140 雪中行軍②
「私、自力で何かをできる人が眩しく見えてたまらない。行動から責任まですべて一人で完結させたこと、ないから」
『自力で』の定義があやふやでいまいち本質を捉えにくい。
「未帆だって、雪合戦とかは自分自身で企画実行したんだろ? それも、含まれるんじゃないのか?」
「ううん。確かに自分の意志で雪合戦したけど、責任は亮平に流そうとしたから。成功したときは自分の手柄だけど、失敗した時は人任せって言うのは……」
未帆が首を振った。
「亮平は簡単に行動を自分から起こせるよね。いざというときにも冷静沈着だし。後始末も見えないところでしてくれてるし。そういう『提案したことについて一切の責任を負う』人が、輝いて見える。それに引き換えて、私は……」
「ストップ。そんなに自分自身をいじめるなよ」
やや厳しい口調になったが、未帆のためだ。自尊心をズタボロにしてしまうと、ヤワなことでは前回復はしない。最悪、未帆が壊れてしまうかもしれない。
「自分から提案することも、ただ横から傍観している時と肩の荷の重さは段違いなんだぞ。あらぬ方向に舵が傾いたら、全員が一斉に白い目を向けてくるし。都合のいいところばっかり切り取らないで、全体像もよく確認してから……」
『先頭に立って全員を誘導する』。傍から見れば映画の主人公のようにスポットライトが浴びせられるポジションであるが、目標の達成が確約されているわけではない。人の目に付くからこそ、監視もより厳重になる。平常時であれば気にも留めないトラブルでも、根も葉もないものと結び付けられて評価を落とされる。
トップに就くことのメリットは、周囲の想像以上に少ないのである。未帆が求めている人物像やぼんやりとした理想とはかけ離れているものである。進んで泥を被ろうとする人間は見渡しても一人いるかいないかくらいだろう。
船員の運命を全て握っている船長よりははるかに軽いものの、ある程度の緊張感は持たなければいけない。ストレスも溜まる。そこに『ダメな時は身代わりになる』などという綺麗ごとに入る類いのものは存在しないのである。
「亮平は何も分かってない!」
未帆の身体が大きくぐらつき、均衡を失った。反射的に、亮平は未帆の左脇まで自身の左腕を滑り込ませ、未帆が拍子で雪面に突っ伏すことを防いだ。
「体力、まだ残ってるか? あまり喋らずに大人しくしておいた方が楽なら、無理してまで何か伝えようとしなくてもいいんだぞ。別に今この時じゃなくたって、二人の時間はいくらでも作れるから、さ」
「い、今のは雪ボコにつま先取られちゃっただけ! ……体力とかそんなのじゃない」
「さっきからずっと平坦にしか見えないんですが何か」
「突き刺さっただけ」
道路の上なのかその他もろもろの上なのかは知る由も無いが、50センチも1メートルも雪は積もっていない。靴で地面を踏み込んだ時に、ゴムが敷いてあるかのように跳ね返される感覚がある。そして、亮平は未帆の半身ごと支えながら歩いているため、重さで自然と目線が下になる。靴の先端がハマるような溝や穴は存在しなかった。
「脇道に逸れたから引き返すけど」
話は本線に戻ったらしい。なかなかに意図の汲み取りずらい表現である。
「亮平は、『行動しない人』じゃなくて『行動できない人』の気持ち、分かる?」
迫真の形相だ。未帆にしては珍しく、ジト目以外で目つきが鋭くなっていた。
「恐怖が場を支配してる中で一人立ちあがって、緊張をゆっくりほぐす。それでいて、いざ危機が迫ってきたら自己犠牲の精神でみんなに指示を出す。それが出来る亮平と、立ちすくんで、膝が渡って震えてるだけの私。亮平は何かと気にしてはくれるけど、私は絶対に亮平に近づけない……」
未帆は、さらに続けた。亮平は未帆の方へ若干、引き寄せられた。
「もちろん、亮平は亮平でかなりのプレッシャーがかかることは分かる。真夜中の脱出だって、捕まったら陽の目が見られなかったかもしれないし、逃げる方向が悪かったら袋小路で詰んじゃってたかもしれない。それでも、やってみなかったら期待値、つまり希望は『0』だった。『0』を『1』にする力は、私には備わってない」
未帆の自力は、どうやら『みんなの前に立つこと全般』のことではなく、『緊迫した状況下で状況を分析し、適切な解法へと導くこと』だったらしい。スポーツ大会等でリーダーシップを取る人などの、グループの中核となって企画運営することでは無かった。亮平の先走りである。焦点を当てている範囲が異なっていた。
「亮平は、どんな時でも一から組み立てて、完成できちゃう。普段はぼんやりとしててつかみどころが無くて、スイカ割りみたいにして何を考えてるのか覗きたくなるくらい不思議に包まれてる。けど、赤の他人の大人相手でも、真っ暗で何も分からなくても、亮平はいつも亮平。パニックにも一切ならない」
未帆が息継ぎをした。
「亮平みたいに『面倒臭いからやらない』じゃなくて、やりたくても体が勝手に拒否反応を起こしちゃうの。『あんな風に、どれだけ寄りかかっても倒れない大木になれたらなぁ』て思っても。それなのに、それなのに……」
未帆のオーラが、瞬く間にしぼんでしまった。
未帆が亮平に憧れているもの。『緊急時でも落ち着いてみんなを説得できる』というもの。例え仲間がパニックになっていたとしても、柔らかく諭すことの出来るということ。一見すると『異世界無敵チート追放ざまあ下剋上もの』の生存フラグしか立たない主人公のように思えるかもしれない。
だが、ここは異世界ではない。DQNにチートを見せつけて目の前に跪かせるような芸当が出来るわけでもない。ここは、現実の理不尽がいとも簡単にはびこってしまう世界だ。光が輝く裏には必ず、闇がある。
亮平が手に入れた『冷静さ』。それは、逆にとらえると『プラス方向の感情』というものを全て棄てた部分的感情欠落サイコパスにもなる。実際、生死が懸かっているかもしれない場で漫才やコントを見せられても、ピクリとも唇は動かないだろう。平常時なら自然と顔に現れるはずの『滑稽さに吹き出しそうになる自分』が、厳戒態勢に入ってしまった亮平には存在しないからであろう。
『冷静さ』を手に入れたきっかけも、よろしいものではない。小学校にへばりついていた『絶対的カースト社会』なるものへの反抗をする中で、決して軽くは無かった犠牲から得られたものであるとは皮肉である。感情を取り戻そうとして、失ってしまったのだから。
生まれつき人前で胸が締め付けられるような気分を味わない人は、極々稀だ。ご都合主義のように、苦労無しでスキルを習得したりはしない。それ相応の対価を払っている。
未帆は『どれだけ寄りかかっても倒れない大木』と例えてくれたが、その大木の中は凍り付いているのである。亮平自身が余りにも慣れてしまったがために何も感じることはないが、本来ならば自身の冷たさに心が傷つき、抉られ、胸にポッカリと穴が空いたようになるのが普通である。
それでも、未帆の言わんとしていることは十分に理解できる。実質九か月しか共に過ごしていないとはいえ、幼馴染が横で取り仕切っている傍ら、自分自身は黙ってそれを聞いているだけ状態なのである。申し訳ない気持ちが立つのは当然である。
「……俺のようになっちゃダメだ。何が言いたいのか伝わらないと思うけど、とにかくダメだ。未帆は、道を踏み外しちゃいけない。泥沼にもみくちゃにさせるようなルートを選んじゃだめだ」
「それの意味が分からないの! 亮平、『俺のようになっちゃダメ』ばっかり言うけど、詳細なことは何も教えてくれないじゃん。いい加減、訳だけでも話してくれないと、モヤモヤが吐き出そう」
痛切な心からの叫びだった。普段なかなか深部までさらけ出さない未帆が、暴露したのである。
(これまで深掘りしてこなかった小学校時代のその後、全部話そうかな? でも、未帆にマイナスの効果が現れたら不味いしな……)
ゴールが設定されていないマラソンがごとく先が見えない。そして、吹雪になりつつある。未帆の気持ちが沈んでしまうと、これまで踏ん張ってきていた未帆の肉体に悪影響が出てしまうかもしれない。今までは『未帆を異常に怖がらせたくない』という一心で隠し通してきたが、ここに来て強大な隠蔽理由が出現した。
流石にこのタイミングで伝えることは出来なかった。煩悩が脳にまとわりついたままだが、未帆をさらに窮地に陥らせるような真似だけはしてはならない。
「……話す気になったらまた、な」
亮平は、回答を一時保留した。
未帆はなにか躊躇しているのか、唇が隠れていた。そして、小さい動きで何度も頷いた。
「……亮平は優しすぎるんだよ」
(!?)
亮平は、目が飛び出しそうになった。未帆に表情の変化が読み取られないように、外側に顔をそむけた。図星だった。
「亮平は、いろいろ私についてなるべく棘が無いようにしてくれてるのは空気から伝わるんだよ? でも、100%私が悪い事までカバーしてくれちゃう。そりゃ、勿論亮平がフリーパスだって言ってるわけじゃないけど、それ以上にむやみやたら鋭い角を削り取りすぎだと思う」
未帆の声量が、一段階上がった。
「本来、茨に身を裂かれるべきところっていうのはあるはずなの。一昨日の雪合戦もそう。でも、亮平はなかなか私に対して雷を落とすようなことはしてくれない。……まあ、その亮平に甘えそうになっちゃってる自分もいるわけだけど」
(つまり、俺が良かれと思って未帆にソフトに接してたのが、未帆にとって逆に不快だった、ってことか)
確かに、『未帆の旗色が悪いこと』でも、亮平は『未帆が傷つかないように』と言動には注意してきたつもりだった。それが、裏目に出ていたということだ。
「それで、そんな亮平を見てると、『無理しすぎなんじゃないか』って。『私がいることで亮平に負担がのしかかってるのなら、しばらく距離をおいてもいいかな』って」
(未帆なりに、俺のこと心配してくれてたんだよな……)
はっきり言ってしまうと、亮平は自己犠牲(そんなに綺麗なものではない)の塊であるのだ。存在の価値、言い換えるならば何を守りたいか。大抵、いやほとんどの人間は多少の憂慮はあれど『自分の命』と答えるであろう。それが本能というものだし、『家族や親友のためなら体を張って退場しても構わない』訳がないのである。家族が亡くなったとして、数日間あるいは数週間は叫び、涙で目下は赤く腫れ、脱力感にさいなまれて生活に支障をきたすこともあるだろう。しかし、それっきりだ。人は、悲しみや苦しみを乗り越える事で強くなっていくものなのである。
しかし、失うものが『自分の命』となると話はどう変わるだろうか。自分自身の肉体が滅びてしまえば、苦しみを乗り越えるもへったくれも無い。待っているのは『無』かもしれないし、科学では踏み込むことの出来ない領域に意識が移動するのかもしれない。いずれにせよ、生物学的な死を体験してからこの世に舞い戻ってきた猛者が存在しない以上、死後どうなるのかは誰にも謎のままだ。だから、皆『死』を恐れる。
ところが、亮平は思考の基礎が大きく異なっている。『自分の死』と『未帆や澪、友佳などの周りの人の死』の価値がほぼ均衡、もしかすると『周りの人の死』が少し沈んでいるかもしれないのだ。亮平でも、評価付けがどうなっているのかは分からない。
『亮平の価値小なりイコール周りの人の価値』が成立している関係上、亮平は利益と不利益がつり合わなかろうが未帆を、澪を危険から救い出したり誘導したりするのだ。
未帆の語りはまだまだ続く。
「でも、亮平のそばからは絶対に離れたくない。一番頼れて、一番安心できて、一番訳が分からない場所は亮平のそばしかないから」
(でも、なんて言ったらいいんだよ……。もっと、もっと俺に語彙力があれば未帆を安心させられるのに……)
未帆に『無理してないから大丈夫』で終わらせることが出来ればどれだけ精神的に楽なのだろうか。未帆がただ勘違いしているだけであったならば、どれだけ気が軽くなることだろうか。
亮平は、しばしば過保護の両親並みになってしまうことがある。未帆に責任があるはずのものでも、代替で負ってしまう。亮平は直接的に責任を負う義務が無いのにも拘らず余計に負担をする、未帆は『本来自分が負うべきだったものを他人にさせてしまった』という、それぞれにとってマイナスな事しかない。
そして、それも関係してオーバーワーク気味になってしまうこともある。夏祭り初日の眠気は元々なので外れるが、見えない疲労によって家でバタンキューしていることは何度も起こっているのである。未帆に亮平の家での様子までは分からないだろうが、外見からも疲労が残っているように見えるほど無理をしていたのかもしれない。
『周囲の人達が危険に晒されるから側にいて欲しくない』。亮平が長い間心に刻み続けている願いである。それと矛盾する『守ってやりたいからある程度近くにいて欲しい』という新たな願望が出現したのはいつ頃だっただろうか。中学二年生の初めにそんな感情は無かったはずなので、中学三年生。つまり、未帆が転校でカムバックしてきたタイミングの可能性が高そうだ。
未帆が転校してくるまでは、友佳、澪ともにクラスも違い、澪に関してはあまり一緒に登下校することも無かった。澪も、『未帆』という存在が現れるまではしつこく亮平に付きまとってくることも無かった。
その構図が、未帆によってガラリと塗り替えられた。友佳はほとんど変わらないのだが、未帆が同じクラスであることによって、学校で同じ時を過ごす時間が別クラスの澪より増えるのだ。通学路も途中まで合致しているとあって、外出中はたいてい未帆がそばにつくようになった。澪は澪で学校の分のロスを埋めようと、しばしば未帆と衝突しては和解する。雨が降って地が固まっているかは疑問符が付くのだが、亮平が仲裁に入ることも多々ある。
その結果なのかどうかは分からないが、未帆が八条学園の生徒らに目を付けられるようになってしまった。主導しているのは細川なのだろう。そうでなければ、直接接触したことのない未帆にまで魔の手がかかる理由がない。細川の指示だったとしても、果たして一中学生を何のためらいもなく殴りかかることの出来る精神はどうなっているのか。狂気の沙汰という言葉でも割に合わない。
『本人を攻撃すると多大な痛手を負うが、その周辺ならば海老で鯛が釣れる』。未帆の襲撃時に、細川らの一味はそう気づいたであろう。『未帆』というエサを事前に準備しておき、亮平の目の前にぶら下げれば、おのずと亮平は食いつく。後は拘束して首輪を付けるだけの作業である。
まとめると、もはや亮平が放っておいても未帆達が安全になることはないという事である。亮平の手が届く範囲外に未帆達が出て行ってしまうと、そこから先は不可抗力の世界になる。忽然と失踪しようと惨殺されそうであろうと、亮平は指をくわえて見ているしかない。かと言って、亮平のすぐ近くに居ても、亮平狙いの襲撃の巻き添えになってしまうかもしれない。
亮平には、どのように適切な距離を定めればいいか分からない。それでも、最適解の近似値をはじき出そうと必死の思いでシミュレーションしているのである。
「また、我がまま言っちゃったかな……。でも、体に限界が来てるのにそれを隠して押し通すのは……やっちゃダメ。無理に頑張らなくても……いいんだよ」
未帆が、息絶え絶えになりながらも、気持ちを声に乗せた。
(無理に頑張らなくてもいいんだよ、か)
そして、静寂が亮平達を包み込んだ。
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