恋に巨乳に客寄せレタス!(上)
――男と女の間には、深くて暗い川がある。師匠を追って駆け出しても、田舎の宿の経営難。若い男女の痴話喧嘩。ぶつかりこけるは尽きせぬこの世の世知辛さ! 金銭難の風の中、野菜ジュースを飲み尽くす、ウサギの相棒抱えながら、示せレタスの甲斐性を! ハイテンションな馬鹿ギャグ尽くしの読みきり一作。
「おとといおいでっ! このすけこましっ!」
威勢のいい大音量の声が、その日の朝のまどろみをぶち破った。
ベッドの頭の方にある、低い机の上でうつらうつらしていた俺は飛び上がり、飛び上がった瞬間にハッと気付いて軽くくるっと着地すると、何事かと辺りを探った。
たいして広くはないが、結構居心地がいい宿の一室には、厚いカーテンの隙間から白い光が差し込んでいる。薄暗くてあたたかそうなところですね、と普段は人間の「巣」なんぞちっとも興味をしめそうとしないメイスも珍しく褒めたような。……と。
そんなメイスが寝床にいないことに気付いて、俺は辺りを見回してからベッドを見下ろした。寝た形跡はある。つーか形跡もなにもおやすみーおやすみなさい、と昨晩言って寝た。
俺も昔は固い机よりベッドの方がいいんで、メイスの枕元にころっと寝てたわけなんだが、枕元つーと顔が近い。メイスは別に寝相が悪いわけではないが、寝返りの一度や二度はうつ。一度その身になりかわって想像してみろ。寝ていてふと気付くとメイスの鼻先。鼻。鼻。
眠りながら好物の匂いを嗅ぎ取って、寝ぼけて食われそうになったことは一度や二度ではない。柔らかい敷布の上だからって安眠どころの話じゃない。
そういうわけで、すっかりランプの隣とか棚の上が俺の寝床になっているわけだが。
見回してもともかく部屋の中にメイスがいない。起きてどっかにいったのだろうか。この棚から転がり落ちてちょっと探してもいいけれど、俺は一人では部屋のドアが開けられない。この場所だって一度転がり落ちればもう自力では登れない。
汁が滲むような…もとい血が滲むような訓練と試行錯誤の末、最近やっと自力のジャンプで自分の体一個分くらいの高さを突破できて、まあ低めの階段くらいなら多大な労力を費やして登れるようになったが……。
俺がそんなことをしみじみ述懐していると、再び窓の外から女の甲高い声が聞こえてくる。なんだ一体……。そしてメイスはどこへ行った。
するとふいに下降から、ゴン、と音が聞こえたよ。何かを打つような音だ。ん? 俺が不審に思って見下ろすと、厚い敷布が垂れ下がるベッドの下から、突然にゅっと白い手が伸びた。……
次に寝乱れた白い髪が出てくる。居心地のよさそうな宿の一室。これまたふかふかした大きなベッドの下からもぞもぞ這い出てきた奴は、ふわと眠そうにあくびしながら
「何事ですか、朝からー……」
とたるいしゃべり方で抗議した。ぼけた白い髪のこいつは、メイス・ラビット。そして最近の自身のジャンプ力に物思うところがある俺は、棚上の黄緑色の一介のレタス。
メイスはまだはっきりと覚醒していない様子で窓の傍により、カーテンをあげてふにゃふにゃと言ったあと、なにごとですか、と誰ともなく言った。
「何事はお前だなんでベッドの下で寝てんだ」
俺が窓枠に転がり移ると、メイスはうん、と考えて
「夜中に一度おきましてね。居心地がよさそうだったんでそっちで」
また癖が再発しやがった、と俺は胸中で舌打ちした。話せば長い道のりだが、初めて会ったとき、メイスはベッドどころか宿にとまるということ事態が理解できない有様だった。その後、俺が口をすっぱくしてようやく渋々宿に泊まるようになった。
初めて宿に連れ込むことに成功したとき(誤解がないよう言っとくが密室で危険なのは俺だ)ああやっとこれで人間らしい振る舞いだ、とほっとしたのもつかの間、寝るときになってごそごそとベッドの下にもぐり始めたメイスに俺は今度こそひっくりかえった(正確には後ろに二回転した)
なに考えてんだこいつはと思うが、メイスにとっては比較的ベッドの下が習性に近い話なだけであって、行き届かない宿だと埃だらけ蜘蛛の巣だらけってとこも多いのに、一向に気にせずもぐろうとする。人目がある宿でこんな真似したら余計あやしい。
俺のさらにすっぱくなった口と、中には結構低いベッドもあってもぐれないことも重なると、メイスはようやく観念したが、寝始めた当初は落ち着かない落ち着かないとこぼしていた。
子どもや猫が妙に狭いところに収まりたがるように、まあ多分、外敵から身を守る手段なんだろうが、そういうわけなメイスの奇行遍歴もようやく収まってきたかな、という矢先に。
考えてみれば狭くて薄暗いこの部屋も穴倉とかそういうイメージがついての賛辞か。いまさらになってガキの頃、口をすっぱくして俺に礼儀作法を叩き込んでくれた相手の様々な顔が浮かび、ごめんなさい、手を焼かせました、と平身低頭で謝りたくなってきた。俺もいろいろあれなガキだったからなあ。
「レザーさん、あれなにしてんですか?」
再び追憶に浸っている俺の横で、くしゃくしゃの髪でメイスが(しかし埃や蜘蛛の巣はちっともかかっていないので、この宿屋はけっこう掃除が行き届いているようだ)現実に戻した。
見下ろす二階の窓の下、どっかで見たような気がする若い女がぱっぱと掌を広げていた。……いや。白い粒かなんかを撒いているようだ。……?
「この地方の風習じゃねえか?」
なんとなくまじないじみた仕草なので、知らなかったけど見当をつけてみる。
「ブス!」
不意に男の腹立たしげな声が響き、見やると宿の前から手桶を小脇に抱えたまだ若い男が女に向かって突撃してくる。ブスブスブス、とどっかに穴が開きそうなくらいに連呼し続ける。おめー、それは女に言っちゃいけねえだろ。
「顔の造詣など、どうでもいいでしょうに。問題はどれだけ子どもを生むのに適した体型であるかですよー」
メイスの言は知らない奴が聞いたら噴出すほど、たまにどうしようもなく直情的だ。
なんとなく俺たちが並んで見下ろす先で、駆け寄ってきた男は、女が白いなんかを撒いた地面に向かって勢いよく桶の中身をぶちまける。灰色と黒が混じったような汚水が地面に散らばった。
「レザーさん、あれ、なんですか?」
「……やっぱ風習じゃねえの?」
まじないっつーか、ただの嫌がらせのような感じになってきたが。女はカーッときたように
「この色ボケ! 雑巾を喉につまらせておっちんじまえばいいのよそれがいい気味よ!」
「悋気! 分からず屋のとんちんかん! 人の言葉も通じないあっぱらぱー頭!」
向き合い歯を剥く子犬のように、ぎゃんぎゃん言い争いを始めた二人を眼下に、メイスはほーと見下ろして
「レザーさん、あれなんですか?」
「……喧嘩じゃねえの?」
さすがに風習というには、この地方が気の毒になってきた。
どっかで見たなあ、と思ったら、罵り合っていた女の方は、俺たちが泊まっている宿の姉ちゃんだった。
一階の食堂になっている場所に、俺とメイスが下りていくと、苛立ちの虫をまとめて百匹はかみ締めたように、むかむかむかむかと肩を怒らせて姉ちゃんは突進してきて、むかむかむかむかとサラダを置いて去っていった。怖い。
さすがに他人には無頓着なメイスも、ちょっと驚いたようだが、サラダがくればご満悦で目の前の食物に取り掛かる。
おいおい気にしているのは俺だけかと思いきや、厨房の奥の方にいた初老の爺さんが、姉ちゃんの無礼っぷりにぎょっとなったのか、すいませんねすいませんねとひくーい腰で貢物のようになんか変な色をした飲み物が入ってるコップを持ってきた。
困った表情がそのまま顔になっちまったような爺さんで、伏目がちの目じりはしょぼしょぼして生活に疲れているような印象を受ける。
そんな爺さんが、「どうぞ、サービスです」と言って置いたコップを、メイスは最初は興味がなさそうに一瞥したが、急に鼻をひくつかせて手にとってごくんと飲んでみた。
人間の飲み物は口に合わないらしく、茶やスープ(つーかメイスはもともと火を通したもんが苦手だ)はとことん避けて、普段水ばっかり飲んでいるのに珍しい、と思うと強く興味をひかれたように飲んでいたメイスはパッと顔を明るくさせて
「おいしいですー」
「へえ。新鮮なニンジンとキャベツとレタスを摩り下ろしたジュースでしてね。なにしろ困ったもので」
俺が納得した説明の間にメイスは、底なしの酒豪のようにカーッと一気に飲み干して遠慮もなくずいっとからになったコップを差し出す。へい、と気の弱そうな爺さんは別段疑問に思う様子もなく厨房に引き返し、再び同じ色のジュースをコップについで戻ってくる。受け取ったメイスの横で爺さんはしみじみとした口調で
「うちの娘はあの通りかたくなで、向かいのベンジャミン坊やもすっかりへそまげて――」
空になったコップが差し出されたので、爺さんが奥に戻ってまたついできた。
「なんでこんなことになっちまったんだかと、見ている私は胃を悪くする有様でして――」
空になったコップが差し出されたので、爺さんが奥に戻ってまたついできた。
「そもそも発端はそうあの日のことですなあ……」
運ばれてくる野菜ジュースを次々に空にしていくメイスと、諾々と往復を繰り返す宿の爺さんを見ながら、机の上の俺は思った。
なあ、メイス。爺さん可哀想だから、そろそろ話を聞いてやれ。
俺とメイスがドラゴンの森、エフラファを出てちょうど一ヶ月ぐらいだろうか。あの森では、一言二言では語りつくせない色々なことがあって、旧友たちに挨拶もせずに、コルネリアスを追いかけて再び旅に出た。
この忌々しい姿にされてこの方。エフラファに行くまで全然会ってなかったため、コルネリアスっていう魔導師は俺にとってまったく得体が知れない相手だった。それまで旅を共にしたその弟子をやっているメイスの話をきいて、さらに得体が知れなくなった。そんで実際再会してみて、得体なんぞあるのかという気になった。
ただあいつの好きにさせていると、すげえやばいんじゃないかということだけはわかった。ので、仲間達も振り切って追いかけてはみたものの。
勢いよく飛び出してみても、あんな、アメンボのようにぱっぱと消えて現れる相手を、なんの手かがりもなしに追えるもんではない。
エフラファの暗躍ぶりを考えて、ともかくなんか妙な騒ぎがあるところに行ってみて、奴の影を探すしかない、という甚だ頼りない指針しかなかった。
昼はメイスと、月の出る夜は人の姿で寸暇を惜しんで情報収集にいそしんでみたものの、ここ一ヶ月、世情は実に平穏だった。奇妙な事件などほとんど陰もなく、エフラファの森での出来事が、ここ一ヶ月の常に変わらぬビッグニュースだった。
確かに奇怪な事件と語られるだけはある出来事だったが、当事者としてはそんな噂話聞いても仕方ない。なのにみんなその話をしたがって、竿を向けるからもう。おかげでアシュレイたちやルーレイ、バードとかいった面々のその後は知れたけど。
とりあえず、あの事件は結構いい形に収まったようだ。表向き、ルーレイが操られていた話とかも出ないで、どのパーティも公平な分配である程度報酬を手に入れて全体的に名があがったり、箔がついたり、と。
無責任な尾ひれ噂話には、実は真相に近いものが紛れていたりもしたが、その他多くに流されて、まあ大方の人間が真実だと思うものは、特に誰を傷つけるもんではない。ドラゴンスレイヤーこそ出なかったが、基本的に成功したクエストになるからな。
ところで俺、そこいらの事情知らなかったんだけど、ミイト・アリーテの果たした役割にはびっくりした。
ショックの電撃でほとんどの冒険者を行動不能にした、ってのはすごい。どれだけ広範囲の魔法だ。話に聞くと偶然だったようだが、暴動を一挙に治めて死人を出さなかった功績はあのわてわて姉ちゃんに帰するだろう。メイスが評した未来の大魔導師ってのも、あながち的外れではなかったってわけか。
ともかくそんなこんなでそれから一ヶ月。キャッチするのは、過去の残滓ばっかりで、一向に手がかりも情報もない腐りそうな毎日を、町から町へと渡り歩いているんだが。
タニの村。
モンスターと動物の関係性に対する論文を発表して、世界的に有名になった学者ロシファーの生まれの地でもある大都市ベッソン――の途中にある、あ、名前があったのかよ、と思うような田舎村で、情報なんか集めようがないから、素通りする予定の村だったんだが、昨晩メイスが道草食って(言葉どおり道の草を食った)遅れたせいで、急遽泊まることになった村だ。
もう薄暗かったから、あんまり様子がわからなかったんだが、朝の光の中で見渡せば、掌で包んでしまえそうな実にこじんまりとした平和な村だ。
んで、平和な村の宿で、六杯の野菜ジュースと引き換えに爺さんはその村の規模にあった話をし始めた。
「あれはうちの一人娘ルーシーっていうんですがね。優しく可憐な娘になるようにって春の女神の名前をいただいたっていうのに、あの有様で……」
はーと息をついた爺さんだが、春の女神ルーシーは、奔放という一面もある。多分爺さんが思うように、清楚とかおしとやかさとか望んでいたなら、秋の女神アリシアの名前を貰うべきじゃなかったんだろうか。まあ後の祭りだが。
「名前なんてただの記号ですからね」
しゃくしゃくキャベツを齧りながら、メイスが言った。あんまり自然な相槌ではなかったが、形でも会話がなりたっているだけいい。じいさんもあんまり気にした風でなく
「お客さんも見たでしょうけど、うちの少し前を行ったところに、もう一軒宿屋があったでしょう」
さっきも言ったが、昨夜は遅かったんで、みてない。
「うちも、ベッソンに向かう旅人が通りかかるんで、こんな小さな村でも宿屋なんかやって食っていけたんですがね」
地に足をつけたようなしみじみする話だ。メイス、これが人間の生活ってもんだぞ。
しかしメイスの反応は薄い。爺さんは気にした様子もなく昔は向かいともうまくつきあっていたんですがねえ、と言い
「しかし、段々厳しくなってきましてねえ。うちとベッソンのもひとつ中間に村ができたのも原因でしょうが。経営費だのなんだので、向かいさんとは露骨ではないですが、お客の取り合い……みたいなことにもなってきてねえ」
ますます世知辛い話だ。メイス、世間勉強になるからちゃんと聞いとけ。
「それで見苦しいことになる前に、と。うちとあちらさんで話し合ってね。もういっそ二つの宿屋を一つにして、仲良く共同経営していこうかとねえ。話が出ましたんですよ」
「はあ」
「それで出たのがちょうど向こうには一人息子のベンジャミン坊がいましてね。こっちのルーシーとの年のつりあいもとれている。んで、話がまとまったと思ったんですけどねえ」
え?
「そうなんですよ」
しゃくしゃくキャベツ食べてるメイスより、俺の反応を見ているかのように、爺さんは頷きながら
「あの二人、ああ見えても許婚同士なんですわ」
……。それは根本的に無理があるんじゃなかろうか。俺が思う隣でメイスが「そーですかー」とのほほんと言ってから、空になったボウルを前に立ち上がり
「では、そろそろ先を急ぎますので。お勘定を」
爺さんの顔が初めてとまった。
「そ、そんなここまで聞いたんですから、少々のお力添えをお願いいたしますよ。なんともこちらとしては進退問題でして……」
てっきりいつものごとく一片の曇りもない笑顔で、かんけーありません、とかしりませーんとか言うかと思ったメイスは、けれどはて、と目を開いてそっと俺を持ち、口元に近づけて聞こえないよう小声で尋ねた。
「なんの話です?」
……お前、欠片も聞いてなかったな。
まあ爺さんが困っていることはメイスと違って話を一応聞いていた俺にはわかった。しかしなんつーか、別に暴力沙汰でもねえし、他人がどうこうできるわけでもねえし。つーかさ。まあその前に。
相談する相手、まちがってね?
だってメイスだぜ? 客観的に見えても十四、五歳の小娘にそんな所帯臭い相談して一体爺さんはなにを期待しているのか。旅のもんだから、多少の分別を期待してたとしても、自分の娘より若い嬢ちゃんに相談することではない。
「そのですな、わしも別に見ず知らずのあなた様に家と家の仲裁とか、そんな大それたことを頼んでおるわけではないのです。ただこの村は若い娘もそうおらんで、お嬢さんはお若いですが、もう女神のようにお綺麗ですから、それなりに恋愛経験? ですか、そういうものも豊富じゃろうと思いまして、そこからですな、意固地になっとるうちの娘にちょっとアドバイスなんかを」
ぶはっ。
爺さんの話を聞いて俺の疑問は氷解したが、かわりに思わず噴き出しそうになった。勘違い方向違いもここまでくるとおかしい。メイスに恋愛経験メイスに恋愛アドバイスだってさ! ベッドの下で寝てるよーな奴に男女の機微を語れってそりゃ。
俺が笑いをこらえて小刻みに震えているのを、メイスはどうやら察したらしい。とりあえず笑われていることはわかったのか、急にそれまでノータッチだった俺はぽんと手を置かれて
「私、旅の魔術士でしてね、このレタスは予言の水晶でして、アドバイスとやらはこの水晶がしてくれるでしょう」
へげっ。
胸中で変な声が出た。思わぬ意趣返しに俺はメイスを慌ててみると、素知らぬ顔だ。あ、あなどった。
「水晶……ですか?」
だからこのネタどこからでたんだろう。水晶ってせめて透明だろう。いや、せめて割れ物系だろう、材質が。初めから無理があると思う。
思わぬことを言われて爺さんは俺をしげしげ見たが、やっぱり普通はそうだろうな、という印象を受けたのか「ただのレタスにしか見えませんが……」
「いえいえ。よくしゃべりますよー。ほら」
誰が声を出すか。俺がだんまりを決め込んでいると、爺さんはしばらく眺めた後、狐につままれたような顔で
「ただのレタスでは……?」
ざまあみろ。俺のただのレタスっぷりは日に日に磨きがかかってるんだ。するとメイスはひょいと俺を持ち上げて
「あれー。ただのレタスでしたか。じゃあちょっと齧ってみましょうかー」
「ぎゃあああああっ!!」
そんな爺さんの前で、思わせぶりに開けた口を近づけたメイスに、反射的に悲鳴が出た。こ、このやろう……。憎憎しげに俺はメイスを見たが、見るべきはメイスではなく爺さんだった。耐えかねて俺が声を出した瞬間、しょぼしょぼの目がくわっと剥かれて、爺さんは石像にでもなったようにこっちを見てた。そんな爺さんの前で見せびらかすように、メイスは俺をちょっと乱暴に振り、
「水晶ですよねー?」
「レ……レタス型の水晶です……」
これみよがしに口を近づけるので、背に腹は変えられず俺は答えた。ちくしょー。
「ひええええええええっ!!」
石像になってた爺さんは、あれ結構若いね、と思うような機敏な動きで飛び下がり、床にひざまずいてこの地方の風習だかなんだかよくわからん手振りだの呪文だのをまくしたてる。そしてひええええと奥に引き込んでひえええと戻ってきて俺の前にあの野菜ジュースが入った金のコップを置いて拝み始めた。いや、あの…。レタスがレタスが入った野菜ジュースを供えられても嬉しくねえだろ。すかさずメイスがぱしりと横からとって、中身を一気に飲み干す。お前もな……。
「こ、高名な魔導師様とは知らずご無礼を……」
「はあ……」
ここまで極端な反応をされたことはないだろうメイスが薄い反応をする。まあ、田舎では魔術士なんて珍しいだろう。
「ああ、これもきっと神様のお導きに違いありません。ああ、魔導師さま、お願いです、どうか頼みます」
だから魔術士だからってそんな恋愛相談されても――。俺が思う前で爺さんはくわっと剥いた目のまま、俺をぐっと見てメイスに平身低頭の態で向かい、頼みごとを。
「そのレタス型水晶様! 売ってくださいっ!!!」
……
……恋愛相談は?




