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像と試験と夢見る王女(3)


「貴様の脳はスポンジか!」

 もう何度目かになる、普段よりは高い声の罵声と共に、俺は宙を横切って風をきってメイスの頭に激突した。

 我ながらぶつかってもあんまり痛くないだろうとは思うが(俺は痛い)俺の激突にメイスはやっぱり半泣きでぶ厚い本を必死に繰りながら反応しない。

 ぼんと跳ね返って弱く転がった俺を投げた、お久しぶりねこんにちはお前は敵だのコルネリアスは、般若のような顔をして屹立していた。

 コルネリアスっつーのは、ドラゴンの森で無愛想で無関心でこっちをちっとも相手にしなかったやーな女なんだけど、メイスの教育っつーか、その頭に知識を叩き込むことだけは熱心だ。つーか、元々、メイスを人間にしたのはその実験だったと主張しているわけだが。

 これはもう鞭どころじゃねえよと、一瞬物覚えが悪いところを見せたメイスに、机に乗っていた俺をひっつかんで投げつけた辺りからもうめちゃくちゃだった。

 ついた時は静かだった大図書館もいまや張り詰めた虐待の場だ。職員がおろおろしながらなんとか隔離した部屋の入り口で、青ざめた顔をこちらに向けている。なんで追い出さないんだろう、と思うけど、部屋の真ん中に君臨するコルネリアスに本能的な怖さを感じているのか、グレイシアに何か言い含められているのか。可能性としては後者が強い。心情的には前者をとりたいが。

 コルネリアスは部屋を横切ってつかつか近寄りながら、その途中で床に落ちた俺を掴み上げ、メイスの間近にきてから再び俺をなじるよう頭に投げつけた。……。さらに命中して転がった俺の存在など蟻ほども気にかけず、黒髪の女魔導師は憤然と腕を組んでにらみつける。メイスが泣き声のようなそれでようやく見つけ出した答えを言うと、ふんと唸った。俺、怖い女がいない世界にいきたい……。

 そんなことを胸中で考えていると、またメイスが答えられなかったのか、コルネリアスの罵声が狭い部屋の中いっぱいに響いた。……すげえ。馬鹿め馬鹿め馬鹿めと、畳み掛けるようにすさまじい早口を息一つ切らさず言い切る。それはメイスの例の長広舌を思い出させる。なるほど、こういうの言われ慣れていればオウムのようにそっくり繰り返せるようになるわな、と俺は変なルーツを発見した。

「私の魔術の結果がこれか。作り変えてやり直すか、それとも上掛けするか」

 メイスの頬を引っ張ってぎりぎりと歪めさせる魔導師に、おいさすがにそれは裂けるぞ、と思って

「おい、ちょっとくらい待ってやんねえと答えられるもんも答えられないだろ」

 俺の呼びかけに返ってきたのは、俺を机から薙ぎ払う腕の一閃だった。……。それでも、ついでに踏みつけられた俺の仲裁が少しは効を奏したのか、コルネリアスは手近な椅子を手荒に引いてどっかりと座り、とりあえず言葉の暴力以外は振るわなくなった。ちょっと気が弱い人間がきいたら、ちょっとそこいらで首くくりそうなくらいのレベルの。

 ……

 俺は床の上で転がったレタスだけど。なんか踏みつけられたり頭に投げつけられたりしたレタスだけど。今朝まで続いたグレイシアの勉強会を思い出し、今のとあわせて、初めて自分よりメイスの境遇を可哀想に思った。

 んで、図書館が閉まる間際、コルネリアスが試した結果、メイスはどうやらなんとか、奴の出す試験で及第点をとったらしい。メイスってさあ、相当頭はいいんだと思うけど、それでもよく覚えたな、と俺は同情まじりに感動しそうになった。

 あいにく今日は曇り空で俺は夜になってもレタスのままで、動かないメイスをつまみあげて、震える職員の前をずかずかと出て行ったコルネリアスに、俺は慌てて転がりついていったけど。前の突進する黒い魔導師に脅えるあまり、誰も後ろに転がっている俺には気付かないというから、もう魔王の行進だな。

 硬い石畳に出たとき、夜気は冷たく澄んでいて。等間隔で立ち並ぶ街灯の中に火は燃えていたけど、それでも十分な光量とはいえまい。ぼやけた影がゆらゆらと危なっかしげに揺れる。

 レタスの回転移動で、下手をすれば健脚のメイスを振り切るほどというコルネリアスの歩みについていくのはマジできつい。しかし根性で俺は魔導師の後ろをキープし

「おい、こら、おい」

 するとコルネリアスが歩きながら振り向いて、冷たい目で突き刺すような一瞥を向けた。

「お前、この街で、なに、狙ってんだ」

 醒めた顔が何も言わずに戻ろうとしたので、俺は急いで先手をうった。

「バーグ作聖ウィンリ像」

 戻す顔をとめて、それからコルネリアスはもう一度俺を見た。

「英雄ごっこをやめて、次は探偵ごっこか? 子どもはいいな、愚かしくて」

 それはずいぶん巧みに俺のコンプレックスをついて、カッとなりかけた自分を抑えるうちに、夜の中でそれでも際立って黒い魔導師はその背を返した。




 窓の外からは清々しい白い光が差し込んで、雀はちゅんちゅん朝の到来を告げていたけど、メイスは頭の許容量が色々超えたのか、朝になっても一向に寝床から起き上がってこなかった。

コルネリアスは一応昨夜神殿の前でメイスを落としていった(まさに落としていった)んだが、メイスはそこからぴくりとも動かず俺は夜中に神殿に向かって大声で呼びかける羽目になった。出てきた見習い神官が慌てながらも首をかしげていたのを素知らぬ顔で誤魔化して、なんとか部屋に戻ってそれから今のいままでメイスはベッドから一歩も動かない。

メイスが起きないので俺もどうしようもない。この姿で神殿ころころ一人で転がってたら、悪魔呼ばわりされても仕方ないし。

 そんなわけで、メイスにつきあってぼーっとしてたり、コルネリアスの思惑を考えてみたり、あの時メイスの頭に飛び乗ったジャンプ力を再び出せないかと練習してみたり、まあそんな感じに時間つぶしてると、昼頃にグレイシアがやってきた。ノックした後にドアの隙間から顔をのぞかせたグレイシアは、メイスの様子を見てふふと笑った。

「だいぶしぼられちゃったみたいね」

「雑巾まわして引きちぎるのを絞るっていうならそうだな」

 喋っていてもメイスは目を覚ます様子はなかったが、どこかで聞きつけたのか、うーと苦悩が見える声を出して寝返りをうった。白い頬には昨日のペンのインクがこびりついている。寝顔はやっぱりなんかにうなされているようだ。さすがに気の毒な気持ちで見ていると

「かわいいなあ」

 不意にグレイシアがそう言った。それはなんつうか、不思議な響きの言葉だった。ので俺がグレイシアを思わず見ると、そっと白い手が伸びて俺は持ち上げられた。

「この子に、色々教えてあげてね、レザー」

 変なことを言うなあ、とは思ったけど、メイスには必要上教えることは確かに多いのでうなずく。するとグレイシアは、部屋の外に出ようという手振りをして、そのままきびすを返した。

 グレイシアの手に触れられると、凄く不思議だ。癒しの力が流れ込んでくるのだと、わかっていても。俺はやっぱり不思議だ。

 そっとドアをしめて、歩く廊下に人がいないことを見はからってから、俺は気になっていたことを尋ねた。

「あいつは?」

「さあ。昨夜はお会いしていないから」

 夜の街に溶け込むように消えた、コルネリアスはもうこの街にはいないんだろうか。メイスの試験もさっさとすませたところを見ると。俺の沈黙を読んだのかグレイシアかかぶりを振り

「いいえ、多分。もうしばらくはいらっしゃると思うわ」

「……ウィンリ像で?」

「……断定はできないけれど」

 グレイシアは前を向いて言った。グレイシアの奇妙に中立なこの立場は依然として変わらない。ドラゴンの森でなにがあったのか話しても。……。

「あのね、レザー」

「え?」

「また少し、ややこしいことになりそうなの。今朝手紙が届いて、お店繁盛していたみたいだけれど、そうなったらなったで話を聞きにくる人ばかりでうんざりしてしまったんですって。それで、お金も入ったところだし、物見遊山がてら、ということでね。――それにしても連絡をくれるのが遅いと思うのだけれど」

「え? なに?」

 俺を見下ろしたグレイシアの顔に、なんか既視感あるなあ、と俺が思っていると

「リットとカールがここにくるそうよ」

 明日、とグレイシアはやっぱり困ったように言った。




「メーイースーちゃーんっ!!」

 部屋のメイスを見るなり、矢筒を背負った明るい髪のリシュエント・ルーはぱっと笑顔を広げて駆け寄ってきた。

「やー、もう会えないかと思ってたからうれしー。もうなんで先いっちゃったのさあ。僕さびしかったよー」

 ベッドの中から顔だけ出したメイスの膨らみに、ぴょんと跳び馬でもするようにまたがって、元気なルーは二日目になったのにベッドから出ようとしないメイスを揺さぶった。

「元気元気? 僕は元気―! って見ればわかるよね」

 あはははははは、とやたら高いテンションで覆いかぶさって頬をすり寄せるルーに、何事かにわかに対処できないでいたメイスは

「え? え? え……」

「久しい」

 ドアの前で言ったのは相変わらず陰気なカールだ。旅装していると、悪いけど盗賊チックに見える。

「僕らさぁ、ちょっとお金持ちになったから、観光旅行でもしようかって、あ、半分くらいは情報収集もあるんだけどさ、ともかく旅してて。グレイシアちゃんとはまだそんなに離れてないけど、ここには僕来たことなかったから寄ろうかーって話になって。だって有名な都市だしね。治安もいいらしいし。そんで来たんだけどメイスちゃんも来てるって聞いてさあ。僕嬉しかったーっ! あ、カールちゃんとの旅に不満あるわけじゃないんだけどさ、こーやっぱ同い年の女の子? あ、僕メイスちゃんの年知らないや、や、でも年が近い女の子同士だといるだけで嬉しくなるもんじゃん。ね? だからもう、いいよね!」

「……」

 なんかぽんぽん体の上で跳ねるリットの下から這い出して、メイスは寝起きもあって完全についていけないようだ。

「でさあ、僕そこまで興味あるわけじゃないんだけど、カールちゃんも一応行っといた方がいいっていうし行くつもりだった美術館だけどメイスちゃん行ったんでしょ? せっかくだから一緒に行こうよついてきてよ。グレイシアちゃんは忙しいからついてこれないみたいだしね、ね、ね」

 言いながらメイスの背を押して無理矢理立たせしゃかしゃかと回り込み、腕をからめると、リットは「さあしゅっぱつーっ!」と元気に指を空に突き出した。カールも頷いている。えーと?

 俺もにわかについていけない流れで、せかせか戸口に向かっていたリットが急に立ち止まり、俺の方をくるっと見て

「あ! レタス! まだ持ってるの? 持って行くの?」

 とメイスに尋ねて、メイスが咄嗟に言葉を出せず反射的に頷くと、わしっと俺を掴んでメイスの片手に押しつけ、もう片方の手をがっしり掴んだまま部屋を出て廊下をずるずる引っ張っていく。えーと……

「でさあ、アシュレイちゃん、超機嫌悪いでやんの。まあ無理ないけどね。レザーちゃんの例の手紙もって夜中に窓から叫んでいたときは、ちょっとやばいかなあ、と思ったけどさ」

 カールとの二人旅の後はおしゃべりになる、という理屈はわかるものの、それにしても今日のリットの舌の滑らかさは凄まじかった。ファエナ美術館に向かう道すがら、ずーっと一人で喋り続け、美術館に入ってからも美術品など目もくれずずーっと一人で喋り続けている。なにしにきたんだ。

「ライナスがついていったけどさ、お目付け役ってあれとめないしアシュレイちゃんも苛立ってるから今頃どっかで手近なカモ叩きのめしてんじゃないかなあ。なんかわざと治安悪そうなところ向かってる感じだったし……て、と」

 ぽすっと後ろから大きな手が降ってきて、明るい髪をのせた小さな頭を、つかまえるように触れた。

「なーに、カールちゃん」

 くるっと手を載せたまま振り向いて、手の下から聞くと

「少しは、観ていけ」

 と低くカールが言う。そこで美術館の中でリシュエント・ルーは、初めて周囲をとりまく美術品に気付いたように辺りをぐるりと見回し、あはははと明るく笑って

「やっぱ僕、わかんないなー」

 と言った後、それでも右の大きめの絵の前にちょこちょこ行って

「カールちゃん、これなに描かれてんの?」

 と聞き始め、カールは低い声で説明していく。そうしていると、まあ。……やっぱ親子のようには見えんか。血は繋がっていないものの、あの二人は実質そういう関係に近いが。

「……一言も口を挟めなかったんですが」

 二日ぶりにまともに寝床から出てきた(引きずりだされた?)メイスが、疲れたようにぼそっと言った。

「リットは強引なとこあるからなあ。まあ、浮かれてたせいもあるけど」

「浮かれる? なにに?」

「そりゃ」

 お前がいたからだろ、と言いかけて、俺はふと気付いてメイスを見た。メイスは自分の問いかけにたいし、心底見当がつかない顔をしている。んー。

「……旅が楽しいのもあるだろうけど、お前に会えて嬉しかったからだろ」

 メイスの顔に疑問符が浮かんだ。俺も、うまく説明できないので、それ以上は補足しなかった。こんな感じだが、メイスはリットを嫌っているわけではなさそうだな、と思う。なんかリットにはあまり冷たいところがない。

 しかし、その強引なリットとカールがしばらく逗留するなら、確かにグレイシアの言ったとおり、ややこしいことになりそうだなあ。コルネリアスの動向も気になるのに。……あ。

「なあ、メイス」

「なんですか?」

「グレイシアが言ってたんだけど、コルネリアスの奴、どうもここにある聖―」

 ウィンリ像に、と言いかけた瞬間、奥から甲高い声が響き、誰かの悲鳴が散った。

「なに?」

 仲良く並んで芸術鑑賞をしていたリットとカールも振り向く。メイスは俺を見てうん、と頷いて駆け出す。背後の足音でリットとカールもついてきていることがわかった。

 声がした方は、俺が先ほど口に出したばかりのこともあり、ウィンリ像がある広間に近づいていくことを嫌でも意識させて。視界の先に人垣が見えた。そこはやっぱりウィンリ像が置かれてある広間だ。しかし完全にコルネリアスの姿を予測していた俺は、人垣越しに目に飛び込んできたものに面食らった。

 そこには一人の神官服をまとった女がいた。艶やかに輝く赤い髪。――アマーリア・ジュゼ・リスト殿下だ。

 殿下の素性を知らない人間が見たって、殿下の様子が常軌を逸しているのはわかったと思う。はっはと犬のように息を荒く細かく吐き出し、殿下は憎い仇を目の当たりにしたよう、周囲を片っ端からにらみつけ

「無礼者! 不埒者! すぐに立ち去りなさい! ウィンリさまに色目を使うなど、思い違いも甚だしい! お前達のような下賤な者達が近寄れる方ではないわ!」

 殿下の前には数人の女達がいた。町民らしき服装のまだ若い女達は、殿下の剣幕に呑まれおずおずひいていく。瞬間、人垣をかきわけて、神官見習いらしき青い服を着た二人の若者が飛び込んで、大慌てで殿下に駆け寄り何事か囁いた。

 殿下は厳しい目つきで睨みつつ耳を傾け、瞬間、激怒したようにわめき散らしたが、二人はそれに構おうとはせず、強引に手首をつかんで連れて行く。俺もメイスもカールもリットも言葉もなく、異様な雰囲気の中連れ去られていく王女殿下を見送った。




「困ったわ……!」

 俺達の前で両手を合わせて、珍しく深刻な口調でグレイシアは言った。組んだ両手を見つめ苦悩するように時たま目をつむる。

「そんなにたくさんの人に目撃されたなんて」

「で、でもさ、あれが王女様だってのは、そんなに気付かれていないと思うよ」

 僕らも知らなかったから誰かと思ったもんね、とリットがカールに相槌を求める。確かにあれが王女だと聞いて、二人は驚いた顔を見せた。

「だけど、聞く人が聞けばすぐに殿下だということがわかるはずよ」

 グレイシアの前に、俺を膝にのせたメイス、リット、カールが並び、困惑に顔を見合わせた。あの一幕の後、のんびり芸術鑑賞をする気もおこらず、一旦神殿に戻ってきた俺達だ。

「本国に迎えの準備を打診していたのだけれど、もっと早くするべきだった」

「なにか、あるのか? あの王女に」

 グレイシアの苦悩の深さに察したのか、カールが低い声で問いかける。リットがカールの方を向いた。

「醜聞だけの、話ではあるまい」

 グレイシアは一瞬ためらったようだが、はー…と息を吐き、確認するようにドアを一度見て

「わかっているとは思うけど」

「うん、言わない。誰にも言わないよ」

「殿下はここで行儀見習いが終わって本国に戻られたらすぐにご婚儀を待つ身なの。相手はセルティアの王太子ゾイナス殿」

「せーりゃく、結婚だよねえ」

「ええ」

 グレイシアが疲れたよう息を吐いた。

「こんな醜聞が知られては婚約を破棄される、と?」

「いいえ。頭の先から爪先まで政略でお膳立てされた結婚なのよ。よほどのことがない限り、本国も相手の国もこの結婚を真っ当しようとするわ。問題はもっと、きな臭いところにあるの。結婚が成立するということ、それはすなわちセルティアとリストが手を組むということ。それを脅威に思う国は――片手では足りないわね」

 ……。

 それは確かに血生臭くてきな臭い欲望に濡れた、理想郷とも自負する宗教都市の中では浮いた話に思えるが、裏側をのぞけば確かにあるはずの政治だろう。そういう殿下を預かった、っていうことも。いや、そこは顔をつっこみすぎだ。

「殿下もそれはご承知で、よく気をつけておられたけれど。それほどの執着を、さらしてしまったとしたら」

「あの像をだしに王女を誘い出そうとする輩でも?」

「あの方はリストの王族よ。扱いにもしものことがあってはならない。でも、無理強いができない相手を守ろうとする時、その守る対象が非協力的なら――どう、なるのかしら?」

 グレイシアの声に沈黙が満ちた。

「最近、街に聖ウィンリ像にまつわる噂が増えているの。夜中に動き出すとか、血の涙を流すとか、そういった前からあった他愛もないものだけれど」

 あ。

「多分、誰かが故意に広めたのね。出所をつきとめさせると、不審な点がいくつかあったから」

「え? なんで?」

「……?」

 リットが呟き、メイスも眉根を寄せた。あー……なんとなく見当がつくが、俺が言い出せる場ではない。やがてカールが

「……王女に聞かせるために?」

「そうだと思うわ」

「え? 聞かせてどうすんの?」

「妄想を煽るため、だな」

 突然の第三者の声と共に、視界にあれ? なんか黒いものが明滅した、と思ったら、部屋の中にコルネリアスが現れた。

「……っ!?」

「そうだと、思いますわ。殿下のお気持ちを故意に膨らましているのでしょう」

「え? ちょっとシアちゃんっ! 誰か現れたよ! 誰か!」

 ひびって懐に手を伸ばしかけたリットが声をあげる。カールは立ち上がっているし、まだ恐怖が色濃く残っているのかメイスはひっと椅子の背を飛び越えて後ろに隠れた。(俺は椅子に残された)グレイシアだけが当然のように話を継続させている。

「お、お師匠さま……」

「え? ししょー? あの黒い人? 黒い人?」

 ナイフを片手にリットが椅子の後ろのメイスに問いかける。そういう外野にはまったく頓着せずに黒づくめの女魔導師はグレイシアに目をやり

「館がまた騒いでいた」

 グレイシアがばっと顔をあげる。

「ルーシー像が何者かに破壊された、と」

 グレイシアは声もなく大きく息を吐いて、背もたれに身を預けた。

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