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主人公が鈍感(←理由あり)過ぎて、全然進展しないじゃないか!  作者: true177
終章 ずっとずっと、これからも……編(Ryohei's,Miho's,and Mio's story)

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159 未帆相談室

「お邪魔しまーす」


「どーうーぞ」


 玄関から上がった亮平は、未帆の背中に続いてリビングまでやってきた。人がいる気配は無く、変わったところと言えば、つい先ほどまで未帆が座っていたであろう食卓にある木製の椅子が、机から少し引かれているくらい。ガラスコップから透けて見える飲みかけの麦茶がポツンと机に置かれており、テレビのリモコンもすぐそばに放置されていたため、おそらくテレビを見てのんびりと亮平達を心待ちにしていたのであろう。


(まだ誰も来てなかったんだな……)


 到着時間が早過ぎると却って迷惑がかかると思い、平時なら五分前行動をかかさない亮平も珍しく五分遅れほどで訪問した。それでも、一番乗りだったのである。


「俺が一番だったか?」


「そうだよ? どうかした?」


 未帆が付くウソは薄っぺらく、顔にすぐ出る。よって、役者をするのに不適な人選なのだ。ポジティブな見方をすると、純真無垢なのである。『よく分からない』といった仕草を見せる未帆には、混じりっけは感じられない。


 横岳だけは、『二階に隠れていた』という前科があるため探りを入れたのだが、そういったドッキリ企画は用意されていなかったらしい。


「えーっと、友佳は家の用事で遅れてくるらしいから、とりあえず後は澪ちゃんと横岳くんだけ」


「そうか……」


 亮平と未帆の帰り道は賑わっているかのように(少なくとも澪には)伝わっているのだが、実のところ会話がそう長々と続くわけがない。ネタの量には限りがある。ストックはいつか無くなる。ただ二人並んで歩いている、ということも珍しくはない。


 それも、亮平は進んで話す性格でもないので、基本は未帆から切り出す形となる。『今日どうだった?』や『〇〇難しくなかった?』などは未帆が発信している。亮平が能動的になるときは、特別未帆の関する気がかりな事が発生したときくらいだ。


(普段なら時間経過で強制終了するんだけどな……)


 下校と違い、この未帆との同一空間は自然消滅しない。『他人の家で落ち着かない』というデバフがかかっている中、緊張がほどけない。橋渡し出来そうなのはムードブレイカーの横岳だけだが、あいにく居合わせていない。


「亮平、ちょっと私の方まで寄ってきて欲しいな」


 そういうなり、肩を寄せてきた未帆。自分で近づいてきた割に、全体的にうっすらと薄紅色になっていた。


(それ、俺が近寄っていくんじゃないのかよ)


 やって欲しい事と自らの行動が正反対な気がするが、そんなことは未帆にとって問題ではないだろう。細かい事ばかり気にする亮平に対して、大雑把でどんぶり勘定な未帆なのである。


「……亮平は、なにか心配してること、ある? 学校のことでも、いつものことでもなんでもいいから」


「……未帆の行く末」


「なにそれー? 不幸になって欲しいの?」


「幸せになって欲しいに決まってるだろ」


「……ズルい」


 未帆が目線を外し、亮平からその様子をうかがうことの出来ないようにした。


「……でも、私も亮平とおんなじ悩みなんだ」


 飲みかけのコップを手に取った未帆は、麦茶を喉に滑り込ませた。


「実は、さ……。最近、何のために生きてるのか分からなくなっちゃって……」


 山よりも高く、海よりも深い悩みだった。そしてそれは、亮平にも当てはまるところがあるものでもあった。


 人間は生きがいというものがあるから、一日に目標を立てて生活する。目標があるから、自分の存在意義を見出せる。裏を返せば、何か支えとなる支柱が無ければ、人は生きていく価値を感じられないのだ。


 その点、亮平は生きがいが定義されているかどうかが微妙な範囲である。将来の夢といった希望はこれっぽっちも持っておらず、ただ金が稼げるならどう働いたっていいと思っている。『未帆を幸せにする』という目標は当人がそばにいる内はいいが、いつかの別れの時に儚くも崩れていく。現状では、という制限に則るとであれば、生きがいはある。


「私は、亮平にいろいろ助けてもらってる。それを亮平が気にしてないことは、分かってる。……でも、それだと私の居場所は何処なんだろう、って。輝けるような場所はどこなんだろう、って」


「そんなに重く考えるなよ。何も、生きがいってのは綺麗ごとじゃなくてもいい。『人を助ける仕事に就く』とか『たくさんの人の生活を便利にする』とか、壮大な事じゃなくていい。不純でもいいんだ」


 綺麗ごとを並べても、達成できるくらいの難易度で収めておかないと意味が無い。無謀な目標は、身体に無理強いをして人生を壊す原因になりかねない。高い目標を掲げてそれを乗り越えて行けるのは、一部の才能と努力が共に備わったスーパーヒューマンだけなのだ。


 生きがいなど、自己の価値を保つことが出来れば何でもいいのだ。能動的ですらないものでも、自己の努力でどうにかできそうなものなら大丈夫だ。崇高な理念を実践している者など少数派で、大多数は自身の欲に忠実に生きている。


「でもさ……、その目標が無くなっちゃったら、達成できないってわかっちゃったら?」


「また新しく作ればいい。一人一個しか持ったらいけないって、どの法律で決まってるんだよ」


 固定概念が、視野を狭くする。首枷があるのなら、それを壊せばいい。挑戦する前に投げ出していては、そのことには気づけない。


 未帆が、人差し指だけをピンと突き出した。


「……最後に、ひとつだけ」


「なんだ?」


 亮平の顔色を窺っているようだ。声に出すことをためらっている。


「その、決めた目標で、自分が不幸になったとしても。……なったとしても、他の人が幸せになるのなら、それでもいいの?」


 未帆が主語を明確に提示していないので『これだ』とはならない。が、これはきっと、抱いていた疑問などではなく、亮平への問いかけだろう。『自己犠牲』の是非を問う、亮平に対する試練だ。


 亮平は、危害が加えられる頻度が増えてきたころから『俺はいいから早く逃げろ』という他人中心主義に傾倒してきた、それが講じることの出来る最善策で、唯一解。そう信じてきたからこそ、自己を顧みず奔走していた。


「ああ。他人の不幸が蜜の味なら、他人の幸福も蜜の味、だ」


「……それで、亮平は本当にいいと思ってる?」


 『亮平』という動作主が、あらわになった。亮平にそういう類いの信念が張り巡らされていることを、未帆は感づいている。


「痛い思いをしてるのは、亮平だけじゃないって、分かって?」


(俺は、果たして未帆を助けたかったのか?)


 蓋をしてツボの中に閉じ込めておいたはずのものが、もくもくと湧いて出てきた。理想論とはかけ離れていたために無視していた感情たちが、今復活した。


(目的が未帆や澪を助けるためではなく、身を惜しまず人助けをする『悲劇の英雄』を演じ、自己陶酔に酔いしれたかっただけじゃないのか?)


 他人がバッドイベントにより下位に落ちて行った時、それを嘲笑って糧にする者は存在する。そんな彼らを、極悪人だと思って生活してきたつもりだった。


 しかし、亮平を客観的に当てはめるとどうなるか。仕組みは同じで、身を切ることで役に立っているという満足感を得て、承認欲求を埋めていただけではないのか。所詮、道具としてしか見ていなかったのではないか。


 負のスパイラルは、一度ハマると底なし沼だ。


「……悪い。今すぐに、答えが出せそうじゃない」


 ……闇堕ちしてしまいそうだ。


「……別に、亮平を責めようなんて思ってないよ? いつも助けられてるの私ばっかりだし……」


 気配の急変を敏感に感じ取ったらしい。真剣モードからフワフワに戻った。


「……困ったときは、お互い様だよ?」


 ゆっくりと、未帆が腕を亮平の方へ伸ばしてきた。反応する間もなく、頭に手が引っ付いた。


「いや、かな……? 嫌なら、やめるけど……」


 そのまま、髪の毛に沿って手を動かされた。未帆の目は夢見うつつで、どこか満足げ。普段混ざっているはずの肉体と魂が、分離しかけているようだった。女神の慈愛とは種類の違う、純度マックスの何かだった。その正体を、まだ亮平は解析出来ていない。


 嫌悪の情が生まれるはずも無かった。進んで孤独へとハマっていく亮平を止めようとしたこと、それだけで感謝を述べたいくらいだった。


(ここまで心配してくれてるんだな……)


 初めて、血の通った一人の人間が寄り添ってくれた気がした。


(今までは散々渋ってきたけど、ここで甘えてもいいのか……?)


 甘えは、命取り。それが戦場での鉄則。故に、亮平は弱みを誰にも見せなかった。それは未帆であろうと例外ではない。未帆が頼って欲しそうにしていても、一切応えなかった。


 しかし、新たな弱点も生まれていた。常に気を張り続けていると、精神疲労が蓄積する。気分転換で上手く抜くことが出来なかった亮平は、どうしようもなかった。人を頼ることを自ら禁じていたため、ヘルプコールを出すことも出来なかった。


(誰かに身を預けると、付けこまれるかもしれない。前例を崩せば、なし崩しになって危険だ。だから、未帆であっても打ち明けなかったんだ)


 亮平の不穏さを、未帆のアンテナは受信していた。だから、亮平のグレー部分を少しでも削ることが出来るように、嫌われる可能性を背負ってまで聞き出した。


(俺は、未帆の気持ちに応えられているか?)


 未帆が求めているのは、亮平が全部をしょい込まないこと。信念を曲げろということだ。一貫性を重視するのなら、早急にその旨を伝え、話題を遠ざけなければならない。


 だが、それは正しいのだろうか。亮平が構築し、増強し、憲法にしてきた信条は、不変の真理なのだろうか。その他大勢のように、歪んだ正義の価値観を持っていないだろうか。


(ここで未帆に身を委ねるということは、これまでの全否定だ)


 『あなたが生命を削って過ごしてきた人生は、全て間違っていました』と唐突に伝えられて、『はいそうですか』とはならない。


(優柔不断が、一番未帆を苦しめる)


 かと言えど、どっちつかずになってはダメなのだ。未帆をむやみに期待させ、高いところから真っ逆さまに落とすだけだ。それでは、未帆の幸せにつながらない。自身が未帆の幸せを望んでいるのかどうかすら分からない。


 未帆を道具としか考えていなかったかもしれない。その事実に、恐々とさせられた。胸が締め付けられる感触がした。


(人を操り人形としか見ていないのなら、甘える権利なんか無い)


 亮平は、未帆をどう思っていたのか。


(それでも、未帆がいたから頑張ってこれたんじゃないのか?)


 亮平が、欲求を満たすためだけの駒として未帆を使っていたのなら、キッパリと断りを入れるべきだろう。その時、未帆に癒される権利は無い。


 また、真に未帆を心配していたのなら、未帆のお願いを快く受諾するべきだ。


 是非は、亮平自身が判断すべきことでは無い。自身に不利な判決を下せるのであればまた違う話になるが、そうでないのなら当事者に決定権は無い。


(俺が決められるのなら、ほぼ間違いなく『未帆を心配していた』と過去の行動を正当だとする。それじゃダメなんだ)


 記憶というものは可変で、変幻自在に形を変えることが出来る。都合のいい記憶だけが取り出されるようになっているのだが、そのシステムのせいで客観性が失われる。


「……未帆」


「やっぱり、やめて欲しかったかな……」


「いや、撫でのことじゃなくて」


 一旦切り、息を整えた。緊迫したオーラを感じ取ったのか、未帆の動かしていた手が止まった。


「未帆には、俺がどう見えてる?」


 駒として使われている気がした、と言われる訳が無いので、それを拠り所として『未帆を駒で使っていたかもしれない』という可能性を消し去る、それが意図だ。


(こんなこざかしい真似しか思いつかないなんてな……)


 亮平は、自分自身に自信を持つことが出来なかった。『やってない』という確固たる否定をすることをためらった。つまり、それだけ過去の未帆の気持ちに応えられていないという証拠だ。


 あれほどまでに『未帆を助けたい』だの『未帆に幸せになって欲しい』だの理想を掲げていた本人が、未帆の気持ちに反する行動をしていたのだ。


(いっそ、少し強めに批判してくれたら、罪悪感が薄れるのかもしれない)


 いや、『批判してくれたら』という願望がそもそも論外なのだろう。批判されることを償いとしてはいけない。


「私が、亮平を? ぶっきらぼうで、どこか疲れてるのかな、っていう時がよくあるように感じる。……でも、私の中で亮平はヒーロ……。今のは聞かなかったことにして!」


「そこまで口に出したら、訂正する意味ないだろ」


「……亮平は、いろいろと考えすぎ! しんぷるいずざべすと、だよ?」


 日本語発音なのが未帆らしい。


(シンプル、か……)


 難解な数学の証明の数式は、途中だけを抽出すると訳の分からないものになっている。うまく最後に辿り着ければいいが、誤ると樹海から抜け出せなくなる。精密な値が必要な計算で無いのならば、大雑把でも構わない。円周率を五百桁にして円の面積を求める小学生はいない。


 亮平は、深みに沈んでいくと抜け出せなくなることがよくある。出口のない迷路をウロウロとし、やがて力尽きて妥協する。そうして出た結論は、納得のいったものではない。蓄積した不服は、大きな軋みとなる。


(……おいおい、なんでこんなに弱気になってるんだよ、俺)


 振り返ると、本筋をシカトして自虐の方向へと進んでいく姿が目視できた。


 言葉が出なかった。解法がすぐそこに転がりすぎていて、何一つ気付かなかった自分に文句を言いたい。『しんぷるだよ、しんぷる!』と声をかけてくれている未帆に、かたじけない気持ちになった。きっと、亮平だけでは流れつくことの出来なかったゴールであろうから。


 入り組んでいた紐をほどこうとするから、道を見失うのである。絡まって外れそうにないのなら、バッサリとハサミで切ってしまえばいい。視野の狭窄は、ありたきりの答えを神隠ししてしまう典型例と言えるだろう。


 亮平が駒だと思っていたからどうなのか。今、『未帆を幸せにする』という揺るぎない決心を持っていればいいのではないか。償いは後で受ければいい。仮に亮平に悪意があったのを知られたとして、未帆が償いを即時要求するとも思えない。


(俺の行いが琴線に触れていたなら、それ相応の罰は受ける)


 亮平が決めるべきは、未帆が幸福になって欲しいのか否か。他にない。


「俺はよ、未帆の笑顔を見ることがゴールなんだ」

※毎日連載です。内部進行完結済です。


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