岩天井に空を描いて(3)
目の前に広がっていたのは、なんとも奇妙な光景だった。森が始まる境目の少し向こう。多分、ここに集まった奴らが切り倒したんだろう、まだ新しい切り口の切り株がごろごろ見える。
見通しがよくなった視界に、最初に飛び込んでくるのは樹齢数百年はいってるかというような巨木。低い位置に枝葉はついていない。すーとまっすぐに伸びる幹はけれど真正面にぼこりと妙なコブが突き出てる。
「なにあれ」
高めの切り株にのっかって、リットも呟く。ほう、とカール、ライナスも強く興味を引かれた顔になった。
確かになにあれ、だ。
一見妙な形のコブだな、ですましてしまいそうになるが、それは決してコブなどではなく、それどころか木の材質ですらない。
「あれは近寄っても大丈夫」
バードがそれでも用心深そうに横目で見ながら言った。その言葉にこらえ切れなかったよう、切り株をぴょんぴょん跳んでリットが近づく。ライナス、カールも続いて、メイスだけは落ち着いて近づいていった。俺も気分だけは駆け寄りたいんだがメイスの手の中だ。
リットは間近で立ち止まり、はあー、と見上げた。高い。二リーロルはあるな。幹の上空に飛び出ているものは横長の棒だった。
白墨のように艶のない表面は、うーん、石かな、硬そうで滑らかな材質で出来た突起は横に伸び、精緻な彫刻がほどこされているのが遠目でもわかる。明らかに人の手で作り出されたものだろう。しかし、それが木の表面にぼこっと飛び出ている様は、まるで切って糊でべたっとくっつけたような、なんとも不具合な感じがする代物だった。
「これ、なんなの?」
「木の後ろを見てみたらわかるよ」
「?」
バードの言葉にリットが切り株を跳んで大樹の後ろをのぞきこんで、うひゃあ! と声をあげた。なに? なに?
いくらトレジャーハント専門ではないと言え、冒険者は本来こういう世界の謎とかにすっごく弱い。冒険者魂がうずくのか、カールとライナスもいそいそと向かうのに。当の本人メイスだけが気のなさそうにてけてけ歩くだけだ。うー! お前は気にならんのか。ウィリス・レスだぞ!
メイスの手の中で俺がようやく大樹の後ろをのぞきこむ三人に並んで見たとき、やっぱりうひゃあという感じだった。重なる葉が作り出すしんとした緑の森の中に、ぼこぼこと白いものが見える。その色のせいだろうか、それとも夏の森の鮮やかさの対比のせいだろうか、まるで神殿のような印象を覚えた。
「な、な、なにあれー!」
苔むす森から、倒れ伏した木々の影から、緑の森に白い巨人が佇むように白い枠が屹立している。それもひとつではない。一定の距離を正確にあけられて、まったく同じ(に見える)ものが、行儀よく直線に並びそして多分、その直線上の先に小山とそのどてっぱらに開けられた黒い洞窟が見えた。
「……門?」
彫刻がほどこされ、森の風景を白い枠で切り取る建造物にその答えしか咄嗟に出ないだろうが――
「あんなにたくさん?」
そう。神殿や王宮につくられた、扉のない門としてみればわかるが、それがたいした距離もあけずに連なっているというのは初めて見る。ざっと見てもその数は、二十を超えている。その間隔も一歩を踏み越えれば、二歩目で次の門にさしかかるくらい狭い。門というよりトンネル、と言い表した方が正しい。
「門というより、列柱廊の枠組みが本来の姿じゃないかって意見が主流になってるんだ」
「ちゅうろう?」
「――渡り廊下みたいなものかな。ここは屋外だから、柱があってこう、上に屋根が乗っていたんじゃないかって」
空に手をかざしてバードが説明した。なるほど。門がこんだけ連なっていると思うと不気味だが、そう考えればおかしくもないかも――。あれ、とリットが呟いて、素早くきびすを返し大樹の前へと出た。
「って、ってことはさあ! こっちの変なぽこって奴―……」
そう、とバードは言った。「驚きだろう? これが先頭の枠なんだ」
え?
大樹が後ろに隠したものに見惚れていたが、そのやりとりに急いで大樹へと舞い戻る。確かに後ろにあったものを見れば、一目でそれがなんなのかわかった。
「俺たちの今のところの見解は、おそらくこの大樹はこの枠の足元から生えて、何百年もかけて伸びてついにはこの枠を飲み込んで今の状態になったと」
「それは理屈にあわないでしょう」
さすがにライナスが口を出す。喧嘩も忘れてリットがうんうんと急いで頷き
「だってこんだけ大きくなったら、やっぱり根だって相当ふといでしょ? 育つうちに壊しちゃうよ絶対。それか持ち上げるとか、倒しちゃうとか。こんな風に飲み込むの? 避けて伸びたとかならともかく」
メイスがようやくじっと白い枠を見上げ、俺も食い入って見上げた。確かに、植物ってのの成長力は凄いが、こんな細い枠をすっぽり飲み込むように伸びるか? それも、うん、枠に負けて木が少し避けて伸びて上でまたくっついた。そういう状態ならあるかもしれん。しかし、なんというか、この木はまるで同化だ。ぴったりしていて隙間もまったくなく、白墨の枠に木は境目などないようにまとわりついている。幹に沈み込む輪郭は、飲み込む、という表現がまさにぴったりだ。
「確かに……変ですね」
「変だよ」
バードはあっさり認めた。
「木の根が積み重ねられていた巨石をあっさり打ち壊した、なんて遺跡なら見たことあるけどね、だけどこいつほど極端じゃなくても他の枠もそういう奴があるんだ。あと何百年かしたら、第二の飲み込まれた枠ができるかな。不思議な奴だよ。まるで木を無視するみたいに立ってる。……木が無視してるのかな」
「これ、触って大丈夫?」
「今のところ接触で異変があったとは聞いてないけど、やめといた方がいい。まだわかっていないことが多いから」
こういうのがぽっとでるからこの稼業もやめらんないんだけどさ、とバードが言葉の割に少しさびしそうに、連なる白い門――枠とその先の黒々とした口をあける洞窟を見やった。洞窟の前には、数人の男達が落ち着きなく――というより油断なく周囲を見回しながら立っている。見張り番か。相手も距離のあるこちらに気付いてむっと剣呑な目を向けたが、バードの姿を認めたのかそれ以上は注意も牽制もくれなかった。
バードも特に気をとられた様子はなく、その奥にある阻まれた世界を眺めいっている。歯が立ちそうにない、と判断せざるをえなかった境遇のせいかな。ドラゴンの森では見せなかったけど、こいつも人並みに冒険者の業を背負っているのか、と思って愚問かと落ちついた。じゃなきゃ誰がこんな実入りも悪い危ない真似をするもんか。
リットはまだ目の前の怪異に夢中なのか、目つきの悪い男達を素通りして奥にある洞窟を指差し
「――で、あそこが入り口だね。中ってどんな感じなの? 地下に入るの?」
「入ったところは少し低くなってる。けど、地下迷宮ってほどでもないかな。自然の洞穴を利用したって感じだよ。幾つか罠は見つかってるけど、今のところそんなこういう派手な建造物はないよ」
「しかしあれがウィリス・レスだったと」
「そう」
あー、もう、凄いよな、と突然からっとした声を張り上げ、バードが率直な感想を吐き出した。うん。すげえ。
「冒険できたらなあ……」
ふと気付くとリットが振り向いてメイスを見ていた。遠い目で洞窟を見やっていた、バードの表情と少し似ている。
「メイスちゃん、気をつけてね」
「はい」
メイスはある意味素直なのか。リットはじっと見てちょっと躊躇って振り切って、最後に身を乗り出して言った。
「僕、心配してる。ずっと心配してる。出てくるまで、心配してるからね」
そう言って一途に注ぐのは見たことがない目の色だった。リットは本当にメイスが好きだ、ともうやれやれの心境で俺は思った。これはもう手に負えない片想い、だ。
午前中のバードの話し合い。リットは馬鹿でも鈍くもない。バードの意図がメイスの引き抜きにあったことを、普段なら絶対悟れていた。そもそもお前らだってエフラファで同じことしたわけだし。
だがリットは気付かなかった。嫌だったからだ。メイスがミイトを連れて行くべきだと主張したとき、悲しそうにメイスを見てた。そこまで思い出して、あーっと不可解さにうめきたくなってきた。
理解できるか。怒ったりはしゃいだり落ちこんだり同い年の同性を恋するみたいに見つめたり。そのめまぐるしさは万華鏡のようだ。計りも理屈も振り切って、気まぐれな感情は風まかせに転がっていく。
グレイシアは少女の頃から今みたいな性格だったし、メイスがそこいらの一般的な女の子の枠にあてはまることの方が珍しいので、こういうのはまったく不得意分野だ。ちょっと前までリットもそこいらの悪たれ坊主とかわんなかったのになあ。一晩明ければ別の生き物に変貌していたような感覚だ。困惑する。
同じような感慨を覚えるのか、それとも別の感想があるのか、じっとリットを見ていたカールとライナスは、注いでいた視線を同時にあげて
「お気をつけて」
「……油断はするな」
バードのところにも、レイアとミイトが囲んでいる。
「バード、ロイド、へまをしないでね」
「お、お、お、お気をつけてっ!!」
背を丸めるようにして力を込めて叫んだミイト・アリーテをちょっと見た。その前でバード達は気楽な様子で手を振っている。
俺はあの声に従うのは良しとしたわけではなかったが、メイスはともかくそうした方がいいと思ったようだ。が、結局、ミイト・アリーテを同行させるのは、メイスがいくら強固に主張しても頑としてバードは受け入れなかった。無理はない。あんだけ大切にしてる妹分だ。それにウィリス・レスの性質上のこのこ連れて行けばやばいことになりかねないとも理解してるんだし。
あの声をうまく説明できない以上は、その正論を覆すのは不可能だ。主張すればするほど、どんどんその気弱な姉ちゃんを追い詰めていくだけだと悟って、俺はメイスの膝の上で少し動いてたしなめて。ミイト嬢ちゃんは消え入りそうな顔でうつむいていた。
それ以来、あの声はうんともすんとも言わない。
別れがすめば後はさくさく進むだけだった。見張り番とバードが数言交わして、気をつけろ、と芸はないが実がこもった言葉を受けて、俺達はすんなりとほぼ伝説と化したその遺跡の中に足を踏み入れた。
「そこまで深部にいくわけじゃない。下っ端の俺達にあてられたのは、夜には戻ってこれるようなルートさ」
「だけど、油断はしないでね。ここのルート会話は大丈夫だって保証されてるから、疑問があったら聞いて」
行く先からひんやりした空気が抱きとめるように迎えて心なしか肌を粟立たせる。入り込んだ遺跡の内部は薄暗く、足元の緑がかった光がぼんやりと辺りを照らしている。ナプザックの縁から、俺はその光をちょっと見下ろした。
踏破済みのルート、というのは本当らしい。足元の光は光藻という、海草の粉末をちょっと改良したものだ。瓶詰めをあけて空気に触れると、反応して一定時間発光する。空気のないところや毒が混じっているところに投げ込んでも発光しないので、そういう面でも重宝されていて、これを常備していない冒険者はもぐりだ。ポピュラーな道具なんで大量生産されていて安いのも助かる。
「色々聞いとけ」
ナプザックにつまった俺はメイスの首元で言った。こく、とメイスが頷いた。
「これまでに入ったスイッチはなにが原因だったんですか?」
「……わかってない」
「その時はまだウィリス・レスとは知られてなかったからね。入った誰かがスイッチをいれたんだろうけど」
「いくつのスイッチがすでにはいっているのですか?」
前を行くバードが無言で指を二本たてた。まるで数を口にするのが恐ろしいといわんばかりだ。
「それだけでCランクからSランクに跳ね上がったわけ」
ふむふむとそういう話を聞いているうちに、やがて光の筋が直角に分かれている地点に出た。
「ここをまっすぐいくと初めの行き止まりがある。そこまで行ってから、ここの分かれ道にいくから」
まあ確かにダンジョン攻略、というよりほんと近場の見回りってのりだな、このパーティにまかされてんのは。それすらも最新の注意を払わなきゃいけないダンジョン。さすがにぞっと――
「血」
たった一言、メイスが呟いた。闇の中に一滴こぼれ落ちた、赤い言葉だった。緑がかった光の中で、白い腕が分かれ道の一点をさした。
「え?」
「血の、臭いがします、新しい」
「血? え、ほんと? な、なんにもにおわないけど」
「私は五感を魔力で発達させているんです。この先に進んでください」
団子鼻のロイドが戸惑ったように振り向いて、バードに目を投げた。バードも少しまごついたようだが、やがて決心してうん、と頷いた。
ロイドがより慎重に歩を進める。こういう場で先頭をきるのは、きまって罠を見破るのに長けている人物だ。もちろんその身は、危険さとひどく狭い間隔で隣りあわせているが。
しばらく張り詰めた沈黙の道程が続き、ある地点で不意にロイドが足を止めた。「続かないで」と囁いて、ザックの脇にしばりつけた細い棒をひょいととる。それをロイドが数度振ると、すぐに奴の身長ほどの高さになった。
ロイドは盲人の指示棒のように、かつんかつんと目の前の床をつつき、時に慎重に時に体重をかけて確かめ確かめして進む。やがて大またで十歩ほど進んだところ、緑の光を放つ道上、ロイドはしゃがみこんだ。しばらくその背は動かなかった。ずいぶん長い間だと思った時間が終わり「リーダー、光もってきて」と掠れた声が言った。バードがメイスを追い越してそちらに寄っていく。
「……あそこか?」
「――ああ」
バードが前方に向かって光藻をまいた。光の筋は二リーロルほど途切れている。行き止まり、ではない。先にまだ光は続いている。道は続いている。つまり暗闇を作るのは、あそこにあるのは、こんな一本道には典型的な罠だが――。
落とし穴を二人してのぞきこんで、こちらに向けられた背は、なんだか一気に疲れたように見えた。
「――全員、いる」
落とし穴の中に、光藻にさらされて浮かび上がる、血の臭いをさせた――全員。情報を細切れにして、俺はその光景が頭に浮かび上がらないように意識した。
「こいつら、歩く幅も知らなかったんだな……」
ぽつっとバードが言ってから振り向いた。こういう場所を歩くとき、一人一人の間の距離は1、5リーロルとるべきだといわれている。なぜかというと全滅を防ぐため。また人ひとり分の動きじゃ作動しない落とし穴って結構多いらしいから。
「すぐ戻ろう。もうこいつらがスイッチを発動させることはない」
どんなに急いても、走ったりしてはならない。そういうのは、大岩が転がってきたときだけだ。バードの口調は暗い。連れてこなくてよかった、声に出さずに口だけがそう紡いだ。だから独り言だったんだろうが。
ところがメイスはそれを見ていたらしい。後ろのザックに詰まりながら、あ、なんか言うな、と俺はなんとなく勘付いたが、果たしてその通り。メイスは疑問があると相手も場も頓着せずに、すぐ口に出す癖がある。暗い口調に引きずられることもなくメイスは
「レイアさん――ですか、彼女を連れていかなかったのはなぜですか? ミイトさんはともかく彼女がこの中に入らない原因は?」
「レイアも足手まといになりかねないからだよ」
答えたのはバードではなく、ロイドだった。細い棒をまた数度振って、短くなったそれをザックの脇につっこみながら「俺もね、レベル不足。だけど仕方なく連れてきたの。ダンジョンに盗賊スキルは必須だからね」
光藻だけが頼りの帰り道に、決して温度があがらない言葉がぼそぼそとこぼれていく。話す空気ではどうしてもないのに、こうして言葉を撒き散らす気持ちはなんとなくわかった。でなければ死も恐怖も耐え難い。
「メイスさん、このダンジョンで死人が出たって言ったけど、どれくらいだと思う?」
硬い声でバードが言った。そして行き道でいくつのスイッチが入ったのかと聞いたときと同じよう、指をこれまた同じ数、二本立ててみせた。
「……二人、ですか?」
「二ケタ」冷たい闇の道程に、しみこむ声だ。「罠があるハント場所は、凄くえぐい死に方をする。見るに耐えないような、ね」
「一人残しておくのは忍びないよ。どんな惨い死に方するかわからないからさ」
かわるがわる静かに続ける二人に、畑の違うトレジャーハンター達の、意思というか、覚悟というか、そういうものを肌で感じ取った一瞬だった。
冴えない顔色のレイアとミイトに向けて、散歩にでも向かうかのように何気なく手を振っていた二人の様子を思い出す。最後になるかもしれないと覚悟を背負って、見せたのは陽だまりの態度、紙一重の薄氷の下に隠れていたのは氷山の構えだ。冷たくきりたつそれはあまりに絶対的で、口を挟む隙間などどこにもない。
そんな二人にメイスも何かを感じ取ったのだろうか。とりあえずそれ以上はつっこまずふと、メイスが息をすうっと吸い込んで、急に止めた気配がわかった。
「――赤い、光」
ぴくっと前を歩くバードの背が動く。俺も緊張が走った。
「赤い光が発見されたそうですが、どういう状況で?」
「……スイッチ」
「え?」
「スイッチが、入ったと思われるとき。洞窟の中で赤い光を見たって。両方ともね」
……。
「どんな、光でした?」
「……俺も、見てはない。だけど見た奴は、言った。あれは、まるで――」
まざまざと一度だけ見たその光を思い出す。
「――生きた竜の目みたいだったってさ」
あの女がでしゃばってくるわけだ。
その回答を受け止めてメイスが慎重にとめていた息を吐き出した瞬間、突然がくっと視界が下がった。一瞬、落とし穴にはまったのかと思ったが、ガリッと今度は逆に突き上げる震動に、違うとわかる。
「スイッチ!?」
ロイドが悲鳴じみた声で叫んだ。揺れを振り切るように鋭い動作でバードが振り向く。「探索隊の誰かがいれたんだっ!」
生きた遺跡がさらに目覚めるか。そのまま立っている全ての者の足をさらう、つきあげは狭い間隔で次々に襲ってきた。しかしメイスは揺れが本格的になる前に、すでに呪文を唱え終わっていた。
ふわっと四本の足が揺れ続ける地面から離れる。メイスは素早く俺の入ったナプザックを腕からはずして放り投げ、ナプザックは中の俺ごと途中で重力から解き放たれ、そこにひょいとメイスが軽く飛び乗った。この浮遊術、メイスの得意中の得意の技だが、何故か自分自身は浮かせられないらしい。むぎゅ。
「そんなに長時間は浮かしてられませんよ」
いきなり浮かせられてびっくりしたバードとロイドは、その言葉に驚きの金縛りから解放されたよう
「あ、ありがと。なるほど、こうすればいくら揺れても、関係、ないか」
周囲はいまだに揺れてるらしく、地響きはするし光藻の道もぶれてはいるが、空中は実に平和だ。とはいえなあ。
「スイッチが入ったら、遺跡全体がどう変わるかわからない。急いで出よう」
なんとか足を下にして、落ち着いたらしいバードが言うと、ゆっくり浮いたまま俺たちはふわふわ進みだした。亀のような歩みだ。俺はメイスの下でそっと
「メイス……これ、どれくらいできるんだ?」
瞬間的なパワーは凄いが(なにしろ竜の半身を持ち上げた実績がある)確かに持続は見たことがない。メイスはちょっと苦い横顔で、バードの真似でもしたのか二本の指をたて
「もつのは、力を振り絞って……」
「に、二時間?」
「二分」
短……っ!
「降りて走ろう!」
青い顔でバードがもっともな意見を叫んだ。
揺れが収まったときの沈黙こそ恐ろしいが、恐ろしければ恐ろしいほど、光藻の道から太陽溢れる外へと飛び出したときの空の青さには感動した。濃い空の青。白い外の空気。世界って綺麗だなあ。
おそらく罠があってもその人並みはずれた瞬発力にジャンプ力に脚力に、ぶっちゃけ反則のようになんとかなるだろうメイスを先頭に(というか多分承知しないだろうから勝手に追い越して)、暗い洞窟をもう一気に駆け抜けた。罠も怖いが時間がたてばたつほど、生還が困難になっていく洞窟にいるほうが万倍怖い。
ぜいぜいと、メイスの俊足についてきた二人がさすがに息荒くして膝に手をつき、空を苦しげに仰いでいると、飛び出た瞬間、おうっと声をあげた入り口を取り囲むギャラリーの中からリットが飛び出してきた。
「メ、メ、メ、メイスちゃんっ!!」
外にいてもスイッチが入ったことを知っているのか、そのまま凄い勢いでメイスに抱きつくリットの後ろ、カール、ライナス、そんで大柄な姉ちゃん格闘家レイアも続く。懐かしい。短時間だが、本当にほっとする。しかし、その懐かしい顔に刷かれた表情に俺たちはとまった。
「バ、バード」
レイア姉ちゃんがらしくない弱った声を出して、なんとその場に座り込んでしまった。汗だくで息を切らしていたロイドがその様に、自分の疲れも忘れてぎょっとした顔がちらっと見える。するとメイスからぱっと離れたリットが両手を振り回して
「そ、そのね、僕が木の上でメイスちゃんたちのこと心配してたらさ、こう、茂みの中からやってくるくるこんにちは! じゃじゃじゃーんっ! 誰だと思う!?」
「え?」
言葉だけとればふざけているようだが、リットは本気で慌てているようだ。無我夢中でまくしたてている。
「僕が「あ、おししょーさま、こんにちはー。メイスちゃん、もうすっごく探してましたよ」って言ってさ」
「お師匠様!?」
「ええっと、なんだかよくわからないんですが、黒衣の男――え、女性? がですね、現れまして」
ライナスも少し慌てている。急にへたりと座り込んだレイア姉ちゃんがばっと顔をあげた。
「バード、ごめん、ミイトが――」
「お、お師匠様に――攫われちゃった!!」
リットの声が自棄に大きく、遺跡の森に響き渡った。




