#006 負けず嫌い
「あー、少しくらい手加減してくれても……」
未帆が、グチグチと不満を垂らしている。その原因を作ったのは、亮平である。
事の発端は、体育のソフトボールの授業にまでさかのぼる。男女混合のチーム編成で、亮平のチームが未帆のチームと対戦することになったのである。
亮平はピッチャーとしてマウンド(ただの運動場)に上がり、相手バッターをバッタバッタと(相手がボール球を簡単に振ってくれるおかげ)なぎ倒した。その中には、未帆も含まれている。
試合自体は亮平の所属するチーム優位に進み、未帆が最後のバッターとなった。ここで何かが起こる……はずもなく、あっさりキャッチャーゴロで試合は終了した。未帆が根に持っているのはこのことだろう。
「手加減っつったって、ふんわり球投げたら味方からヤジが飛んでくるし、第一何球か意図的にチャンスボールらしきものを放ってやっても空振りするし……」
ただ、打てない未帆にも問題はある。重心ブレブレ、上から下に泳がされたようなスイング、サード前に転がってもアウトになるほどの脚力、真中中央をフルスイングした打球がやっとピッチャーゴロ……。未帆にヒットを打たせようとしても、未帆側から拒否しているようなものである。
「……もう一回。もう一回だけ!」
「そんなこと言っても、もうソフトボール終わったぞ? 次なんてないし……」
(はっきり態度を示さないといつまでも付きまとわれそうだしな……)
体育でソフトボールをする機会は、少なくとも中学校では無くなった。その事実を突きつけて、未帆の縋ってくる道を閉ざそうとしたのだが。
「……昼休み、ソフトボールって貸出されてたっけ? 前に野球部が素振りしてたような気がするけど」
昼休みは、基本的に運動場は開放されている。サッカー、バレーなど、性別学年関係なく入り乱れているのだ。
「ボールは打ってなかったんだろ。ボールを使うのはダメなんじゃないのか?」
「はじっこだけなら大丈夫、だと思う……」
未帆の語尾が消え入るような時は、確証が持てていないことが多い。が、しかし、ソフトボールは硬球と異なり、頭に当たったからと言って大けが云々の大事には発展しづらい。遊びで使う程度なら許容範囲内なのではないだろうか。
「なら、昼休みな。たーだーし、一打席だけな」
未帆がリベンジ戦を挑むことによって、結果がどうであれ未帆は納得するはずだ。
「一打席か……。打てるかな……。いや、ここで弱気になっちゃダメ。絶対にヒット打つんだから……」
未帆が自分の世界に入り込んでしまったことを確認して、亮平は未帆から離れた。
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「よーし、こーい!」
未帆がバットの先を亮平に向け、威圧感が微塵も無い構えに移行した。何処に投げても空振り又はゴロになりそうである。何より、未帆はまじまじと観察すればするほど力が無く、見ている亮平の方が気が抜けてしまう始末である。
「手加減はしないからなー」
「別に、本気で投げられても大丈夫だもん! ふんわり投げてもらった球を打っても、花を持たせられた感じがして腑に落ちないし」
どちらかと言えば強がりに聞こえるが、亮平としては腑に落ちてもらった方が都合がいい。
「じゃ、いくぞ」
投球の合図を短く告げ、一球目を膝の上ギリギリ目掛けて放り込んだ。球は寸分たがわず内角ギリギリに吸い込まれて行った。未帆のバットは回っていないが、どちらにせよストライクである。
「ストライクな、今の」
「でも、結構低かったよ? 打ちづらそうなコースだし……」
未帆には可哀そうだが、今回の亮平は畜生モードで進行することにした。理由は特にない。無理矢理捻りだすなら、亮平の気分である。
「膝よりも上だっただろ。はい次」
間髪入れずに二球目をど真ん中に投じる。今度は未帆も反応してスイングしたが、バットの軌道が無茶苦茶である。そもそもバット自体が重く、思ったように操れていないようにも見える。
「当たらない……」
未帆の嘆きが亮平まで伝わってきた。亮平が野球に精通している人物だったならば、勝負中でも構わず未帆に基本のキからレクチャーしたであろうが、あいにくただの野球好きである。
「ラストー」
亮平は軽快なリズムで、三球目をリリースした。この球は、ただのストレートではない。小手先ではあるもののスライダーである。芯を外してゴロを打たせる。そんな球である。
未帆相手に変化球などというチートを選択してもいいのか、良心は痛まないのか、という疑問も生まれる。だが、単純に未帆が真剣勝負を望んでいる(であろう)のに亮平が手抜きをするのも問題があるのではないだろうか。未帆に失礼ではないだろうか。亮平は、決して無意義な妥協はしない。
未帆がバットをボール目掛けて振り出した。相変わらずデタラメな軌道を描いているバットは、徐々にボールへと近づいていき……。
『コン』
(当たりやがった!?)
未帆のバットは、奇跡的に亮平が投じたクソスライダーを捉えていた。貧弱な音とは裏腹に、打球は亮平の頭上を越えた。亮平は必死にボールの後を追うも、打球速度よりも速くダッシュできるわけではない。ボールは、グラウンドに着弾した。センター前ヒットである。
未帆が一瞬固まり、そしてネットワークの回線の遅延しているように遅れて飛び跳ねた。両手を天高く突き上げ、『やったー』と連呼している。反面、亮平は膝をガックリと地面につき、うなだれている。未帆と亮平、対照的な両名の姿は、外野席から観戦していた者にとって強く印象に残ったであろう。
「大人げなくコースギリギリ攻めて、スライダーまで使って、負けた……。しかも未帆に……」
未帆を貶しているわけではない。亮平と比較して筋力はかなり下方である未帆に、亮平側が有利になるような条件まで付け足したのにの関わらず、敗北しているという事実が亮平に大きな負担を生んでいるのである。
だが、亮平は自らの悪癖の認識が甘かった。独り言が普通の会話並みに大きいことを、すっかり忘れていた。
「スライダー!? ……へんか、きゅう?」
まだ未帆はイマイチ不正が行われたことを把握できていないのか、視線が斜め上に泳いだ。『スライダー』で悩んでいるあたり、変化球というものすら何なのか理解していなさそうだが。
「スライダーは、横に曲がる球の事。要するに、それだけ霧嶋が西森さんを抑えたかったってことだと思うよ。体育だと禁止だから」
どこからか、横岳が出現した。五芒星から召喚されたのではと勘違いするほど、知らぬ間に傍に忍び寄られた。そして、亮平と敵対する気満々である。
(未帆があんまりピンと来てないんだから、わざわざ教える必要なかっただろ……)
変化球は、体育では禁止されていた。つまり、亮平は悪魔の球を使って未帆を陥れようとしたのがバレたのである。万に一つの可能性を消すはずのスライダーは、ベクトルを間違って確率を一万倍に増幅させてしまったようだ。確率がサイレンならば、市内一帯気絶者続出である。
「体育だと禁止……へんかきゅう……。とりあえず、私の勝ちってことでいいかな……。へんかきゅうの事だけ、後で詳しく説明して欲しい、かな……」
最後のくだり、未帆としてはただ『変化球』の全容がとらえきれていないのだろうが、亮平からすれば噴火寸前のようにも受け取れる。世間で言う、目が笑っていない笑顔という奴である。
「分かった……」
亮平は、未帆に返事を返すことだけで精一杯だった。『未帆にやられた』。その衝撃は、やはり大きかったのだ。
翌日、未帆との対決でスライダーを使用した挙句敗北したことが誰かの密告でクラス全体に広まり、熱い大バッシングと事情を粗方飲み込んだ未帆の猛攻撃で亮平が地獄を見たのは。また別の話である。
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