103 夏祭り一日目⑧
亮平視点に戻ります。
『えー、ただいま九時となりました。今日の東成中学校区祭りは終了とさせていただきます。本日は足をお運びいただき、誠にありがとうございました。明日はビックイベントが予定されておりますので、良ければ明日もぜひお参加ください』
すでに人もまばらとなっている中、校庭にアナウンスが響き渡った。屋台も片付けに入っているところがちらほらと見える。
亮平たちの射的屋の屋台も片付けを始めようか、というとき。
「・・・・・・」
亮平は、屋台の端にうずくまってうとうととしていた。いや、寝ていただろうか。
「亮平、もう終わりだよ。終ーわーりー」
未帆に肩を揺さぶられ、仕方なしに亮平は薄目を開く。正面で未帆がかがみながら、心配そうにこちらを見つめていた。
「んぁ・・・・・・。分か・・・・・・ったから」
瞼が落ちてきそうなところを指を使ってこじ開け、筋肉にありったけの力を入れてようやく立ち上がった。
「そろそろ屋台の片づけ始めたいんだけどさ。霧嶋・・・・・・、お前が寝ぼけて作業すると却って危険そうだから、お前抜きでやるわ」
「・・・・・・賛成、かな。亮平って、あんまり自分の意識がない時は何しでかすか分からないからなー」
「横岳くんと西森さんに同じく」
(俺って、本当に普段どういう目で見られてるんだろ・・・・・・)
聞いてみたい気もするが、いまはその気力すらない。眠気で頭がなかなか回転してくれない。
眠い理由の内の一つは、亮平自身の普段の生活リズムにあることは間違いない。亮平は平常時、九時には寝れるような体制に入っている。その分早く起きるのだが。
しかし、生活リズムだけが原因だとは亮平には考えられない。他の眠気が襲ってくる原因としては、
(やっぱりこの二人、未帆と澪かなあ・・・・・・)
未帆と澪の二人に散々オモチャのように振り回されたことが考えられる。
思い当たることはいくつもあるが、まず未帆から思い出してみる。
まず、『ほかの屋台に一緒に行こう』というねだり。これは亮平も悪い部分はある(最初に『ほかの屋台に行きたい』と言い出したのは亮平)のだが、未帆の態度が強硬だった分、説得するのに時間がかかった。
次に・・・・・・、というところまで回想して、
(あれ? もしかして、今日起きたことほぼ全部未帆と澪がセットになって関わってる?)
亮平の浴衣発言暴露、ケンカした挙句役割放棄、安眠妨害(これに関しては亮平が100対0で悪い)・・・・・・。未帆と澪、二人とも関係していることばかりだ。
浴衣発言暴露は亮平自身にも反省点が多いので飛ばすとして、ケンカした挙句役割放棄。おそらく亮平が今日一気力を消費したであろうトラブルだ。
事の成り行きは、こうだ。
まず、未帆が『的の位置がちょっとずれている』的なことで澪にキツイ言い方で指摘した。亮平は射的本体の方を見ていなかったのでどれ程ずれていたのかは分からないが、少しキツイ言い方だったのは耳に残っている。
それに澪が反発して、反論した。それに未帆も反発して、口喧嘩に発展。亮平がその時『厄介なことにならなきゃいいけど』と思ったのはいつものことだ。
(ここまでなら、これまでにも何度かあったけども)
ここで二人が和解する流れになればよかった。しかし、口喧嘩はヒートアップ。放送禁止ワードこそ出てこなかったものの、ちょくちょく暴言が混じるようになっていた。
亮平は、『いつものことだ』と思って仲裁に入った。だが、これがいけなかった。皮肉にも、泥沼化への引き金を亮平自身が結果的に引いてしまってしまったのだ。
ケンカ中に人に仲に入られたら、どう思うだろうか。おまけに、ヒートアップして感情が高ぶっている中、である。
『西森さんが悪いの! あんなにきつく言わなくていいし、そもそもズレてなかったし』
『勝手に切れた酒井さんが悪いんでしょ?』
『語彙力のない子供同士のケンカか』。小学校低学年でよく耳に入って来そうな言葉の応酬を続けざまに浴びせられた。だがしかし、二人は留まることを知らない。
『どっちが悪いと思う?』
『いーや、絶対に酒井さんが悪いから』
正直、くだらないことでケンカをしてほしくない、と亮平は思った。的がずれてたとかずれてなかったとかは些細なこと。きつく言ってしまったのならすぐ謝ればいいし、言われた方も言われた方で、わざわざ強気で反発する必要性はない。まったくもってない。
二人が本格的なケンカに発展した弊害は、すぐにやってきた。コルク弾の回収や的の立て直し、景品の用意などが遅れたせいで、進行が遅れてくるようになったのだ。
(本来なら、二人を無理やり押さえつけて役割に戻さないといけないんだけど・・・・・・。俺が入っても帰って油に火を注ぎそうだしな・・・・・・)
亮平はそう思い、自分の会計の役割と兼任して雑用もし始めた。しばらくすれば未帆と澪の二人もある程度冷えて、冷静になるだろうと。
だが、事態はそう簡単には進まなかった。ケンカは一旦止まったが、お互いに反発しあっているせいで行動がいちいち遅い。接触しては口喧嘩が再発するので、全く仕事がはかどらない。
結果、亮平は自らの仕事以外の余計なことまでする羽目になったのである。
(そんなこと考えてるうちに、また眠くなって・・・・・・)
亮平の思考を、強烈な睡魔が邪魔をする。
「霧嶋、あとは俺が何とか片付けとくから。お前は早く帰れ、顔が眠たそうにしてるぞ? あと、明日は今日の代わりで片付け手伝ってくれよー」
(・・・・・・眠い)
言葉もあまり入ってこないが、帰れと言われたのだけは分かった。
亮平は、酔っぱらった人のように足元をフラフラさせながらゆっくりと出口の校門に向かって歩き始めた。
「・・・・・・肩、貸す?」
未帆は、亮平の様子を見かねたらしい。
(・・・・・・)
時間をかけて判断する猶予はなかった。眠気が刻一刻と、亮平をむしばんできている。
「・・・・・・お願い」
亮平はそれだけいうと、未帆の左肩に右腕を置き、首に半分巻きつけた。未帆に腕がホールドされたのが感触で分かった。
後ろから感じる冷たい目線には一切気付くことなく、亮平は未帆につられる形で帰路に着いた。もちろん最後までその状態だったのではなく、途中で未帆と別れ、自力で自宅までたどり着いたのは言うまでもない。
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