154 どんがらがっしゃん
だらだらとした前菜はカットして、まずは結論だけを述べよう。何も起きないはずが無かった。指揮経験もあり、人前での発言に慣れっこで積極的に献身していく澪は、まあ目を離していてもそつなくこなせるのでよしとする。仕切り方も体力もパワーもすっからかんで気が弱い未帆が、補佐も無しに万事うまくいくと『だろう運転』したのが間違いだったのだ。『未帆』と『圧倒的治安の悪さ』がコラボしてしまえば、オチは見えてくる。
『ええっと……。出席番号順に吊り下げていってね。……ほらそこ、ちがう! ああ、逆に繋いだらだめ!』
亮平がステージ付近のパイプ椅子搬出係を受け持っているのだが、未帆はそのステージの横の壁への美術作品の展示に手間取っているようだった。とは言えど、未帆が悪ふざけに振り回されているだけだった。根本の原因は、聞く耳を持たない下級生どもだ。
ここで亮平がフリーならばすぐにでも注意に飛んでいくのだが、あいにく目を離すとパイプ椅子の可動域に指を挟んだり、なにより亮平が喝を入れるまで混沌状態であった椅子運び役の生徒が再び暴走し始めるかもしれない。
『ぶら下がってもいいかって? そんなの、自分で考えて。もう、クラス順に整理してあったんだから、ぐちゃぐちゃにしないで……』
未帆にこのままつっかかられては困るので視線を飛ばすと、下級生たちはイヤイヤと手を左右に振る仕草を見せた。『レッドラインは踏み越さない』という宣言なのだろう。亮平も暴れ馬軍団を整列させなければならないため、必要以上に干渉しにいけないのを分かっての事だろう。
極微量の火薬でも爆発する可能性のある爆弾に、対策も無しに身軽でさわりに行こうとする輩はいない。キレ症の犯人に、挑発してマシンガンを連射させる警察はいない。相手の領域=レッドゾーンを把握できていなければ、安全地帯から抜け出すようなマネは出来ないのである。『25~30メートル以内に侵入すると警報機が作動します』という但し書きが設置されている基地に29メートルまで近づく兵士は、命令で強制でもされない限りはおそらく皆無であろう。
つまり、亮平の心配する事態に進展する可能性は万に一つしかないということだ。
未帆も、人の後ろに隠れて影になるばかりではなく、課題に直面して、真剣に考えて、そして乗り越えていくという一つのプロセスを体験しなければ、一生『リーダーシップ』とやらは引っ付いてこない。ヤジぐらいは涼しい顔で捌いていくくらいはしないといけない。
『はしご、揺らさないでね。揺らさないでね? シャレにならなくなっちゃうから』
未帆が不安そうに脚立を見下ろしていた。支えているのか揺らしに来ているのかの判別がついていないようだった。悪戯をさんざんされた後なら、未帆の気持ちになるのも分かる。
訂正を入れるとするのならば、はしごは高台に登る用の、脚立は手が届かない場所で作業をする場合に使うもので、似て非なるものだ。
(当たり所が悪かったら一発アウトだから、揺らしたら止めに行くぞ……)
ダッシュのターボを溜めていた亮平だったが、特に未帆がバランスを崩すわけでもなく、脚立が揺らされることもなかった。
亮平が心の中で一息ついた矢先、未帆も精神的な緊張(はしごならぬ脚立が揺らされるのではないかという)が解けたのか、近くに立てかけてあったパイプ椅子の列に手をかけた。
一見椅子が連なっていて、人一人分の体重でどうにかなりそうもない。が、棚にしまってある本と原理は同じ。力を加えたとき、押された本は動かずとも、反対側の端の本は力が伝わることで逆に倒れる。すると、その本に押さえつけられていた一個内側の本も足元をすくわれて一冊目とお味方向へ傾く。そうやって、有限連鎖していくのだ。
『ガタガタガタガタ!』
パイプ椅子は、ドミノ倒しになった。未帆も支点が前にズレたことによって前方にずっころげた。
亮平は、仕事量が増えたことに頭を抱えた。
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「それで、私がどうとかこうとか思わなかったの?」
全てが片付いた後、亮平と未帆は昇降口へと流れていく動きを阻害しないよう、また教師に見つかって説教を食らうのもバカバカしいので、二つ上の階に避難していた。亮平はさっさとトンズラしてしまいたかったのだが、『澪ちゃんが車で待ってて』と念押しで手首ホールドされては従う他ない。
「あれは未帆が100%責任アリだったからな。それに、体重かけてた腕はすぐよけてたから、ケガするとしてもかすり傷だろうなー、と」
「確かにかすり傷しかしてないけど……。もし大けがしてたとしたら」
「見ただけでだいたい分かる」
「むぅー……」
未帆は、おでこをさすりさすり押さえた。まじまじと睨んでくるのは、反撃の手段が思いつかないからであろう。
この平行線の会話になるに至った原因は、未帆が将棋倒しでフルコンボをたたき出した後、亮平は瞬間移動でずっこけた未帆に声をかけに行った……のではなく、倒れたパイプ椅子を一脚ずつ周辺の仕事が無さそうな後輩に押し付けていったからなのである。これだけを聞くと、『亮平が土下座して謝るのが筋なのでは?』と流れていきそうで怖い。
プライベートな空間で同様の出来事が起こったのならば、未帆を気にかけてかけつけたことだろう。だが、ここは学校という公共空間。特に深刻なケガをしている可能性が限りなく低く、ケロリとしていそうな未帆の優先度は下がる。何より、『本来ならば壁に立てかけられるはずの無いパイプ椅子』があることで未帆が被害を受けた。それを作り出した設置係のサボりに怒りの矛先が向いたのだ。
「おかげで、俺が未帆の仕事全部代理ですることになったし……」
これに関しては未帆に非があるわけではない。未帆が起き上がるのを待っていたかのように、教師二人組が保健室へと誘導したのである。『ただのかすり傷です』と未帆が訴えても聞き入れられず、そのポッカリと空いた大穴を亮平が肩代わりすることとなったのだ。
「なんか、ごめん。私がしなきゃいけないのに……。せめて、何かさせて? 肩たたきとか……」
「……その温かい気持ちだけ受け取っとくな。何をしてもらうかは、また後でいいから」
無意識に疲労を蓄積させようとしてくるのは、恐怖でしかない。そろそろバカ力に気付いて欲しいものだが。
「それでさそれでさ、亮平も聞いて? 保健室で『どこをケガしたか』って尋ねられて、おでこを指したら先生が腕組みだして、それでアルコールの消毒液を掛けられたんだけど……。おかしくなーい? 今でもヒリヒリするし……」
「それは災難だったな……」
あまりにぶっ飛んでいて、亮平も苦笑いするしかなかった。
(この学校、何かきちんと整ってる設備は無いのかよ!)
中学生の保健委員の方がもっと良い処置を行えそうである。権限があれば、今すぐ校内改善を県に要請したい。学級費が財布にしまわれていそうだと疑問に感じることがあるあるに昇華するほど、端から端まで腐っている学校らしい。
「それにしても、澪ちゃんまだ来ないねー。もう私たちが体育館から出てきてから五分くらい経ってるのに。作業が終わる時間はあんまり変わらなかったはずだから、もう出て来てるころだと思うんだけど。忘れちゃったかなー」
「……ところでよ、未帆」
「なーに? もしかしてわた……」
『もしかして』から口調が飛び跳ねるように変化したので、慌ててみじん『斬り』にした。玉ねぎをカットする手法とは無縁だ。
「ここにいたら、澪が見つけれられないんじゃないか?」
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