136 クリスマス
亮平視点に戻ります。
「サンタが列をなして行進している街の様子を中継して……」
「ああ、そうか……」
寝ぼけまなこをこすりながらテレビの電源を付けると、真っ先にその実況音声が耳に入り込んできた。そう、今日はあの『赤い服を着た白髭のおじさんが良い子だけにプレゼントを渡しに来る日』……ではなく、その次の日のクリスマスというものである。特別な日ということもあって、毎年テレビ番組でも度々クリスマスにちなんだ話題が紹介される。
サンタ発祥の地は、北欧に位置するフィンランド。フィンランドからサンタが一人で世界中を駆け回っているという説もあるが、現実的に考えれば不可能である。時差の関係でトータル24時間以上の時間はあるものの、一晩で世界中の子供たち一人ひとりにプレゼントを渡すことが果たして出来るであろうか。仮に何かしらの未来技術でテレポートが可能になったとしても、多勢に無勢になることが容易に想像できるというのに。
クリスマスと言えば、で亮平がすぐ頭に浮かぶもの。まず一つ目は、クリスマスツリーではなくクリスマスケーキである。亮平は、飾りのモミの木もどきに興味は湧かない。見て楽しむものよりも断然腹に残るものの方が、価値づけが高くなるのだ。
クリスマスで子供(厳密にいえば亮平も入る)が楽しみにしているランキングでトップを争いそうなクリスマスプレゼント。自分の両親が枕元にコッソリとプレゼントを置いていると知った時、世の中のちびっこ達はどのような反応を見せるのだろうか。
そういえば、クリスマスやバレンタインなどよく『カップルが生まれやすい』と言われるが、亮平には無縁の領域である。恋愛感情が欠落したサイコパスではないのだが、元々の無気力さが恋愛などの方面にも影響しているのと、亮平の周りにそういった感情を持たせる人がいないのと、二つの原因が亮平を無関心にさせている。誤解が生まれそうなので断っておくが、未帆や澪、友佳らはそもそもの取捨選別の対象になってすらいない。亮平にとって、『恋愛感情を抱くもの』ではなく『守っていくもの』というカテゴライズがなされている。
「とりあえず、朝飯食べとくか」
親は両人とも朝早くから出張に出かけているため、今日に限っては亮平一人である。着替えずにパジャマのままくつろぐも良し、いつも通り机に向かって勉強するも良し。有意義な一日になるかどうかが亮平自身にかかっている、とたいそうなことを並べては見るものの実際のところ亮平は無気力状態である。何の意欲も湧かない。
段ボール箱の中に乱雑に詰め込まれている菓子パンを引っ張り出し、適当に2、3個選んだ。『朝食が手抜きだ』とは言われたくない。パンやカップラーメンなどの短時間で作ることが出来るOR既製品が世にあふれているこの時代、日本でまともに自炊している中学生が半分もいるのだろうか。大人だって手抜きは多いはずである。
場がしんと静まり返っていると、亮平は却って意識の世界に没頭してしまう傾向にある。現実に揺り戻してくれる人が周囲に居なければ、平気で5~10分は身体がセミの抜け殻になるのである。
(一昨日の未帆の『いつでも来させて』のやつ、了承したの間違いだったか?)
一昨日、未帆から頼み込んできた『亮平の家に(時間帯制限はあるが)いつ訪問してもいい権』。それの対価として、『約束を破れば亮平が今後一切未帆の存在を消してしまってもいい』というような感じの条件を言われた。
(双方がリスク負っているように見えて、冷静に分析したら俺だけなんだよな、不利になり得ることが盛り込まれてるのは)
まず、亮平が負うリスク。それは、『未帆にアポなしで家に押し入られる』ということだ。次に、未帆が負うリスクは『約束を破れば亮平に無視されても構わない』。
一見平等にリスクがあるようだが、『未帆を無視するかどうか』は亮平の勝手である。未帆の承諾があろうとなかろうと、亮平側の自由。『覚悟がある』という意味でのことかもしれないが、対価にはなりえない。
そもそも、前提にある『未帆に押し入られる』こと自体が亮平に不利なのである。約束が遂行されれば貸したお金が利息付で戻ってくる銀行と違って、約束が破られなかろうと亮平にとって利益が皆無なのである。
(仮に相手が横岳とか湊だったら、冗談交じりで跳ねてただろうな……)
だが、相手は未帆だった。未帆だったからこそ、許してしまった。
もちろん、未帆だからといってなんでもかんでも特別扱いはしたくない。
(したくないけども、きっと頭の何処かで『無理難題じゃなければ出来るだけ否定したくない』っていく補正がかかっちゃってるんだろうな……)
八年もの間音通が無かったとはいえ、未帆は幼馴染である。幼少期のころの記憶はおぼろげだが、自我がやや強かったことくらいは覚えている。『普通の友達』とは一線を画した、特別な存在であることに変わりないのである。
暴風で吹き飛んでしまう塵のように、未帆達の存在は軽い。仮初めの平穏など、ふとした拍子に破られてしまう。力がある者が世の中の流れの全てを作っている。その実力者になろうとしているのが亮平だ。『未帆達に何事も起きて欲しくない』、そんな自己犠牲精神が行動の源となっている。
(でも、昨日早速権利を行使するとばかり思ってたのに、未帆来なかったな)
これは意外だった。未帆が手にした『活動時間帯ならば亮平の許可無しに家を訪問して構わない』権利は、濫用防止の回数制限がついていない。特に用がなくとも、とりあえず亮平をインターホンで呼ぶということは出来るわけである。
一昨日も、未帆は何も考えていないのにも関わらず亮平をしつこく『家に来て欲しい』と勧誘した。それを考えれば、未帆がためらう理由が見つからない。強いて絞り出すとすれば、迷惑がかかることを学習して遠慮したくらいだろうか。何にせよ、未帆なりの計画があるのだろう。
(雪合戦で言い合ってた割に澪は動きが無いし……)
言い合いの翌日に積極に動いていた未帆とは対極なのだ。『負けた方はクリスマスまで手出しはしちゃいけない』とかいった取り決めがあったような無かったような気がするが、それを軸としているのならば申し訳ない。もうないも同然だ。未帆に負けないくらいの行動派な澪としては、不可解なのである。
未帆と澪、二人に共通している点がある。それは、『クリスマスの日に亮平と』行動を共にしたいということである。亮平にとって冬休みの内の一日でしかないクリスマスに限定しているのかは分からない。クリスマスになると普段は行われないイベントが盛りだくさんあるので、それに参加したいということだろうか。それとも、『クリスマス』という言葉自体に魔力があるのかもしれない。
未帆との約束の効果が発揮されるのは今日まで。未帆も約束を取り付けた以上、みすみす傍観するということはしないはず。たとえ亮平が許可したことが計画外だったとしても。
『ピンポーン』
(ついに来ましたか……)
未帆か澪か、あるいはまったく関係の無い宅配か。亮平は、菓子パンをくわえたままひとまず玄関前が映っている画面を確認しにいった。
映像には、未帆が(何故か)上下どちらも黒の半袖半パンで亮平を待ち構えようとしているところが映っていた。どうやら体が冷えるらしく、姿勢は縮こまっている。服装だけで判断すれば、澪と見間違えそうになる。
(寒そうなのに半袖半パンか……。誰かが裏で操ってるのか、それとも誰かさんに触発されてなのか)
『誰かさん』とは、体感温度が狂いすぎて亮平と感覚が一切合致しない澪である。
(未帆が可哀そうだし、まだ食べてる途中だけど、いいか)
亮平は、玄関へと足を進めた。
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