138 為す術なく
「この通りって、こんなに派手だったか? 確かに最近通ってなかったけども」
亮平の記憶の限りでは大きくない通りの入り口が、色とりどりの布で飾られていた。
「十二月入ってからこんなだと思うけど……。もしかして、通学路しか歩いてないとか?」
「そうですが」
「……」
外部での活動をほとんどしない亮平にとっては、通学路以外がどう変化しようと気づかないのである。噂話を耳にして初めてそのことを知るということも多々ある。下手すると、一年以上経っても気づいていなかったことさえある。
亮平がなかなか外に出ようとしない理由も、ただインドア派なだけではない。夏は日本の他地域に比べると少し気温は下がるもののやはり耐えることが出来る蒸し暑さではなく、冬は今日のように新雪が辺りに散らばっている。共に、用事も無いのに外出するような気候ではない。部活で現役だったころはさておき、今は耐性もあまりない。
「あ、ほら、あそこらへん! 玄関前にクリスマスツリー建ててる家が多いよ。定番サイズのもあるけど、二階まで届くようなのもあるし」
「飾り付け、大変なんだろうな……」
「そこは『きれい』とか、えーっと……。とにかく、亮平は目の付け所おかしい。同感はするけど」
何度目かの突発性未帆語彙力消滅症候群が発症した。
亮平の視点がおかしいと指摘されたが、亮平に風景を感想に変換する能力は備わっていない。よって、亮平は間違っていない。客観的に物事を評価することしか出来ないのならば、先ほどのような受け答えになるのは必然だ。
だからといって、未帆の感覚が狂っていると言いたいわけでもない。むしろ、一般常識では未帆が正しく、亮平は異端だと遠ざけられる。
「ほーらー。こっち! いい具合にクリスマスツリーに雪がかかってて、神秘的だよ!」
身体を異様なまで弾ませている未帆が指差す先には、緑と白が入り乱れた木の部分と、その上できらびやかなスターがセットのクリスマスツリーがあった。コントラストなように見えて、上手くマッチはしていない。正直、興奮する材料が見当たらない。
「そんなに走らなくてもいいだろうよ……」
未帆は、先陣を切って住宅街を突き進んでいった。
主導権を未帆に取られている亮平。仮に、未帆に腕を掴まれていたとすれば、親に手を引かれる子供のごとく住宅街の奥へ奥へと連れていかれることになっていただろう。
「亮平、早く来て……」
『ビュオオッ』
未帆の催促は、吹雪が吹き荒れる音にかき消された。全身を通り抜けた寒さに、着込んでいるのにも拘らず胸が震えた。
防寒を着ている亮平ですら突破されるほどの凍てついた風。未帆は、ひとたまりも無かったのだろう。慌てて亮平の下へ駆け込んで来た。そして、そのまま亮平の脇の下に入り込んだ。
「へくち! ……さっきまで吹いてなかったじゃん。反則だよ……」
未帆のくしゃみの音に、絶妙に気が抜けた。
(漫画か何かの台詞ならありうるけど、現実でその音は出せないぞ)
そして、大気が動くことで発生する自然現象の風に文句をつけても、仕方無い。基本的に十二月になると狂ったように北風がやってくるのは分かっているのだから、寒さ対策をしていない方が悪いと言われても言い返せない。未帆の場合は、特にだ。
「今日、いつもより寒い……。ゴメン、まだここに居させて」
「自分の腕と膝に手を当ててよーく考えてみれば分かる。あと、説得力無いからな」
長袖に防寒着を身に着けた男子と、半袖半パンの女子。はたから見れば、春に『もう暖かいから防寒着脱いだら』と提案しているところを『まだ寒い』と粘っているように見えるだろう。季節が春ならば。現実は真逆である。
澪を除いて、真冬の雪がしっかり降っている日に半袖半パンで涼しい顔をしている人に心当たりは無い。十二月の最初に見栄を張って半袖制服で登校して来る男子は数名いたが、皆一時間も経たないうちにヒーヒー言って気付いた時には長袖に逆戻りしていた。ここは沖縄のような比較的平均気温が高い地域ではないのである。むしろ、全国平均より低い。最高気温ですら0度のボーダーを彷徨うことがしばしばある。
未帆が、亮平の左腕の防寒着を前へ引っ張る仕草を見せた。『前に向かって歩いて欲しい』ということなのだろうか。亮平は、未帆に脇の下に潜り込まれた状態で先へ先へゆっくりと歩みを進めていった。
防寒着を着ている上での脇の下は、胴体側と腕側の両方から挟み込まれる形になるため、防寒着との接触面積が大きくなりやすい。また、風よけにもなる。防寒着の表面が冷やされているので逆効果かと思ったが、それを上回るメリットが存在するらしい。現に、未帆が抜け出していないのがその証拠だ。
「……無理するなよ。風邪でも引いたら最悪冬休みのゲームやらインターネットやらがパーになるから。インフルエンザなら猶更」
「そんなに冬休み中遊びのことばっか考えてるのは亮平だけだと思うけど……。でも、気遣いしてくれるのは嬉しいかな」
そう言って、未帆が防寒着で顔を隠した。
「さっきは『無理してるわけじゃない』って反論したけど、本当は昨日澪ちゃんに『半袖半パンにもなれないで意気地なし』だのなんだの煽られて……。それで、今日澪ちゃんにいつ見られてもいいように半袖半パンで来たの」
「煽られ耐性0だな」
「何か言った!?」
「何も言っておりませんが」
かなり理由が単純だったことに驚いた亮平。心でつぶやいたはずのことが漏れてしまい、慌てて訂正した。
「でも、やっぱり外寒いし……。もう澪ちゃんのことは一旦無視して、この通りだけ見たら家に帰って上着と防寒着羽織ってこようかな……。意気地なしなんて、澪ちゃんに決められることでもないと思うし」
「俺もそれ推奨する。見てるこっちが寒くてしょうがない」
「亮平自身の問題だけ? 体調気遣ってとかじゃなくて?」
「それじゃ、ついでに未帆が受験勉強期真っ只中に調子崩さないように」
「おまけ扱い……」
『ついでに』をつけたのは大失敗だった。亮平にその気はないにしろ、『未帆のことはどうなってもいい』という解釈を取られても仕方ない。
未帆も、どうして澪の挑発に乗るのか。引き分けにはなれど勝つことは絶対にないケンカをしているようなものだ。間をおいて冷静になれば、すぐに気づくことが出来るはずなのだ。
(まあ、冷静の『れ』の字も浮かばなさそうな組み合わせではあるけど)
「亮平、ほら、あそこ。もう街の外れじゃない?」
唐突に未帆に指摘されて行く先を確認すると、確かに住宅街が切れていた。車一つ通らない道路が左右に伸びているだけである。
街の外れということで、人気は全くない。既に通勤ラッシュが起こる時間帯も過ぎ、家から人が出てくるといったこともない。全てが静まり返っている。
「そういえば、ここまで来た事ないなー……。あの道路の向こう側まで行ってみようかな」
随分と好奇心がお強い未帆さんは、亮平の脇を抜け出して左右を確認しながら道路を横断していった。
(それ以上行っても山やら森やらが見えるだけだと思うけど)
あまり行く価値を感じなかった亮平だが、未帆が亮平に向かって手招きしている。行かざるを得ない。今までのゆっくりから速足へと変え、左右に関しては見晴らしの良い道に出た。と、
「ちょっと気絶しといてな」
亮平が視界の左隅に黒い人影を認識した時、既に体中に鋭い痛みを感じた。茨が身体を抜けていくような痛みだ。黒い人影に向かって動こうとするものの、痺れで体がうまく動かない。
「あ、ちょっと、亮平!?」
道路の向こう側から未帆の甲高い叫ぶ声が聞こえた。その場にへたり込んでいる。極度の恐怖を感じたとき、訓練されていない限り人は動くことは出来ない。未帆の状態が自然で、修羅場を経験している亮平が異常なのである。
(来るな!)
声にならないうめき声が、亮平の喉から漏れた。
襲撃者が誰かは分からない。八条学園の集団の可能性もあるが、沖縄の時のように変質者の場合もある。
何処からか現れた男が、未帆の背中へと迫っていた。足がほどんど動かない。じれったい。警告すら出来ない。
(未帆!)
「うわぁぁ!?」
そして次の瞬間には、男に背中から男が手に持っていたものを押し当てられていた。スパークが見え、火花が散り、未帆がその場に倒れこむ。亮平に残っているしびれるような感覚から推測するに、スタンガンだろうか。スタンガンはそれ程簡単に手に入るようなものなのだろうか。
「お前、なかなかしぶとい奴だな。まあ、そのせいでツレの地獄見る羽目になってるんだから。何が災いと転じるか、世の中わかったもんじゃないな」
「d」
「おっと、それ以上はしゃべるな」
「!?」
亮平に、声を上げる時間は与えられなかった。二度目の衝撃は、亮平の意識を暗転させるのには十分過ぎた。
(やっぱり俺がいるからなのか? 俺がそばにいるから未帆が巻き込まれるのか? クソッ!)
悪態を付いたのち、記憶は途切れた。
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