レザーになった男(1)
――男はなぜ、レタスになったのか?
世紀を超えたその問いに、返る答えはもちろん――爆笑! さてはてみなさまお立会い! 長らくご愛顧いただきました、珍奇なうさぎに珍味なレタスの物語。泣いても笑っても本日閉店! とくと行末ごらんあれ!
名だけを急いで名乗った後、男はまた顔を腕にふせて、視力の回復を待っていたようだ。が、気づくと男はそれまで目をこすりつけていた掌をじっと見つめていた。
「……手だ」
それ以外の何者でもないものを、ひどく意外な物を目にしたように見下ろす。続けてぺたぺたと服や身体に触れ始めた。確かめながらううむと思索に落ちていく様子を見せる男に、待つことに耐えかねたメイスが「あの」と元々高めの声をさらに高くして呼びかける。するとさほど深くは沈んでいなかったのか、男はすぐにこちらの存在に気づいて
「あ、ごめん」
もう光に傷つくことのない目は、自然な動作で真っ直ぐにあげられた。
――そして激しく固まった。
「!」
停止から一拍置き、二度に渡ってぎょっとしたように男の肩が跳ねる。メイスも大きく目を見開いて停止した男が、突然ばっと立ち上がったのでびくりと一歩退いた。男が口を開く。
「ラファ――」
「相も変わらず、骨の髄までぼけきっているな、貴様は」
背後から響いたその言葉に、見開いたままの目の男の目が震えた。まるで刃を突きつけられたように首筋も肩も震えだす。
「――ッ」
優しく整った顔立ち、それが激しく歪んだ。苦しげに震える喉から、押しつぶしたような息の音が漏れ、泣き出す一歩手前で男は耐え切れぬように振り向いた。
「――ッ」
何かに突き飛ばされたかのごとく、おぼつかない足どりで踏み出し、そのまま、メイス・ラビットの目の錯覚でなければ、長身の男は黒髪の女魔導師にふらふら吸い寄せられるよう近づき、そのまま全身ですがりついた。
自分自身が一番、その存在を確信していなかったように、触れたことでさらに呆けた青い髪の男は、実在を我が物にしようと夢中でぎゅうと腕をしめる。
その腕に一瞬、女魔導師の姿は埋もれた。長身の男の背が高いと思っていた師匠を上回っていたと、メイスはそこで初めて気づく。男は少しだけ力を緩め、おずおずと腕の中の身体を見下ろして囁いた。
「――コル?」
次に起こったことは早かった。メイスがその光景の全容を把握するより断然早く、男の身体が持ち上がるように吹き飛んで、メイスの身体よりも後ろの地面に激突する。
「私に触れるな」
冷然と女魔導師が言い放ち、それはうつぶせに倒れた男の背に無造作に投げつけられた。声が実際にあたったように地にうつぶせに倒れた男の肩がわずかに動く。見ていたメイスも次に漏れたものには眉をよせた。
――ほ、ほ、ほ、ほ。
どこぞの貴婦人があげる笑声のようなそれが、不気味な単調さで響いてくる。見極めるより先に答えはガバッと顔をあげた。
「本物だあああああああああっ!!!」
大絶叫と呼んでもさしつかえない雄たけびと共に、その叫びと真っ向から向かい合ってしまった女魔導師の顔が、わずかに青ざめたように見えた。
男は腰掛けたまま、両手をわなわなと空につきあげてうわああああ、うあああああっと年端もいかない幼児が興奮したときのように意味のない声をあげ続けている。白い顔は真っ赤に染まって瞳は異様な輝きを宿している。
「本物だあああああああっ!! 本物のコルっ! 俺の妄想じゃないッ!」
「貴様の脳で作り出されて溜まるか!」
「コォルゥゥゥゥゥゥ!!!」
先ほどの末路を思い出せば果敢とも言える勢いで両手を広げて、男は再び駆け寄った。果敢な馬鹿の顔に広がっていたものは、もし人の顔がいくつものネジによって弛緩する皮膚から張り詰めた表情を作っているのなら、そのネジが一本残らず景気よく四方に飛び散ったそれだ。いい男な分だけたいそう無残に、弛緩しきってえへえへ崩れる表情は見ていられない。間違いなく脳からボケの花が群生で開花している。
「寄るなっ!」
実際気色が悪かったらしく、今度は一瞬の接触も許されずに蹴り飛ばされた。女魔導師は正式な体術を身につけているわけではなさそうだが、長身から繰り出される木靴にくるまれた一撃は十分に威力を持っている。
「コルーっ!!!」
しかし耐性がついてしまったのか、綺麗にくらったはずの男はその足にすがりついて別離を阻み、片足さえたまらないようにがむしゃらに頬をこすり付ける。頬で火が起こせるなら、その勢いでしかないと言わんばかりで、見ているだけで凄い変態行為だ。その行為に怖気が走ったらしい魔導師は躍起になって青い頭に木靴をガシガシめりこませているのだが、男は介していない。
あの木靴の威力を身をもって知っているメイスは、思わずぞっと自分の頭に触れる。しばしの攻防の後、物凄く珍しく女魔導師が根負けしたところで、物凄く強打されたはずの頭をばっとあげて、これ以上はないと断言できるほど希望に満ちた目で男は
「生きてるって最高!」
「死んだよお前は」
「ああああああもうっ!」魔導師の声を華麗に無視して、湧き出てくる衝動を抑えきれないように、うずく身体を唸らせて男はやにわメイスの方を勢いよく振り向いた。「山はどっち!?」
いきなりたずねられてメイスは思わずミュアーの方を指差した。立ち上がるなり男はそちらに向き直って身体を激しくまげ
「コォルゥゥゥゥゥッ!!!!!!!」
間近で炸裂した巨大な声にメイスの良すぎる耳の中がくわんくわん鳴った。そこですうっと一息さらに男は吸い込んだ。
「愛ィしてるううううううううううううううううっ!!!!!!!!」
メイスの頭の中がくわんくわん鳴った。
理解を置いてけぼりに朝の中に大音量で勢い良く広がったその響きは、遥か剣山へとたどり着いてぼわぼわと木霊になり「コォルゥゥゥ、アイィシテルゥゥゥ」と幾重にも悪夢のように返ってくる。
「……」
「……」
約一名を残して立っているのも難しいほど脱力しきったその場に、どうしようもない木霊が届いて満たされた瞬間だった。脱力しない約一名の瞳がカッと見開かれる。突然に溢れた激しい気迫にメイスの肩がびくりと震えた。
「――俺の方が愛してるに決まってんだろぉッ!」
メイス・ラビットはその瞬間、何かに敗北したようにうずくまって、彼女の師匠が両耳を塞いでいる姿を確かに見た。しかし一つの頷きと共に納得した。誰だって負けだ。山からの風を受けて堂々と一人立つ男には、朝の光すらも敗北したように思える。その男を現す言葉はこの世でただ一つだ。おかしい。
師匠がうずくまり、弟子はただただ呆けるひたすらどうしようもないこの場でただ一人、薔薇色の空気で呼吸をしているような様子で、くるりと男は振り向いて勢いよく手をあげた。
「コルっ! 愛してるよっ!」
「もういいかえれ」
その短い言葉を疲労に満ち満ちた声音で言った師匠の背中はどこかすすけて、やさぐれている。まったく事の成り行きについていけないメイスだったが、まるで今耳に入れた音色を脳が早く消去してしまいたいというように、ぴくりと耳が動いてある方向を見た。
「――誰か来ます。……アシュレイさんたちの話し声」
その言葉にやや立ち直ったのか師匠がなんとか腰をあげて、それでもまだ頭痛を抑えるように額に手をあてつつ
「これを見られるわけにはいかんな」
「なんでここだとわかったんだろうね、コル」
「お前のせいだッ!!」
ゴツッと拳の角の部分が炸裂していい音を立てたが、殴られる前と殴られた後の顔が寸分違わぬ同じ笑顔の男は、嬉しそうな手つきで後頭部をさすりながら
「それで、誰に見つかったらやばいの?」
「引くぞ」
とりあえず当面無視することに決めたらしく女魔導師が場からきびすを返す。それに追いすがるようにおずおずと
「お師匠様――この人は」
メイスが問いかけると後姿のまま、魔導師はしばし無言で止まった後、恐ろしく低い声で
「歴史だとか英雄だとか呼ばれているものの馬鹿らしさが、ようくわかっただろう……?」
背が語るかつてないプレッシャーにびびった彼女の弟子はハイ、と答えるしかできなかったが、唾を飲み込んでもう一つの問いだけは続けた。
「――レザーさんは、どこですか?」
「……来ればわかる」不機嫌そうな声音のまま、女魔導師は付け足した。「そこの剣を置いていくなよ」
「え?」
言葉はそのままメイスに向けられたように思えたが、振り向いたときには、男が自身が最初は持っていて一番最初に地面に投げ出した剣に目を向けていた。ひょいと行儀悪く足で柄の部分を勢いよく踏んづけ、剣はしなって朝の光の中に跳ね上がる。
男は手を伸ばし、宙に舞った凶器を危なげなく、柄の部分を握りとった。メイスが軽く目を見開く。右手で握る青年と黒剣は、ひどくしっくりきている。男は試すように軽く刀身をふって
「俺の剣だ」
それだけ言って腰のベルトに、抜き身のまま無造作に入れた。さしたる疑問も抱かないらしい。師の方を向くと彼女は興味がないようにもうきびすを返していた。後ろの男も疑問など抱きようがないらしく、鼻歌まじりにその後につづく。
白い髪の少女だけが口に出せない疑問を抱え、それでも近づいてくるまだ彼女にしか聞こえない足音に背を向けて彼らについていった。
ついていくしか、道はなかった。
最終章 「レザーになった男」
「へええええ」
流れない川の水面に顔を落として、男が物珍しげな声をあげる。水鏡は男の秀麗な顔立ちを映し出す。たまにぱちりと瞬きしながら、まじまじと自分の顔を見下ろすその男は、全ての行動やしぐさがまるっきり幼い子どもだ。
「いやあ、ハンサムだな、こりゃ」
率直で客観的な感想を述べた後、無邪気に笑う。
「さすが俺の子孫だよな、コル」
「寝言は寝て言え」
どんな返事だろうととろけるほど嬉しいらしく、そういう表情を浮かべるには厄介な顔立ちで甘く笑いながら片腕を伸ばし「いや、こりゃ身体のほうもたいしたもんだよ。よく鍛えこんでる」
最盛期の俺といい勝負じゃないかな、と呟く男をそれまでただただ黙って付き従っていたメイスは黙するのも限界だったように「あの」と口を挟むと女魔導師と男は同時に少女を見た。
「事情を、説明していただいてもよろしいですか?」
女魔導師はふんと鼻を鳴らして
「どのみち、お前らと同行する気はない。そこの馬鹿に――」
「ええええええ!? なんでコル! なんで俺と一緒にいってくれないの!?」
「自分で考えろボケぇっ!」
愛してるのにぃと続ける男に一瞬確かにマジギレして、黒髪の女魔導師はそこのくそ馬鹿に聞け、とローブを翻した瞬間、ふっとその姿がかき消えた。
あああああぁぁぁぁコル! と失望の呻きをあげる相手と二人きりになってしまったとメイスはぞっとしたが、男の切り替えは思った以上に早かった。コルネリアスが消えた方向を見て一度二度頭をかいた後、それでふんぎりがついたらしく、それまでの執着を思えば拍子抜けするほどあっさりと振り向いてきた。その顔を見てメイスは一瞬自分でも説明しがたい違和感を覚えた。
男はかすかに首をふって
「――で、君の名前はなんだったけかな?」
「……メイス。メイス・ラビットです」呟いてさり気なくも様子を伺いながら「お師匠さまの弟子です」
「コルの弟子!?」
ぱっと男の顔が明るくなったので、メイスの違和感は淡雪のようにとけ去った。
「コルの弟子なら俺の愛娘も同然! さあ遠慮なく飛びついてパパと呼んでくれ!」
「いえ、遠慮します」
出鼻をくじかれてメイスはええっとと口ごもった後
「あの……あなたは……その、事実、剣聖カリスク本人なんですか」
「うん、一応」
はなはだ英雄にあわない口調で言う男に
「――すでに亡くなられていますよね」
「うん。じーさんになって死んだよ」
「……」
「幽霊ってやつかな」
沈黙を正確に読み取って悪びれずに続ける男に、師の洞窟で垣間見た本の記述がメイスの頭をかすめる。あの本が何故師の巣にあったのかは、今になっては嫌になるほどはっきりとわかっていた。
まず間違いなく、いま目の前で身も知らぬ男がレザーの身体に入り込み動いているのは、死霊術の応用によってだ。
あの本を使って師がどうやってこれをなしたのか、それは知りたくもなかった。大空白時代から現代まで、生者の治療以外での生死に触れる魔術は禁忌だ。かつて師はそんな術を使わないと、他ならぬこの目の前の男に断言したというのに。
苦さを抑えてメイス・ラビットは内心もっとも恐れていた質問を口に出した。
「レザーさんは、どうなったんですか」
「レザーって、この身体の持ち主だよね」
「ええ」
最悪、死霊に身体を乗っ取られて、精神が食われていることも考えられる。死者を蘇らせる異端の技を、暗い魔術、とレザーは評した。おそらくそれは正しい側面なのだ。膨大な力を持つだけに、魔術には触れては決してならぬ領域がある。
メイスが我知らず息をつめて待つ中で
「なんて言ったらいいかな。無事だよ、とりあえず。ただ俺が入っているから」男は鼻の上をかきながら言葉を探し探し言った。「冬眠状態……って感じかな」
その返事に思ってもみなかったほどほっとして、力を抜いた。それでもまだ警戒は忘れずに、メイス・ラビットは目の前の不可解な男を見つめた。
「あなたはその……レザーさんの」
「そいつの家名は?」
「レザー・カルシス、です」
「じゃあ、俺の……ええっと今いつ?」
「大陸共通暦198年です」
「なにそれ?」
「……。剣聖カリスクが人類初のドラゴンスレイヤーになった年から数えて、三百年と少しです」
「さんびゃくねん」自身が越えてきた年月にさすがにびっくりしたように目を開いたが、すぐに男は気軽な調子に戻って「んじゃあ、孫の孫の孫のもひとつおまけの孫ぐらいじゃない? 俺はじいちゃん」
何を聞いてもくったくなく答える相手に、メイス・ラビットはやや畏怖を覚えた。直接聞きはしない。実感も乏しい。しかし間違いなく。目の前の身体を動かしているものは死人だ。三百年かあ、と腕を組んで暢気に呟く、それもまた死人の仕草なのだ。
「……お師匠様とは、どのようなご関係で?」
「愛の奴隷」
真顔で答えた男は、けれど少女が完全に引き終わる前に
「というのは俺の心情的には本気だけど、んー、まあ客観的に言うとだね――兄妹」
「!」
「という、こっちは嘘で」
息が止まるほど絶句した衝撃をあっさり流した男は指をくるりと空で回して
「幼なじみ兼仲間、かな?」
後半も衝撃的な発言であったはずだが、それより前半の嘘がひどすぎてメイスはやや脱力してそれを受け入れた。なんだかとんでもない男は気安い調子で身を乗り出して
「コルの家って、行ったことある? 洞窟にあるんだけど」
「……存じています」
「ああ、まだあるんだ」
懐かしそうに目を細めて組んだ腕をさすりながら「そこでガキの頃、暮らしたんだ、一緒に」
「――え?」
「ガキの頃、行き倒れてて、あそこで数ヶ月面倒みてもらった」
だからおさななじみ。
言葉遣いもさることながら文脈まで簡潔を通り越して言葉足らずだ。先ほどから感じていたが、ここまでくると度が過ぎている気がして、メイスは探るように声の調子を落として
「……あなた、いくつですか」
その言葉に男は首を傾げる。改めて見るとやはりいちいち動作が幼い。
「記憶なら、あるよ。六十三歳まで。死ぬ前。でもなんとなく、頭がしっかり動かない気もするなあ。気分も六十代の爺さんじゃないかもな」
まあこうなっちまうと、何が何だかわかんないよね、と呟く言葉の端に目の前で動き喋っているのは確かに生者ではなく死者なのだとふっと香る。
「……では、仲間というのは?」
「聞いてないの? 一緒にパーティ組んで、冒険者してたんだよ」
その言葉はひどくメイスを突き刺した。ここまででも薄々は察していた。察せざるをえない。自分がよく知っている人物が英雄と親しかった、それはたいしたことではない。すでにその英雄は死んでいた。それでもいい。問題はその人物が三百年という気の遠くなるような時間を隔てた過去の人物であったことだ。そして他ならぬ相手自身にもまた、その人物の生前肩を並べて過ごしたという事実があることだ。本人でないならばまだ逃げ道はある。行き倒れの面倒を見たのも幼馴染でも兄妹でも本当のところは構わない。これが本当に三百年前に生きた、英雄でさえなければ。
しかし。
奇妙な確信は根付いていた。剣聖の名が降りかかっていたなら、レザーの妙なコンプレックスも頷ける。それにわかる。カリスクは知らなくともこれだけはわかる。目の前の人物は絶対にレザーではない。
外には出さなかったが内心呆然とした、メイス・ラビットが続けた言葉は接ぎ穂のような役目に過ぎなかった。
「では、フィナート山の竜も?」
言葉が吐かれた瞬間、目の前のほがらかな男の目がきつくなった。明るい昼間に突然濃い闇が訪れたように、人を心底からぞっとさせるような暗い鋭さだった。嫌な緊張感があたりを漂う。不快さを隠し切れないように、男は片目をゆがめて吐き捨てるように言った。
「――まあね。コルがいなきゃ、爺さんになる前に、あんとき死んでたな」
そしてすっと夜が明けるように暗さは去った。何かを噛むように低く皮肉めいた口調とはがらりとかわり、これくらいでいい? と柔らかくたずねる男に、いや聞くことならば山のようにある、と思いながら目の前の人物の得体の知れなさと師への恐怖を伴う疑惑とレザーの安否と、様々なことがめぐる中、それでも魅入られるようにメイスは身を乗り出していた。
早急に聞かなければならないことを一通りこなしたとき、しっかりと心に引っかかっていたのは、それだった。
「あなたが最初に私を見たとき、とても驚いた顔をして何かを言いかけましたよね。ラファ…とかなんとか。――あなたは私と同じ顔をした誰かを知っているのですね?」
教えてください、とメイスは畳み掛けた。本当のところやや確信まではいかなかったが、疑問系ではなく確認の口調が功を奏したらしい。問いに男はうんと一拍ほど考えて、言ってもいいのかなあ…と困ったように呟いてから周囲に向かって
「コルーっ!! 言うよっ!!」
と高らかに叫んでしばらく木々にその声が染み渡るまで待っていたが、返ってくるのが木々の紡ぐ沈黙だけと知って切り出した。
「俺が言いかけた名前は、ラファナーテ。君にひどく似ているよ。髪と目の色は違うけれど、他人の空似じゃおかしいくらい」
「どんな方なんですか」
勢いこんで聞くメイスに、やや意識して紡いでいると感じられる単調な口調で
「髪は茶色。目は緑。俺と同じ時代の人間で、はぐれ巫女で、同じ冒険者パーティのメンバー。……も一つ付け足すとラファナーテは」
肩をすくめて男は言った。
「俺の嫁さん」




