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ドラゴンの森で(4)


「へえ、じゃあ君、本職が冒険者ってわけじゃないんだー」

 前夜に何が起こってもとりあえず朝は来る。日の出とともに起き出して、貸切状態の宿屋の一階のテーブルについて、スープの奥底をスプーンでかちゃかちゃやりながら、リットが尋ねた。

「そうです」

 マイペースに注文したサラダボールのキャベツの葉をしょりしょり食べながらメイスが答える。

「もったいないなー。君の知名度いますっごく高くなってんのに」

「おかげで仲間と思われている冒険者の印象もよくなって、僕たちも恩恵にあずかっていますよ」

「ウォーターシップダウンであったときは、とてもそんな風には見えなかったがな。普通の嬢さんだ」

 アシュレイがつくづくと言った。瞳にはまだ素人を引きずりこんだことへの不満がちらついていたが、みなで決めたことならば表には絶対に出さない。アシュレイのこういうところがリーダーにふさわしい。そこで振り切るような笑みを浮かべて

「それで、レタスはまだ持っているのか?」

 素知らぬ顔でテーブルに載っていた俺に笑いかけたような気がして、ごく自然な体勢を保って見ていた俺は内心びくりとした。そして質問の内容をもう一度反芻して青ざめた。

 ところがそれまでキャベツを前に笑顔だったメイスはすっと平常に戻ると、テーブルのすぐ横に置いた俺にちらりと目を向けて、ええ、と曖昧につぶやいただけだった。……?

 おかしい。

 はっきりと疑惑を抱いて俺はメイスを見やる。いつもならそういうことを言われたなら、もちろん、と断言して「私たちは一心同体ですからねー。――そのうち、一心同体になる予定もありますしねー」とか結構本気を含ませた目で言ってもおかしくない。いや、必ず言う。

 おそらく確信犯だろうメイスの囁きはいつもひそりと凄みを含ませているし、最近、一部になるとか栄養としてとか言うことが露骨になってきてやがったし。なのに、なんだ、その曖昧なのは。安心していいはずなのに、なぜか俺は不安になってしまった。いや、本当に逆なんだけど、いつもと違うことが起こるのはたいてい危険信号だ、と言っていたのは冒険者の先達だか。

 いつもと違うというなら、昨夜も、メイスは妙だった。いや、朝に故郷の夢を見たというから、そのせいだったのかもしれなかったが、月夜にぼんやりと輝いたメイスを思い出す。手を繋いでみようとか言い出した。やっぱり、変だ。どう考えても。

 あげくに今朝は俺を食べることに興味を示さなかった。さらに変だ。

メイスは常態で俺を不安に陥れる行動がやたら多い。メイスの行動の動機がそのまま、俺のもっとも恐れている「俺を食べたい」に基づいているからだ。

 普通は俺であり喋るレタスを食べないだろう、なんて思っていちゃやばい。なにしろ思考はウサギなんだから。っていうか、食べるなよ。俺なんだからさ、とは思うけど、それも通じない。

 先ほどより少しおとなしくなったように、サラダを食べるメイスを眺める。ちゃんとフォークを使って食べるその姿は、誰だってこれが人間ではないと言ったら笑うだろう。確かに、そうだ。珍しい容姿はしているものの、どう見たってメイスは人間だ。

 感情はそこそこあるし、人間社会に入り込んでもそうまで不審に思われることは少なくなったが、それでもやはりどこか異国人のように、メイスは人間社会に完全に同化することはない。すかっと一段立っている板が違うというか、焦点が違うというか。

 だが、本当はそれでもたいしたものなんだろう。メイスの話では実験だのなんだのと言っていたが、あの元凶くそ魔道師、コルネリアスがメイスに相当の時間と労力をかけたことだけは確かなようだ。

 どんな魔術を使っても他人の中の知識や思考を、まあ、むなくそ悪くなるが壊したりなくしたりすることはできるが、それを豊かにしたりまったく別の何かを植えつけることはできない。

 メイス本人にも聞いたことがあるが、うさぎから人間になった直後は本当に赤子となんの違いもなかったらしい。それが今じゃお得意の長口舌を舌ひとつ噛まずに言えるし、地方じゃまだまだ識字率も低いっていうのに読み書きもできる。

 知識だって俺もたまには舌を巻くほどの一級品だ。まあ確かに根本的なものからか、常識が実感できずぶっとんでいるところもあるが、人間としてではなく魔術師としてもそこそこいい線をいっているんだ。おまけに身体能力は高いし、クエストには大変重要な動物的勘もある。グレイシアの目は確かだ。

 ――だからって、メイスをいれるのは絶対に俺は反対なわけだが。

 しかしそんなことを断固として唱えられるのは胸中のみなのが、悲しいレタスの身の上だ。

 それにもう引くに引けないところまできているのも確かだろう。昨夜もあの妙な態度ではぐらかすようにされちまったわけだし。

 仕方ないので考え続ける。なんというか、あまり近すぎてまじまじと見ることもなかったメイスのことを、昨夜の奇妙な行動につきあたって初めて考えた。なんで突然、あれだけ人間に混じることを嫌がったのにアシュレイたちに同行する気になったのか。昨夜、今まで聞いたことがないようなことを喋って態度をとったのか。

 んー。

 俺、なんか言ったかなあ。

 そんなことで頭を悩ませているうちに、朝飯は終わり準備はとっくにできていたらしくあれよあれよという間に出発された。さすがに行動が早い。俺は荷物扱いなのでナプザックに突っ込まれる羽目になった。……何も見えないんだが。

 行動を共にする以上、うかつにしゃべるわけにもいかずに、仕方ないのでボディランゲージでちょっと身体をゆすってみると、メイスは分かってくれたのかナプザックの口を開いて俺を上の方に押し上げてくれた。うん。これなら前の方は見にくいが、まあ、なんとか視界は確保できる。問題は転がり落ちないことだけだ。そこいらは、まあ、……頑張ろう。

 俺は誰にも理解されないであろう地味な努力を続けながら、当初の予定とは全く違いながらもこっそりパーティに参加することは出来たわけだ。

 そんで。

「――ッ」

 一匹のゴブリンが、幹まで吹っ飛んだ。開いた口から息と唾が飛びでる。長いわけじゃないが、人目を引く髪のわずかな残像だけを置いて、敵の間をすりぬけるのはアシュレイだ。

 軽い身をいかしたそのスピードを凌ぐものは学院じゃほとんどいなかった。久々に見たが、さらに動きに磨きがかかっている。数人のゴブリン相手では、アシュレイ一人でも役不足なため誰一人として動かずに数瞬で決着もついた。先に先にと戦う癖はまあリーダーとしてはあんまりよくない傾向だが。

「アシュレイちゃん、飛ばしすぎ。なに、はりきってんの?」

「八つ当たりでしょう」

 ライナスの声が正解だというように、かしゃんと厳しく剣がおさめられた。

「肩を並べる愛しき彼がいませんからね。ま、無意味な暴力はいけませんよ」

「お前には言われたくない」

 木々が脇によけられ、草ではなく土の色が見える、まだはっきりとした街道だっていうのに、十四、五歳ほどの子どもの背丈だろうか、ひょいと首をすくめたように頭の後ろで両肩がもりあがったゴブリンたちが脇の木々たちが作る葉陰からさらに姿を見せた。獣よりは知恵があるため、拾った木の棒や中にはどこの野ざらしからはぎとったのか錆びた青銅の剣を持っている奴らもいた。今度は、数が多い。

 ひとつため息をつき、ライナスが再び剣を抜いたアシュレイをちらりと見て

「今度は加勢しますよ。君一人に任せて雑魚相手に消耗させたくありませんしね」

「そんな柔な鍛え方をした覚えはないな」

 言葉を交わす二人の間を、二条のきらめきが通り過ぎて二体のゴブリンがぐぎゃっとうめいて倒れた。ちなみにあいつら、獣よりは知恵があるが、獣より鈍い。

「体力温存の前に、ウォーミングアップが必要じゃない?」

 新たなナイフの柄をつかみながら、リットが挑戦的に笑って言う。瞬間に仲間がやられたことに激昂したのか、藻がからみあう沼のよどんだ緑を混ぜたような色の肌をしたゴブリンたちが咆哮をあげ、各自手の中の獲物をふりあげて大地を蹴る。

「無駄な戦闘はしない。それが冒険の鉄則――……」

 グレイシアが言いかけたが言葉の途中で、脇に立つカールにまるで呼びかけられでもしたようにふっと見た。二人は視線をかわして、そこで会話でもあったように収まった。……ちょっと気になる。

 気にしているうちに、とっとと戦闘は終わってた。ゴブリンたちは力はそこそこあるが、動きがそもそも鈍重なため、正直言えば大変簡単にあしらえる。それに元来は強い者にたいしてひどく臆病だ。かなわない、と思えばさっさと身を翻して逃げ出す。ふう、とたいして動いたようにも見えないリットがわざとらしく汗をぬぐって

「こんな近場まで出てきてるんだ」

「役場が大々的に募集をかけたのもわかるな。これじゃ、迂闊に薬草とりもできない」

「それで集まったのもわかりますね。裏返せば今年こそ見込みがありそうだと踏めるということですし」

 動けとも言われず動く必要もないと思ったのか何もしなかったメイスは黙って聞いていたが、何か言いたげな目を俺に落とす。こんなことになるなら、船の上できっちり初めから話しとけばよかった。メイスには手紙を渡してもらってはいさようなら、と踏んでいたものだから。

 ふとその肩に後ろから手がやってきて包み込んだ。グレイシアの手だ。

「なにがなんだかわからないという顔をしているわね。ごめんなさいね、レザーはあなたに何も話していなかったのね。あなたには聞く権利があったのに、時間がなくてつい私たちも手抜きをしてしまった。詳しい事情は今夜にでも話すから」

 勘弁してね、とそう言って笑うと目元と口元に少し皺がよる。……んー。

 グレイシアを見ていて、メイスの変化に気づくのが遅れた。メイスもまた大変微妙な、今まで見たことがないような顔つきをしていた。

 メイスの肩から手がそっと離れてグレイシアは少し前にいるアシュレイたちに向かい歩き出す。その足どりに通る脇の戦闘で折られた生々しい肌色をさらす若木が嘘の様に癒されてまた頭をもたげていく。グレイシア自身も意識していない自然治癒というやつらしい。

「……あの人」

「うちの仲間じゃ一番のビップさ。実は。リディア信仰発祥の地カースリニ神殿お墨付きの第一巫女候補だ。生まれつき高い法力を備えてるって」

 ちなみに法力と魔力、言い方は違うが元はどっちも同じらしい。ま、それが神の御名において使われるかどうかの違いらしい。

 久々に見るその後姿と先ほど呼ばれた名前がくすぐったくて、やはりメイスの問いに気づかなかった。後からふっと思い出して俺は微妙な気分になったもんだ。

「――それで、あの人はレザーさんのなんなのですか?」





「竜、ですか?」

 ぱちぱちとはぜる火の前で白い髪に白い肌の少女は、顔をあげた。わずかな風にあおられて揺れる照り返しの火の模様がくるくると白皙の頬をまわっている。

「そう、ここエフラファには、まだはっきりとした確証はないが、竜の存在が唱えられている。目撃例もいくつもある。森に入った狩人が姿を目にしたとか、声を聞いたとかな。中には数十人の狩人たちが一度に木々の間を飛び立っていく姿を目撃したって例も。」

「それで、ゴブリンですか」

「博識ですね」

 杖を抱えた灰色の髪の青年、ライナスがにっこりと笑い、代表して話していた赤銀の青年、アシュレイの後を次ぐ。

「そう、ドラゴンは群れをなさない、繁殖期以外は単体で暮らす生き物ですから、広範囲で目撃されたとしても一匹です。けれどその生息地を支点として不思議な生態系が辺りに築かれる。正式名称は……ええっと」

「ブラッドファイルーン」

 薄紅色の髪をしたグレイシアが優しく付け足して、ライナスは照れたように灰色の髪をなぜ、

「確か、高貴な血の封印という意味の古代語ですね。」

「そして通称ドラゴンサークル。ドラゴンのいる場所を支点に円周上に不思議な生態系が築かれます。その理由はわかっていませんが、一番端の第一層がゴブリン、ピクシー」

「第二層がワーウルフ、第三層がオーガ、第四層がS級クラスのモンスターが数点確認されているんでしたっけ」

「僕がこのお嬢さんにお話しする意味を見失います」

 すらすらと白い髪の少女が答えると、ちょっと情けなさそうにライナスが眉をよせて訴えた。その横から黄色い髪の少女、リットが

「七、八年前からエフラファにそのサークルができたって話題がぽっとでたのさ。冒険者ってのは竜って単語に弱いからねー。エフラファの町も大々的に言ったし。なにしろそんな危ない生態系と隣り合わせじゃおちおち暮らしてもいけないし」

「町の場所を変えれば」

「まあ普通はそうだよね。誰だって逃げるよね。ところがどっこい。そうもいかなかったのさ。こっからは町に住んでるカールちゃんが詳しいでしょ」

「カールにしゃべらす気か?」

「叩けば喋るよ。カールちゃんをみくびるなー」

 あぐらをかいたリットは、小さな円には入れずに、少し後ろにひいて火をかこむ大男をつつく。一拍置いて燃え盛る火の一点をじっと見つめていた男、カールが口を開いた。

「エフラファは、ただの町じゃない。アルビナ国の重要な他国との橋渡し、交易場だ。小さいがアルビナにとっては生命線とも言える。……まあ、小国の弱みとして、ほかにも多くある生命線のひとつだがな。場所がもっとも重要だ。今の場所から数千リーロル離れても駄目になる。故にアルビナ国は元から住んでいた国民の流出をとめ、厳重な管理をしている。他国の人間と婚姻でも結ばぬ限り、よほどのことがなければこの国は出られない。逆に住み着くのはひどく簡単だが」

「じゃー、カールちゃんもう出られないの?」

「俺は入りたい時に入り、出たいときに出て行く。――どちらにしろ先の話だろうが」

「経営状態を見ると、本当に先の話か少々不安ですが、」

ライナスの余計な付け足しも、無視してカールは

「住民には恩恵もある。税金の免除、多くの援助も約束されている」

「それがカールちゃんが店を続けてられる秘密」

「カールも、食事の味も部屋もいいんですから、もう少しなんとかなりませんかね」

「わかる人にはわかるわ」

「いーんだよ。あれはあれで。ケーハクな客がきて、僕の繊細な神経昂ぶらせちゃったらたまんない」

 どことなく脱線しかけた話に、赤銀の青年がともかく、と唸り

「そうして俺たち冒険者が集まって、町も俺たちが落とす金で潤っている、って寸法だ。それで冒険者の町」

 わかったか? と白い髪の少女に尋ねると、彼女はしばし手元に目線を落とし、やがてあげた。

「二、三、――いえ、三つ聞きたいことがあります。よろしいですか?」

「ああ」

「一つ。そのような要地になぜ国が軍を出さないのか」

「出せないのさ。アルビナは小さな国だ。さっきも言ったが、生命線が多いんだ。失うわけにはいかないが、要地もすべて守れるわけじゃない。それに、相手が政治的に侵略される恐れはないモンスターだとすると余計な。だから冒険者を奨励している。無銭の労働力だ。まあそれが国としての政策といっちゃあ政策だな」

「昔はアルビナも世界のクズ合唱の一員だったはずですが」

「そうは言ってても、案外、冒険者がいないと立ち行かない国って多いんだよー。僕ら、傭兵じゃないから戦争には関わんないんで、国も扱いが冷たいけど、それでも使いようによっちゃ便利だからね。大国はどこもつんけんしてるけどさ」

 言葉を重ねる彼らには、そう強烈なものではないが反感と誇りが見え隠れしている。白い髪の少女は少しそれを眺めやり

「冒険者同士で集団を作らないのはなぜですか? ドラゴンサークルとなると単体では消耗が激しいでしょう」

「実際に徒党を組んでいるパーティもある。……が、冒険者ってのはどうも一匹狼が多いからな。気のあった少数パーティならともかく、集団ともなるとなかなか統率が難しいし、仮に統率がうまくいってもどうしても肌にあわないやつもいる。抜けがけする奴もいるだろうし、分け前とか、危険分担とか、集団になると責任の在り処が難しいんだよな。あっちいったりこっちいったり、あげくみんなの責任です、ってわけになる。ああいうやりとりはどうも苦手だ。自分の責任だけしっかり背負っていけるわかりやすい方がいい」

 言って個人的な意思が混じったかと首をすくめて、仲間を見回すアシュレイに、彼の仲間は消極的、積極的、に分かれたがそれぞれの方法で賛意を表した。まだ顔もあまりよく見ていない連れも、この場にいればうなずいたろう、と少しだけ白い髪の少女は考えた。

「でも今の――なんだっけ? 集団の中で結構大きくなってる奴あるじゃん。珍しく統制がとれてるって奴。赤……真っ赤ななんとかたかったみたいな名前のやつ」

「真紅の大鷹。ルーレイ・アーウェンが率いる集団でしょう」

「奴らしいネーミングセンスだよ。英雄ってのはどこまでも英雄でなきゃいけないもんかね」

「別に彼がつけたかどうかは」

「ワンマンだとは聞くがな」

 彼らも離れ離れの仲間と久々に会ったせいか、話が弾み弾んだ分だけ飛びやすい。白い髪の少女は自分が口を挟まねば進みにくいと気づいたのか

「けれど、そんな何層ものモンスター相手に個々のグループで立ち向かえるものですか?」

「案外な。ドラゴンサークルは厄介だが、ある意味では攻略が簡単だ。なにしろほとんど出てくるモンスターが予測できるわけだから、メンバー構成もアイテムも準備は十分できる。先も見えているから無茶も少ない。難易度は高いが、生還率も高い。珍しいタイプのクエストだ。だから海千山千のいろんな冒険者が集まるのさ。」

「わかりました。では、二つ目の質問ですが、ならばなぜこの時期に冒険者は競って集まるのですか?」

「ようやく説明ができそうですね。竜の生態、習性に関わってくる話なのですが、その巨体を動かす力の温存かどうかはまだわかっていませんが、竜は一年のほとんどを眠って、動物で言えば冬眠状態で過ごすことはご存知ですね?」

「けれどいつ目覚めるかは、各竜の種の繁殖期で定まり、はっきりとはわからないのでは」

「ここ数年にわたる観察で少なくともここの竜の活動期はわかっています。その時分に均衡を保っていたサークルも乱れ、人家に近づき危険が増す反面、サークル自体は手薄になりつけいる隙もできる。そこを狙って多量の冒険者が訪れる。もちろん、シーズン以外にも入れ替わり立ちかわり、冒険者が入ってきていますが、あまり成果は芳しくない。ご存知かもしれませんが、ドラゴンサークルは年々広がっていくものですから、範囲の拡大とともに――エフラファの住民には迷惑なことこの上ないですが、また隙も増える。ゴブリンたちの領域などほとんど庭みたいになっていますしね。普段から冒険者はいますが、みなこの時期にどっと入ります。そこもねらい目なんですよ。多くの冒険者が入ることで、隙に乗じてひょっこりと最深部までたどりつけるかもしれない」

「前回はね、第四層の半ばまで行ったんだよー。そこで引き換えしちゃった。僕はもうちょいいけると思ったけどね」

「僕は行き過ぎだと思いましたよ。みんなの精神も殺気だっていましたしね」

「帰る距離は計算にいれないとね」

「ま、でもうちのパーティーが一番奥までいったらしいし」

「五十歩百歩を笑う、だ。たどりつけなかったら、所詮同じだ」

「そのとおりだ」

「そうでもありませんよ。努力の距離は努力として認めなければ。進歩という字もあることですし」

 彼らの話し合いを、どことなく距離をおいて眺めながら、白い髪の少女は聞き入っていたが、そんな彼女の沈黙に気づいたのか、赤銀の髪の青年はウォーターシップダウンの時より幾分かやわらかく

「三つ、あったな。三つ目はなんだ?」

「まあ、このええっと――クエストですか? それの趣旨はわかりました。故に三つ目はそのことではないので、ただの私の興味なのですが、――レザーさんってどういう人間なのですか?」

 その質問が出た瞬間に、それまでかわるがわる流暢に語っていた、彼らがそろって停止した。やがて少し困ったように眉を寄せてライナスが

「あなたはずいぶんご存知でしょう、彼は一対一ではよほど気を許した相手でないと行動を共にしませんよ」

「……いえ、私の場合は緊急に迫られての場合ですから、あらためてレザーさんと言われるとー。その……敵が多い方だったり?」

 その質問に再び一同は考え込み、やがて中では一番口が軽いのだろうリットが

「あのさあ、レザーちゃんが敵作るとしたら大抵逆恨みなんだよ。嫉妬系の。君さあ、レザーちゃんって人を一言で表すとどういう言葉あてはまると思う?」

 美味しそう。

 しかないが、賢明にも少女は口を閉ざし「どうと言われても」と当たり障りなく濁した。リットは特に気にしなかったようで、指と頭を振り自分自身でも今から口にすることにどこか呆れたように目を細め

「まあ一言で言ったら。――完璧。」

「は?」

「まー、確かに抜けたところとかあるけどさ、突き詰めるとそうなっちゃうんだよ。天才って感じでもないんだけどさ」

「才ある、とすればアシュレイの方がそうですね。」

「なんつーかさ、外見はあのとおりでしょ。で、基本的になんでもできるんだよね。頭もいいし判断力もあるし度胸もあるし性格は大のお人良しだし全般的にもててたし、腕は言わずもがな。アシュレイちゃんが唯一勝てない相手だもん」

 そこでくすりとライナスが笑い、アシュレイに向けて

「それに彼、君は出し惜しみして教えてくれませんが、おそらくどこかの良家の子息でしょう。」

「どうしてそう思う?」

「物腰や癖がね。出自というものは案外、身体にしみこんでいるものですから」

「まー、そんなこんなで性格で救われるけど、ほんと妬まれない場所がない、って感じだよ。僕もろもろのレザーちゃんのそういうの見るたびに、レザーちゃんっていつか隕石にでもあたりそーって思ってた」

「その気持ちはわかりますね。それはないだろう、と思うときがありますから。突然大地が割れてぱっくりと飲み込まれるとか」

「お前ら、レザーに恨みでもあるのか?」

「ないよ。好きだよー。でもさー、レザーちゃん見てるとなんか感じない? 僕ひがみっぽいほうじゃないけどさ、文字教えてくれたかわりに教えた投げナイフ、三日でめちゃくちゃうまくなってたときはなにこいつって思った」

「あー……それは。鍛錬の受け手をお願いしているうちに、棒術をすっかりマスターしていたときは眠っているところをタコ殴りしてやろうかと掠めましたね」

「俺はレザーに負けたときぞくぞくしたぞ」

「そういうタイプも多いよね」

 いささか尋常ではない光を宿した瞳でつぶやいた赤銀の青年の言葉をさらりとリットは流し、

「まあ結論として一部のアシュレイちゃんタイプには逆に心酔されるときもあるけど、だいたいうん、ちょっと恵まれない人がいたら八つ当たりにあうというか、絶対にそのうちなんかでっかいバチがあたるというかあたれというか――ん? なんか面白いことあったの?」

「いえ、それならひねくれた方にはにらまれそうですね」

 どことなく意味ありげな笑いを口元に刻ませて、少女が横を向いてつぶやいた。その笑みの所以は話をしていた誰にもわからずに各々こっそりと胸中で首をかしげる。

 なぞめいた笑みを浮かべた少女はけれどそれ以上は笑わずに火に向かってかすかに考え込むように目を伏せる。そうすると長い睫が赤々とした火に照らされて、濃い影を瞳に落とした。ぼそりとつぶやいた言葉は小さくて傍らのグレイシアだけが聞きとって藍色の瞳にかすかな光をともしたが、残りのメンバーはただの吐息にしか聞こえなかったようだ。

 白い髪を一筋指に巻きつけて、少女は考え込む人がよくやるように何も見ずにこぼした。

「……でも命を狙われるような、特徴ではないですね」




 ぱちぱちと火がはじけて、やがて薄闇からメイスが現れた。うつらうつらしていた俺はふわりとメイスに入れてもらったナプザックが持ち上げられた感覚に覚醒する。

「……話、終わったか?」

「ええ。いいのですか? 聞かなくて」

「俺がいないところで俺がいないと思って話している仲間の話を俺が聞くのはフェアじゃない」

「よくわかりませんが」

 メイスがひょいと肩をすくめて、俺ごとナプザックを持ち上げた。

「だいたいはわかったか?」

「ええ、話してもらいましたからね」

 どこか上の空の様子のメイスが気になる。一度につめられて噛み砕くのが困難になっているのだろうか。ゆっくり歩き始める、焚き火の前で影がすっと立ちあがる。

「メイスさん、こちらにいらして」

 グレイシアの呼びかけにメイスは一瞬立ち止まり、それから躊躇いがちに歩き始めた。焚き火の明かりが届く範囲に、敷布団のつもりかわずかながらの葉っぱが広げられて、その上にすでにリットは横になってグレイシアにしがみつくように寝息を立てている。グレイシアはリットを起こさないように中腰で、たいまつに照らされて銀の輝きを返すつるりとした表面の薄手の毛布を持ち上げてみせた。

「銀狼布の毛布なの」

「魔法が縫いこまれていますね」

「高いから一枚しか買えないのだけれどね。軽くて暖かいわ。森の明け方は冷えるから。今日は天気も良かったから。天気が良いと行動中は良くても夜はだめだわ。ひどく冷える」

「身を寄せ合って?」

「抵抗があるかしら?」

「いいえ」

 穏やかに尋ねたグレイシアの言葉にメイスはさっさと近づくと横に腰掛けて、俺をグレイシアとは別の側において、差し出された銀色の毛布の端をつかんで自分にかけ、グレイシアに背を向けて横になった。少ししてからグレイシアが。

「クエストは初めて?」

「ええ」

「その割には野宿が慣れているみたい」

「レザーさんに会うまではほとんどこうでしたから」

 メイスの声がどうもそっけないのは、……まあ、仕方ないか。こいつ結局、人間嫌いだからな。だからまさか一緒に行くと言い出すとは思わなかったんだが。

「そう、良かったわ。慣れない人には、野宿はきついから。」

 すうっと夜を味わうように少しの間グレイシアが息を吸って吐く。

「空が高いわ。こうして空の下で身を寄せ合って寝ていると、人間も動物たちとなんにも変わらない、って気がするわね」

 目を閉じないメイスの赤い瞳がぴくりと動いた。整った顔には無表情がよく似合う。冴え冴えとした氷のような目だ。獣の目だ。

「獣と人は違います」

 そうして赤い目がすっと閉じてメイスは一言も言わずに眠りにつき、グレイシアは静かに一度眺めて、銀狼布の毛布のあまった部分をメイスの身体にもう少し寄せて、空をひとつ仰いで、それからゆっくり俺の視界から消えた。横たわったんだろう。休めるときに休むのがクエスト中の冒険者の鉄則だからな。

 俺もひとつ空を仰いで、星空しかない闇を眺めて、なるだけ万一誰かに見られても自然に落ちたようにナプザックの口から零れ落ちて、メイスのそばに転がる。

 一瞬、赤い目が亀裂のようにわずかに開いて俺を引き寄せようとしたが、薄目を開けて俺をナプザックに戻してまた眠った。……エフラファについた夜、メイスは変だったが、今も雰囲気は妙なままだ。いきなり引き受けたからちょっとは人間の寛容になったのかと思ったら、やっぱりこれだ。腑に落ちない。

 手を縮めて、足を曲げて引き寄せて、メイスは胎児のように丸くなって眠る。それは多分、メイスが背を向けた側に眠るリットやグレイシアだとて近い姿だろう。だらしなく尻尾を垂れて寝る街端の犬も、家畜たちも、基本的に動物と人間の寝顔に違いはない。眠った時に見る夢だとて。故郷は誰だって夢に見る。

 俺はメイスをじっと見た。

 それでも獣と人間は背を向けて拒まねばいけないほど、違った存在なのだろうか?


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