124 戦争勃発?④
また未帆視点になります。
(やっぱり寒い……。早く帰ってストーブにでも当たりたいな……)
亮平の家を出た後、未帆は帰路へとついていた。クーラーの設定温度が0度になっているかのように、全身に冷たさが染み渡る。防寒着など無視するかのように、寒気は隙間を縫って入り込んでくる。
はたから見れば、未帆の服装は蒸し暑そうに見えるだろう、冬とはいえ。しかし、実態は違う。
本来空気の層を作ることで断熱材となり、内側まで冷気が入ってこないようになっている。だが、そもそもの空気の温度が低ければ話は違ってくる。特に、未帆のような『超』がつくほどの寒がりには余計に響く。
(白い息が出ちゃってるよ……)
息をするたびに、白い霧のようなものが出る。冬になれば全国どこでも(とは言っても沖縄はよく分からない)見られる現象ですら、特別なものだと思ってしまうくらい精神的に参っている。
一刻も早く帰宅したい一心でブロック塀を右に曲がりかけた未帆。
「捕まえちゃったー」
「ひゃ!?」
両肩をガシッと掴まれ、抜けた悲鳴を上げてしまう。赤の他人に触られた子猫のように、肩が反射的にブルブルっと震えた。慌てて後ろを振り返ると、澪がしてやったりという顔をしていた。
「もしかして忘れちゃった? 何をして競うか、まだなーんにも決まってないから、今日の内に決めちゃおうと思ったの。そのためには西森さんを捕まえないといけないでしょ?」
それと後ろからドッキリ風に仕掛けてくることとは関係がないはず。酒井さんが言っている事も筋は通っているのだが、後半は建前な気がしてならない。『捕まえる』という言葉は表現の仕方の綾だとしても、明確に未帆をビックリさせようという趣旨はありそうだ。そうでなければ、所々酒井さんが空を見上げて何やら考え込む仕草を見せた理由が見つからない。
「それだからって、後ろからガシッてする理由にはなってないよ?」
「そこら辺は気にしないで。それより、今日私の家空いてるんだけど、ついでにどう?」
日本語は主語を省略しても大丈夫という、世界的に見ても極めて特異な言語だ。それゆえに、省略されている主語が分からなくなる時がしばしばある。今回も、何のついでに酒井さんの家に行くのかが分からない。サブは明示してあるのにメインが隠されているときのモヤモヤ感が募る。
「ついで、の主語をちゃっと言ってくれないかなー? 省略されたら分からないじゃん」
「そんなの、流れで分かってよ。『何をして競うか』に決まってるでしょ!」
何が決まっているのやら。未帆の予定帳が、酒井さんによって次々に埋められていく。拒否すれば間違いなくクリスマスの日の主導権はない。
(一秒でも長く、亮平のそばに居たい)
その想いが、未帆を突き動かしていた。
「……分かった」
こうして、未帆は酒井さんの家へとお邪魔することになった。
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住宅街の中を右へ左へ進んでいったその先に、『酒井』という表札はあった。どこぞやの道場のような昔風の木札……ではなく、石に文字が彫刻されたものだ。
「着いたよー」
酒井さんが玄関のカギを開け、未帆を手招きする。それに素直に従って、家の中へと上がり込んだ。
「先に二階に上がっといてねー」
後ろから酒井さんの声が追いかけてきた。視界には階段とリビングらしき部屋が見えるので、二階ということはきっと酒井さんの部屋なのだろう。そんな憶測を付け、未帆は階段を一歩上る。
「あ、物色は絶対にしないでよ!」
「するわけないから!」
信用が無いと思われているのか、未帆だけに対する反応なのか。後者なような気はするが、確証は持てない。
階段は途中で折り返して上に向かう構造になっており、折り返し部分には写真が一枚、額に入れられて置かれていた。酒井さんとその家族の写真だろう。ピースサインをして笑顔がはじけている酒井さんが中央に、両親と思われる大人がその後ろに立っている。
(これ、撮る人は? ……あ、そっか。時間でシャッターが切られるカメラでも使ったんだろうなー)
わりかしどうでもいいことを考えながら、未帆は二階に辿り着いた。が、
「……どの部屋?」
二階には部屋が三つあり、外見からではどれが酒井さんの部屋か分からない。順番に部屋を見て行けば確実に分かるだろうが、他人の家に上がり込んでおいてそれはしにくさを覚える。それに、入ってはいけない部屋があるかもしれない。
「一番右」
「ふぇー!?」
突然耳元で力強くささやかれ、本日二回目の力のない音をさらけ出してしまった。
(恥ずかしい……)
それでも。ここに亮平がいなくてよかったと心から安堵した。もし亮平に聞かれていたら、穴があったら入って100年ぐらい冬眠していただろう。そういう意味ではまだ未帆はラッキーなのだ。
腑抜けた声を聴かれるのは、基本として喜ばしいことではない。聞き手が可愛く感じたとかそうでもなかったとかは関係ない。抜けた声というのは、自分自身の気持ちに大いなる影響を与えるのだ。
「もー、今日二回目だよ、全く……。西森さん、絶対ドッキリ耐性なさそう」
「そんなわけ……ある」
尻すぼみに肯定した。ドッキリ耐性が驚かしに対する耐性のことなら、確かに未帆には備え付けられていない。お化け屋敷に行こうものなら仕掛けが発動する前にサッサと通り過ぎるほどなのだ。
よって、不意に話しかけられたり目の前を通り過ぎられただけで心臓がビクビクと動くような感覚がする。酒井さんがやったように後ろから肩をつかまれたり、耳元でいきなりささやかれたりしても同様だ。きっと亮平なら動じなさそうだが。
「さ、入った、入った」
酒井さんが一番右側の部屋のドアノブを下に押し下げ、躊躇なく未帆を部屋の中に押し出した。直感で何となく想像してしまった見渡す限りピンク色……では当然なく、下はただのフローリングだった。左奥隅にベッドが置かれているが、掛け布団らしきものがどこにも見当たらない。ついでに、暖房器具すらもない。エアコンはついていたが、酒井さんのことといいこの部屋の様相といい、暖房をかける気はさらさらなさそうだ。
「寝るとき、寒くない……?」
それでも、聞かずにはいられない。現に、未帆なら一日で凍死してしまう。
「たまに『寒いな』って感じちゃうことはあるけど、そこは上に何か掛けて寝るから大丈夫!」
(これ、仮に酒井さんの家でお泊りすることになったとしても、冬は布団持参じゃないと無理だな……)
少なくとも雪山サバイバル並みの装備をしないといけない、と考えたところで、ふと自分自身のことを思う。
(でも、それなら酒井さんにとっては、私の家は熱中症で死んじゃいそうなくらい暑いって感じるんだろーなー……)
体感温度が人と大幅にズレている人にとっての普通が、普通の人にとっては全く持って普通ではないことを初めて実感すると共に、自分自身もそうであることへの不安を感じた未帆であった。
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※何度も視点変更をしてすみません。




