107 夏祭り二日目④
胃からの空気の逆流がようやく収まってきたころ。相変わらずの未帆が爆弾発言を投下しだした。やたら未帆が過剰に反応していた『間接キス』問題だ。
未帆がなんでもかんでも他人に話そうとするのはやめてほしい。だが、止めようにも元凶が亮平であることが多いので強くは言えない。『気をつけろ』と言われても知らず知らずのうちに行動してしまっているため、自制の仕様がないのも悩みどころだ。
(そもそも、間接キスがどうしたと。気にすることでもないと思うけど)
そう思うのも亮平だけらしい。影島さんも、見事に話に食いついてしまった。
「普通、気付かないかな……。わざとだとは思ってないけど、食べかけの方を取るなんて……」
「霧嶋くんは、そういうことは気にしない性格なんじゃないの? ほら、昨日言ってた浴衣の下がどうやらも、霧嶋くんは至って冷静だったし」
(そうなんですよ!)
声に出すと未帆にコテンパンに打ち負かされそうなので、控えておく。
「あ、そうだ。……西森さん、ちょっと耳貸して」
その影島さんに応じた未帆に、影島さんが何やら耳元でヒソヒソと何かささやいた。未帆の表情が緊張していき、耳が少し赤くなったような気がした。
「そ、そんなことは……。ない、よ……?」
何をささやかれたのか、未帆が縮こまっているように見てた。平気で人に漏らせるような話ではなかったらしい。
(ここで未帆に話しかけても、却って態度が硬化しそうだしな……)
話題を何とか間接キスから逸らそうと、亮平は適当な物事を考えた。
とはいえ、半端な話では返り討ちにされる。故意に話を逸らそうとしているのが相手に分かってしまっては困る。
どこか別の屋台に誘おうとすれば、なんとかなるだろうか。そう思い、未帆の思考が切り替わるような屋台を探し始めた。
射的は? いや、あそこはダメ。横岳からほぼ100%ちょっかいを受ける。未帆のことだから、十中八九間接キスの云々を話してしまうに違いない。そうなれば、事態がややこしくなる。
となると、やはり食べ物の屋台を選ぶべきか……。そこまで思考が進んだ時、亮平はある人物に目が釘付けになった。
人ごみの中に紛れ込んではいるが、知り合いではないがどこかで見たような顔。目つきが悪く、身の着こなしもだらしない。
(もしや、八条の奴らか?)
前回遭遇した時に『夏祭りが楽しみだな』などという意味深なことを言われていたのを思い出した。一気に体に緊張が走る。
見間違いの可能性もあるが、本当にいるならばそれはよろしくないサインだ。
(絶対、どこかで仕掛けてくる!)
確証はないが、恐らく人が少なくなった頃か帰路で襲い掛かってくるタチなのだろう。特に帰路になると周りが真っ暗闇な上、未帆達まで危険にさらしてしまうことになりかねない。なんとしてでも阻止しなければならない。
未帆達を巻き込まずに八条の奴らだけを片付ける方法。それは、事前に全員亮平が倒しておくしかない。ことが起きてからでは遅いのだ。
そうと決まれば、まずは問い詰めに行かなければならない。だが、現状亮平は身動きが取れない。
(体よくこの場を離れられる言葉は……)
おかしな動機で未帆達と別行動をしようとすれば、未帆に不審に思われて後ろをついてこられてしまう恐れがある。確率としては低いが、未帆はそういうところは行動力がある。
「未帆サーン。ト、トイレ行ってきていい? さっきのかき氷の奴で腹壊しちゃったみたいで……」
半分本当で、半分嘘である。トイレに行きたいのは本当だが腹を壊してしまったわけではなく、ただ単に飲み物の飲み過ぎてある。
嘘で塗り固められているわけではないので、演技が嘘っぽくならないのもいい点だ。
「わざわざ内容まで言わなくていいから、もう……。亮平が戻ってくるまで、影島さんと適当に屋台見て回るから」
未帆に許可を得た亮平は、即刻八条学園の生徒だと思わしき人物の元にへと足を運ぼうとした。が、しかし亮平は今さっき言った内容を失念していた。
「亮平? 急いでるのは分かるんだけど、トイレはそっちじゃないよ。反対側」
そう、会場唯一のトイレがある校舎側とは反対方向に行こうとしていたのだ。これでは、呼び止められるのも無理はない。
『ありがとう』ととりあえず礼を言っておいて、亮平はトイレがある校舎の方へと走っていった。
未帆達から死角で見えなくなるところまで移動して、亮平は方向転換した。
(さて、ここからどうするか……)
まず、どうやって八条学園の生徒と思わしき生徒にアプローチするかだ。未帆に見つかれば、当然連れ戻されるので未帆に見つかってはいけない。つまり、未帆に見つからない場所で接触しなければならない。
(これ、無理だろ……)
行き当たりばったりの亮平の計画は、第一段階でいきなり詰んでしまった。どんなクソロールプレイングゲームでも、初期の時点で詰むものは数少ないだろうに。
トイレを済ましている内になにかいい案が思い浮かぶだろうと考え、校舎の中へと亮平は入った。
校舎の中はいつも亮平が学校で見ているような教室の扉が並んでいる。奥には入れないようにシャッターが閉まっていた。
亮平が男子トイレの中へと入ろうとした、その時。
「あの、霧嶋先輩ですか? ちょっと分からないことがあるんですけど……」
一、二年生だろうか。それにしては素振りがあからさまで、どう見ても怪しい。右手が体の後ろに隠れているのも気になる。そもそも亮平の覚えている中では全く接点が無く、なぜ苗字が分かるのかが謎だ。警戒モードに入り、いつ不意打ちが来てもいいように心の準備をする。
「分からないことって、どういう?」
途端、先ほどまで体の影に隠れていて見えなかった右手が亮平の前に飛び出した。亮平は、条件反射でサッと後ろによけてそれを躱した。
「あえて答えてやる。なんで一人で別行動したかってことだよ!」
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