152 もしかして、動機不純なのでは?
亮平達は、各自で体育館へと移動することになった。体育館には、もう一コマ前から作業に当たっていたのか、心ここにあらずといった顔の下級生がパイプ椅子運びをしていた。
「いっぱい人集まってるね……」
「当たり前だろ。一年と二年が集まってるわけだから」
未帆は、天然とバカの境目を行ったり来たりしているイメージがある。
純粋な天然は絶滅したと考えているが、部分的になら未帆もバチコリ仲間だ……と太鼓判を押してやりたいところなのだが、未帆は『計画性』というものも兼ね備えている。
故意に消しゴムを落として、『ごめんね』などとコミュ力不足の男子を堕としにかかるような小悪魔ちゃんとまでは行かないが、多少はかまってちゃんが見られることがある。
天然と思考停止は別にしなければならない。
設置の邪魔になっては何をしに来たのかが分からなくなってしまうので、ひとまず消火栓のデコボコで行き止まりになっている隅に避難する。
体育館いっぱいまで敷き詰めるつもりなのか印のテープが入り口ギリギリまで規則的に並んでおり、そこにパイプ椅子がベルトコンベアに乗せられるように配置されていく。
「あ、いたいた……。立候補制の役にいると違和感しかない隣の人は誰なのー?」
「私だよ、みーほー。私だって、たまには頑張るもん。『違和感』呼ばわりなんて、ひどい」
「たまには、ってことは、いつもは他人任せなんだ」
……呼ばれたような気がした。
「……それ、俺も入ってるぞ」
「亮平くんは肝心なところで頼りがいがあるけど、未帆はや……、毎日亮平くんに寄りかかってるだけじゃない」
途中でハッと口元を抑えるような仕草を取った澪。
『や……』の後に続く一文が気になるが、無理に詮索するようなマネはしない。
言い換え後が未帆を下げているため、その前はもはや誹謗中傷にしかなり得ないということもあり得るからだ。
(あと、やっぱり神格化されすぎだ。未帆も澪も)
きっと未帆らの中では、キリスト教のイエスキリストやイスラム教のムハンマド、仏教の釈迦と同じランクに亮平が乗っかっていそうである。ちなみに亮平は無宗教だ。
「寄りかかってる、って……。亮平に抱きついたことなんて無いし、いつも歩いてるもん……」
(その間違い方はなんですか。頭空っぽなんですか)
比喩をそのままに受け取ってしまうクセを直してもらいたい。
澪は、トンチンカンな返しによって電流カイロがショートし、数秒のタイムラグを経て再起動したようだ。
「そういうことじゃなくて……。動機不純! 普通、『三年生としてお手本を見せる』とか、『最後までリーダーとしてこの学校を引っ張りたい』とか、芯が通るでしょ!? 未帆には、それがあるのかってこと」
(解説、お疲れ様です)
ちびっこにはクエスチョンマークが増殖するだけだろうが、平均身長を割っているミニサイズ未帆は受け取ることが出来たようだ。
ウンウンとうなずき、そして目が泳ぎだした。なんと読みやすい人なのだろうか。
「ど、動機ならもちろん……。『心を一つに、各自が全力でやり遂げる』、これでいい?」
「……よ」
「どこの体育大会から盗んできたスローガンだ?」
何も考えず、ただ意識の奥底からガチャガチャで引きずり上げてきた未帆。
澪は未帆のガラクタモードへの経験不足で手も足も出ず、代わりに亮平がツッコむ形となった。
一定確率で排出されるレアキャラの『会話遠投タイプの未帆』である。
他のキャラの育成には使えない。
「えーっと……。『心を一つに』は、会場準備の一二年生の子たちが団結して準備できるような指示を出すことで、『各自が全力でやり遂げる』は、どんなに面倒がっても目の前のことに死力を尽くして取り組む……みたいな?」
語彙力を喪失するいつもの未帆ではなかった。怪しい部分はあるが、概ね筋は通っていて、解釈によっては適切な動機になる。
一言が余計で『私、動機なんて本当はありませんでした』とネタ晴らししてしまっていることはマイナスポイントだ。
「むむむむ……。ちゃんと組み立てられてる……」
「……普段は理由付けが抜け落ちてるみたいに言わないでほしい! 澪ちゃんだって、亮平の近くにいる時の言い訳バレバレだし……」
亮平と同じ感想の人がもう一人いたようだ。天敵に先制攻撃されて、黙っていられるかとばかりに未帆が立ち上がるのを誘発した格好だ。
「なにおぅ!」
「やるかぁ!」
絶妙に腑抜けた掛け言葉だ。
小さい子供同士がオモチャの取り合いをしている様そっくりである。小さい子供との相違点は、仲裁者の被害状況にある。
未帆と澪のやりあいの場合、中に割って入るのは九分九厘亮平。後門の虎前門の狼の中間の門にパラシュートで降り立った以上、無傷は望めない。
何処をどう工夫すれば板挟みから逃れられるのか、解決策は不明である。匿名掲示板でもお手上げな超難問だ。
「はいはい、そこまでそこまで。氷水にでも頭突っ込んで冷やせ―」
それでも空気アーマーを纏って、今日も会話を遮断する。
「……そんなの、いつ用意したの?」
「バカヤロウ、一分前を思い出せ」
未帆は、国語のテストの比喩表現は点を全落とししているに違いない。
そもそも、比喩でなかったら誹謗中傷なり強要罪なりでブタ箱にぶちこまれる。
「それに、雑談しに来たわけじゃないだろ。特に未帆、隙あらばサボろうとしそうだからきちんと役割をこなせよ」
「うまくサボるのは亮平じゃ……」
特大ブーメランが心に深い爪痕を残した。
ネットニュースでセルフ燕返しが数件あったが、その当事者の心がようやく読み取れたような気がした。
未帆と澪は『会場準備の指揮系統』という本来の目標を据え直したおかげで、二者間抗争は鎮静化した。
パイプ椅子の並びは、亮平達が到着したころよりもう一段も後ろに浸食していて……。
(いや、進行遅いな)
単純計算で、卒業生は一クラス40人かける4クラスで160人程度、在校生はその倍の320人である。
一人一脚担当すれば、相当な列数を並べきることが出来るはず、なのだ。
それが出来ていないということは、それこそ指揮に原因が存在する可能性がある。
ただ、その因子とやらがどこに紛れているのか。
特殊な配列でもなく、開脚に手間をコツを要するものでもない。
手前の舞台上で大声を張り上げて、指差し指差し飛ばしている教師が数名いるので、伝達不足というわけでもなさそうだ。
(準備が進まないと、一生居残りモードになるぞ……。この学校の、変に尖ってる教師がわんさかいるせいで、憲法も法律も人権も効力を示さない空間を生み出されることが頻繁にあるからな)
自由時間最優先をモットーとする亮平にしてみれば、『居残り』は悪い夢であり、補習より避けたいものなのである。
「……これ、いつまでかかるんだろうな。とっとと終わらせて、束の間の解放感を味わいたいんだけどな」
「……この自己中亮平くんめ! もっと『頑張るぞ!』的な気持ちはないの?」
「ない」
「スッパリ言い切ったね……。澪ちゃんも分かってた感じだったけど」
何度反復された台詞か分からない。
未帆も澪も『亮平はムダだと思うものを徹底的に排除する』という、一歩間違えば恐怖政治の独裁者になりかねないエコ思想を理解していながら『やる気は?』などとお決まりであるかのように言ってくる。
さらっと亮平をディスる発言は計画的に利用して欲しい。
天変地異で卒業式が吹き飛んでも、亮平の暮らしにさほど影響はない。
苦労をせずとももらえる得があると、仕事を買って出るのはメンタル面で厳しい。
(……冷ややかな視線が背中に)
目前にいる未帆でも澪でもない第三者の目線を感じた。パイプ椅子の列を指定しているらしき教師からの睨みだった。
掃き溜めのゴミのように固まって動かない亮平達に、早く責務を果たせと言わんばかりだ。
「……行くぞー」
目的語も補語も主語も無い日本語の必殺技『動詞オンリー』。
空気を読むことが常求められる日本人だからこそ発動することが出来、また日本人だからこそその意図を把握することが出来るのである。
亮平は、未帆の腕をガッシリと掴んで舞台へと向かった。
いつもとは勝手が違い、引っ張られる側を体験してクエスチョンマークが連打されている顔の未帆。
そんな連行姿の後ろからトコトコついてくる澪。
ガチョウの群れだ。
階段を上り、ようやく体育館の全体図が見えてきた。
「……ここ、小学校か……?」
改行をかなり多めにしてみました。作者的には違和感しかありません。
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