引いてある。やっぱり……」


「反対側に未帆が座ってたんだよ。二つ連続してるのは、ゴロンと寝転んでただけ。あ、もちろん未帆からOK貰ってな」


 名探偵澪の考察は、本家の青年に負けず劣らずのようだ。簡単に言いくるめられるのが、オリジナルに敵わない点か。


「思い出作り、するんだろ? 愚痴こぼすより、ゲームでもやろう」


 未帆宅に五人が集まったのは、何も談話をするためだけではない。卒業を目の前にして、中学最後のイベントをして人生のアルバムの一ページに刻もう、という壮大な企画である。発案者は、澪。未帆でないのは、コンセプトの語彙力で丸わかりだった。


 記憶に残る、とは何か。刺激を強く受けたとき、その出来事は未来でも覚えていることが多い。修学旅行の日に食べたものを感触まで正確に覚えているのに、その前々日のことは忘れ去ってしまうのは、そのシステムが作用するからである。


 人間は、忘れる生き物だ。ネガティブな事件が多発した期間は、記憶喪失したかのように何も残らない。ほんのりした楽しみも、それ単体では徐々に忘れていってしまう。


「そうだよ、楽しまないと! 澪ちゃんも、亮平も、横岳くんも、友佳も……、面倒くさいことは全部水に流そ?」


 他の人と一緒に何かをすると、気持ちが二倍になる。バラバラのこともあるが、基本は同じ感情が渦巻く。嬉しさ二倍、悲しさも二倍だ。心を同化させることで、一体感が出る。大きな拍動は、頭のメモ帳に書きとめるには十分すぎる。


 澪が、カエルをにらむ蛇のように未帆をたしなめた。『未帆、話題を逸らそうとしてるよね』と言わんばかりの眼光である。


 いつもなら竦んで後退していくような気の弱い未帆だが、立ち向かっていくようだ。ここで引いても次が無いという消極的態度ではない。強敵に燃え上がる勇者のオレンジ色が宿っている。


 意地と意地のぶつかり合い。未帆と澪のバトルの火蓋が、切って落とされたようだ。 


 無言からも、情報は引き出せる。むしろ、言葉に出すよりも繊細な違いに気づきやすく、色とりどりで豊かなムービーとなる。


 未帆を小声で振り向かせた。人差し指同士でバッテンを作り、ゲーム中に妨害が入ったかのように不機嫌で、口がとんがっていた。邪魔されたくないのだろう。


「澪ちゃん、こんなことしてても、解決しないと思う。亮平たちも困ってるし」


 亮平は身動きが取れない。琴線に触れるのを恐れて、未帆らを止めることもできない。横岳は部外者で蚊帳の外、友佳は最後まで見守るつもりだ。この緊迫した状況を終わらせる手段としては、当事者達がケリをつけるしかないのである。


「……それは、分かってるよ。分かってるけど……」


 あれだけ押せ押せを多用する澪が、苦しんでいる。正論と性の溝にはまって、抜け出せなくなっている。長考している亮平同様、考えと考えが絡まり、こんがらがって答えが出せないのだろう。


(澪の苦しみが、良く伝わってくるな。根底にあるものが違うだけで、他はまんま俺と同じだ)


 亮平は『自己肯定感の低さ』、澪は『未帆の極端な敵視』という前提は違えど、思考の中身は正論との矛盾である。


 亮平の場合、自己犠牲と未帆の思いという食い違う二つのものに悩まされ、結果未帆の思いを切り捨てる形になってしまった。澪も、正しい事と未帆への反発の二択を迫られ、何が何でも反対する悲しきマシーンになってしまっているのだ。


 自分と同じ心境である澪に、何かアドバイスをしてやりたい。だが、上手く解決へ導けそうにない。肝心な時に動けない自分に、苛立ちが隠せない。肉体的な暴力は跳ね返せても、精神的な傷を治す力は持ち合わせていないのだ。未熟なのだ。


(……俺は……。いや、自分を責め続けても良いことなんてない。未帆に釘を刺されたこと、反故にしてどうするんだ)


 責任感に飲まれて自壊しそうになった自己の肯定を、ギリギリで食い止めるので精一杯だった。


「澪ちゃん、こっちきてくれない? 変なことはしないから」


 『来てくれない』と呼んでおきながら、すばしっこい動きで澪の背後に回った未帆。ドッヂボールでこの速さがあれば、記念すべき一人目のアウトにはならないだろう。澪の動体視力でも捕捉し切れないほどで、死角を奪った。


 相撲なら、迷いなく背負い投げ。ボクシングなら、矢のようなパンチがすっ飛んでくる。無防備な澪をどう調理するのか、未帆に三人の集中が集まった。


「へへー」


 そのまま、抱き着いた。


(……!?)


 予想の斜め六十度上を行く突飛な行動だったために、ツッコミが繰り出せなかった。しようもないネタの一つでもかまして、一旦場を和ませて仕切り直しという線を描いていたが、御破算だ。


「いた……くない」


 擬態語ならギューッと両腕で巻き付かれている澪だ。未帆のバカ力も手伝って、締め上げられて悲鳴が出るであろうということは想像に難くない。


 ところが、力はセーブされている。ぎょっとして背中が反っている澪と、身体の全面を思い切り押し付けてフワッとしている未帆という構図からするに、全く良く分からない。分からないが、未帆が澪を咎める気は無さそうである。


「思ったより、澪ちゃん、ちっちゃいね。このまま、私に埋まっちゃいそうなくらい」


 澪の肩にまで頭を乗り出して、未帆がささやきかけた。ジタバタして抜け出そうとしている澪だが、しっかりと固定されてしまっているようだ。網に引っ掛かって暴れる小魚に似ている。


「……こんなことして、気が変わるなんて思ってるなら大間違いだからね!」


「……澪ちゃん、耳貸して?」


 トゲトゲで触るだけで傷つきそうな澪に、積極的に触れていく。甘く、柔らかく、ゆっくりと。大人の優しさと、子供のあどけなさが混ぜ合わさって、絶妙なとろけ具合になっている。


 未帆という暖房から、温風が緩やかに澪に入り込んでいく。そう感じた。澪は、ささやかれた内容に対して、ただ頷くだけ。あれだけ反対一辺倒だった意志が、どのようにすればライバルに言われるがままになるのだろう。未帆マジック、恐るべしである。


(俺の時と同じで、澪にも……?)


 亮平の増大した負電荷を、既に抱え込んでいるはずなのである。キャパシティーオーバーだけにはなって欲しくない。


 亮平の心配視線が当たっていることをキャッチしたのか、澪にしっかり貼り付いたままで首だけをこちらの方へ回してきた。


『しんぱいしなくていいよ』


 宝石のように透き通っている、温和な瞳からのサインだった。


(……未帆がそう言うんだったら、そう思うしかないか)


 未帆との約束、『未帆を信頼する』は継続中である。他人に身を委ねもせずに、信頼関係は築けない。我ながら、意識付けも大幅に変わったものだ。


 澪の腐りかけた眼の光が、清純なものに浄化されていく。


「……うん。うん。……から、未帆も……」


 声がかすかで聞き取りにくい箇所もちらほらある。が、澪が受動的なことは聞き取れる。矛盾と自傷でついた大量のキズが、思いやりで塞がれていく。芯の底で感じているのか、澪は軽くまぶたを閉じ、開かない。


 パッと、未帆が澪の身体を手放した。支えを失った上半身が、床にへたり込みそうになるところを、また腕を掴んだ。


 夕陽がカーテンの隙間から注ぎ込み、すっかり静かになった澪にスポットライトを当てる。まるで、演劇のフィナーレだ。


 未帆が、下に沈んだ。澪に正対し、ぐっと手を差し出す。


「……仲直り、しよ?」


 首を横にくいっと傾けた未帆は小悪魔的で、吸い込まれてしまいそうだ。


「……仕方ない、今回は私も負けでいい。でも、次は負けないよ!」


 妬みのような陰湿な気配も無く、清々しい風がそよいでいる。未帆が諸悪の根源を根こそぎ吸い取ったおかげだろう。今度は自分の意志で、未帆の手を掴んだ。


「ふぅー、澪ちゃんも元気になったし、どうしよっか?」


「最初から元気だけど?」


「だって、さっきは落ち込んでたよ。楽しんでハツラツとしてる澪ちゃんは見てて心が弾んでくるけど、ズンと沈んでるだけの澪ちゃんだと、私まで辛くなるし」


 ライバル関係にある相手にいちいち気を遣うあたり、お人よしと言えなくもない。おおかた、にじみ出る親切心が勝手にそうさせているのだろうが。どちらにせよ、微笑ましいことであることに間違いはない。


「でも、亮平のことは妥協しないよ。澪ちゃんになんて、坊主にしてでも渡さないんだから」


「亮平くんは未帆のものじゃない! 勘違いしないでよね」


「まてまて、仲直りしたんだろ? 未帆、カッコよかったのが台無しになるぞ?」


 本質までは、変わらなかったようである。

※毎日連載です。内部進行完結済みです。


『面白い』、『続きが読みたい』などと感じた方、ブックマーク、評価、いいねをよろしくお願いします!(モチベーションが大幅に上がります)


また、よろしければ感想も書いてくださると嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ