095 板挟み
お盆なんて無かった。それが、亮平の正直な気持ちだった。
一週間の完全な休みというのは、本来どのような苦痛からも開放されるはずなのだ。しかし、亮平はその真逆になってしまった。
家に閉じ込められる、遠い場所で置いてけぼりにされる、勝手に目の前で脱がれて勝手にぶちのめされる・・・・・・。理不尽なことが頻発した。
どれも直接の原因は従姉の美羽なのだが、周りの人間も亮平がいないことに全く気付かないなど、美羽以外にも明確に責任がある。
とにかく、亮平はお盆期間中で完全にメンタルを全損した。なので、今日の最終打ち合わせには心を一旦休ませようという気持ちで来たのだが・・・・・・。あの相性が最悪な二人のことをすっかり忘れていた。
「店番なんてめんどくさいんだから、酒井さんがすればいいじゃない。私は、亮平と何か別の役するから」
「勝手に役割押し付けないでよ! 何も、亮平君と西森さんが一緒になるとは決まってないでしょ?」
「とにかく・・・・・・」
「だから・・・・・・」
目の前でこれだけ口論をされては、落ち着かせたいものも落ち着かない。
そしてこの二人の場合、問題がどこにたどり着くのかというと・・・・・・。
「亮平はどう思う?」
「亮平君は?」
そう、亮平の元に回ってくるのである。これが厄介だ。
何度も身に染みているが、この場合は一つ返答を間違っただけで地獄に落ちる。どちらかを擁護する発言をすればもう片方から、逃げるような発言をすれば双方から、大バッシングを受けてしまう。
「そこの御三方、すぐにケンカをおっぱじめるのは良くないですぜ? 役割決めるぐらいで、ケンカするなよな」
江戸時代風の口調が混じっていた。横岳だ。
(ナイスタイミング!)
板挟みで苦しくなったところを、開放された。絶妙のタイミングで間に割ってくる横岳は、流石と言っていい。むしろ、亮平がピンチになるギリギリまで焦らしているのではないか、という疑惑が生まれるぐらいだ。
「四人しかいないんだから、そこは譲り合いの精神ってものを・・・・・・」
「譲れないものも世の中には山ほどあるって知ってる、亮平?」
「それはバスの優先席とかのやつで、今は関係ない!」
横岳に便乗して未帆達を収めようとしたが、逆効果だったらしい。鎮火しかけた火の手が、また勢いを取り戻してしまった。
そもそも当日の役割というのは三つしかなく、お客さんとやりとりをする店番、的をもとの位置に直したりコルク弾を銃に詰めたりする雑用、お金の計算の会計の三つだ。
本来ならば会計に二人ほしいのだが、一人だけだと雑用が忙しくなりそうなことは目に見えている。なので、雑用が二人、会計が一人、店番が一人といった構図になっている
未帆達がなりたがっている役割は、二人必要な雑用。亮平を引き込もうと必死になっているが、正直雑用よりも会計をやりたい。
(計算なら得意分野だし、雑用はめんどくさそうだもんな)
かと言って、亮平から『二人で雑用をすればいい』と言えば、どちらも反発しそうなことは分かる。二人とも敵に回して勝つ方法は、無い。
「なるほど、なるほど・・・・・・。西森さんと酒井さん、二人とも店番は嫌で、霧嶋と相手が一緒になるのも避けたい、と・・・・・・」
「それで合ってるよ、横岳君」
未帆が、横岳の状況を整理した内容を認めた。
(この状態で二人がどの役割になるかって、もう決まったようなもんじゃ・・・・・・)
亮平も希望は横岳に伝えているので、役割決めのパターンが一通りしかありえなくなっていた。
まず、店番は双方とも嫌っているのでダメ。次に二人の内どちらかが会計、もう一方が雑用というのは、亮平が店番をやりたくないため除外。亮平が雑用になるのは、必ず未帆が澪かどちらかと一緒になってしまうのでダメ。残った組み合わせは、
『横岳・・・店番
亮平・・・会計
未帆と澪・・・雑用』
ということになる。
「つまり、西森さんも酒井さんも雑用やってもらうことになるけど、いいよね?」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
二人は、何も言えなかった。横岳が正論だったからに違いない。
「決まりだな。雑用はコルク詰めたり倒れてる的を起こしたりするだけだから、実は比較的簡単なんだ。ただ、横切る時はお客さんが銃を打ってない時に、ね」
(たぶん人が射的中に横切るなんてことはしないとは思うけどな・・・・・・)
念のための注意なのだろう。横岳もあまり強調はしていない。
「西森さんと酒井さんは、しばらくのんびりしといてもいいよ。俺は、霧嶋に一応会計の仕事について教えとくから」
『霧嶋、こっちこい』と催促されて、亮平は二階の部屋へと誘導された。
「射的のゲーム代は一人200円。ただ、中学校と小学校の生徒は無料券を一枚持ってるから、その時はタダ。券もお金も計算合わないと大変なことになるから、ちゃんとしろよ。あと、何人お客さんが来たかのカウントは俺がするから。それと・・・・・・」
(責任しかないな、こりゃ)
やっぱり雑用で、未帆か澪にからまれてた方が良かったか、と今更ながら考える亮平であった。
――――――――――
「やっぱ先週のことが気になるから、俺は一人で帰るわ。じゃ」
「亮平、待っ・・・・・・」
自分のことを引き留めようとする未帆を後目に、亮平は小走りで帰路に着いた。
(先週、八条学園のやつらは明らかに俺を狙ってた。未帆のことも攻撃してたけど、あれは『邪魔だ』と思ったからだ。俺が近くにいることが、未帆に危害を加えちゃってるんだ)
八条学園のやつらがまだ亮平を狙っていることは間違いない。ならば、周囲に誰かがいるとその誰かまで巻き込んでしまう。
別に未帆を嫌っているわけではないが、亮平自身のせいで危ない目に遭ってほしくないのだ。
「おっと、いい所にいるじゃねーか」
前から歩いてきた亮平と同じくらいの身長の男子が、思いっきり亮平を睨みつけていた。その後ろには、数人の男子が控えている。制服には『八条』という刺繍が入っている。
「先週はウチの奴を一人ボコボコにしてくれたらしいじゃないか。きちんと落とし前、つけにきたんだよ」
(それは針小棒大だろ・・・・・・)
亮平は攻撃を躱しただけであり、手を出したわけではない。相手が勝手に自爆しただけだ。
「お前は強いっていう噂はどことなく耳に入ってるけどなぁ! 複数人でかかれば怖くないんだよ!」
(なんでそんな噂が流れてるんだよ。迷惑な・・・・・・)
そういう『亮平は強い』的な噂が流れてしまうと、こういった八条学園みたいなやつらは大人数で襲ってくる。必然的に、周りの無関係の人に被害が及ぶ可能性も上がってしまうのだ。
「やるぞ!」
「オッ!」
八条学園の男子らの掛け声が、何もない薄暗い路地に響き渡った。住宅が周辺にないので、誰も気づきやしない。
亮平は、短いため息を一つついた。体に均等に力が入る。
(まず、左)
拳を振り上げて殴りかかってきた先頭の男子を、拳が振り下ろされた瞬間に体の下に滑り込み、そのまま転倒させる。そして一発手刀で首を打ち、失神させた。
(あと、4人)
一人ずつかかって行っては勝ち目がないと判断したのか、四人同時にとびかかってきた。
(その突っ込み方だと・・・・・・。ま、いいか)
突っ込んできた四人と体が接触する、というときに、亮平は下にしゃがんだ。勢い余った男子四人は、亮平の真上で頭を激突させた。たまらず、男子四人はその場にうずくまった。
(漫画で見たな、こんなの。現実に起こるとはこれっぽっちも思っちゃいなかったけど)
一人は失神、四人はその場にうずくまる。亮平の方から手を出す必要も無いので、そのまま歩いて去ろうとした。
「お前な・・・・・・。まあ、いい。明日と明後日の夏祭り、楽しみだな・・・・・・」
うずくまっている男子のうちの一人が、そういいながら立ち上がった。
(夏祭り・・・・・・。もしやすると、夏祭り中に俺を襲うってことか!?)
人の目がないここ路地と違い、夏祭りは多くの人が訪れる。そんな時に亮平を襲おうとすれば、第三者が絶対に気付く。
「どうやって襲うつもりなんだ? 不特定多数の目がある以上、白昼堂々とは出来ないはず・・・・・・」
「甘い、甘いなぁー。ウチのボスが、またまたいい案を出してきてね。ほんっとに、いい案だと思うねぇー」
「なら、いますぐここで話せ」
「残念、企業秘密でして、人前では話せませーん」
(コイツ、あざけ笑ってやがる)
八条のボスとは、亮平にとって一番許し難い存在、細川久夜である。亮平より一つ学年は上なので卒業しているはずなのだが、細川は今も八条で番を張っている。
亮平は、この目の前のクソを殴りたい衝動に駆られた。しかし、すぐにその衝動を押さえつける。いま殴ったところで、何も変わりやしない。
「・・・・・・次何かしてきたら、タダじゃすまねえぞ?」
捨て台詞を吐いて、亮平は路地を去った。
本日(5/2)午後にもう一話投稿します。




