126 戦争勃発?⑥
「未帆―、もう雪合戦でいいじゃんー?」
「ヤダ。ヤダ。絶対ヤダ。外、寒い、雪、冷たい」
無理矢理にでも雪合戦を推し進めてくる澪と、語彙力の欠片すら吹き飛んでいる未帆の押し問答は、既に数分が経過しようとしていた。澪の意図としては、未帆がやったことがなさそうなのと、極度の寒がりなために一度ぶつければ鈍くなるであろうというところだろうか。前者はともかく、後者に関しては気合で抑え切ろうと未帆はいい加減に覚悟は決めているが。
澪は、未帆から見ればもう完璧に『未帆』と呼ぶことに馴染んているように見える。最初の数回こそ『西森さん』が混ざったものの、それ以降は『未帆』で統一されている。一方の未帆も、一応は『澪ちゃん』で統一は出来ているが、毎回『酒井さん』が混じろうとしてくるのである。
「そんなこと言わないで、ね? ……そっかー、出来ないんだー。亮平くんは、『冷たい』だなんて言ったことないし、心でも思ってないと思うよ?」
(それは嘘だ! 言ったかどうかはともかく、雪玉なんてぶつけられたら冷たいに決まってる!)
正攻法では本丸が陥落する気配がないと見るや、澪はB面攻撃に切り替えてきた。遠回しに『亮平が出来る事が出来ないなんて』という趣旨が伝わってくる。
亮平は未帆のような寒がりではない。かといって、澪のように半袖半パンで外出できるほど寒さに強いというわけでもない。いわゆる『普通』だ。雪玉をぶつけられて冷たいなどと感じないはずがない。それとも、もしかすると冷たさを痛みが勝るのだろうか。
「……そもそも、勝ち負けの定義が付かないし」
出来るだけ他種目での決着を望む精神が、粗探しへと未帆を走らせた。
「どっちかが『降参』って宣言するまででもいいけど……。それじゃ、意地でも終わらなそうだし……。そうだ、亮平くんに判定してもらえばいいんじゃない?」
なるほど、と一瞬思ったがすぐに考え直す。未帆達は亮平をどちらが誘うかを競い合っているのだ。ないとは思うが、万が一にも判官びいきされても困る。
「でも、それだと意図的に亮平が一方に肩入れしちゃうってこともあるんじゃない?」
「そっかー」
未帆からの懸念を受け、澪は腕を組んで斜め上を見、しばしの間思案していた。
「もし、亮平くんが適当にジャッジしてそうだったら、その時は二人で雪玉でもぶつけてやったら目が覚めて正しく判断してくれるようにしちゃえばいいの」
相変わらず藪から棒に提案が突き出される。発想の転換という言葉はあるが、澪はもはや発想が359度回ってしまったような感じだ。つまり、いつもやっていることとあまり大差がない。
そもそも、雪玉をぶつけて正常に判断を下せるようになるのなら、最高裁判所に雪をわんさか持参すればいい。検察や弁護士が何か言う度に雪を浴びせれば、正しい判決に導けるはずだ。第一回最高裁判所内雪合戦大会の開催である。
それに、亮平はめんどうくさいことに関して無気力な傾向がある。人に付き合わされたことに関しては、特に。今回の雪合戦についても同じだと未帆は思う。よって、澪の提案を飲んだ場合、高確率で亮平はまともに雪を顔面に食らってしまう。
また、亮平が未帆達に反発してくる可能性も考えられる。その場合、どのように説明して亮平を引っ込ませるかも考えなければならない。原則手を出した方が悪くなるのは自明の理なので、やや分が悪くなるだろうが。
(なんやかんやで、亮平のこと巻き込んじゃってるよね、私たち……)
未帆本人は、亮平のことに関しては感情に揺さぶられて行動することが多いのだが、その度に亮平が挟まれているような気がする。我に返った後に『亮平に申し訳ない』という気持ちが湧くのだが、既に時間が経過して亮平に切り出せないことも多い。
それでも、それを何故だが楽しく思ってしまう未帆も存在するのである。もちろん行き過ぎた場合はそうはならないが、澪と共謀することが『楽しい』と感じるようになってきているのである。未帆と澪は、立派な親友の関係でもあるのだ。少なくとも未帆はそう考える。
「亮平の性格的にどうかとは思うけど……。無気力なこと多いし……」
想定済みと言わんばかりに、澪が胸を叩く。
「そんなこと分かってる。でも、ね?」
『あえてぶつけるようにしよう』と言わんばかりに、澪に小悪魔的な笑みが浮かぶ。
「事前に伝えておけば、亮平くんも文句を垂れてこないと思うしね」
二人の間で取り決めをしたからと言って、いきなり集中攻撃をしてしまっては、亮平から反発されるかもしれない。事前に伝えておけば、そういったまずい状況になることを防ぐことが出来る。ぶつけた後にどうやって弁明すべきかと考えていた未帆には思いつけなかった。
「さーて、そうと決まれば善は急げ、もう一回亮平くんの家まで行って、公園まで連れ出しちゃおうよ! いっつも雪が一番残ってるから」
『善』どころか『悪』だと思うが、そんなことを突っ込んでも澪は気にしないだろう。
そして、澪は肝心なことを忘れている。
「待って! 勝ち負けの定義が付いてないっていうのは解決したけど、賛成したわけじゃないよ?」
そう、参加する本人の同意だ。これが無くてもいいのは、当の本人が小学生などの意思決定が無いと思われる場合に限られる。塾も、無理やり行かされそうになれば家に引きこもってボイコットしてもいいのだ。
「なら、未帆の負―け、私の勝ち。寒いだけで反対なんて認めない!」
澪が口をとがらせる。
単純な言葉ほど効果がある、シンプルイズベストとはこのことなのだろうか。真っ向から反撃に移られると、受けきることは困難だ。攻撃が単純なだけに正論を展開すれば優勢になるのだろうが、あいにくそんな論理的思考力は身についていない。それに、ライバルに一方的に言われて黙っていられるほど、未帆は気が長いわけでもない。
(言いくるめられたらいいんだけど、何言っても無駄だろうし……)
暖簾に腕押し、澪は例え名軍師の進言だろうと聞き入れそうにない。
「……分かったー! でも、次は私に決めさせてよね!」
未帆は半ば自暴自棄に、澪の案を支持した。
「次があるかどうかも分からないけど?」
イヤミを言われる。澪が唇の上半分に舌を一回転させた。『この勝負もらった』とでも思っているのだろうか。
(でも、勝負なんて蓋を開けてみるまで分かんないじゃん。クリーンヒットすれば勝ち目はあるし……)
ただ、ぶつけられた雪が溶けて内部にしみ込んでくれば自分から降参してしまいそうだ。外にいるだけで体が凍えるというのに、内側からのダブルアタックを食らっては終戦である。
「さ、行くよ? 来なかったら不戦敗ね」
澪が立ち上がり、正面の扉を開けて階段を駆け下りて行った。未帆の逃げ道を封鎖していくスタイルだ。
未帆もある程度予想していたので、体が澪についていくことが出来た。玄関で澪に追いつく。
(亮平、怒らないかな……。優しすぎるから大丈夫だとは思うんだけど、そういう優しさに甘えちゃっていいのかな……)
ふと、そんな不安が脳裏をよぎった。
前回投稿からかなり時間が空いてしまいすみません。
(定期投稿は未だ凍結中です)
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