わたしの結末、私の永遠
深夜のノリと勢いです。
わたし、ローザ・マリア・デ・ルエーガーは公爵令嬢として生まれた。
お母様はわたしを産んだまま儚くなり、お父様が後添いを選ばなかったため、ルエーガー公爵家の一人娘となった。
5歳の時、後添いをとらないことを決めたお父様は、遠縁から跡継ぎをもらってきた。その子はとてもきれいな男の子で、その日からわたしの兄になると紹介された。
ずっと一人っ子だったわたしはとても嬉しくて、いつもお兄様にくっついて歩いていた。お兄様はわたしを邪険にすることなく、笑顔で受け入れてくれた。わたしが頼むと髪を伸ばしてくれ、2人でお互いの髪を結いあったり、こっそりお揃いのドレスを着て遊んだりしていた。
王太子の婚約者に選ばれたのは、9歳の時。わたしを可愛がっていたお父様は、わたしがこの国の貴族女性のトップの立場になることを喜び、幸せになれると確信していたようだ。
相手のイェーガー王太子は側室腹で、立場を盤石にするために選ばれたのがわたしだった。
出会った頃の王太子は物語の王子様そのもののように見えて、こんな人と結婚できるなんて幸せだと本気でおもっていた。
最初はなんでもないことだった。二つ年上の王太子はもちろんわたしよりもずっと体が大きく、できることも多かった。数人の遊び相手たちと共に足の遅いわたしをからかったり、お菓子を取られたり。
そのうち、持ち物を取られたり壊されたりするようになった。ひどい言葉をぶつけられるようになった。
お母様の形見の髪飾りを踏みにじられた。
お父様には言えなかった。心配をかけたくなくて、いつも笑って屋敷を送り出された。
反対に、お兄様にはいつも泣き言を言っては泣き疲れて眠ってしまうまで手を繋いでもらっていた。
そして、わたしが何も言わず、大人たちが知らないところでだんだん彼らはエスカレートしていった。
その頃彼らは、冒険や戦いの本に熱中していた。どれくらいの強さで腕を掴むとあざになるのか。椅子に座る瞬間に椅子を引かれるとどうやって転ぶのか。
鳩尾で本当に気絶するのか、池に落ちたままだと本当に風邪を引くのか。そういったちょっと気になったことをわたしで試すようになった。
ここまで来ると体に傷がつくようになり、バレないために着替えや湯あみを自分でするようになった。隠せない位置の傷は、自分で転んだらぶつけたりしたというようになった。
お兄様には何度もお父様や陛下に言うようにと言われたけれど、王太子やその側近たちからの報復が恐ろしく、またお父様やわたしを大切にしてくれる陛下を失望させたくなくて、お兄様に頼み込んで黙っていてもらった。お兄様はその頃からまるで女性のような美しさから貴族女性たちから熱い視線を受けるようになり、それを面白く思わなかった王太子にさらにわたしからの告発が加われば、我が家により一層の悪意が向くと思うと耐えられなかった。
学園に入ると、さすがに体に傷をつけられるようなことはなくなったが、相変わらず学内であっても心ない言葉を投げられ、勉強も何もかも鈍臭いと馬鹿にされた。
そのうち、王太子の周りにとある男爵令嬢が侍るようになる。
彼女は巧みに王太子をはじめとした取り巻きの高位貴族の令息たちに取り入っていった。
最初は男爵令嬢に苦言を呈していた婚約者たちも、被害者意識の塊である男爵令嬢と、彼女ばかり庇う令息たちに愛想を尽かしていった。
貴族の女性は婚姻の際に純潔を尊ばれる。特に高位貴族や王族であれば結婚式の初夜の際に純潔であることが重要になる。だから、わたしも体に傷がつくことはあっても、そういった性的なことはされなかった。
年頃の王太子には我慢できなかったのだろう。王太子の言いつけで学内の用事を済ませて戻ると、男爵令嬢との情事の最中だった。王太子はわたしに気づかなかったが、男爵令嬢は確実にわたしに気づき、そして嘲笑った。
どうやら彼女は王太子以外とも関係を持っていたようで、時折その痕跡があった。
そして、卒業パーティーで事件は起こった。
「ルエーガー公爵令嬢ローザ!お前との婚約は今日限りで破棄する!」
わたしに一気に視線が集まる。周りから人々が一歩引いた。
会場内では、音楽も話し声もピタリとやみ、このやりとりを見ている。
叫ぶ男の腕に胸を押しつけるように、この会場で1番きらびやかで露出したドレスを纏った男爵令嬢が、王太子に続けていった。
「ローザ様、私、怒ってなんていません。ごめんなさいって一言言ってもらえればそれでいいんです!」
「ああ、クラーラはなんて清らかな心を持っているんだ…身も心も美しいなんて…それに比べてお前は!」
「ルエーガー公爵令嬢、すぐに自分の罪を認めなさい。」
「お前のやったことは全部知ってるんだ!か弱いクラーラは限界まで我慢して、ようやっと俺たちに話してくれたんだ。」
「貴方など、この国の貴族の風上にもおけない!クラーラこそが未来の王妃だ!!」
男爵令嬢の言葉を皮切りに、後ろの男たちも次々まくし立てる。
男爵令嬢は王太子の言葉に感激したように、涙を浮かべ、すがりつく力を強くした。男は愛おしそうに女を抱きしめる。その男爵令嬢の胸には巨大なアクアマリンをあしらった首飾りが煌めいている。代々王妃に受け継がれるものだ。
「陰口やクラーラへの暴言だけでなく、階段から突き落として怪我をさせるなど!」
「こんな怪我、すぐに治りますわ…。」
「こんなに心優しいクラーラに陰湿ないじめをするなど!お前は未来の王妃に対する不敬罪で死罪だ!」
ああ、わたしはいらなくなってしまったのか。
そこでわたしの意識は途切れてしまった。
目を覚ますと、そこは公爵邸の自室だった。ぼんやりしながら、それまでのことを思い出す。
お父様はがっかりするかしら…お兄様は…わたしは傷物令嬢になってしまった。家に迷惑ばかりかけてしまっている。
ベッドを降りてバルコニーにでる。
ネグリジェのまま、細い手すりの上に立つと、まるで飛んでいるかのような気持ちになる。
ああ、このまま飛んで行けたらいいのに。
体が外側に傾ぐ。
風が気持ちいい。
目を閉じる。
後ろでドアが開く音がした。
「、ローザ!!!!」
風が、吹く。
そこで再び意識が途切れた。
私は跡継ぎのいない公爵家の嫡男として、ルエーガー公爵家に引き取られた。もともと母と間男の不義の子であり、実家では厄介者だったため、特に何も思うところはなく売られるようにして公爵家にきた。
そこには私の義妹となる少女がいた。
彼女はいつもニコニコしていて、突然できた義兄にもすぐに馴染んだ。いつも後ろをついて回り、全身でかまって欲しがるその子は、私の中にぽっかりと開いていた穴をいつのまにか塞いでしまった。ローザは私の小さなお姫様になった。
12歳になった時、ローザに婚約者ができた。これ以上ない良縁だと義父はよろこび、ローザも王子様が来たと真っ白な頬を赤く染めて喜んでいた。
私とローザが結ばれないことはわかっていた。でも、心のどこかでずっと私だけの可愛いローザでいてくれると思い込んでいたのだ。それでも、幼い初恋に蓋をして彼女を祝福した。
しばらくするとローザの様子がだんだんおかしくなった。優しく聞くと、お気に入りのものを取られる、ひどい言葉を投げつけられることを話してくれた。義父には心配をかけたくないと泣いて頼まれれば、義父にいうことはできなかった。
今思えば、ここで義父に訴えれば良かったのかもしれない。
そして、王太子とその取り巻きたちの暴挙はエスカレートしていく。
ローザの様子がおかしい、人に肌を見せなくなったという侍女の話を聞き、ローザに問えば、泣いて取り乱した。彼女が登城した日は、睡眠薬入りの紅茶を飲ませ、寝ている間に医師を呼んで診察をさせた。執事とも相談し、調査する傍ら、ローザには安定剤や睡眠薬を時々使いながら様子を見ることにした。
男性に対して身構えてしまうことが多くなった。私は昔のように髪を伸ばし、女性的な仕草や話し方を心がけるようになった。もともと女顔だったので、ローザは私には昔のままに懐いてくれていた。
流石に純潔を奪うような真似はしなかったが、明らかに暴行されたような跡が残っていたときは城に乗り込もうとし、執事に止められた。
医師には診断書を、執事も細かく記録を取った。
圧倒的にアザが多かったが、切り傷のようなものがあった事もあった。幸いにして跡が残ることはなかったが、さぞかし怖い思いをしているのだろう。天真爛漫に愛されていたローザはどんどん表情をなくしていった。義父や周りの大人たちは王太子妃としての振る舞いが身についてきたのだろうと思っていた。
誰一人ローザの異変に気付かない。
苛立ちだけが募る。
学園に入ると、人の目が多くなったのかローザの体に傷がつくことはほとんどなくなった。だが相変わらず王太子に虐げられているという報告が来ている。
そのうち、王太子の周りにネズミが出るようになった。学園内の風紀を乱し、教師たちからも警戒されているが、王太子の寵愛を受けており手が出せないらしい。ドブネズミ同士お似合いだ。
私は何もしなかった。そのうち王太子が何がしかやらかすだろうと。ただし、ローザの身辺には気をつけ、学内で危ない目に遭いそうなときは助けを出せるように人員を整えた。
そしてあの婚約破棄。
崩れ落ちるように意識をなくしたローザを大切に抱いて帰った。
これでローザはずっとここにいる。修道院などいかせない。今までの王太子の仕打ちは、すべて書類にまとめて証拠と一緒に置いてきた。義父の手にも渡るようにしてある。
ちょっと王妃の首飾りのことをチラつかせれば、ネズミはそれを欲しがった。あとはドブネズミが何とかするだろう。そう思っていたら、案の定王太子はやらかしてくれたようだ。
誰の子かは知らないが、ネズミがこそこそと堕胎したことも証拠がある。
愛するローザを傷つけられて、お咎めなしにはさせない。
一度自室で着替えてからローザの部屋に戻ると、彼女はバルコニーの手すりの上にいた。
「、ローザ!!」
ふわりと舞う栗色の髪。1番近くにいたのに1番遠いところにあったその細い肩。私を見るその青い瞳。
伸ばした手は届かなかった。
落ち着け。
ここは2階で、死ぬような高さではないはずだ。
自分にそう言い聞かせながら、異変に気付いた使用人たちに指示を出し、階下へ急いだ。
ローザは一命を取り留めた。高さはなかったが、打ち所が悪かったらしくなかなか目が覚めなかった。
目が覚めたローザは、幾分幼い表情で私を見ている。右足が動かなくなり、背中に消えない傷を負った。私以外の男を見るとパニックを起こす。
それを医師から聞いた時、私にあったのは狂喜だった。
ローザが受け付ける男は私だけ。義父ですら泣いて暴れる。ローザは私だけのものだ。
義父は、王太子からの仕打ちに気づかなかったこと、愛娘に拒絶されたことに打ちのめされ、気力をなくしてしまった。
理由はどうであれ、婚約破棄されたローザは嫁ぎ先を見つけるのが難しくなり、背中の傷と右足の不自由さは致命的な欠陥となった。義父は、私とローザの結婚を了承し、爵位を譲って領地にいくことになった。くれぐれもローザを頼むと何度も私に言っていた。
王太子は廃嫡され、王弟が次の王になることになった。ネズミに籠絡された男たちの多くは王太子の側近として将来を嘱望されていたが、茶番により一族を巻き込んで表舞台から消えた。
人員が足りないと出仕を要請されたが、ローザのこともあり渋っていると、ローザとの結婚を速やかに許可し、なおかつ登城は会議の日のみで、必要がなければ他の日は公爵家で執務を行うことが許可された。王宮と公爵家の間を専門にやり取りする衛兵まで置かれる好待遇だ。
目が覚めたその日から、ほとんどずっとローザと一緒にいる。背中を撫で、手を握り、抱きしめる。侍女も最低限しか部屋にいれず、2人だけで過ごす。使用人ですら男を視界に入れられないローザはずっと部屋にいる。
「お兄様…わたし、ルエーガー家の荷物になりたくない…」
時々そう言っては悲しげに泣くローザを抱きしめて慰めるのはわたしだけの役目だ。
「可愛いローザはどこにもやらない。私の花嫁になって、ここでずっと2人で暮らすから大丈夫。絶対に離さないから。」
「でもわたしはお兄様のために何もできない。社交の場にも出られなくなってしまったわ。」
「社交なんていらないよ。ローザはここから出る必要なんてないのだから。」
何度でも、わかるまで繰り返す。
「お兄様を私に縛り付けてごめんなさい。お兄様なら伴侶は自由に選べるのに…」
「私が選ぶのはいつだってローザだよ。世界にローザだけいればいいんだ。」
そうやって2人きりの世界を満喫する。
ローザとキスをするようになった。肉親としてではなく唇に。バカな元王太子は全く彼女に手を出さなかったらしい。
背中の傷にも唇を這わせる。これは大切なものだ。これがある限りローザは誰にも奪われない。
彼女の敏感なところに余すことなくキスを贈った。
ローザの体がすっかり癒えた頃、私は彼女と一つになった。
「ああ、ローザ。これで貴女はどこにも行けない。私のだ。私だけのお姫様だよ。たとえ神だろうとローザは渡さない。」
そうやって何度も身体に教え込む。
そのうち、ローザはわたしの下で幸せそうに笑うようになった。
「お兄様もわたしのもの?」
「もちろん。」
「私の手を離さないでいてくれる?」
「離さないよ。永遠に。」
「嬉しい。わたしにはお兄様だけいればいいの。」
「私にはローザだけがいればいい。」
「とても幸せ。」
あぁ、手に入れた。
私だけを見る、私の可愛いお姫様。
私の、永遠。