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主人公が鈍感(←理由あり)過ぎて、全然進展しないじゃないか!  作者: true177
終章 ずっとずっと、これからも……編(Ryohei's,Miho's,and Mio's story)

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160 未帆相談室 その2

「亮平にも、ちゃんとあったんだ、よかったー……って、あれ? りょうへいが、私の……?」


 幼稚園児が使うような、丸っこい声だった。まだ未帆は、意味が掴めていないらしい。亮平に指を向け、続けて顔付近まで持っていく。既読はついているものの、その意図が見えない模様だ。


「私の笑顔? ……それってさ、私のことを」


「……」


 意識せず、反射的に身体が動いた。無造作に放り出されていた未帆の左手を、両手でしっかりと包み込んでいた。未帆の脈のうねりが伝わってくるのが、良く分かる。


「!?」


 まぶたが押し上げられ、現状を楽しむやわらか目から、徐々にびっくり目に切り替わった。


 それまで、よそよそしく言葉を連ねていた未帆。まさかの行動だったのだろう、目線が繋がれた手に集中していた。信じられないといった顔をしている。


「……今から話すことは、もしかしたら気分を悪くさせちゃうかもしれない。それでも、聞いてくれるか?」


「それで亮平の気持ちが晴れになるなら、いいよ」


 開かれた未帆の懐は、太平洋よりも広かった。


(……頼って、いいんだよな)


 未帆に許しを貰って、尚躊躇した。一線を越えてしまえば、未帆が幻滅するかもしれないという恐怖感は、次の一歩を萎縮させるには十分だった。


「……俺は、『未帆を幸せにする』って、そのためだけに動いてきた」


 しかし、止まることは無かった。亮平は、一年間もの期間苦楽を共にしてきた相棒に、本当に心を許したのだ。『未帆にダメ出しされるなら、それは自分が悪い』と。


「……未帆は、よく俺に笑いかけてくれた。俺は、未帆の微笑みを見る事だけに生活してると言ってもいい」


「なんか、照れちゃうな……」


「その照れ笑いも含めて、な」


 うっすら前歯が見え隠れするくらいの口の開きに、手のひらで目のあたりを覆う仕草。隠そうとしても出てしまう、リンゴが熟れたほほの紅色。天空から舞い降りた女神だ。


「それに、他人を心配する力だけで考えれば、未帆は世界一になれる。未帆は気付いてないかもしれないけど、行動の一つ一つに気遣いがこもってる」


 周辺の人を穏やかにさせるスキルが、生まれつき備わっているかのようなふるまい。さりげない言動の一文にも、感情が詰め込まれている。女子ですら、惚れてしまうのではなかろうか。


「未帆は、その気になれば世界を平和に出来る力を持ってるんだ。……それに比べて、俺は」


「……『俺は』?」


 それまでの穏やかな流れが、急流に変化したように感じられた。照れを浮かべて相槌を打ってくれていた未帆が、『それに比べて』の一言で冷気を纏ったのだ。次に亮平が口にすることが予期できているのか、促す口調に棘がある。


 いつ頃から、自己肯定感が低くなったのだろう。友佳が流した鮮血を目に焼き付けた時か、未帆を虎視眈々と狙う殺意に気付いた時か……。他の人より価値が低いと決めつけ、捨て身同然の人生を送ってきた。


(そうでもしないと、自我を保てなかった)


 対等な立場として、未帆や澪、友佳を見ていなかった。亮平が従となることで、犠牲になる自分を正当化してきた。


(はぐらかすか……。いや、本心をぶちまけるべきか……)


 未帆を傷つけないようにと、中身を一切見せてこなかった。


(……はぐらかして、何の意味がある?)


「亮平が言いたいこと、分かる。もし、私を信じてくれるなら、そのまま話して? ぜーんぶ、うけとめてあげるから」


 そう言って未帆は立ち上がると、テーブルを迂回して亮平の横へと座った。肩と肩が触れ合うほどの、密接な距離である。バラの茨は、もう奥底へと引っ込んだようだった。側にいる、ぬいぐるみを擬人化した愛くるしさのあるクラスメートに、角はどこにも見当たらなかった。


「……私に話すかどうかを決めるのは、亮平だよ」


 未帆を信じるということは、ありのままを見せる事。弱みを公開することである。


 一匹狼が群れに入らないのは、協調性が無くグループの統率を乱してしまうからだ。グループに入ったとしても自らが痛みを受けるからだ。


(未帆は、本当に受け止めてくれるのか?)


 未帆が、ビルの屋上から救命用のマットに飛び込む時のように小さく見えた。

亮平の底に溜まっているヘドロは、大きく、太い。


(未帆が受け止めきれなかったら、どうなる)


 受け止めきれるかも含めて、『信じて欲しい』ということなのだろう。


(……現状のまま未来へ進んだとしたら?)


 他人を寄せ付けなかった結果が、今だ。味気無く、全てが灰色で描かれている世界だけが広がっている。青空も夕焼けも、モノクロ写真で撮ったような曇り空にしか映らない。


 その中でも、カラーに見える時はある。亮平とは反対で、日々の暮らしを目いっぱい楽しんでいる未帆や澪らがそうだ。未帆達を眺めている時だけは、ほんのりピンクに染まった桜や青々と茂る木々が鮮明になった。


 楽な方へ心も持っていくならば、重苦しいものを掘り返さずに封じ込めておくならば、ン便に事態を収束させるのが一番だ。


 だが、長い目で考えればどうなるだろうか。曖昧にして逃げれば、行く末はさして変化しない。その未来は、亮平が真に望んでいるものなのか。孤高と表現すれば好印象に映るが、実態は独りぼっちなのだ。


(未帆は、『受け止める』と言ってくれてる。俺が心配することじゃない)


 『受け止められるか』ではない。『受け止めてくれる』である。疑心暗鬼をベースにするのは詐欺と抗争中だけでいい。手術を必ず成功させると言われてしまえば、成功することを願うよりない。


 どちらを選択しても不安が付きまとうなら、当たって砕けろ。失敗をするなら、挑戦した方が後悔が残らない。


「俺は、……特に長所も無い」


 何重にもかけられた南京錠が、一気に解き放たれた。蓋を押さえつける鎖が取り払われ、マイナスエネルギーの溜まった蓄電器から四方八方に光が吹き出した。


「……なんで、そう思ったの?」


(『なんで』?)


 未帆の問いかけは単純だ。長所が無いと亮平が思う理由を尋ねているだけなのだから。


(……考えたこと、無かったな)


 だが、亮平は言葉に詰まった。特長が無いとキッパリ決めつけられるからには、根拠がどこかにあるはずなのだが、いくら脳内ファイルをスキャンしても検出しないのだ。


(長所が無いことが正しいとするなら、全てにおいて他人より優れていないっていうことだからな)


 亮平には、人より優れているところが無い。これは、破綻している。強さにおいて、亮平がその他大勢と均衡するはずがない。


 亮平に、一つの疑念が生まれた。


(思考放棄するなって人に言っておいて、俺自身が思考放棄してたのか……)


 長所が無いなどと決めつけて、自己の価値が低いということを形成していた。捨て身になることを正当化する方法として、都合の悪い部分を無視していたのだ。


「いい所が無い人なんて、この世にはいないんだよ? 『無い』って即答しなかったってことは、これかもって思うのがあったってことだよね」


 長い沈黙から亮平が悩んでいると受け取ったらしい。


「なんでもいいよ、言ってみて?」


 そう言うと未帆は、亮平の右腕に手を伸ばし、カイロを貼るかのように手を添えてきた。ふんわりぷにぷにの手のひらから、回復魔法が使われているように見えた。


「……ケンカに強いところとか、か?」


「そうだね、ケンカに強い。とっても、力強い」


「そんなに褒められるものでもないと思うぞ?」


「そんなことない。暴力の方向に使うのはもちろん悪い事だけど、それ以外に使うのはいいこと。ほらだって、私を守ってくれたこともあったし」


(忘れるわけがないだろ)


 亮平の物理力は、努力でも実戦でも血のにじむ想いをしてきた結果だ。プロレスや柔道など、真っ当なスポーツで培ってきたわけではない。いわば、邪道を進んできたのである。


 そのような力を、果たして長所と呼ぶべきなのであろうか。動力源が闇から供給されていたとしても、自己の正義のために使うことは良い行いなのだろうか。


「……俺の拳はよ、もう血塗られてるんだ。そんな穢れた武器を、誇っていいのか?」


 心の叫びが漏れる。


「血を洗い流せるくらいのことをすればいいんじゃないかな。復讐とか、報復とか、そんな風に悪用するなら許せないけど、みんなを救う分には綺麗になってる」


 未帆とは思えないほど、文章の構成が上手い。参照文献は存在しないのに、謎の説得力と安心感がある。実家はそのまま亮平の家なので、別に安心感など無いが。


(汚れたら、洗い流せばいい、と)


 外遊びで、手が汚れれば流水で落とす。簡単なことだ。簡単なことが、長期スパンになると途端にできなくなる。


 ここでも、未帆の『しんぷるいずざべすと』が響いてきた。後戻りという間違いを認める作業を徹底して拒み、大海原で漂流し続ける亮平には、英語でもひらがなでも登録されていない一文。重要性が、ここ数分の内に身に染みる。


「さ、まだまだ行ってみよう! 些細な事でもいいから」


 未帆に、映画監督がよく持っているようなカードでGOサインを出された。テレビの司会の調子である。


「些細な事でもいいんだな? 本当にしょうもないことでもいいんだな?」


「真面目モードの亮平は、ふざけない」


 確かに、そうなのだが。


(プラス方向に傾くかもしれないこと、ねぇ……)


 ネガティブ思考の亮平であるからマイナスだと感じているものでも、一般人からすればプラスのものもあるかもしれない。第一回亮平内プラス化会議が密かに開かれた。


(無気力は……、必ずしも悪い方向に働くとも限らなそうだな。人に甘えようとしない……も、同じか)


 とは言えど、全会一致で却下されるものもある。『国語の成績が低い』は学力の問題。『生活時間が不規則』は不健康極まりない。感情によって左右されないマイナスポイントは、覆りようがない。


(未帆関連のやつは、未帆からすればいいことなんだろうけどな……)


 未帆の言う『いいところ』に当てはまらない気がしてならない。が、何でもいいのならば、やってみてもいいかもしれない。


「……ずっと冷めてて、常に感情を理性が上回ってるところ」


「つまり……?」


「……どうでもいいところで冷静なとこ」


 回りくどすぎたのか、はたまた亮平の口から具体的な単語を出させたかったのか。


「それも、いいところ」


「定型文に聞こえる」


「とやかく言わない! 私を信じるんじゃなかった?」


(そうだったな、未帆に全部預けてるんだ。俺が約束を破ってどうする)


 そもそも、クレームを入れられる立場でもない。二者間契約を結んでいる以上、誓約書の内容は厳守しなければならない。亮平は『未帆の言葉を受け入れる』、未帆は『亮平を受け止める』。反故にしてしまっては、この瞬間は即座に打ち切られる。亮平の望む光輝く未来は、二度と手に入らない。


「亮平は、その冷静さで私を救ったんだよ? 感謝しても、しきれない」


(違う、あれは……)


 危機に陥った未帆を、亮平は確かに救出した。ではなぜ、未帆は危篤状態になる羽目になってしまったのだろうか。表面上のヒーローは、裏の黒幕だったのだ。


 またまた反論が膨れ上がった。未帆も本気だからこそ、ぶつかり合いが出来る。


「その未帆を、危険な場所に連れて行ったのは……」


「亮平が私を傷つけようと目論んでたのなら大変だけど。ふつうは、襲って来た方に非があるよ」


 未帆は、強い。過去のトラウマを克服しようとしている。訳も分からず襲撃され、亮平の何十倍もの恐怖を味わったはずだ。事実、その後しばらく引きずっている色が見えた。


 だが、亮平を励ますためだけに話題を持ってきた。完全に乗り切ったわけでは無いのだろう、時々目を瞑っては、不安げな顔色で亮平の腕をしっかりと握りしめてくる。それでも、未帆は戦っている。心の檻での囚われの身から、自由になろうとしている。


(俺は……。いや、このネガティブ思考こそ、諸悪の根源だ)


『比較しても意味なんてない』


 未帆にそうアドバイスされたような感じがした。


「亮平、何か悩んでる? 一人で抱え込まないで、吐き出しちゃった方が楽になるよ」


 深みにはまり、未帆を待たせていた。時計の長針が視認出来るほどに移動している。


「……俺、意外と弱いな、って」


 数刻、未帆がきょとんと童顔に戻った。身長が縮んだのかと錯覚するほど、時間遡行した。


「……弱音を吐くのは誰でも同じ。亮平だけ特別じゃない。私だって、亮平だって、どこか欠けてるんだよ」


 そう励ましの言葉を掛けてくれた未帆は、どこか神秘的で。


「いいところとダメなところ、どっちも含めて亮平なんだよ?」


 とても、愛惜しい。今日の未帆は、ひたすら亮平に一途だ。


「俺、完全に未帆におんぶだっこだな。……ありがとな」


 骨の髄から温まる。未帆の半目は、真っすぐ亮平を見ている。


 亮平が、ここまで心を許したことはあっただろうか。公表してもいい表のことですら容易に共有したことが無かった。しかし未帆には、鍵の付いている裏側も公開したのだ。


 亮平の核は、防護壁があった。『自分には価値が無い』という、触れたものを跳ね返すバリアが張られていた。並大抵の覚悟では突破できない。


 ところが、未帆は棘を一つ残らず取り払った。焦って城に突入するのではなく、外堀から地道に埋めていった。弱点をしらみつぶしに潰し、セキュルティを全て無効化したのだ。結果、亮平の結界は破られた。


(それでも、破ってくれてよかった)


 未帆の勇気の一歩によって、真の親友が出来たのだ。


「感謝されることじゃない。亮平が、私を信じて正直に話してくれたんだよ」


 誰がどう見ても未帆の成果なのだが、未帆はあくまで『亮平の協力あってこそ』のことらしい。


(未帆……)


 言葉にならない。もはや、未帆が亮平を甘えさせようとしているのか、亮平が未帆に甘えたいのかが、ごちゃごちゃになってよく分からなくなっていた。


「……」


 亮平を両手で包みこもうと、未帆が動き出した。催眠にかかっているような、おそらく無意識であろう、夢うつつだった。


(これは、未帆を止めなくてもいいのか?)


 亮平が拒否したいわけではない。未帆も、本心なのだろう。それでも、まだ抵抗感は残っている。一度染み付いたものは、簡単に消し去ることは出来ない。


『ピンポン』


 呼び鈴が鳴った。かん高いチャイムの音に、未帆が現実に引き戻された。


 未帆が固まった。自身が何をしようとしていたかを把握して、小さく飛び跳ねた。すぐ縮こまったと思えば、打ちあがってドタバタと階段をシャトルランする始末である。気が動転しすぎて、拍子にネジが数本外れたのかもしれない。


「ああああああぁぁぁぁぁぁ……」


 後悔とも羞恥とも取れる垂れ流しの悲鳴が、上階から聞こえてきた。バンバンと、壁に何かを打ち付けているようだった。


(落ち着きのない奴め……)


 どう未帆を鎮静化させようかと悩みつつも、亮平は安堵していた。癒し系アイドル未帆の降臨は亮平の扉を開いたが、まるで未帆が別人になったことへの不安が残存していた。


(あのままだと、未帆が別次元へ旅立ちそうで気が気じゃなかったからな)


 亮平と同じ世界、同じレベルでわちゃわちゃしてくれている。それだけで、未帆は亮平の支えになっているのである。


 トコトコと、吹き荒れたパワーは使い果たした未帆が階段を下ってきた。


「たぶん澪ちゃん達だと思うから、出迎えに行ってくるね。……あと、さっきのは内緒、だよ? 特に澪ちゃんに知られたら命の保証が無さそうだから」


「だれが好き好んでリスクに我が身を晒すか。未帆こそ、横岳とかにバラすなよ」


 張りつめていた暗黒が、消しゴムで消されていた。未帆と会話する前よりも、前向きになれたように思った。


 未帆が、玄関へ消えていく。


(さっきので、はっきり分かったな。俺は、思い込み過ぎだ)


 『長所が無い』という、亮平が目立つべきではない大きな柱になっていたそれは、大きな音を立てて崩れ落ちた。


(……もう少し、前向きになって生きて行こうか)


 亮平は重い腰を上げ、タブー視していた地上への扉を破った。亮平の奥底には、新しい希望が生まれていたのだ。


(未帆の喜ぶ顔が何度でも見られるように、未帆の近くに居続けたい。フェードアウトしてたまるかよ)


 『亮平がいることで未帆が不幸になるかもしれない』という臆病さは、もうどこにもなかった。

※毎日連載です。内部進行完結済みです。


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