岩天井に空を描いて(1)
船乗り爺の情報をたよりに、やってきたのは今をときめくシナトの森に眠る遺跡。気さくな冒険者バードとも再会し、旧交を温めたのもつかの間。
眠れる遺跡はその目覚めに、獅子の咆哮を解き放つ。次々に姿を消していく仲間達。遺跡の悪意か元凶魔導師の陰謀か。全ての暗雲はらう鍵は、紫キャベツの主人公! 古き謎はとりのぞかれて、さらに深淵に謎がある。謎多きこの世を飛びたてレタス! ちょっとシリアス、ちょっと殺伐、遺跡探索譚。
その遺跡は森の中にあった。
茂みも木々もこんもりと緑を重ねて、その隙間からわずかにのぞいたのは砂色。幾つか重なる小山の上にある、その遺跡は緑に覆われて長の年月、人の立ち入りを許さなかった。騒ぐ鳥達の声。匂いたつ昼食の湯気、あちこちにはられた布。
すっかりベースキャンプとかした森の開けたところには、近くの村から足を運んだのか物売りの姿も結構見えた。
緑に漂う、威勢のよい掛け声や、行きかう人間の気配。それが市や祭りの日のような雰囲気に拍車をかけている。エフラファの雰囲気と少し似ている。先を行くリットが周囲をきょろきょろ見回し、ちょっと嬉しそうに振り向いたのもわかった。
「大きいね」
「そうですね」
メイスも周囲を軽く見回しながら答えた。長丁場だからだろうか。こんなに大所帯になっているとは、と俺にも意外だった。こりゃ、もう、一つの集落と言ってもいいレベルだ。
「これだけいれば情報収集するだけでも来たかいあるよお」
緑の中をひらひら飛ぶ黄色い蝶のよう、軽い足取りのリットに先導されて、メイス(&俺)とカールも進む。森に隣接する辺りに、陣を張っている奴が多いようだが、ふと、今までにないざわめきが耳を掠めて、俺は周囲から前方へと目を向けた。
まず密集した人間が見える。先にあるちょっと開けた場所で、何事かおこっているのか、ざわざわとその中央辺りを囲んで人垣ができていた。
「なんだろ?」
リュックの肩紐をぎゅっと掴んで、わくわく近寄ってみたリットだが、その背丈では人垣を超えて向こうにあるものは見えない。数度人垣のそばで背伸びしてみたリットだが、無駄な抵抗だと諦めて振り向き、カールに手招きした。
低い視点の辛さはわかるなあ、と昔では絶対わからんかったことを(ガキの頃はチビだったがさ)うんうん心の中で頷いているうちに、リットはカールの首にがっしりと足を回し、肩車状態に素早くなっていた。
ひょいとカールの目線をも飛び越えた状態で、幼い子どものような姿で人垣の向こうを見やった先。
ぐげっ、と蛙が踏み潰されたような、奇妙にしゃがれた声がリットの喉から出た。そしてゆるゆると腰を曲げ、カールの頭に覆いかぶさるようもたれかかり
「……見なかったことにしない?」
と変なことを陰鬱な顔で言い出した。
「なにがある?」
どうやらカールでもちょっと先が見えないらしい。当然、カールの腰ぐらいのメイスと、その手が視界の高さの俺にはまったくもって見えない。
「……なんかライナスっぽいのがいるんだけど」
「……見なかったことにするか」
……騒ぎの中にいるライナス、というのは確かに見なかったことにしたいものではあるが。
「あー……でもだめだあ、犠牲者、女の人だ」
心底うんざりしたようにリットが言うと、カールがちょっと目を動かした。そしてリットを乗せたまま、人垣を掻き分け始めた。例え強引にかきわけられても、強面のカールに面と向かって文句を言える奴はそういない。メイスもぴったりその後ろについていきながら「ライナス……って、誰でしたっけ?」
「思い出さなくていいよー」
自分に話しかけられたと思ったのかリットが前から言う。いやそこはつっこむところだぞ。しかしライナス? ライナスねえ。本当かよ、と半信半疑の俺の前、人をかきわけて黙々と進んでいたカールが立ちどまり、俺ごとメイスはカールの体の横から顔を出して先を見た。
人垣が囲んでいたちょっとしたリングのような空間に、気のなさそうな様子で立っているのは――ありゃりゃ。
確かにライナスだ。深緑のゆったりしたローブをまとっていて、細い杖を傍らの地面についている。ずいぶん布があまる服で覆った身体は、華奢とまでは言わんが、駆け出しのひ弱な青年魔術士、というのが実にぴったりくる風体だ。
体格や格好だけでない、顔つきもその誤解をさらに深めさせる。小さめの顔にのっているのは、これまた格闘系にはまず見えない柔和で優しげな造詣だ。駆け出しというので童顔かと思われるかもしれんが、それは断言しにくい。唇は薄くて形がいいから、ニッとつりあがれば酷薄そうで到底ガキには見えないんだが、飴色の瞳がとろっと垂れる様は幼くて、合計すれば年がよくわからん。
そのライナスの前には、こりゃ一目で格闘系とわかる闘志をむき出しにした大柄な女と、それを必死にとめようとおろおろしている小柄な男の姿があった。あっちの二人もどことなく見覚えがあるな。
女の方は薄桃色の短めの胴着のようなものを着ている。大柄ではあるが、どこかが飛びぬけてでかいというわけではなく、身体全体のバランスがきっちりとれているので、見ていて不自然さはない。後ろでひとつにくくっているが、それでもちっとも崩れない見事に波打つ金髪が豪奢だ。
男の方はまあ別にそこまで小柄と特筆すべきもんでもないんだろうが、ともかくその派手ででかい姉ちゃんのそばにいると、気迫の違いもあるせいか妙にちまっとして見える。だんごっ鼻が顔の間中に鎮座していて、ひょいと気軽な愛嬌がある。困った顔がわかりにくいかもしれないが、よく似合う。
周囲の視線と、場の雰囲気。それを総合すれば騒ぎの元であるのは、まずこの三人であることははっきりわかった。睨みつける女と、とめに入っている男に向かい、ライナスはうんざりしたように、とんとん、と杖で地面をついて
「こうしていても埒があきませんし、もうやめませんか?」
「あんたが一戦交えればすむことでしょ!」
「レイア、レイア、やーめよ。マジで、ね? 迷惑かけてるから」
「だからその一戦抜きで終わりたいんですが」
「なんでよ! あんた殴るものならなんでもいいっていう鬼畜撲殺魔でしょ!」
「なんでそんなのに喧嘩売ろうとするんだよう」
「人を変質者みたいに言うのやめてくれませんか、人聞きの悪い」
激昂する姉ちゃんに、取り合われていないが結構正論はいてる兄ちゃん、その二人の言い草に周囲の視線を浴びているせいか、心外そうにライナスが言った。
「変質者っていうか、変態だよね」
リットの囁きにカールが頷く。常識人ぶるのはうまい奴だ。数多の衆目の中でライナス・クラウドは、これみよがしにため息をつき、空に向けて掌を返した。
「まあ、僕は、アシュレイ辺りがやかましいので相手にしないだけで、アマだろうがガキだろが、かまいはしないことは確かですが、別に相手にしたいとも思いませんし。双方柔らかいので殴りがいがないし、悲鳴だけはヒイヒイかしましいし」
「本性でてるよ」
ものすげえ暴言だなあ、オイ。普段ならこういうこと言うとアシュレイがとめるんだが、うんともすんとも言わない辺り、ここにはいないんだろうか。
いったい全体ライナスがどの効果を狙って、そういう台詞をこれみよがしに言ったかは知れないが、暴言によって向かい合った女の殺意はさらに煽られたようだ。確かにあれは女なら誰でも怒る。リットもむっとしている。
怒らないのは我関せずのメイスくらいだ。あれがライナスさんですか、と間の抜けたことを言っている。お前見ても思い出せないのかよ!
「そういうわけでもう少し、殴りがいがあるようになるまで休戦ということで」
殴りたい感じにそう言ってから、急にライナスはわざとらしく「うわあっ! やめてくださいよ!」と大声をあげ、実に正確にくるっとこっちを向いた。
「げっ」
リットのうめきと共にたっと駆けてきて、カールの後ろに鮮やかに滑り込む。
「よわっちい僕がお相手なんかとてもできないと言ってるのに、あの人ぜんぜん聞かないんですよう」
「ぺっぺっぺっぺっ! 僕のカールちゃんの後ろに入るなあっ!」
「なにを言うんですか、カールはみんなのためにですよ」
肩から蹴りをいれようとするリットに、よくわかんない反論をしながらライナスは、同じように後ろにいるメイスを見てにこっと笑って「お久しぶりです」と言った。それに矢のように激しくリットが反応して
「メイスちゃんだまされたらダメだよ! さっきの台詞聞いたでしょ! なにが柔らかいので殴りがいがないだいこの変態鬼畜! 蛸とでも結婚してまきつかれて海に引きずりこまれていけ!」
「子どもが望めそうにないのでリットを養女にして一緒に海に引きずっていってもらいます」
さらっと即答した言葉に、リットの肌が粟立った。凄く嫌な家庭の一員にされたからな。蛸に巻きつかれて海に引きずりこまれる愛娘に微笑みかけてる、と言えなくもない顔で(どんな顔だ)ライナスはやだなあ、と手を振り
「あれは女性と戦わないための詭弁ですよ。嘘も方便と申しましょう?」
「こっ、こっの変態ー! カールちゃんとメイスちゃんと両手に花状態でるんたったきたんだ僕はー! 僕の幸せな旅ライフ壊すなー!」
「ひどいっ! 同じパーティの仲間なのに! 僕だけのけ者にするなんてひどい! 同じパーティの――!」
周囲に喧伝するようにライナスがわざと声をあげると、リットがキーっ! と鳴いた。仲が良いんだか悪いんだか。完全にむかっ腹がたったリットがナイフまで取り出し始めて、さすがにカールがなだめる。刀傷沙汰はよくないな。もちろん、暴行沙汰だってよくないが。
「なんだか、ますますおあつくなってますね」
二人の様子に暢気に言いながらライナスは今度は横をちらっと見た。視線の先には、どたどたと歩を乱暴に詰めてきた大柄な姉ちゃんがいる。姉ちゃんは怒りの息を吐き出して
「無視するんじゃないわよっ!」
「カールー、なんとかしてくださいぃ。いたいけな僕が震えてまーす」
「出てけーっ!!!」
「ストップストップストーップ!」
詰め寄る女に、調子に乗りまくったライナスに盾にされたカールに、その肩の上でライナスに怒鳴るリットに。そんな感じで団子になった場に、急に第三者の声が飛び込んできた。
それと共にわしっと団子状態の中に腕がねじこまれて、無理に隙間をこじあける。見ると、見覚えのあるとび色の瞳をした若々しい兄ちゃん――あ、バード・トラバーンじゃねえか。バードは急いで顔をめぐらせて、大柄な姉ちゃんの姿に目をとめた。
「レイアっ! もう! 一体なにしてんだっ!」
するとうっと大柄な姉ちゃんが止まった。一瞬焦ってそれから立て直そうとしたようだが、厳しい目にあうと引き腰で
「だっ、だって殴り合いしたいんだもん!」
「気持ちはわかりますね」
しみじみうなずいたのはもちろんライナス。もちろん奴以外誰も同意できるわけもなく(後に「あ、でも「合い」はいらないか「合い」はと頷きながら確認している)、バードは珍しく厳しい顔で
「馬鹿っ! その気もない相手に一方的に喧嘩ふっかけていいと思ってるのか!」
ぐっと睨むと抵抗もそれまでだったように、レイアと呼ばれた姉ちゃんは唇を噛んでうつむいた。正論出せば通じるならいい。全く通じない相手は推し量るべし、だ。
俺がそんなことを思っていると、バードはくるっとこっちに向き直って、深く頭を下げた。
「すまなかった。うちのが迷惑かけた」
「いえいえ、気にしないで」
「おまっ…! こういう時ばっかカールちゃんの前に出てきて許されると思ってんの!?」
「カール、許してください」
「……ああ」
「許されましたよ」
「こいつむかつくーっ!!!」
そんな決まりきったことを言ってどうするリットよ。そこで仲間をとめても全然おさまる様子がない場でバードが急に
「とりあえず、もう見世物になるのやめて、うちのテントでもこないか?」
と辺りを見ながらいった。
「し、白の魔術士さん!」
むわっと熱気がこもる薄暗いテントの中にぼやっとした影が動いたかと思うと、懐かしい顔が薄影ごしに現れた。真ん中に座っていたのは、白いローブを着た女だ。メイスを目にしてぱっと顔を輝かせて、立ち上がりころげるように歩を詰める。バード以上に忘れられない顔だった。
それはドラゴンの森で奇怪な失踪を遂げたり、もっと奇怪な再出現をしていた、バードのパーティの魔術士ミイト・アリーテだった。
上背はそこそこあるせいで、子どもには見えないんだが、広がる表情がどうも童顔というか幼いというか野暮ったいというか。美人ではないが、洗練されれば化けるかもしれない。それほど手が加えられてない風貌だ。あっちの大柄の姉ちゃんは、元からあれは美人なんだろうけど、やっぱり色々工夫してるところが見えたもんなあ。
唯一ちょっと洒落ていると言えなくもなかった、前見たときは右目にはめていたモノクルがない。灰色のローブも柔らかなベージュに近い白に変わっている。それ以外は全然変わらない姿で、ミイト・アリーテはそこにいた。
「あっ、あっ、あっ、の、覚えてらっしゃらしゃらしゃら……」
しゃらしゃらしゃらしゃら。
何かループに入ってしまったのか、しゃらしゃら続ける姉ちゃんに、見かねたバードがぽんっと頭に手を置くと、無音でぱくぱくさせた後
「しゃ、しゃらな、ないかもしれませんが、ドラゴンの森でお会いした、み、ミイト・アリーテです。あの時は、本当にお――お世話になりましたっ!」
「なんだかんだでうちのミイトさ、すっかり時の人になっちゃって。なるだけテントにいるようにさせてんだ。色々騒がれるから。で、ミイトがいないと、暴走しがちになるんだ、うちのパーティ」
だからごめん、とバードはもう一度頭をさげた。ミイト・アリーテは情報がないせいで、バードがなんで頭を下げたのかわからずえ? え? と混乱している。
「別に僕はライナスがむかつくだけで、そこいらどうでもいいんだけどさ。しばらくぶりー。遺跡調査?」
「うん。久々の華やかな話題だから。めぼしいトレジャーハンターの連中はみんなここに集まってるよ」
元々、ドラゴンサークルとか派手なのより、トレジャーハント専門の冒険者はこういうクエストの方が主流だ。別に金銀財宝とかなくても、遺跡のデーターや考古学的価値のある代物を丁寧に持って帰って、学者や好事家や場合によっては国家なんかに売りつけて、十分元がとれるようになっている。
しかし、たまに物を知らない馬鹿が、そういう一見地味な仕事が主流だからと、トレジャーハンターたちを学者に毛が生えたとか馬鹿にすることがあるが、それは恥ずかしいほど大きな間違いだ。
古代の遺跡というのは、侮れない仕掛けやらモンスターを内包していることがよくある。トレジャーハンターという連中は、数多の罠や仕掛けを相手に得体の知れない遺跡の中を、極少な手がかりで進んでいくという、冒険者の中から見ても正気とは思えないようなクエストを主にしている人間なのだ。
故に統計をとればモンスター退治の冒険者よりトレジャーハント専門の冒険者の方がその倍も死傷率が高いとさえいわれている。冒険者の中では命知らず中の命知らずだろうし、その分だけそれを専門にしようと思えばレベルもおのずと高くなる。
確かに詰め寄った冒険者の中には見知った顔も結構いたし、どこかの調査団のような連中もいるようだ。冒険者といっても、色々だからなあ。外でて冒険しない奴だっているし。
「あのさあ、ちょっと聞きたいんだけど」
リットが手をあげてバードに向かった。挽回の機会を見たのか、バードが軽く身を乗り出して、なに? と聞いた。
「僕ら、それ聞いてここきたんだけど、あの遺跡の中で、赤い光を見たって本当?」
リットの何気ない言葉に、不意にバードの瞳に矢のような鋭さが走った。全身全霊で俺たちに警戒した、そんな目だ。さすがにこの男にそんな目をされるとぎくっとする。
けれど、気さくな冒険者が牙を見せたのは一瞬だった。バードはふっと苦く笑い、髪をかきあげて
「……。まいったな、それ、どこで聞いたの?」
「ムーアの港町」
「まっ、まちまで届いてんの!?」
それは想定外だったのだろうか、ぎょっとしてバードがいった。
「や、ちょっと凄い情報通のおじいちゃんに教えてもらったから、そこまでばれてないと思うけど」
「おっそろしい……」
やっぱ隠そうとしても無駄だよなあ、とバードが軽く言った。さっき一瞬見せた鋭さはどこにもない。バードはテントの外を伺うように見回してから声をひそめ
「ここにいる連中だって一部しかしらないから、今から言うことは内密にね。本当だよ」
思い思いに頷いたこっちを探るように見てから「遺跡の奥から赤い光が放たれているのを見た、って奴は確かにいる」
リットがぱちんと指を鳴らして
「よーし、メイスちゃん、ここなら幻惑のルーンオチもないでしょ。遺跡探索決行―っ!」
「ちょっ、ちょっと待ってくださいよ」
ライナスがここで割り込んできた。カールとリットに目を向けて
「二人とも、なにか忘れてませんか?」
「忘れてないよ。君の存在忘れなかった点で全ての余計なことも覚えてるよ」
「口の減らない」苦い顔で呟いてライナスは「カール、君は?」と聞いた。カールも頷いた後、ちょっと首を横に振った。
「あの、話が見えないんだけど、さっき言った遺跡探索しようっていうなら、専門家の端くれとして君たちをとめるよ」
「なんでさあ」
「君たちの実力は、わかっているつもりだよ。けどさ、ここはトレジャーハント専門の冒険者しか集まっていない。この意味、わかるよな?」
「……上級ランクなの?」
「ああ。現在認定されているのはA級、でもS級に跳ね上がるかもしれない。もう……死者も出てる。迂闊に手を出せるものじゃないってのも、わかるだろう」
「……」
リットがちょっと黙った。ここいらの遺跡の話は聞いていたが、ちょっとした間にそんなにレベルが上がっていたとは知らなかった。
「詳しい内容は、もう、レベルが高い専門家にしか伝わらないようにしてあるんだ。初心者がのこのこ来られても困るから。勝手に入るのも危険すぎる、って協定で決まって今のとこ、個人行動はできないし」
正直、うちも荷が重い、やめようかどうか迷っている、と率直にバードは打ち明けた。ドラゴンの森の件がなかったら話が来てたかどうかも、とも付け足した。若手の中でバードのパーティは最近めきめき名をあげている。ドラゴンの森以前も結構名が高かった。
自身の高い実力を把握するのも、冒険者としては必須条件だ。だから謙遜ではないだろう。それでも、無理だと判断しかけている。それは、確かに、俺たちがどうこうできるレベルではない。
みんなで力を合わせれば、とか一生懸命がんばれば、なんて枕詞は意味がない。ダメなものはダメ、無理なものは無理、客観的に判断してあっさりきびすを返せる能力が冒険者には第一に必要だ。死にたくなければな。
うっとリットもそれを飲み込んだ。冒険者なら、背を向けなきゃいけない。これはそういう場面だった。
バードのテントからてくてくと出てきて、リットがはーっとため息を吐いた。
「みんながっかりしてるわけだ。トレハンにとっては久々に大きなネタだったのに」
「最初に発見されたときは沸いてましたからね」
「でも、確かに、本業が嫌がる遺跡なんてやだね」
「自然のなにかならともかく。人が作ったものというのは、えぐくて陰険ですからね」
久々のライナスにきーっとなってたリットもようやく空気にする感覚を思い足したように、けっこう自然に振っている。色々立て続けにおこって振り返る余裕もなかったが、ここでようやく一息つけたというところか。
さて、そんなこんなで紹介が遅れたが。俺の名前は、レザー・カルシス。諸事情により人間ときどき植物をやっている。植物ときどき人間じゃないぞ。赤線引いとけ。好きな言葉は「野菜嫌い」もっと好きな言葉は「食わず嫌い」一度も食わずに嫌いと食べないなんて素晴らしい。
悪いがベジタリアンとは体質上うまくやっていける自信がない。肉食動物はOKだ。共存できる気がする。青虫はパス。農家以上に永遠のライバルだ。
そして俺は相棒のうさぎのメイスと、冒険者仲間のリットとカールと一緒にまあ色々複雑な事情で今まで旅をしてきていた。少し前までムーアの港町にいたんだが、少女誘拐事件が起こって、一人の坊主の未来の希望をうっかり踏み潰しかけちゃったりとかしてから、港の顔の爺さんに情報聞いた。
それが爺さん、誘拐事件の時からなかなかの情報収集能力があるなあと思ってたんだが、ありすぎた。
長い羊皮紙にづらづらづらづらと伸びていく地名と情報の列にリットがこけて、カールは律儀にひとつひとつ確認していた。今までは情報不足で苦しんでいたのだが、情報過多で苦しむ時代到来か。
しかし、リストの中には地の果てとも言われる、ハサ砂漠とかもあったりして(行くだけで数年がかりだ!) ちょっ、ちょっとめぼしいのと近めのに印つけてみよ、と起き上がったリットの提案で顔を付き合わせた後、おや、と俺とカールとリット(つまりメイス以外)の目にとまったのが、ここ、シナトの森の遺跡だ。
前に話したのかもしれんが、最近発見された遺跡で、最近不作に悩んでいたトレジャーハント連中には今を時めくスポットだ。
まあ俺たちは本格的なトレジャーハントに挑戦できるほど、専門的知識がないので管轄外っちゃあ管轄外だが、華やかな話題に意識にしっかりあったのも確かだ。それで指差して爺さんに詳しい話を聞くと、なかなかそれっぽいキーワードがいくつか出てきた。
この遺跡に来ることに決めたのは、多分、話題の遺跡を見てみたいという動機が一番大きかったんだろう。とにかくオレ達はムーアの町を離れててけてけと北に向かい、はるばる(というほど遠くはないが)シナトまでやってきて。
何故か、ライナスに会ってしまったわけだ。
俺はカールに目をやった。偶然うっかりばったり会ったなんて、この男にはありえるわけないぞ、と。
カールもうなずいた。ここんとこ、めっきりカールとのアイコンタクトがうまくなっちまったんだけど、レタスは表面的にまったく目がないのに(芽は探せばあるのかもしれんが…)カールは一体どこをどう見て俺の意をくみとっているんだろうか? でも細かいところまで汲み取っているから、カールが理解しているのは間違いない。
ぶっちゃけお前の店客すくねえよな、とかでも通じるんだろーか、と俺が不届きなことを考えているうちに、カールはつと首を回し
「……探しに、きたのか?」
その言葉にリットと話していたライナスは、こっちを振り向き「ええ」と笑んだ。
「行き違いになるのもいやなんで、先回りしたところで、あのお嬢さんにつかまってしまいましてね」
「皮脱ぎ捨ててあのアマでいいんだよ、ライナス君」
「やだなあ、僕そんなこと言ってませんよ」
「卑怯大好き不意打ち大好きライナス君としては温厚の面の皮アピールしとかなきゃやだもんねえ」
「リット、ちょっと口調が意地悪いですよ」
確かにライナスはもうテンションが下がったのか大人しくなったのに、リットはねちっこい。普段はテンションの低下で互いに静かになるんだが。斜にかまえた様子でリットは
「なんで君肉弾戦好き殴りあいが好きなのに正々堂々いかないかな」
「僕は殴りあいがすきなんじゃなくて、一方的に殴るのが大好きなんですよ」
……。
「ともかく、それはそれとして」相変わらずなぜ犯罪歴がないのか不思議なライナスは、杖をぱしりと持ち替えて「トレジャーハンター専門の遺跡、しかもさっき聞いたようにバードですら手が出せない、なんてクエストに長居してても仕方ないでしょう」
そもそも僕ら三人ではクエストすらおぼつかないですからね、といたってあっさりいった。確かにパーティとしてみたとき、カール、リット、ライナス、この三人はあまりバランスがよくない。
リットがいるので遠距離攻撃もできるのが救いだが、ライナス、カールと共に接近戦だし、術士はいないし、――まあ他の組み合わせにしたって、グレイシアがいないとどうにも厳しいのが、うちのパーティの現状だったわけだ。それが解散理由の一つだし。
俺がんなこと思っていた――瞬間、それはいきなりに。えっらい唐突に。
無言でリットが突然ライナスの足を蹴った。
「うわっと」
素早く足を跳ね上げて避け、いきなり何を――と見返したさすがのライナスもぎょっとして、カールが席を立った。え!? 俺も負けずにびびる前で、うーっと顔をくしゃくしゃに歪めてリットが唸る。獣のように唸っているうちに、痛いくらいにつむった目の端から、ぼろっと薄い色をした涙がこぼれた。
「ちょっ……うわっ! カール、僕は何もして――!」
え? なんかしたっけ? と俺も焦りながら思った。立ち上がったカールの背でライナスが見えなくなったが、まあそれはどうでもいいとして。リットはめそめそべそをかいている。男は役にたたん、とでも思ったのかメイスが立ち上がって何か言いかけた瞬間――
「――ちょっと! そいつをやるのはあたしが先よ!」
「違うよレイア! 謝りにきたんでしょ!?」
かん高い女の声と負けずにかん高い(多分悲鳴じみてるからだろう)声が響いて意識が削がれた。茂みからいつの間にか姿を見せていたのは、さっきのバードのパーティのあの大柄な姉ちゃんと、小柄な兄ちゃんだ。仁王立ちというか、これまた堂々とした立ち姿を決める女の横で、猫背なのかどうもしゃんとしないなあ、という兄ちゃんがおろおろして
「し、しかもなんか取り込み中っぽいよ」
とこちらの妙な空気を感じ取ってちらちら見てくる。
「隻腕! 茶々をいれてでしゃばりは許さないよ!」
「いや、でしゃばって茶々入れてんの絶対俺たちだよ……」
がっくりしながら呟いた兄ちゃんの言葉も耳に入れず、レイアと呼ばれた豪奢な金髪の姉ちゃんは大きなひとまたぎで茂みを越えて、目をやったらもうライナスの襟首をつかみあげていたカールの横にずかずかやってきた。
姉ちゃんはカールの腕をはじくように無理矢理はずさせて、ずいっとライナスとカールの間にわりこんだ。この突然の乱入にはちょっとぽかんとしていたライナスは、そそくさとその背に身を潜める。
「カール、ほら、女性ですよー、なにもできませんよね」
肩を掴まれ押し出されて、ちょっとレイア姉ちゃんとやらの顔がひきつった。そういうのは欠片も気にしないライナスは、いい盾がやってきたとしか思っていないだろう。ある意味完璧なまでに男女差別をしない奴なんだろうが、するとどうしても人でなしに見える。
盾にした女の肩越しにふとライナスが目を細め
「カール、僕は正直、殴るのに子どもも女も頓着しません。でも僕は、君と、リットと、グレイシアだけは殴れない。そこは、よくわかってくれているものと思っています。だから、矛をおさめてください」
そこはまあ、本当なんだけど……なんで俺とアシュレイはその中にはいってないのかな……。
「暴力は楽しいですけど、リスクが大きすぎる。割りにあわない負債を生みますよ。特に君にとっては」
「……」
カールが肩から力を抜いたので、ライナスはほっとしたようだ。
「レイア、レイア、邪魔だからこっちこよ、ね?」
「なんなのよこいつらーっ!!!」
姉ちゃんがヒステリックな声をあげるが、誰一人として事態を把握してないので、答えようがない。レタスの俺は顔も目もついていないのをいいことに、結構まじまじとリットを見た。元凶はメイスの前でまだべそかき表情で全然聞いていないようだ。ぐじぐじと鼻をすすりあげている。まだ子どもの泣き方をするなあ、と思って。
……で、なんで泣いてるんだろう。
光が遮断された薄暗いテントの中に、はいってきたカールが俺の前でずっしりと座った。荷物と同化していた俺はころっと転がり落ちて前についた。
「――んで、なんだったって?」
「……原因は、ライナスらしい」
「やっぱあいつなのか?」確かに他の要素はない。しかし、ライナスと再会してこの方、ずっと俺たちと一緒にいたが、別段傷つけるような真似なんてなかったぞ。暴言はいつものことだし。
「……詳しく言えば、引き金はライナスらしい」
「?」
ということは泣いた理由は別にあるのか。
「……お前達と再会してから、リットは楽しそうだった」
「……」
達と言っても、リットにとっては実質メイス一人だ。
「――ライナスは、言ったとおり俺たちを探しにきて。そして――迎えに、きた」
…………
「……あのさあ。リットがメイスを気に入ってるのはなんとなくわかるけどさ。メイスは、なんつーか、人間蔑視が強いから、あんま友情…とかさー、そーリットが期待するよーなもんは……」
薄暗がりのテントの中で、カールはじっと俺を見た。アイコンタクトか。だけど見つめるカールの目の奥は深くて、俺は読めないまま居心地だけが悪くなった。
「……ライナスは、アシュレイの指示でか?」
「……ああ」
リットとカールがアシュレイの指示で情報収集をしているのは、ムーアで聞いた。アシュレイと一緒にいたはずのライナスが二人を迎えに来た。この手口。
王女殿下の乱心騒ぎでグレイシアが使った手とよく似てる。信頼できる部外者を水面下に配置した。さて、あの時は神殿に対しての部外者だが、今回はなんに対しての部外者だ?
「――軍か?」
半分くらい賭けだったが、今度はカールの目が読み取れた。肯、だ。まあ、アシュレイの繋がりって軍しか思いつかないのも事実だが。しかし軍――……
「ルーレイ・アーウェンとこからきた話しか?」
「……そこまでは知らん」
タイミング的にはぴったりだが、アシュレイの背後の繋がりというのはとても把握できないようなところがある。隠し玉が多い奴だからなあ。……んー。俺がのんきにレタスしてる(好きでしてるわけでは断じてないが)間にも、夜の海も波を生むように世界は絶えず動いている。
「……アシュレイは、お前に知られるのを嫌がっていたがな」
ちょっとだけむっとして身体を上下に動かした。
「なんで」
カールの目が少し緩んだ。……少し、面白がっている、か?
「意地だ」
……?
たとえ読み取れてもわかんないなあ、これ。俺はちょっと肩をすくめる心境で、胸中でため息を吐き出し
「んで、これからどうすんだ?」
「戻る」
だろうなあ。とりあえずいくら邪険にしようとも、わざわざ迎えにきたライナスと一緒に帰らないという選択肢はありえまい。いつまでも一緒に旅をしていられないのは、リットにだってわかっていたろう。メイスも俺にも目的があるし。
「ただ、数日待ちたい、と」
「うん?」
「ここで数日粘りたいと言っている。遺跡に何らかの変化があるのを期待してだろう」
「……早く出発した方がいいんじゃねえか」
「ライナスも折れた。予想よりずいぶん早くこちらを見つけ出したらしい」
ライナスってこう、行方の知らない仲間の居場所をかぎつけるとかに、妙な才覚を発揮する。本人はただの勘と言っているが、多分、仲間の思考回路や行動パターンをよく把握して、それを元手に無意識に追体験しているんだろう。いやライナスの特技などどうでもいい。
ここで問題なのは、数日待って欲しいといったリットの気持ちだ。正直、バードがあんだけ腰をすえてんだから、ここで二、三日未練がましく伸ばしたところで、進展などまずない。それはリットも承知しているはずだ。
「……。」
そりゃ泣くほど悲しかったんだ。多少の心の落ち着きを取り戻させる時間はやりたいだろう。――しかし。手紙でも人づてでもなく、ライナスをわざわざよこしたというのは、かなり緊急だからじゃないか?
「気遣うな。問題はない」
そう言ってカールはそれきり口を噤んだ。瞳を探ろうとした気配に気付いたのか、両眼をふせた。すると俺はカールではなかったので、読み取ることはもうできなかった。
「お二人がお帰りになる、と」
数度目を瞬かせながら、メイスは言った。それから一応俺がなんらかのコメントを求めていることがわかったらしく「はあ」と気の抜けた声を出した。
「レザーさんとしては、カールさんには残ってほしくて、リットさんにはとっとと帰ってほしい、というところですか?」
「おおおいっ!」
あんまりと言えばあんまりな言い草に、俺が声をあげるとメイスは何の悪気もなさそうに
「だって、カールさんといると、レザーさん妙に嬉しそう――というより楽しそうにしてらっしゃるじゃないですか」
うーん。……確かに、それは否定せん。楽しい、というか、癒しかなあ、もうカールは。
近所のガキに肝試しに利用されているような大男が、お前の癒し系なのかと聞かれるとあれかもしれんが、細っこいメイスの顔をしたメイス――じゃなかった、えーと美少女? の外見の中身はウサギと、ウサギだろうが竜だろうがレタスだろうが構わずかっくらっちまう女魔導師と日常的、定期的に接しなければならない日々が続けば誰でも、所詮肝だめしに利用される程度で中身は無口で大人しいカールに癒しを見出すさ。
と、そこまでを俺は瞬時に考えて「まあ、」と賛同した。
「逆にリットさんのために日常的にレザーさんは逃げ隠れして、レタスの真似に耐えなきゃいけないわけでしょう?」
まあ意味のわからない拘りですから、基本的に自業自得だと思いますが、とメイスは結ぶ。
「……まあ。」そだけど。と自分で聞いてもちょっと情けない声で言うと「でも、俺は別にリットと旅するのが嫌だったわけじゃねえぞ」
「それが何か関係あるんですか?」
あっけらかんと聞いてきたメイスに、俺は一瞬言葉につまり
「――お前は、どうなんだよ」
「私、ですか?」
「お前こそ、その、あれだろ。旅費の関係で旅をするとかうんぬん言ってたけど、お前、俺がいくら言っても旅費なんか気にかけたことないだろ? 俺はあの二人の古くからの知り合いだけどさ、お前はさ――まあ、エフラファで結構交流あっただろうけど、なんかすんなりしてたし、旅の間も不平不満なかったし」
今ひとつ歯切れの悪い言葉になったが、メイスは口を挟まずに聞いていた。そして
「私は、リットさんが一緒に旅するのはよかったと思っていましたよ」
えっ、と俺はメイスを見上げた。名指しでリットが出てきたのは、なんか意外だった。始まった当初は思いもしなかったくらい長く旅をしてきても、まさか出るとは思わなかった。
唇をかみ締めて、ライナスの膝を蹴ったリット。引きずったり連れまわしたりはしゃいだり、椰子の実を一緒に飲んで、変な虫をナイト気取りで追い払って。
「だってあの方がいると、お師匠様が万一きても私にひどく当たりませんからね」
理由はよくわかりませんが、と真面目に呟くうさぎに、俺は何を期待していたのかと、遠い目になった。




