攫われ王女と絵画とうさぎ(1)
謎の手配書に翻弄されながら、うさぎとレタスがやってきたのは強国ガルディア。冒険者仲間も勢ぞろい、レザーの縁者も現れて、巨大ロボも発進し、謎の絵画の美女は笑う。永久にと続く夜の中、駆け回りながら見えてくるのは、愛することと死者の影。全てが終わった朝の中で、元凶魔導師は悠然と笑う。
「元の姿に戻してやろう――。」
ラスト直前! 急展開のうさぎとレタスの奮闘記。
潮のにおいがようやくかすれてきた、街道沿いの黄昏れは最近めっきり日が短くなったなと、感じさせた。
赤と一握りのオレンジを適当に混ぜ合わせたような光の色は、熱を帯びていないのが不思議なくらいの暖色だ。その光に向かい、元は小さな影を長く長く引き伸ばして引きつれて、まったく人気がない街道沿いをすたすたと行く小さな背丈。
外から見ればこれはどういう光景だろうか。遠出をした村の坊主が足早な帰路につくところだろうか。
その坊主はくたびれた赤いズボンと、茶がかかった少し大きめのシャツを羽織っている。大人用の帽子がずぼっと顔半分を飲み込んで、その下も大半は帽子が落とす影に飲まれて、わずかにのぞく頬は土に汚れている。ナプザックには買い物なのか、瑞々しいレタスが詰まっている。
完璧だなあ、とナプザックの縁にも迫ってくる夕日の中で、レタスな俺はそう考えた。
もちろん、相棒(なんだか被捕食者だが)のメイス・ラビットも一緒。白い髪に赤い瞳に、誰の目も引く印象的な美少女だが、今はでっかい帽子をかぶった買い物帰りの坊主の姿だ。
大地の果てに落ちかけている夕日のせいで、小さな背丈の影がさらにぐんと長くなったようだ。俺たちがこういういでたちで街道を歩いているいきさつは、話せばちょっと長くなる。
東大陸で謎の襲撃者の監禁から逃れた後、ウォーターシップダウンでの一件で知り合った船乗りの、スライリとラブスカトルと思ってもみなかった再会を果たした。
二人はオースティン爺さんに頼まれて知らぬ間に俺たちに差し迫っていた危険を告げにきてくれた。そんで事情を聞くなり一も二もなく俺らは二人と一緒に急遽、奴らの乗ってきた船がとめてあるコーダ港に向かった。
コーダ港からさらに、ラブスカトルとスライリを始めとする、船乗り集団とそいつらの船が送ってくれた。いいのかよ、と思ったが、ともかく好意に便乗して急いで東フェリアから内大陸に駆けつけてそこでメイスに礼を言わせて船乗りと別れ、一路、街道を南下している今に繋がる。
大筋はそれ。んで何故メイスがこんな格好をしているかと言うと、すべては最近各地に出回っている茶色い羊皮紙のせいだ。そのうちの一枚をラブスカトルたちが持ってきてくれたんだが、そこにはとんでもないものが描かれていた。
メイスの似顔絵。
これが嫌になるくらいよく似ていた。おそらく実際メイスの姿を見たことがあるものに描かせたんだろう。
そこのところがちょっと引っかかるのだが、そうとしか思えない正確さだった。事細かな特徴も書き連ねてあって、おまけにその絵と一緒に、こりゃ目の色かえる奴はたくさんいると、げんなり思うほどの金額が報酬として記されてあった。
これじゃあまるっきり賞金首だ。その羊皮紙にはメイスの似顔絵と賞金と受け渡し場所以外は何も記されていない。こんな莫大な賞金をかけられて探されている理由がまったくわからない。
ともあれはた迷惑なことに、メイスの顔は一躍、知れ渡ってしまったわけだ。船乗り二人のフォローもあって、船に乗る前は切り抜けて、そして乗っている間はまったく心配なかった。海上というのは外界と断絶された場所だ。俺とメイスもあれこれ他人の目を気にせずにゆっくり考えられるだけの時間ができた。しかし、その後はそうはいかない。
気のいい船乗り連中は途中まで同行しようかとまで言ってくれたが、探しあてて送ってくれただけでもう十分に迷惑をかけている。オースティン爺さんから報いるものは十分にある、と請け負って実際それは真実のようだが、かと言っていつまでも連中にお守りしてもらうわけにもいかないだろう。
だが、船乗り連中という目くらましを失ったとき、どうなるか。俺にはとりあえずじっくりわかったし、船乗り連中にも容易に想像はついただろう。
なんだかいっつも傍らにいるのが当たり前のようになったメイス・ラビットが、美少女だとかいうのは身近すぎてもう俺にはぴんとこなくなっている。
しかしメイスが非常に雰囲気があり、人の目につきやすい姿形を持っていることは十分わかる。おまけに年端もいかない身で一人旅。目立つな、というのは不可能な状態だ。
これで無防備に飛び出していけば三歩歩いたときには、羊皮紙を見た誰かに取り囲まれるのは目に見えている。だから俺はメイスに指示して船乗り達に頼ませた。なんとか目立たずにすむ変装を考えてくれないかと。
船乗り達はみんなで知恵を絞ってくれて、少女の一人旅なら目につくが、坊主が一人でちょろちょろしていてもそんなにおかしくねえんじゃねえか、という助言により、メイスを村の坊主にしたててくれた。
これが存外はまっていて、体形から言っても全然おかしくない。最大のネックは透けるような白い肌だが、長袖長ズボンの扮装のあと、手足を土で汚して綺麗に隠した。変装というもんは、特徴を隠すことだなあ、と俺が感心したくらいに、赤い目を帽子の影にうずめ、白い肌も顔もうまく隠したメイスはどこにでもいそうな小坊主だった。
変装なんて滑稽な一面もあるからメイスは嫌がるかと思ったが、むしろ積極的に扮し始めた。危険から逃れるためのカモフラージュや行動ならメイスの中に「滑稽」なんて文字はまったく浮かばないらしい。
そんなこんなでなんとか態勢を整えて、船乗り達に俺が(心の中で)厚く礼を言い、港で別れて街道沿いを行くとまあ。今までもしとけばよかったぜ、とつくづく思うほど平穏な旅だった。
一応危惧して主に野宿をしてここまできたが、町に行っても外界にわずらわされずにすむのはありがたい。なにしろ外側なんてかまっていられないほど、俺の内側は不審と不穏に満ちていたからだ。
似顔絵つきの貼り紙。
指名手配だ。
確かにムーアの港町ではメイス一人が的を絞られて狙われたこともあった。しかしここまで大々的に公に狙いを定めるとは思っていなかった。俺とメイスも寝耳に水だ。なんのことかさっぱりわからない。
船乗り達はあの岩山での襲撃者の話をきいて、この羊皮紙が間違いなく絡んでいるだろう、と言っていた。おそらくそうだろう。まさか全く別件というわけではあるまい。
閉じ込められた岩穴の中で、事情は全くわからなかった。何故襲われているのか誰が襲っているのか。しかしこんなにも堂々と網をかけられたら、弱い被捕食者だって網をかいくぐりその手の主に噛み付くしかないだろう。
この五里霧中の状況で本当に助かったのが、ムーアで出会った変な爺さん、オースティン爺さんだ。襲撃者から吐かせた結果を知らせる、と爺さんは何気なく言っていたが、まさかこうまで律儀に知らせて警告を発してくれるとは。もたらされた情報は暗中を照らす一筋のランプだ。
唯一の手がかりとなっている情報は、船乗り達の口を介してはいたが、目を閉じれば、奴の孫がどうしても抗いたいと七転八倒する気持ちも痛いほどわかる、自信と裏打ちに満ちた爺さんがふてぶてしく口をひらき告げている様子が容易に浮かぶ。
――親玉は、大きいぞ。気をつけろよ。糸の真ん中にいるのは――
大国ガルディア
その国の首都に明日には着く。
人いきれは、途切れようがない。あらゆる人種、あらゆる髪の色目の色肌の色。あらゆる階層、あらゆる職種。ここはまるで人間の見本市だ。
色をつけた飴玉よりも無数の色とりどりな全てが一堂に会している。今までメイスと一緒に様々なところに回ったが、これほどの都会はきたことがない。
大国ガルディア。
大陸でも有数の強国で肥沃で広大な国土を持ち(っても近隣諸国を属国にしちまっただけだが)軍隊も強く、近隣に敵はない。正直、今までの俺とメイスにはなんの接点も持ちようのない堅苦しいまでの大国だ。
その背後は峻厳なミューア連峰が続き、その少し離れた場所に独立峰、聖カリスクの竜退治譚で有名なフィナート山が泰然と鎮座している。
元はフィナート山もミュアー連峰の一部で一続きだったのが、なんらかの原因で分断されたんだといわれている。この自然の城壁がガルディアの背後をしっかと固めて長年守ってきた。海路の利点を捨ててまでとったその都の場所は確かに有効で、歴史上、大陸のどの軍隊もその峰を越えてガルディアに攻め入ることは不可能だった。
大国の名にふさわしい背景を持つ国の、首都がここ、春風の都フィナン。ごつい城壁に囲まれた内部にはありとあらゆる人間がひしめき合って押し合いへし合いしている。連峰と城壁に囲まれた都だ。まさに軍事国家の態をなしている。
さてそんな堅苦しい国の城壁が見えてきて近づくにつれ、同じ距離だけ近づいてきた問題、それがどうやって無事に悟られずにこの国の中に入るか、だった。
なにしろこれだけ頑丈な城壁をめぐらしている都だ。検閲は厳しかろう。メイスが旅券など持っているわけでもなし。変装はつぼにはまっているが、帽子をとれと言われればメイスは正直厳しい。
しばらく城門の前でそこを通っていく人々の様子を見た後、予想以上に厳戒態勢がしかれていたので、正攻法では難しいと悟り夜を待って城壁をよじ登る方法をとった。
確かにごつい城壁だが、所詮それは対人用だ。わずかなとっかかりで二リーロルもひょいひょいと垂直に跳ぶ奴を想定していないし、魔力を拒む対魔障壁もただジャンプしているだけのメイスはひっかからない。
闇に紛れても城壁の上は赤々と松明が掲げられて厳重だったが、闇に溶け込みかすかに出っ張った角だけを足がかりに、メイスは見事に城壁の内部にもぐりこんで朝を待った。夜が明けてきて、俺たちは内部の様子を初めて目にした。
広がる人人人の群れに、人ごみが嫌いなメイスは内心うんざりしただろう。そんな大国の首都のなるだけすみっこを歩きながら、俺たちは誰の目にもとまらない雑踏の風景に溶け込んだまま、目当ての場所を地道に探した。
さすがに山岳地帯を背景にしているためか、都は奥に行くほどゆるやかなのぼりになっている。上の方、つまり奥の方にある墓地だと聞いたんだが……。
歩きはじめてすぐに、春風の都フィナンというのは、嫌になるほど入り組んでいて広くて人が多い場所だとわかった。その混み具合には春風も通り過ぎるには難儀しそうだ。
ナプザックに入っている俺でさえほとほと疲れてしまったのだから、メイスの疲労度は大きかっただろう。誰もいない街道を一日歩くのと人ごみを一日歩くのとでは全然疲労度が違う。まったくあの疲れはどこから来ているのか。
それでもメイスはかじりつくような顔をして都をのぼっていき、正午を過ぎたくらいだろうか。もうしょうがないから一休みいれようぜ、と俺が言い出そうかと思ったとき。
黒い正装をまとい、花束を抱えて人々が黙々と歩く道に行き当たった。みんな悲しそう、少なくとも喜色は絶対浮かべないように努力する厳粛な顔をしている。
人々が共有しているのはどこか排他的で今だけはどうあってもその雰囲気を壊すもの、壊す要素は受け入れない、という異様な空気。それを見ればなんの集団なのかは一目でわかった。葬式だ。
あれだ、とメイスに囁きかけると、メイスは俄然ついていった。墓地に用事がある奴はそういない。ついていくうちに無数の人の層もかなり薄れて、ようやく息がつけるくらいになった。ふはあ。この中じゃ、人も荷物も大変だ。メイスはここまでの道程で、寒さが迫る季節なのに汗だくになっていた。
しかし苦労した甲斐はあった。前方の葬式一行が慎ましく向かう先は間違いないと思われた。道の左右に花売りの露店が目立ち始め、先行く一行がまとっている雰囲気が区画全体に漂い始めた。
俺もメイスも不謹慎ながらも、よし! という気持ちで前を向いたとき、急にくんっ、とそんな気持ちを引き止めるようにメイスの服の裾がひかれた。
メイスがかすかにつんのめってふりむくと、そこには一見ぼろきれの塊があった。よく見てみるとよごれまくったぼろぼろの人間だった。珍しくもない。さっきから通りにちょくちょく見られた物乞いだ。ただこういう人間は人通りが多い場所にいるのが常なので、閑散としてきたこの場所には珍しく見える。
短い無精ひげを生やしたよごれきった口元が哀れっぽく震える。真っ白でぼさぼさの箒の先みたいな髪が顔全体を覆ってよくわからないが、爺さんだろう。
相手はメイスの視線を得たと悟ると途端にぺこぺこ頭を下げだした。足が使い物にならないのか、下半身は石畳にだらりと投げ出していて、視線はちょうどメイスの高さくらいだ。間近に迫ると饐えたにおいがかすかに漂う。
「どうか、どうか、坊ちゃま。どうか」
薬か酒でやっているのか、服の裾を必死に掴む腕は小刻みに震え、哀れっぽい声はかすれている。「お慈悲を、お慈悲を。一カイでも構いません。どうせこの年よりの命はわずかでせえ。シバ神の御許にいきましたら、坊ちゃまの慈悲深さをたんと伝えておきますから」
先に行く黒い正装の一団がゆっくりと、けれど確実に遠ざかっていくのを見て、焦ったメイスが振り払おうとしたが、爺さんは動かない足で、蛇のように前に回りこんできた。そして頭を下げ続ける。何かを恵むまでは通さない、とでもいうようだ。言葉が通じない。強硬手段しかない。
でも、メイスが無慈悲に無力な爺さんを振りはらうのは見たくなかった。かと言って一々相手にしてられないのも確かだった。
居たたまれなさ、普段は目にしていないフリをする逃げを、強引に突きつけるように迫る爺さんに、メイスが何か口を開きかけたとき。
急に前からばたばたと誰かが駆け寄ってくる足音がした。見ると簡易な胸当てをした二人の兵士だ。二人はまっすぐにこちらを見て、眉をよせて意味ありげな、秘密を共有する者の陰を作り素早く距離を縮めた。
「メイス・ラビット様ですね。アシュレイ・ストーンからここでお迎えするように言付かってきました」
お。いきなりの簡潔な言葉にびびったが、向こうから見つけてくれたのはありがたい。しかし、急に二人の兵士はうわっと声をあげた。見ると兵士の登場に一瞬忘れていた爺さんが、いつの間にかメイスから未練なく手を放し二人にすがりついている。
「おお、おえらい兵士さまじゃ。国王陛下に幸あれ。どうかどうか、わずかばかりのお恵みを、兵士様」
呆気にとられた顔をしていた兵士は、その顔を激しくゆがめた。
「はなせ汚らわしい!」
しかし爺さんはさっきメイスにした以上の執念深さを見せてしがみついている。見下ろす兵士の目が、一瞬、憎しみにも近い温度で苛立った。兵士の右肩が腰に下げた剣の柄を握るためにぴくっと動くのが見えた。兵士は素早く自制したようだが、いくらなんでも――。
しかしその物騒さに顔をしかめきる前に、爺さんが吹っ飛んだ。もう一人の兵士がいきなり爺さんを横合いから蹴り飛ばしたのだ。
「!?」
俺とメイスは同時に息を呑んだ。爺さんの身体は、紙切れのようだった。道の端までぶっ飛んだ爺さんは少しうめきつつ、けれど半身をおこしておお、お慈悲を、とまだ唸った。
二人の兵士に張り付いていたのは、その瞬間までは苛立ちだったが、忌むべきある転換がきたようで、にやにやと下卑た笑みにかわる。
二人は無言で起き上がった爺さんに歩をつめて、その襟首を猫の子のように無造作につかんで、路地裏へとずるずる引きずっていく。爺さんを掴んでいない方の兵士が、うずく腕を宥めるように剣の柄に手をかけているのを見て、俺は思わず声をあげそうになった。
目の前の出来事をどう思ったのかわからないが、メイスも呪縛がとけたように路地裏に飛び込んだ。レンガの角と角が作る間に飛びこんだ瞬間、薄暗がりに目が慣れないこちらを、低く短い苦悶の呻きが迎えた。
遅かったか、と思ったが、すぐに奇妙さに気づいた。あがったのはかすかだが、二つの異なったうめき声だ。ようやく目が慣れてくると、狭い隙間に兵士が折り重なって倒れているのがまず見えた。
かわりというように、その向こうにすっくと立っているのは、物乞いの爺さんだ。さっきは立てていなかったのに。
「アシュレイの部下を装うなら、最低限の品性は磨いておかないと」
――あ。
「やあ。この三者の中では、僕の変装が一番だったと思いません?」
ああ、ぼくは本物ですよ、とどうでもよさそうに付け足して、物乞い姿の爺さんは、少し高めでわずかに甘みを含んだ、特徴的なライナス・クラウドの声で告げたあと、にこっと笑った。
「ま、こういういきさつでお目にかかった以上、お分かりいただけるかと思いますが、事態は切迫しています」
殴り倒した兵士を奥に蹴り飛ばして、わかったようなわからんような感じで、ライナスはそう言った。ぼさぼさの汚いかつらだけをとって、姿はそのままだ。「あなたとの落ち合い場所まで漏れていましたからね。見つからずにすませたかったんですが」
そこで言葉をきってライナスはひょいと奥を見やった。ま、しかたないか、と口の中で呟いて肩をすくめる。まあ、仕方ない。メイスはじっとライナスを見て
「詳しい話を聞きたいんですが」
するとくるっと年齢不詳な男はこちらに向き直って一つ頷き
「もっともです。本来ならアシュレイに直接あって話すのがいいんですが、アシュレイとあなたが会うのは難しいです。なにしろ三すくみ状態なもので」
なんとかしますがね、とそれなりに確信をこめてライナスは言うとやや早口の説明口調で
「だから僕が言えるところまでお伝えしておきます。僕らがここにいるわけは、エフラファまでさかのぼります。リットからだいたい事情は聞いているかもしれませんが、ドラゴンの森でのあれこれをどうにかこうにか片をつけたあと、ルーレイ・アーウェンが僕らに話を持ちかけてきました。不穏な動きを見せている国家がいると。それと、フィアナ国がアシュレイと接触したがっていると」
そこまで離してライナスは幼い様子で目を瞬かせて「何故、フィアナがアシュレイ個人に働きかけてくるか辺りの関係性は承知していますか?」
メイスは首を横に振った。俺にはわかった。フィアナ国はアシュレイの――。
「アシュレイは、フィアナ国と元雇用関係にあります。彼が軍人勤めをしていた頃に。その関係で今でも国王に頼られることがあるわけです。アシュレイも、あれで義理堅いですから、応じて向かいました。あそこで応えなきゃこんな馬鹿なことに巻き込まれなくてすんだんですが。やむなく承知して僕らも借り出されました。リットとカールは情報を集めとグレイシアへの連絡をかねて。そこであなたに会ったと。まあ可哀想なのでフォローしときますが、アシュレイがあなたを巻き込むつもりはこれっぽっちもなかった。ここは承知しておいてくださいませんか?」
「別に、そんなことわかりますよ」
メイスが素っ気なく言うと、それでもライナスは明るく笑って「旅に同行していたのがばれたら、滅茶苦茶しぼられましたからね、リット」
――お前がばらしたんじゃねえだろうな。
なんか楽しそうなんで一瞬思ったが、いやこういう事態になった以上、話すのは不可抗力かと俺は思いなおした。
「僕らも驚きましたからね、あなたの手配書が出回ったときいて」
「なぜ私が?」
「わかりません」ライナスがちょっと神妙な顔に戻った。「アシュレイがそろそろ突き止めているかもしれませんが、僕らの立場でそんなにあなたに興味を示すのもまずいんですよ。なにしろフィアナ国の将軍として国賓の身ですからね」
「将軍?」
しょうぐん?
オイオイ、いくら一国の後ろ盾があったところで、ただの冒険者を将軍に仕立て上げて大国にもぐりこませるわけが――
「それはうそじゃないですよ」
へ?
俺はぽかんとしたと思う。声が出なくてよかった。
「アシュレイは、やめるときに国王に懇願されてまだ軍に在籍しているんです。ほとんど名だけ、形だけですけど」
ぽかんとしている俺の前で、ライナスは幼く見える笑い方で
「これはレザーには内緒にしといてくださいね。本人、死んでも知られたくないみたいですから」
「……何故ですか? 別に不都合はないと思いますが」
「そりゃ、騎士なんかやめとけ軍人なんかやめとけ俺と一緒に自由な冒険者やろうって文句で口説き落とした身が実はまだ、ずるずる軍人続けたなんて格好がつかないこと甚だしくて言い出せないんですよ。僕はばれたときのこと考えるだけで、一昼夜笑えますけどね」
………
………
………らーいーなーす~っ。
無性に怒りがこみあげてくる。こんにゃろ元に戻ったときはまずお前殴るぞ!
カーッとしてる俺の前でメイスは頭が痛いように、
「……理解不能です」
「まったくね。でもアシュレイがいつも実力以上の力を出せるのは、最愛の弟分への見栄のおかげなんですよ。――いや、やっぱり。それは愛なのかな」
まあ気持ちの悪い二人のことは置いといて、と俺の頭の中で八十発くらい殴られた馬鹿ライナスは居ずまいを正して
「君がどうして狙われているのかは先ほども申しましたが、全くの謎です。しかし敵の目的はほぼはっきりしています。術士を、集めています」
「術士?」
「初めはそれでも魔術士限定でしたが、最近はもう見境がない。魔力を秘めているならなんでもいい、といった有様です。君も遭遇したというムーアの港での一件もそうです。魔力があったって、術を使えるようになるにはかなり労力が必要なのに。そうやってかき集めた術士は船で搬送されていましたが、一般の船乗り達が協力してくれて、そのルートが一時的にでもほとんど使えなくなって今は途切れていますが――。国の祭祀を理由に近いうちにカースリニ大神殿の巫女、司祭も多数呼び寄せます。国王の狙いは一人でも多くの魔力を持ったものをこの都にいれること」
不穏でしょう? とまるで自分が企んでいるように、ライナスの口元がニッと酷薄そうにつりあがった。それは確かに――物凄く不穏だ。大国の動きに緊張しているフィアナ国の王も気が気ではないだろう。
「これが今の僕に話せるすべてです。そろそろ、場所を移しましょう。長居できる場所でもありませんし」
ライナスが言ってまたあのぼさぼさのかつらを手にとった。いつの間にか取れていた短い無精ひげは、どうやら短く切った髪を散らしただけのもののようだ。もうすっかりとれている。メイスは異論はないようだが、奥に倒れている二人をちらりと見て
「あの人たちが――王とやらの手先なんですか?」
「いや、違いますよ、多分」
あっさりライナスが否定する。そしてそう言えば説明することがもう一つあったな、という顔をした。
「城中での戦いは、孤軍奮闘ってわけではないんです。一応、同盟者――というか共同戦線を張っている相手がいる。同じ敵と見定めたものの前で、残りは自然と味方になるでしょう。それと同じです。その相手が差し向けたものです」
「……言いようによっては、味方、なんですか」
「そうですよ。ただ信用できない味方ですけどね、敵の前以外では。不愉快に聞こえたらすみませんが、君の存在は切り札にもなりますし、墓穴にもなりえます。だから僕らより先に身柄を確保したいと思ったんでしょう。――御友人殿はそんなことを考えそうな人ですからね」
「――御友人?」
「協力者のことです。そう呼んでます」
そう言ってライナスはすばやく青年からよぼよぼの老人に戻った。俺たちを待ち構えてずっと物乞いに扮していたのか。なかなか真似できない。アシュレイが何かとこいつを重宝するのもわかるな、と一瞬でも思ってしまって、俺は次の瞬間、これまでのこともこれからのことも勘定にいれて盛大にへそを曲げた。ふんっ。
饐えた下水のにおいがこびりついて、芯から冷えるがらんどうの四角い部屋。天井は狭い。ライナスが首尾よく案内してくれた、無人の家の地下室というなかなか惨めなところに、ぼんやりといた俺たちにむかって、薄暗い地下室の上げ蓋が開いたのは、真夜中だった。
新月ではないはずだが、地下室では月光は差し込んでこない。開いた上げ蓋の向こうに、松明の明かりが見える。それに作られた濃くて小さい影の主が、ぱあっと顔を輝かせたのが何故だかわかった。
「メイスちゃん!」
抑えた声をそれでも跳ねさせて、弾む鞠のように階段をほとんど飛ぶように駆け下りて、その人影は叫んだ名の主に抱きついた。
一部の隙もなくべったりひっついて、それでもなおこみあげる衝動を抑えきれないように、頬を腕にこすりつけ全身で好意を表している。
黄色い髪のリシュエント・ルーは相変わらずメイスに熱烈だ。メイスも人間嫌いなんだが、リットのこれは慣れたのか気にならないのか、不快そうな顔をしたことがない。
のっそりと松明が動いて小さな身体の傍らにいつもいる巨体を照らし出す。んー。案外、短い別れだったなあ、とそん時に抱いた感想はその程度。カールの巨体の後ろに完全に隠れていたライナスがひらっと前に出てきて
「面子がそろったところで始めますが」
メイスさん、これどうぞ、とライナスがばらっと散らばる何かを机に落とした。ん? モップの毛先のようなもつれた塊だ。ライナスはリットはこっち、と与えたのが白いまた似たような塊。なんだか気味が悪いそれはだらりと垂れ下がるつけ毛のようだ。
「メイスさんの扮装は悪くないんですが。しかし身体の小柄さとは如何ともしがたいものがあるのは事実です。群集の中では見分けがつかずとも、もっと目が厳しい場になるとどうかは」
そこでです、と一旦きってライナスが続ける。
「幸いなことにこちらにはリットがいる。メイスさんはリットと服装をそっくり取り替えてください。そしてリットとしてカールと行動する」
……なあるほど。
思わずライナスへの反感も忘れてその巧みさに感心してしまった。変装したり潜んだりして立ち回ってきたライナスと違い、この都でリットとカールはそこそこ目立たずにはこれなかったろう。リットだけならどうにかなるかもしれないが、カールの巨体に隻腕という特徴はごまかしきれないし、そんなカールとリットが一緒にいると相乗効果で余計目立つ。
しかし。ここで間違えないで欲しいのは、そこで目立っているのはあくまで「巨体の片腕男」と「黄色い髪の小娘」の取り合わせだということだ。
リットやカールの顔立ちだのなんだのが目に付くわけではない。だからカールが黄色い髪の小娘といれば、大半の人間がああいつもの二人連れだと看過してしまうだろう。刷り込まれたインパクトで見るほうに勝手に了解させてしまう手口は、シンプルだが効果的だ。まさかその少女が派手派手しく出回っているお尋ね者の白い髪の少女とすりかわっているとは思うまい。それなら堂々とメイスは町を歩ける。
こいつが軍では主に諜報活動してたってのは、嘘じゃねえな。
ザックの奥にしまわれていたメイスの着替えを受け取って、白いかつらを被ったリットはなかなかどうしてはまっていた。メイスもリットの服を着て髪の色を黄色にすると、後ろからなら親しい者でも一瞥では気づかないかもしれない。今まであまり気にならなかったがこの二人は背格好が似ているんだな。
赤い瞳だけはどうしようもないから前髪で隠す。そうすると二人の少女はすっかり入れ替わってしまった。人間心理に基づいた単純だが有効なトリックだ。カールの隣に並んだメイスの様子に唸らされた。ライナスは別段得意がる様子も見せずに
「僕らは精々、おとり活動で引っ掛けてみせます。君たちはその隙に」
明日は王城に行ってください。となんでもないように言った。
そんなことを言ったライナスは、ちょろりとどこかに行ってしまった。なんのかんのと忙しいらしい。何も言わなかったが、無事合流できたのでアシュレイ辺りに連絡をつけにいったのだろう。
夜も抜けていたので小娘二人は早々と寝かしつけて、テーブルの向こう側にカールが腰掛けて、テーブルに俺がのっている。変な図? 知るかよ。
なにはともあれ、今現在の俺のよき理解者であるカールと再会できたのは嬉しい。非常に嬉しい。しかし暢気に喜んでいる場合でもない。
「そっちの様子はどうだ?」
カールはちょっと考えた後、首を横に振った。「芳しくは……ない」
「お前らこっちにきてからどういうことしてたんだ?」
「……たいしたことはしていないな。精々、軽い聞き込みだが、それも――」
メイスを王城にいれるための布石か。うーん。相手の出方がどうかはしらんが、こっちもなかなか用意周到だ。そこからアシュレイとライナスの本気の度合いを見てとれて、俺はううむと考えこんでしまった。
本当にアシュレイは敵の意図をつかんでいないのか? 相手の立場、情勢等を把握していれば意図を掴むことはそう難しくないように思える。
ましてや相手は国王がらみだ。まあ意図は掴んでいるのかもしれないが、そこにいたるまでの手段がさっぱりなのかもしれない。うーんと考え込んでこんがらがった。そこでふと路地裏でのライナスの言葉が蘇ってきた。
「そういや、御友人殿ってのは誰なんだ?」
「……よくは知らない。どこかの伯爵だとか」
「伯爵ねえ……」
どこかの伯爵、ということはこの国の爵位ではないんだろう。はてさて。しかし「どこかの」とつく限りはアシュレイたちと同じフィアナということはあるまい。んー。よくわからん。
「レザー」
ふとカールが俺を呼んだ。なんだ? と答えた。
「お前は……身内だとかは、いないのか?」
「へえ?」
いきなり突拍子もないことを聞かれて俺は変な声を出した。
「……なんだよ、いきなり」
「いや……国相手の謀略がらみだ」
カールはそれだけ答えた。身内に難がいく心配をしてんだろーか?
身内?
その言葉の響きに一瞬、ほんの一瞬なんでだかぽっと浮かんだ顔になんでだよ、とやっぱり打ち消す。あれだろうか。保護者気分がまだ抜けきってないせいだろうか。
「いねえなあ。俺んとこはどうも短命みたいでな。見渡す限り全滅だよ」
それから隅で毛布に転がっている影をちょっと見やった。さっきなんでだか浮かんだ顔。「……メイスも」
なんだか夜の寒さが胸に沁みてきた気がした。俺たちももう休もうぜ、と言うとカールはこくりと同意した。
廊下にうずくまったその肩は小刻みに震えていた。まるで脅えた子どものようだった。一瞬、誰だと考えて、正体がわかったときには意外さを覚えた。
「どうした? 大丈夫か?」
決まり文句のようなそれも、この相手に向けて投げるには何か新鮮だと思いながら、肩に手を置く。その瞬間、びくりと身体は大きく震え、突然立ち上がると、近くの部屋に飛び込む。すぐに嘔吐の声が漏れた。アシュレイ・ストーンは一瞬呆気にとられて立ちすくんでから、苦しげな呻きが途絶えると部屋に続けて入った。
部屋にすえつけてある洗面台に手をつき胃の中のものを吐き出しつくしてそれでも動けないでいる、灰色の髪に飴色の瞳をした元部下であり、今はパーティの一員でもあるライナスの姿をした”誰か”をとっくり眺めた。
「あんたが、オシショウサマ、って奴か」
口元を拭っていた灰色の髪の主がふりむいた。ふりむいたときには冷めた目の色をしていた。
なぜだ、とすでに奴の口調ではありえない低音の声で相手は言った。仮面が剥がれた後でも、どちらかと言えば確信よりも驚愕の方を強く覚えていたのだが、アシュレイは眉一つ動かさずに
「あいつは見かけよりずっと食い意地が張っている奴でな。一度喰ったもんを吐き出すってことはまずねえんだよ。そんなにここの食事は口にあわなかったか」
あんた、美食家か? 軽口にはいっさい反応せずに女は冷めた目の色のままで「それだけでか」と呟いた。
「なにしろシナトでのことを聞いているんですね」
言いながら間合いを詰める。魔導師相手に下手な距離をとってはろくなことがない。轟然と相手は顔を上げた。どこで切り替わったのか、もうその顔からライナスの面影は一片も失せた。
「頼みがある」
低い声だ。女だと聞いてはいたが、これはそう思って接しなければなかなかわからない。覆うような黒のローブ。闇色の瞳。もとより明るいイメージなど欠片もない姿だが、病み疲れたような陰が面立ちに添っている。陰気というより全体的にひどく不健康だ。女は瞳を一度閉じた後
「無償とはいわん」
「それも聞いてるな、とりあえず、あんたは、律儀だって」
女の顔がくだらない冗談を聞いたようなそれになる。ここいらは女だと思う。たわいもないことで機嫌をすぐ損ねる。
相手はそのことで早々に会話を打ち切りたくなったのか、ふわっと掌に何かを載せて突きつけてきた。それをどこから取り出したのかはわからないが、態度はつっけんどんでも手つきは丁寧だった。
骨ばった掌にのせられていたのは、まるでとても貴重な、大切なそれであるように、畳まれて収められた薄茶色の羊皮紙だ。アシュレイ・ストーンは受け取らずともそれがなんなのかはわかったので、手は出そうとせずじっと見据えて
「描いた相手は知らない」
女の様子を伺いながら口を開く。「だが、あんたが求めるものなら、知っている」
多分。
ぴくりと相手の顔が動いたのを見てから、アシュレイは「別に俺にとってはそう難しいことじゃない。だが報酬は要求する。それでいいならついてこい」
背を向けたアシュレイに付き従う最初の一歩の足音に躊躇いは微塵もなかった。余裕がないのはとりあえず向こうだ、と一つ思ってから
「とりあえずライナスになっといてくれ。面倒だから」
言葉の後、確認にふりむくと陰気なライナス、というはなはだ嫌なものが付いてくる光景を目にして、自分で言い出しておきながらちょっと嫌気がさした。
人目を避けて薄暗い廊下を延々と歩く。東の棟は元々人が少ない。住居とは思えない建物をいくらも進んだ後、自発的に足を運ぶことは二度とないだろうと思っていた、陰気な肖像画の廊下にさしかかった。そこでアシュレイ・ストーンはもう一度ふりむいたが、相手はまるでこちらの影になることでも決めたように、黙々とついてきていた。
突き当たりは薄暗くけれど高い窓から、真っ白な月光が窓の形に切り抜かれて壁に落ちている。その光の中にあの絵は綺麗に収まっていた。ああ、美人だな。率直に思った。日の光の下でも、薄暗がりでも、月光でも、この絵は決して表情を変えない。多分見惚れていた一瞬、足音が途絶えているのに、アシュレイは気づかずにそれからふりむいた。
振り向いてみるとライナスは――いや、女は止まっている。どちらかというと彼女は神妙な顔をしていた。絵をじっと睨んでいる。そこから一分も動かない。やがて足以外の全てが硬直したまま数歩近づいて止まる。しばらく動かず、そして唐突に歩を進めてアシュレイの横を抜いた。
横を通り過ぎていく間、一度もこちらに注意を向けなかった。相手の世界からそのとき自分は消されてしまったのだろう。ほとんど真下まで来て女は歩みだすかわりに絵に向かい、一度躊躇ったような震えを見せた後、一声、発した。
「―――――」
今にも崩れ落ちるような響きだ。濡れた声が形作ったのは確かに人の名だった。その名の響きをアシュレイはそっと拾い、あの小さな白い魔術士の名の響きとあわせてみて、ため息を吐いた。細かいところを聞き間違えようとも、二つの名が異なっているのは明白だった。
ただその名が、女にとってひどく重大な響きを持っていたのは間違いない。張った肩が揺れている。月光には届かない影の中で、すすり泣いていてもおかしくないほど、たった一声、吐き出されたその声は感極まっていた。
揺れる肩は悔やんでいるようでも喜んでいるようでも怒っているようでも、――とどのつまりその振動はどうとでもとれた。最後に見たすれ違う際の女の横顔はぼうっと気が飛んでいた。
それを思い出して顔を横にそらしため息を漏らした。そのため息がほとんど終わらないうちに、後方に生まれた気配を察して、アシュレイの手が反射的に剣の柄へと伸びた。
「望みを言え」
振り向きざまに剣を抜きはらう衝動を必死に押しとどめた。
あれだけ感極まった声の直後に、女の姿はまるで彫像だ。見送ったはずの背がいつのまにか背後にある。それまで報告の中でだけ聞いていた女の実際は弱弱しく、どこか平凡だった。悪評は聞きながらも、現実の小ささがどこか油断を招いた。しかし報告は正しい。この女は得体が知れない。
「あんたには高い。それでも払ってもらう」
読めない女の顔に、アシュレイ・ストーンはぴしゃりとたたきつけた。
「俺の望みは、レザーを元に戻すことだ」




