第1話 何もなしの転生
その日、僕は高校の修学旅行で京都の清水寺に来ていた。季節は秋で、現在時刻は夜の8時。ライトアップされた紅葉がとても綺麗だ。
(夜の紅葉は幻想的な感じがしていいなぁ……。昼とはまた違った感じだ)
そんなことを考えながら、しばらく手すりに寄りかかって眼下の光景を楽しんでいると、いきなり目の前の空間がぐにゃりと歪む。
(え……?)
――気がつけば、寄りかかっていたはずの手すりが消えていた。手すりに全体重をかけていた僕はそのまま前に倒れ、遥か下に見える地面へと真っ逆さまに落ちていく。
猛スピードで迫ってくる大地を前に、僕は目の前が真っ暗になって意識が薄れていった――
「う、うう……」
……目を開けると、僕はとても広い空間に一人立っていた。そこは大きなホールのような薄暗い部屋で、周りの壁には大小様々な時計がびっしりと一面に飾られていた。時計はどれも動いていて静かに時を刻んでいる。
――僕は、前方に机があって、そこに一人の女の人が座っているのに気づいた。その女の人は白いローブのようなものを纏い、手にはタブレットのようなものを持っていて、何か調べ物をしている様子だった。
(人……かな……?)
僕は全く何が何やらわからなかったけど、とりあえず状況を把握するためにその人に話しかけてみることにした。
僕は女の人の至近距離まで近づいたけど、女の人は僕の方に視線を移すことはなく、ただひたすらタブレットのようなものを操作していた。……あれ、気づいていないのかな?
「あ、あの……すいません……。ちょっと聞きたいことがあるんですが……」
そう言うと、女の人はちらりとこちらを見た。しかし、すぐにまたタブレットに視線を落とす。
「えっと、ここってどこなんですか?」
僕は人生で初めてここはどこかを尋ねる質問をした。……でも、なんとなくだけど、ここがどこかはあまり重要なことじゃない気がした。そもそもここが現実かどうかすら怪しい気がする。すると、女の人は面倒くさそうな顔をしてこちらを向いた。
「座って」
「え?」
「いいからそこの椅子に座って」
女の人はそう言って、僕に椅子に座るよう促した。僕は言われた通りに椅子に座る。女の人は、タブレットを見ながら口を開いた。
「……朝比奈結人、高校3年生、18歳。小さい頃に両親をなくし、祖父母によって育てられる。趣味は読書、漫画、アニメ鑑賞でややオタクの傾向あり。修学旅行で清水寺を訪れたところ、不運にも本堂より転落して死亡……」
女の人はタブレットを操作しながら淡々とそう言った。……え、今、死亡って言った? 僕は自分の背筋に冷たいものが走った気がした。
「ま、どこにでもいる平凡な高校生って感じね」
女の人はそう言って肩をすくめる。
「面倒くさいことこの上ないけど、これから説明するからよく聞いてね。えー、まず君は死にました。……でも死んだのはこっちのミスなので、そのままの姿で異世界に転生させてあげます。元の世界で生き返ることはできません。ちなみに私は女神です。以上。なんか質問ある?」
……自称女神の人はそう僕に言った。え……僕が、死んだだって!? それに異世界転生!? 異世界って小説とかでよくあるあの異世界のこと?
全く想像もしていなかった展開に僕が必死に思考していると、女の人はやれやれというような顔をして言った。
「『小説とかでよくあるあの異世界』であってるわ。剣とか魔法とかある感じのやつね。ま、そこで第二の人生を送るといいわ」
女の人はまるで僕の心を読んだかのように言った。……剣と魔法がある異世界、ということはこれは本当に小説とかでよくある『あの異世界転生』なのか? まさか本当にこそんなことが起こるなんて……。僕は自分自身の身に起こったことに驚きを隠せなかった。
(……あれ、待って。もしかして、これって何か特別な能力とかもらえたりするパターンだったりする?)
僕はそう思った。僕が読んだことのある異世界モノの小説だと、主人公は何かしら特別な能力――俗に言うチートスキルというやつだ――をもらって異世界に転生することが多い。……もし、これが本当にいわゆる異世界転生なら、僕だって何か特別な能力がもらえるかも? 僕は、少しわくわくした気持ちを覚えつつ女の人に尋ねた。
「あ、あの! 異世界転生ってことは、もしかしてこれから何か特別な力とかもらえたりするんですか?」
僕は自分が死んだことのショックなんてほぼ忘れてそんな質問をした。すると、女の人はニヤリと笑って言った。
「ふふ、絶対その質問が来ると思っていたわ! ……結人君だっけ? 喜びなさい! もちろん、君にはものすっっっっごく特別なチートスキルを――」
僕はゴクリと喉をならして彼女の言葉を待った。
「…………あげたりしませ~~~ん! 残念でした~~~(笑)」
彼女はそう言って机を叩きながら大爆笑をした。……僕は彼女が何を言っているのかよく理解できなかった。
「そもそもチートスキルなんてさぁ、仮にあったとしてもそんなホイホイあげるわけないでしょーが。まったく、これだから最近の若い子は……。さも自分は特別で当然チートスキルがもらえるみたいに思ってるやつが多いんだよねぇ。人生そんな甘くないから! だいたいね、チートスキルがあるんなら、むしろ私がもらいたいわ! クソがっ!」
彼女はそう言ってテーブルをバンッ!と叩いてこっちを見る。……え、僕、ただ質問しただけなんだけど、何か気に障ること言った?
「というわけで、君にはスキルなしのレベル1スタートで異世界にいってもらいま~~す。文字通り一から頑張ってね~~(笑)」
彼女はニヤニヤ笑いながらそう言った。……僕は、何が何やらわからずぽかんとしていた。……え、スキルなしってつまりスキルなしっていうこと? レベル1ってことはつまりレベル1ってこと? 彼女のセリフは、僕を心底落胆させるには十分な威力だった。僕は、誕生日プレゼントでプレゼントの箱を開けたら何も入ってなかった時の気持ちって多分こんな感じなのかなと思った。……控えめに言って最悪じゃないだろうか。
「あ、あの、スキルなしってどういう――」
「はい、じゃあ今から送るね~~。えーと、送り先は適当でいいかな~。一応、すぐに野垂れ死にされても困るから、お金は少しだけ持たせてあげるね(笑)。まぁ頑張って~~」
彼女は僕の言葉を聞くことなく、そう言ってタブレットをポチポチ押した。……え、送り先は適当!? 僕は「ちょっと待って!」と言おうとしたけど、時すでに遅しだった。僕はすぐに光に包まれて目の前が真っ白になった――。