#009 バレンタイン
「放課後に声がかかる時って、だいたいロクな事起きないよな……」
太陽は雲の陰に隠れることなく日光を地表まで届けるが、それでもひんやりとした空気はなかなか暖まらない。薄着では外出することが辛く、まだ防寒着が活躍するくらい。したがって、屋外に身を出すことすらためらってしまう。そんな季節だというのに、亮平はお呼び出しを受け、下校後に公園で待ちぼうけしている。未帆と澪双方が寸分たがわず同じ場所を待ち合わせに指定する、という故意なのか偶然なのか判別がつかない現象が発生しているのはひとまずゴミ箱に投げ入れる。
未帆や澪が亮平を連れさろうとする目的は、イベントが待ち受けているか単に話し相手が欲しいかの二種類に分類することが出来る。イベントが待っていた場合、亮平に何でもかんでも矛先が向くというオチまで含まれてしまっているため、社会の理不尽をこれでもかとばかりに味わう羽目になってしまう。
それに、イベントは『クリスマス』『正月』などと言った季節行事と『夏祭り』『雪合戦』などの地域・個人規模のものがあるために、季節行事はある程度覚悟が構築されているものの突発的イベントは対処する暇も無い。
いずれにせよ、強制的に予定を破壊されるので自由時間が消滅してしまう。亮平が一番欲する時間は確保できないのである。
「さてと……。今日は何の日ですか?」
今日は二月十四日。北風がビュンビュンと吹き荒れている。氷の矢が突き刺さる刺激を感じる。
(……集合予定時刻、もう十分もオーバーしてるぞ。ラテン系の国でもあるまいし……)
ここは日本、五分前行動が遅刻の部類に入る国家である。一時間や二時間ずれても平気な外国と異なり、遅刻することは原則として許されることでは無い。日本人たるもの、定刻は絶対的な国王と捉える事に違和感は覚えないだろう。
亮平は、チラッとそびえ立っているポールの上に設置されている時計の長針を確かめた。細かなメモリは描かれていないので推測になるが、もう十一分ほどオーバーしていることになる。
(俺が間違えて無ければ、未帆も澪もおんなじ方角から来るよな……)
そういったことをぼんやりと頭に浮かべた時だった。住宅街のはるか先から、公園方向に駆けてくる未帆が見えた。
「未帆ー、遅れ過ぎだぞー!」
注意しておくべきところは、きちんと誤魔化さずに指摘するべきである。親しき仲にも礼儀あり、だ。
「ちょっと作り方探すのが遅れちゃって……。ごめん!」
距離がまだあるため、大声で叫ぶようにしなければ相手に正確に声が届かない。
未帆の手には、前のクッキーが入っていた箱と似たようなピンクの小箱があった。また何かが入っているのだろう。
「さて、問題です。今日は何の日でしょうか?」
「二月十四日」
愚直に日付を答える。曜日もつけた方が良かったかもしれない。
「そういう事じゃないー。もっと、なんかこう、あるじゃん?」
もっと具体的に説明してくれなければ人には伝わらない。語彙力スカスカで慌てふためくのが未帆スペックではあるが。
「どこぞやの司祭が秘密裏に兵士を結婚させてたけど、全部バレて磔になった日だろ?」
二月十四日が何を意味するかくらい、分からない亮平ではない。ただし、かなり遠回しな表現なため、未帆の知識に含まれていなければそれまでだ。
「社会の歴史の出来事じゃなくてー。……待って全然分かんない……」
未帆の肩がガクッと落ちた。変に自信をくじいてしまったようだ。受験も近いので、申し訳ない。
『バレンタインデー』の由来は、バレンタイン司祭の命日から来ているのである。そのあらすじは省略するとして、今では女子が男子にチョコを渡すとか渡さないとか。ちょうど一か月後に『ホワイトデー』なるバレンタインデーと真逆のことが起こる日もある。『バレンタイン』の対義語が『ホワイト』にはならなそうなのだが、『ホワイトデー』にも何か理由があるのだろうか。
「……分かってるよ。バレンタイン」
バレンタインさんは、外国で拝見することが出来る。バレンタインデーをどう思っているのかインタビューしてみたい。日本で言う『鈴木の日』と同じ感覚だ。
「……」
声に出すのが照れるのか、顔を引きながら小箱だけを前に差し出してきた。亮平はそれを受け取り、ぶっきらぼうに箱を開ける。茶色の固形物、別名チョコレートが不揃いな大きさで数個、ポンポンと入っていた。
「……手作りか?」
未帆の第一声が『レシピを探していた』系のセリフだったので蛇足かもしれないが、未帆から言葉を出させたいので尋ねてみた。
「……」
唇が動いたが、声は聞き取ることが出来なかった。頭が大きく上下に振れた。肯定の合図である。
(やっぱりレシピ通り作れば、ゲテモノは生まれようがないんだよな……)
材料の分量を間違えて十倍にするとか、スキルが皆無でもない限り、そうそうアニメの黒個体が完成することはない。
亮平は、口にチョコレートを一粒、放り込んだ。甘ったるさが人の中を走り抜けたが、それはまだいい。甘党である亮平にとって、砂糖が多めに使用されている分にはあまり不快感を感じない。
だが、それとは別のチョコレートに含まれてはならない味があるように感じられてならない。油ガンガンな唐揚げの衣をかき集めて食しているのと同じ油っぽさがあったのだ。それも、『違和感』などという些細なものではなく、はっきりと『油』が主張されている。と言うか油が液体としてチョコの真ん中に装填されている。不味い。
「……本当に、レシピ通りに作ったか? 絶対に混じってはいけないものが混入してないか?」
虚を突かれたのか、未帆が一歩後ずさった。
「……それ、おいしくなかったってこと? ……確かに、『隠し味を入れるべし』ってネットで見つけたから入れてみたけど……」
未帆に察知されたあたり、無意識のうちに顔が引きつって凍り付いていたのかもしれない。
隠し味を入れて味が改善されると聞いたことはない。そもそも隠し味とはありきたりな食品や料理にアクセントをぶち込むためのものであって、なんでもかんで投入すれば言い訳ではない。極端な話、お茶に牛乳などを混ぜられてはたまらない。
「それで、何入れたんだよ」
「……亮平、ぜったい、ぜったーい、怒らないって約束して?」
なるほど、確信犯である。はたして、予想で『おいしくはならない』としているのにも拘わらず、それを平然と亮平に渡すものだろうか。聞かれて困るような『隠し味』を添加して頂かないでほしいものだ。
「……食えないものじゃないなら、怒ったりしない」
「……食用油……」
「はいはい、食用油ね……。しょくようあぶら!?」
思いがけず二度聞きしてしまった。チョコレートに油とは、どのカレーを飲む人たちでも敬遠しそうな組み合わせである。おまけに、カロリーもバカ高い。
「一個だけしか作って入れて無いし、実際に作って食べた人もいるらしかったし……」
「それは、あれだ。チョコレートを食べるのが目的じゃなくて、油をしみ込ませることで超高カロリーを摂取するのが目的だからな。携帯食料だったら、結構チョコレートって優秀だし」
「……ちょっとだけしか入れてない」
「ちょっとでも入れたらカロリーが跳ね上がるからダメだ」
極地探検や奥地の山脈を縦断するなど、より多くのカロリーを必要最小限のロスタイムで摂る必要がある場で大活躍する『油をしみ込ませたもの』。一般人が平均的な生活を送っている中でおやつとして毎日食べてしまうと、一か月後には横に限界突破一直線コースだ。
「せめて、味見くらいしろよな……」
「……一個だけ味見したんだけどな……。も、もちろん食べかけのままそこに入ってるわけじゃないよ?」
「そんなもの紛れ込んでたら、逆に引くぞ……」
いつもと変わらず、何処か未帆はズレている。
自分から疑心暗鬼にさせていくのは自由だが、いつか社会で大ポカをやらかしそうで気が気ではない。そもそも、食べかけのものをそうでないものと混ぜてしまうのは、食品衛生という観点に置いて失格である。スーパーなら一発で摘発される。
(しっかし、自分で味見して『問題なし』の烙印を押してるのか。とうとう舌までバカになったか?)
油を直で感じ取って尚『問題なし』と太鼓判を押しているのならば、残念ながら未帆の味覚は平均値から大きく外れている。衣だらけのコロッケなどペロッと平らげそうである。
しかし、亮平はとある矛盾が存在していることを把握した。
「待てよ……。未帆、さっき『油は一個だけしか作ってない』って言ってたよな。なら、味見しようがないんじゃないか?」
「あ、確かに……」
それは、味見をしたとは言わない。地雷は撤去しない限り残り続ける。
計画性があるかと思えば天然さを丸出しにする未帆。『天然』を通り越して『単純に学力が低いだけのバカ』なのかもしれない。せめて、簡単な小学校算数の問題くらいは解けて欲しかった。
幸いにも、食用油というバケモノが混入しているチョコレートは亮平が最初に掴んでしまったものただ一個だけだ。
亮平は、残りのチョコレートに手を出した。口直しの意味合いもある。
それに気づいた未帆の目が揺れ動き始めた。明らかに動揺している。『隠し味』は無しなので、純粋な完成度の勝負になるからであろう。言い訳が効かないのもポイントだ。
「……ちょっと甘いけど、しつこくはないから大丈夫」
亮平自身が何度もうなずくほど、食する分には申し訳なかった。手作り補正などといった色眼鏡は一切かけていない。まあ、テンションが上がるのだけは事実ではあるが。
「そう言ってくれると、うれしいな……」
未帆の表情が崩れた。眠気に耐えきれないかのようなトロンとした目で、ただ亮平を眺めている。口角が緩み、穏やかな表情になった。
未帆からの新規のリアクションが無くなったことで、心の余裕が出来た亮平。ようやく『手作り』まで思考が届いた。
レシピの手順を確認してハチマキを締める未帆、材料を混ぜる過程でわちゃわちゃしてしまう未帆、完成したチョコ軍団をノリノリで小箱に詰めていく未帆……。不思議と、未帆が辿ったであろう軌跡が回想された。真偽はもちろん不明だが、『未帆なら』という気がした。
(手作りのメリットとデメリットって、なんだろう)
個人が思い思いに作ることのデメリットは、品質がまちまちになることと、料理スキルが壊滅的だと廃棄物製造機と化してしまうことである。ただ、品質を均一にしたいのであれば市販の商品を購入してくれば良いため、『手作りのものを貰う』ということ自体のデメリットにはならない。料理スキルは……知らない。
次にメリットだが、これは星の数ほど存在していると亮平は思うのである。『○○が作った』という製作過程の想像によるバフもあるが、なにより『手作りのものを送った側の精神的満足感』が最重要項目だ。
亮平の基本理念は、『周りが不幸にならない』である。『精神的満足感』イコール『幸せ』は必ずしも成立するものではないのだが、ほとんど同じものだ。亮平は、未帆なり澪なり周辺に位置する親しみの深い人物が、幸福とは行かないまでもただただ平穏に暮らしていて欲しいだけなのである。
「未帆、ボーっとするのはいいけ……」
あまりにも地蔵な未帆を再起動させるための声掛けの途中で、亮平も停止した。停止せざるを得なかった。
「未帆、次は私の番だからね! 味で勝負!」
澪が公園内へ乱入してきたのであった。血相を変えて未帆に飛び掛かる……と亮平は勝手に続きの映像を補填したが、澪は亮平のすぐ横にちょこんとしゃがみこんだ。
「なんだなんだ? あなたさんたち、チョコの味で勝負するつもりなのか……」
「そう。審判するのは亮平くんだけど」
「俺かよ……。負けたからって、怒るなよ?」
どうやら、未帆達の間には事前に取り決めがあったようだ。勝負関連が濃厚ではあるが、そうなると亮平のヒットポイントがどうしても削られてしまう。耐性があるとはいえ、未だに克服は出来ていない。可能ならば止めていただきたい。
底は置いておいても、人は機械ではない、どうしても主観が混ざりこんでしまう。判定なら、亮平のような日頃からよく当事者達に接しているような人物ではなく、もっと中立性を保つべきである。もっとも、本人はただ亮平に判断してもらいたいだけだろうが。
「じゃあ、私からはこれ!」
澪が勢い良く、懐から既視感のあるパッケージに包まれた紙箱が出現した。亮平はなされるがままに、紙箱を手渡された。
すかさず、未帆が澪に嚙みついた。
「店のもの買ってくるのって、そんなのダメに決まってる……と思うけど」
未帆は頬を膨らませた。説得力の圧倒的な無さについては文句の付け所が無い。正論が邪論に論破させてしまう原因は、きっと未帆のような思い切りさの欠落だ。語尾を弱める事で万が一の保険をかけているのかもしれないが、それが自身の首を絞めている。なんでもヤケに自信満々な澪になるのも困りどころだが、勝勢なのにも関わらず全面撤退を決め込むのもまた問題児である。
「でも、バレンタインだからって絶対手作りチョコじゃないといけないなんていう法律、ないよ? 手間暇かかるし、味もそんなにだし。もちろん手作りの良さもあるけど、どんなものでも気持ちが伝わればそれでいいんじゃない? ……亮平くんは例外っぽいけど」
一年に一回くらいしか拝聴出来ない澪のド正論が飛び出した。余計な一文が無ければ、完璧だった。
「ささ、早く、早く。私だって、そんな悠長に待てるほど気が長いわけじゃないから」
澪にバンバンと肩を叩かれた。どうして周辺の人間は、揃いも揃って短気で猪突猛進タイプが溢れているのだろうか。根が泥まみれで沈着な亮平と対照的なので、付いていくのに苦労する。
市販のチョコの味は、やはりそれなりのクオルティはあった。見様見真似でこしらえたものを店頭で売り出す訳にはいかないのだから、当然の結果ではある。
(でも、手作り補正も考えると、キッパリと判断は出来ないよな……)
事実だけを抜き出せば、それは市販チョコの方がどうしても上に来る。だが、『手間暇がかかっている』という数字で表すことの出来ない要素も考慮した時、入れ替わるかもしれない。また、どちらを選んだ場合でも、抽象的なものをどう採点したかを説明しなければならないのがまた厄介だ。
「……亮平くん、どっち?」
「……」
亮平が本日何度目かの自身の世界に入り込んでいるのを澪に見かねられて、現実に引き戻された。未帆はアガってしまっているのか、しきりに目をパチクリさせたり視線が一点に留まらずに右往左往している。
総合で判定するか、補正もろもろをオフにしてフラットに見るか。ジャッジメントの時間である。永遠に引き延ばすことが出来ればどれだけいいだろうか。
「えーっとなー……」
未帆と澪、二人の視線が亮平に集中する。金縛りにあったように身体が動かしずらい。
「……味だけなら、まあ、澪だよな……」
この正解の無い争いにお茶を濁せば、ヘイトがどこに向くか分からない。一個人の意見としては『補正云々』で未帆を押したいところだが、そうすると澪に『そんなの関係ない』と脆い部分を突かれて空中分解してしまう。事実だけを根拠にするのが無難だ。
「……負けそうだってことも、その理由もだいたい分かってる……」
そしてやはりと言うべきか、未帆がどん底で生き埋め状態になってしまった。日常でのエネルギッシュさが微塵も感じられない。当たり前ではあるが、積極的に声をかけに行きづらい空気が未帆から醸し出される。
そんな打ちひしがれた様子の未帆を見る内、亮平は何処かはかなく感じられてどうにかしたくなった。人の情というものは常に判官びいき、弱者に傾倒しやすいのである。
未帆をフォローするとして、『未帆のもおいしかった』と地位を同等にするのがよくある手法なのは分かっている。分かっているが、今回のケースは未帆自身が『食用油を入れたチョコはおいしくない』と理解しているため、下手に褒めても効果は上がらない。
未帆を直接的に褒めず、両者得になるような画期的な案は無いのか。『前言撤回する』は澪が得をしない、このまま放置すると未帆が消えてなくなりそう、澪を直接的に貶すのは論外……。脳内ネットワークから脳内ネットワークに次々と情報が伝達され、解決案が作成されては却下されていった。
そして亮平の目の前に見えた、唯一のプランは。
(集中を俺自身に全部集めちゃえば、未帆も澪も『俺』っていう共通の敵に対抗するために仲良くなってくれるんじゃないか?)
幾度となく経験してきた、『亮平が余計なことを言って挟まれるOR共闘される』ルートだった。自発的に起こしたことは一度もない。だが一発勝負ならお手の物だ(勝てるとは一言も言っていない)。
「……でも、どっちのよりもコンビニの店頭に並んでる板チョコの方が量多いよな……」
亮平が質より量スタイルであるが、『贈り物』『手作り』などの希少性の高いものについてはその限りではない。よって、これはちゃっかり本音を暴露しているわけではない。無論、義理チョコをただ周囲にばらまいているような輩からは根こそぎ吸い取りたいが。
亮平の発言を既読スルー出来るはずがない二人組は、たちまち釣り針に引っ掛かった。
「……気持ちがこもってれば何でもいい!」
「亮平らしいんだけど……。……流石に違わない?」
澪は突っかかり気味、未帆はやんわり引き気味である。二人の感性の違いがくっきりと表れた格好だ。どちらにせよ、『未帆VS澪』の構図から『未帆&澪VS亮平』とモデルチェンジすることには成功した。
「いいや、コスパなり量なり味なり、どれを取っても板チョコの方が上だ」
さらに未帆達を引き込むため、イラっと来るような煽りを滑り込ませた。
「だから、気持ちが一番大事って言ってるでしょ?」
「……現実的だなぁー……」
亮平は、澪と完全一致だ。プレゼントを贈る側として、モノだけでレッテルを貼られてはたまったものではない。
(……我慢だ、我慢)
事があるたびに小競り合いしてきた未帆と澪である、生半可な心でチョコレートを贈ってくるはずがない。そよ風で吹き飛ぶようなペラペラな気持ちならばどこへでも飛ばされるがいいが、実際はどちらも鉄の意志でゼンツしてくる。そのまま衝突させれば、少なくとも一方はキズが付いてしまう。
(……どうすれば、完全に勝負を蚊帳の外に出来るかだな。……考える間を与えない方がいいか)
「……コンビニ行って板チョコ買ってくる」
言葉で扇動するだけでは不十分かもしれないと懸念した亮平は、何食わぬ顔でこの場から移動する素振りを見せた。『何か問題でも?』と四方八方にケンカをバラ売りしていく商法そっくりそのままだ。
「……すこしおとなしくなろっか、りょうへい?」
未帆の眉の上が、ピクピクと反応した。琴線に触れてしまったらしい。言葉のスピード自体はゆっくりなのだが、柔らかさとは対極に位置する硬さがある。比較的態度がおとなしめだったのも相まって、嫌悪の意志をはっきりと示したことが余計に引き立ったように感じた。
「……全然分かってなさそうだから、やっちゃわない?」
澪も未帆に賛同したらしい。とはいえど、澪は未帆うんぬんを無視して今にも亮平に仕掛けんとしていたので、これは想定内のアクションではある。
(さてさて、目標もクリアしたことだし、適当に距離感空けて逃げ切りますか……)
『自己犠牲してでも傷ついて欲しくない』。それは亮平の本心。しかし、亮平も慈愛全開の聖母様などではない。あくまで血の通った人間である。自己犠牲なしに目的が達成できるのならば、積極的にそちらを選ぶ。
よって、亮平は未帆達に捕まらないように逃げおおせられれば良かったのであるが。
「とりあえず、逃げられないようにしとこうかな。亮平、逃げちゃうし」
「!?」
『俺は脱走癖のあるインコか』と悪態をついた亮平にお構いなしに、未帆に身元を確保されてしまった。有事の度に責任を取るフリをして泥まみれになりながら逃走する『取る取る詐欺』の常習犯である亮平。そう何度も同じような手口は通用しなかった。
(これでも力加減はしてくれてる……か?)
最初期と比べれば気持ち緩まっている気はする。直接尋ねると力任せに締め付けられて血流が止まってしまう恐れがあるので、出来ない。
「……さー、どうやって調理しようかな……」
「……おいしくはないぞ」
「「屁理屈じゃん」」
見事に声が重なった。いつからデュエットになったのであろうか。冷ややかな目線が突き刺さり、かと言って人目から隠れる事も不可能だ。未帆に腕の付け根をきっちりと固められた関係で、亮平十八番の戦略的撤退という戦術を取ることが出来ないのが致命傷なのだ。
(……バレンタインでチョコもらって困るなんて漏らしたら、きっと総叩きに遭うんだろうな……)
前門の虎後門の狼、抜け口を全て塞がれてお手上げの亮平。ジリジリと中央部分まで後退を余儀なくされ、しまいには縦長に潰れる。自慢でもなんでもなく、バレンタインでチョコが届くのは絶望の序章が始まったことを知らせるだけにすぎないのである。
(……未帆と澪との争い、俺なんかが有耶無耶にして良かったのか?)
そして、唯一と言っていい収穫の『総力戦回避』も、他に最善のルートが存在していたのではないか。妥協が後の世界にマイナスの効果を生み出してしまうのではないか。亮平に全てを導き出すことは、女心を理解するのと同等だった。
(……ここら辺が、考えすぎって言われる所以なのかもしれないな)
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