098 夏祭り一日目③
最初は誰も屋台に来ることは無かった。だが、時間がたつにつれ、少しづつ人が射的に来るようになった。
そもそも娯楽に入る射的屋は飲食の屋台と違い、大量行列が出来るようなものではない。『祭りは基本食べるもの』というのが、亮平が考えている祭りに対する意識だ。
そしてまた人が一人、射的屋へとやってきた。横岳が対応し、亮平は人が払ったお金を横岳から受け取る。
「霧嶋、おつり!」
「あ、やべ」
さっき、亮平には千円札が手渡された。いままでは100円硬貨二枚で払う人しかいなかったので、ついおつりを渡すのを忘れていた。
すみません、とお詫びの言葉を付け加えて、800円をおつりとして返した。
「おつりぐらいちゃんとしろよー」
「初めて札がきたから・・・・・・。次からはちゃんとしますよ!」
自虐を少し込めて言葉を返した。
「あ、亮平じゃない? 横岳くんの手伝い?」
そのとき、亮平に声がかかった。友佳だった。
「なんで横岳の手伝いだと?」
「だって、亮平は自分から屋台出さなそうじゃん? 『面倒臭い』って言ってさ」
友佳の予想は、すべて合っている。横岳から誘われなければ、亮平は屋台の店側に立つことは無かったはずだ。
「友佳、聞いてよー。亮平が『浴衣なんて着るだけ無駄』って言ったんだよ?」
「・・・・・・亮平がいかにも言いそうー」
未帆が話を盛ってしまっている。『浴衣を着るのが面倒くさい』とは言ったが、無駄とは一言も言っていない。
しかし、その盛られたままで、話は進行していく。
「それで、亮平君が『浴衣って下パンツだけなんだろ』って・・・・・・」
「事実は事実なんだけど、『そんなダイレクトに言わなくても』って考えちゃうな、私は」
グサッ。
「直球に言わなくてもいいところで、言っちゃうのだなぁ、亮平は」
グサグサッ。
(本人の前でそんなにズシバシ言わなくても・・・・・・)
女子三人の女子会が目の前で始まってしまった。
それも、話題が亮平のことについてばかりなので、一文一文が心に矢のように突き刺さる。反撃しようにも、カウンターが来るような気がしてできない。
また、この場を離れるという選択肢も取れない。亮平はあくまでも『会計』という役割がある。それを放棄することはできない。
「ほ、本人の目の前でそんな心の痛くなるような話はやめていただきませんかね?」
「じゃ、どこでしろっていうの?」
「どこか、別のところでも・・・・・・」
「店番があるから離れられないでしょ。それに、全部亮平の自業自得だしね」
(未帆サン、からかうような素振りで言うのはやめてもらっていいですか?)
たぶん、未帆と澪の気が済むまで終わらなさそうだ。亮平は、あきらめかけた。
「話すのはいいんだけどさ、店の前で話すのはほかの人の邪魔になるから、ちょっと別の場所に行ってくれない? あと、西森さんも酒井さんも、自分の役割覚えてる?」
「「あっ!」」
未帆と澪、二人の声が重なった。
倒された射的の的とコルクの弾が、後ろに散らばっていた。また、弾を全て吐き出した銃が、台の上に散乱している。
二人は、慌てて整備へと向かっていった。
「・・・・・・なんか、ごめんね。亮平が珍しく店側にいたから、ちょっと寄ってみたんだけど・・・・・・」
「いやいや、友佳は悪くないって。元をたどれば、ああなったのは俺のせいだし」
「じゃ、私は普通に楽しんでくるから」
友佳はそういって別の屋台の方へ行きかけ、何かを思い出したかのように体をこちらに反転させた。
「あ、そうそう。浴衣の話、あれは言っちゃダメなやつ。分かった?」
「・・・・・・次からは絶対に言わない。意地でも言わない」
言ってから気付いたが、意地というか、心の本音がそのまま出てきてしまうところを改善しなければ意味が無いようにも思える。
それじゃあね、と手をこちらに振ってきた友佳に、亮平は手を振り返した。
(これ以上、トラブルは起きないよな・・・・・・)
しかし、その願いは、正面から粉々にぶち壊された。
「あ・・・・・・、霧嶋・・・・・・」
(ゲ、湊・・・・・・)
湊本人に自覚はないだろうが、立派なトラブルメーカーだ。
湊は口数が基本少ないので、何を考えているかが分かりずらい。その代わり、言う言葉すべてが、的確かつ急所を言い当てているのだ。
また、人にとって良いことだろうが悪いことだろうが、まったく気にせずにスパッと一言だけ言うことも多い。タイプとしては友佳と同じなのだが、制御が全くできない分、友佳よりタチが悪い。
変にいらない話をされて、今は鎮まっている未帆と澪が再燃してしまっては困る。並べく火種を立てないようにしなくてはいけない。
亮平が、何をどう話せばいいのかを必死に考えていた、その時。
「霧嶋くん、私のこと、覚えてる?」
赤の他人、というわけではない。どこかで見たことはある。いや、それだけではなく、共に行動したような気がするのだ。
「霧嶋、この女の子、誰・・・・・・。知り合いか・・・・・・?」
「覚えてないか・・・・・・。それなら、修学旅行。これで、分かる?」
(修学旅行、修学旅行・・・・・・)
そして亮平は、一人の名前を思い出した。
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