第7話 スクロール
スキル店での買い物を済ませた後は、僕たちは今度は魔法店に向かった。魔法店はスキル店から歩いて数分のところにあり、ここもミサキ曰く「この街で有数のお店」ということで結構大きい店だった。ただ、雰囲気は魔法店ということもあってか少し怪しい感じだった。看板には魔法店『エスタルーン』と書かれている。
店内には、使うと魔法を覚えることができる【魔法書】が所狭しと並べられていた。魔法書はスキル書と似た見た目でよくわからない文字や記号が書かれていた。
僕はいくつか魔法書をチェックしてみたけど、魔法書もスキル書と同様に全体的に値段がかなり高く、僕には全く手が出なかった。……この世界ではスキルと魔法は基本的にとても高いということを僕は学んだ。
「『スクロール』なら安いから少し買ってもいいかもね」
僕が難しい顔をして値札を見ているのを見て何か察したのか、ミサキがそう話しかけてきた。
「……スクロールって?」
「一回だけ魔法が使える呪文書のこと。一回しか使えないけど、普通の魔法書に比べたら断然安い」
なるほど、一回限定の魔法か……。魔法書で魔法を覚える前に、スクロールで魔法の扱いに慣れておくというのはいい考えかもしれない。そう思った僕は魔法書を見るというミサキから少し離れて、スクロール売り場へと向かった。スクロール売り場には様々な魔法のスクロールがあって僕はどれがいいか少し悩んだ。うーん、攻撃魔法か補助魔法か、それとも回復魔法にするべきか……。
「ひひ……お客さん、スクロールをお探しですかね?」
「うぇっ!?」
いきなり隣から声がしたので、僕は驚いて変な声を出してしまった。恐る恐る横を向いてみると、そこには黒い帽子とローブを纏った老婆が立っていた。見た目からして明らかに魔女という感じだ。老婆は不気味な笑みを浮かべて僕を見ている。
「あ、そ、そうです! ス、スクロールを買うのは初めてで……!」
僕は少ししどろもどろになりながらそう言った。
「ひひ……もしかすると、『最初の試練』用ですが?」
「は、はい。そうですね」
武具店でもそうだったけど、僕が最初の試練を受けることは店側からすると丸わかりらしい。多分僕の格好があまりに初心者っぽいんだろう。
「ひひ、そうですか。それなら【初級重力呪文】のスクロールがオススメですよ……。今、大特価で価格的にも安くなっているのでね……」
そう言って老婆は棚から【初級重力呪文】のスクロールを取り出して僕に見せる。値札を見ると確かに安く、今の僕でも一つぐらいは買える金額だった。
「えっと、重力呪文っていうのは相手の体を重くして動きを鈍くするとか、そんな感じの魔法ですか?」
「ひひ、その通りですじゃ。これを使えばどんなモンスターでも体を重くすることができます。敵が強ければ、このスクロールで相手の動きを封じているうちに逃げるなんてこともできたりね……。下手に弱い攻撃魔法のスクロールを買うよりはこっちの方が断然役に立つと思いますよ……ひひ……」
老婆はそう説明した。うーん……相手の体を重くして動きを鈍くするスクロールか……。
(確かに緊急用に一つ持っておいてもいいかな? 値段も他のスクロールより安めだし……)
そう思った僕は【初級重力呪文】のスクロールを一つ買ってみることにした。
「ひひ……ありがとうございます。ちなみに私がこの魔法店『エスタルーン』店主のエスタですじゃ。今後ともご贔屓に……」
僕は怪しげな老婆が店主だったことに少し驚きつつ、スクロールの代金を払った。その後は、魔法書のコーナーにいるミサキの元へと戻る。ミサキに聞くと、ミサキは目的の魔法書がなかったのか、結局魔法書は買わないことにしたようだった。
それから最後に、僕たちは道具店に寄った。そこではポーションや毒消し薬と言った主に回復系のアイテムを買った。初めてのダンジョンということもあるので、回復用のアイテムは比較的多めに買っておいた。備えあれば憂いなしというやつだ。ただ、そのせいで僕は予算を使い切り、僕の財布はほぼすっからかんになった。
道具店を出る頃には既に日も暮れかけていた。僕とミサキは滞在場所が逆方向だったので、そこで別れて帰ることになった。
「それじゃあ、明後日の試験は一緒にがんばろうね」
別れ際にミサキが言った。
「う、うん。がんばろう」
僕はそう答える。ミサキは「じゃあまたね」と言って去って行った。僕はミサキの後ろ姿を見送った後、宿への帰路についた。
宿に帰ってくると、店主の人が色々と買い込んできた僕を見て言った。
「その様子じゃ、冒険者になることに決めたようだな」
「あ、いえ、これは……ただの知人の付き添いで……」
「そうなのか? ま、冒険者登録するだけなら試験を突破すれば誰でもできるからよ。実際に冒険者をやらなくても登録だけはしておいて損はないぜ。……冒険者の登録証は身分証代わりにもなるからな」
「な、なるほど……」
なんとなくだけど、店主の人は僕が身分証を持っていないことを見抜いている気がした。確かに一切の身分証を持っていない僕にとっては、冒険者の登録証は身分証としてうってつけだ。
(そうか、それなら今回の試験は僕も受からないとだ……)
僕は軽い気持ちでミサキと一緒に試験に参加することにしたけど、試験の合否は僕にとってもかなり重要だということを認識した。
僕は部屋に戻ると、革鎧を実際に着てみたり、剣を振ってみたりした。部屋の鏡には革鎧を着て剣を握った僕の姿が映っている。我ながらそんなに悪くないかもと僕は思った。