記憶力の問題
主人公目線では一向に何が行われているかわからない。そしてお気楽すぎる。ここまで誰も名前すらもわかっていない。
賢者のお兄さんと約束したのは昨日のこと。
私は今日も、こちらに来てからの日課になっている、«街中顔面ウォッチング»を終えて、お兄さんたちを見ていると、鈍足ちゃんたちの1人-貴族の激おこ丸くんが何やら離れたところで召使いの子に命令しているのが見えた。
激おこ丸くんは、しょうもないことでよく召使いの子を怒鳴っている。だからなのか、たまにこうして鈍足ちゃん達から距離をとる。さすがに印象が悪くなるのが分かってるのかな。怒ってるとこ聖女様に見せたくないんだろうか。
変な配慮だ。
正直興味はないが、召使いの子はとても可愛い。助けないけど。お仕事だもんね。いつか助けを求めたら、私の召使いに就職どうですか。主人ニートだけど。可愛い子はいつでも歓迎。
というわけで、覗き見対象です。
鏡は沢山あるから、王子も見つつ、お兄さんも見つつ、街中ウォッチングで見つけた看板娘なお姉さんを見つつ、召使いの子も鏡に映す。
うーんどこ見ても顔がいいね!ニートはそのうち看板娘のお姉さんがいるお店にご飯を食べに行きたいです。
ハッキリと召使いの子に鏡の視点が合うと、やはりまた怒られている。
『昨日私たちが出かけている間に王子の部屋に毒を仕掛けろと言ったはずだろう!』
怒鳴る激おこ丸くんに、召使いの子は震え上がっている。首元が開いた服からは扇情的な鎖骨が覗いている。うーんえっちだ。
『それが…昨日はずっと賢者様がどなたかとレオナルド殿下の私室に居られて…』
『なに?…昨日は賢者以外、誰も宿には残っていなかったはずだ』
『しかし、本当にお声が…』
『ふん、誰といようが構いはしない。だが、隙を見つけてやり遂げるのがお前の役目だろう。この役ただずめ』
震える召使いの子に手を伸ばし、激おこ丸くんがその子の首に巻かれた紐をグッと引っ張った。
これは、貴族が召使いにつける奴隷の証らしい。誰の家のものかがすぐにわかるようになっているとかで、個別に模様や色、形がある。
この世界には魔法も奴隷もあるんだって。悪趣味。
『今日は全員が森に行く。その間に…わかっているな』
『……はい、』
苦しそうに喘ぐ召使いの子。
………うーん、全く面白くなかった。助けを求める言葉を吐いたらすぐ攫ってあげるのに。弱い子。
やっぱ御主人様にそんなこと言ったってしられたら怖いもんね。
とりあえず賢者のお兄さんにチクっておこう。
にしても、
「隣の国の王子が、このどこ見ても怪しいメンツしかいない所で死んだらとか考えないわけ?自分たちの立場が最悪になるのに。ちょっとおつむが弱過ぎない?」
王子の部屋って一応見張りとかいるけど、この召使ちゃん、色仕掛けで見張りを誑かしちゃったんだよね。私もやられたい。かわいかった。
見張りも何回もやられてるのに耐性つかないし、毎回引っかかるし、部屋に入れてないのはまだギリギリ職務放棄ではないけど。
賢者のお兄さん、結界張ったみたいなこと言ってたし、毒仕込むとか、もうそんな隙はなくなりそうだけど。
激おこ丸くんの名前ってそういえばなんだっけ。鈍足ちゃんにしてもそうだけど。何回も聞いてたのに、興味無さすぎて右から左だ。
**
賢ちゃん(賢者のお兄さんってそろそろ長い)にチクるために一人になる瞬間を待っていたけど、今日は王子とニコイチみたいでなかなか離れない。顔がいいのが揃って見映えはいいんだけど、今はお話したいんだよね~。言わないなら言わないでいいんだけど、約束したでしょとか言われて顔見るの禁止されちゃったら困るもん。チクっとかないと。
ようやく一人になったと思ったら、入浴のお時間でした。さすがにお風呂はみれねーな!
お隣さんたちが借りている宿は、階毎に大きな浴室が設置されている。各部屋にもシャワーはあるが、普段でかい風呂に入っている人達なので、みんな大きな方のお風呂に入るみたい。王子はとっくにお風呂を済ませていたので、次は賢ちゃんの番になったわけだ。
『見ておられますか』
きゃー(棒)と賢ちゃんを追跡している鏡を廊下で固定しようとすると、向こうから声を掛けられた。
びっくりした。あ、お風呂覗いてないか確認されてる?
「中覗いてないよ!廊下でちゃんと待機してるよ!冤罪良くない!」
『ふふ、ホントに見てません?』
「見てないってば!無実を主張したいけどそっちから見えない!?よね!?信用もないけど信用してとしか言えない!」
えーん、覗き魔辛い。でも冤罪です。
『今は入って頂いて構いませんよ。少しお聞きしたいことがあります』
「え、合法?おじゃましまーす!」
賢ちゃんのお許しをいただいたのでラッキースケベします。ありがとう世界。こんなクソな国でも世界は私に優しい。
早速中を覗くと、賢ちゃんはガッツリ服を着たままで、変な小瓶をもって鏡台の前の椅子に座っていた。顔がスンッてした。
「…なぁに、それ?」
『これですか?』
テンションガタ落ちで問いかけると、クスクス笑いながら賢ちゃんは瓶を揺らしたあと、蓋を開けて机に落とした。
「うわっ」
ジュッ、という音を立てて机が溶ける。それって噂の毒じゃない?トレンドに乗っかりすぎでは?
『私の部屋に隠されていたんですよ』
ギョッとした。あの召使いの子、王子の部屋に毒仕込むようには言われてたけど、賢ちゃんの方にもだったの?凄いな。てかよく仕込めたな。王子の方の兵士はダメだったけど、賢ちゃんの方の兵士の色仕掛けは成功しちゃった?ちょっと見てない間にそんなことしてたの。
「面白い話教えるねって言ったけど、面白くない話教えてあげるね」
賢ちゃんの顔がちょっと憂いてたのでさっきみた激おこ丸くんたちのことを教えてあげた。
毒置いてかれたのショックなの?
『そうですか…やはりあの人が…』
「結界張るとか言ってたのは?忘れてたの?」
『……あまり言いたくはないのですが、壊されていたのです。王子の部屋も、私の部屋も』
「壊されたって…」
『恐らくは教会のものの力でしょう。教会はそういう、結界を破る聖魔法を使う魔道具を作ることができます。』
教会…確か、私が最初にいた場所も教会みたいだった。異世界とはいえ、ステンドグラスに十字架はどこの世界も一緒なのかと思った記憶がある。にしても教会すごいな。賢者って呼ばれる人の作った結界も破る魔道具作るなんて。
魔道具は、あくまでも補助的役目だと街にある魔道具のお店の人が話してるのを聞いた。
力が強ければ単体でもすごい効力を持つって言ってたけど、それができるのは、魔力のつよい人が作った魔道具だけだ。
あの時あの場にいた人達で、私より強そうと思ったのは誰もいなかった。私に正しく他人の力を察知できるかは知らないけど、でも感じなかった。やっぱ聖女様?教会といえば司教とか?
『最年少で賢者と呼ばれる立場になりましたが、少し自信を無くしますね』
苦笑いする賢ちゃんの美しさに目がやられる。ごめんね不謹慎で。でもやっぱ当事者じゃないと他人事なんだもん。
でもやっぱ憂い顔より笑った顔のが可愛いからどうにか頑張って欲しい~~~
覗き見するわ、お隣さんに情報漏洩しまくりするわ、私多分普通に、あの中身がやべー聖女様にバレたら殺されそうな気もするけど、巻き込まれただけだし、殺されかけたから義理も何も無いし、住んでる森はどっちの国にも面してるし、どこの領土でもないっぽいから誰に肩入れしようが私の勝手なので、
ニート魔女今んとこ覗き見しかしてないから頑張っちゃおっかな~~~
「ところでおにーさん名前なんて言うの?」
『あ、そこからですか?』
横文字って覚えられなくない?日本人だもん