121 戦争勃発?①
※本編前話(120話)の最終部分の内容を若干変更しています。
―――未帆視点になります―――
時は、亮平がまたしても二人の厄介ごとに巻き込まれることになった、今からほんの数時間ほど前の放課後までさかのぼる。
(あと明日だけ、あと明日だけ……)
未帆は、お経を読んでいるかのように、その一言を一心不乱に心の中で繰り返していた。それも無理はない。明日の学校が終われば、学校は冬季休業期間に突入する。中学三年生の宿命として、休みまるまるを使って遊ぶわけにもいかないが、それでも長期休暇というものは嬉しいのである。昔の時代の人でさえ、お盆と正月は仕事が休みだったらしいのだ。
学校が終わったのが午後3時半ごろとはいえ、まだ辺りには一面に新雪が降り積もっている。気温も平気で氷点下になるこの時期、ごく一部の超人か変人を除いて、誰も寒さに必死に耐えていることは言うまでもない。
ただ、未帆にはその耐えている組の中でもトップクラスに弱い。もちろん、その理由は単に『暑がりだから』『寒がりだから』という問題ではない。
(うう……、凍え死んじゃう……。去年までは雪が積もること自体マレだったのに……)
そう、未帆は去年まではここではなく、埼玉の方に住んでいたのだ。埼玉と比べるとかなり北に位置するこの山間部にも近い町では、冬季の寒さの厳しさが天と地ほど違う。北海道の内陸部ほどではないにしろ、防寒具なしではとても外に出歩けない。
おまけに、冬になると北西に季節風が強くなるばかりに、頻繁に吹雪が町中で猛威を振るうのだ。半袖半パンで外出した日には、地獄へ真っ逆さまに落ちる。
故に、未帆は三重に服を着た上に、さらに防寒着を二枚重ねるという冬山登山者もビックリな完全防御態勢だ。他に未帆のような大げさな恰好をしている生徒は誰一人いないため少し浮いてしまう部分もあったが、とくに未帆は気にしてはいなかった。ブクブクになっているがゆえに歩きにくいのが弱点といえば弱点になる。
「にーしーもーりーさーん? その恰好、ちょっと大げさすぎない? いや、寒いのは分かるんだけど」
そう、酒井さんに悪意含みで指摘されるまでは。
「……そういう酒井さんだって、人のこといえないじゃん……」
転校から早九か月。そろそろ『酒井さん』ではなく『澪』と亮平がいつも言っているように呼び捨てにするか、それとも何か適当なあだ名をつけて呼んだ方がいいのではないか。そんな葛藤があった時期もあったが、今現在は保留になっている。卒業までには名前で言い合える仲にまで成長してくれていることを未帆は願っている。
「……それは、そうなんだけど」
酒井さんも、あくまで自分が外れているというのは肯定してくる。流石に、この冬の真っ盛りに半袖半パンで登校してきている人が標準スタイルなのだとしたら、その学校は毎年特殊な訓練を全生徒対象に実施しているとしか思えない。
「はっきり言っちゃってもいい? ……酒井さん、その恰好で風邪ひいたことないの?」
だから、これだけは言わせてほしい。
「まあ、ね」
即答。てか若干自慢気に笑顔になっているのをやめてもらいたい。未帆が寒がりだからといって、別に劣っているわけでもない。第一、風邪を引く確率はどう考えたって、酒井さんの方が高いであろう。
「とーにーかーく、胴体がブクブクになるくらい着こむのはいくら何でもかっこ悪いと思うけど?」
特に何も言い返せない。そもそも、漫画でよく見るような衣服の重ね方に未帆自身がなってしまうとは、本人でも想像しえなかったのだ。せめてあと一枚くらいは外すべきなのだろうか。
「亮平くんだってさ、『平気』とまではいかないけど、十二月の上旬くらいまでは上が半袖だったし……。西森さんとは釣り合ってない!」
「つ、釣り合ってないってどういうこと?」
寒さで頭の回転が鈍くなってきている未帆も、流石に反応した。何の脈絡も無しにぶち込まれる『不釣り合い』に、自然と語尾が上がった。未帆と亮平がどんなふうに釣り合っていないというのか。重さなら確かにそうだといえるが、そのような冗談成分多めのことを酒井さんが言うはずがない。もし冗談を言いそうなら、発言の途中で必ずボケとツッコミが両方入っている。
そして、この『釣り合っていない』が別の意味のことだとするならば……。理由を聞かねばいけないようだ。
「ごめん、口滑っちゃった。今の、ナシ!」
珍しく酒井さんの方から非を認めた。酒井さんは目を未帆から若干逸らし、目線も斜めに床に突き刺さっている。いつもは酒井さんがなかなか非を認めず、そしで話が亮平に周ってようやく解決するというおなじみのパターンだった。最近は少しずつ亮平を経由することが少なくなってきていると感じるが、それでもまだ多いイメージはある。
『ビュゥゥゥゥーーー!』
一瞬のうちに突風に背中を突かれた。風圧によって前後の体重のバランスの均衡が崩れ、前へ前へと未帆の体を押し倒そうという力が加わる。こういう時に重ね着た防寒具というものが邪魔にもなり、またクッションにもなる。ブクブクに膨れていることによって手がうまく着きにくいというデメリットと、倒れたときの衝撃を重ねた防寒着等が吸収してくれるメリットのことだ。
未帆は、重力と風圧に身を任せようとした。だが、偶然未帆達が歩いていた場所がよりにもよって十字路の、見通しが悪く信号も設置されていない交差点だった。そしてこれまた運の悪いことに、貨物が詰まれてある中型トラックが横切ろうとしている一、二秒前だった。
交差点の左右が見える位置にまで頭が移動したとき、未帆の全身から血の気が引いた。
(トラック……?)
脳が理解するよりも早く、未帆は己の感性で危機を感じ取っていた。ここで死線をなんども潜り抜けてきたような猛者ならば、即座に適切な行動をとれて、助かっていただろう。しかし、未帆には戦争に参加したことも無ければ、負けたら貪られるという一発勝負が連続する世界を生き抜いてきたわけでもない。未帆は、何も出来なかった。
そうこうしている内に、脳がようやく状況を理解する。不思議と恐怖感が消え去り、ただただ『無』という感情が支配していた。
(……)
「あっ!」
未帆は両瞼を閉じ、あとはひたすら時が経過するのを待った。先ほどまで寒さで凍え死にそうだったのはどこへやら、今は身体の全感覚器官と感覚神経が機能していないのではないだろうか。
さらに時は過ぎる。まだ衝突した衝撃は走らない。もう少し時間の進行のなすがままにされてみる。
しかし、未帆に伝わってきたことは、一つだけであった。背中部分から誰かが吊っていて、そのおかげで自らの足がギリギリ地面のコンクリートの上に踏ん張れていたということだった。
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(まだ定期投稿再開は凍結中です)




