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ドラゴンの森で(1)

 不吉な夢を見ながらもたどりついたはエフラファ、通称<冒険者の街>。 かつての仲間たちとの再会は流行らぬ宿屋の不吉な店主に始まり、気さくな屋台荒らしに笑顔の撲殺魔へと続く。数多の疑問を抱きながらも、いざ行かん! ドラゴンの森へ! しかし同時に、常に行動を共にしてきたメイスの行動に不審な影が揺らめくようになっていた…。

 ふと気が付くと、身体が半分くらいになっていた。

 身体が半分になると微妙にバランスがとれなかった。今まで円形だったのが半円形になっちまったんだから無理はない。不思議と痛みは感じずに、なくなった半分がすかすかして風通しがいい。

 痛みのないついでに狼狽する気持ちも湧かなかった。もしかしたら喰われたことにより、そういうのを感じるなにかが消失したのかもしれないし、もしかしたら俺は知っていたのかもしれない。――いつかこういう日がくるんだと。

 困ったのがこの形では回れないということだ。あれが俺の唯一の自力でできる移動手段だったのに。

 困った。

 ところでちょっとした疑問なんだが、いまや半レタスになった俺が。月の光を浴びて人型に戻ったらなくなっているのは上半身、下半身、右半身、左半身、

 

 さあ、どれだろう?


 ――

 目の前が暗闇だった。ぎしぎしと、揺れている世界の中で、のしかかってくる影がある。がっしりと捕まれて固定されている感覚。常態ではありえない間近な息遣い。暗闇の中でおかしいほどに、開かれた口だけが赤い。

 否定したくもできないほどにその全てがリアルで。

 俺、レザー・カルシスは迫り来るメイスに大声で怒鳴った。

「せめて夢オチにしろーっ!!!!!!」

 



「いやですねー、ちょっと寝ぼけただけじゃないですかー」

 ランプをつけてようやく少しの明かりが出た狭い船室の中で、メイスはへらへらと笑っている。寝起きのせいか白い髪が乱れて毛先は跳ねて、いつもより少し愛想がいいというか、どことなくしまりのない笑顔で手を振っているメイスに憤懣やる方ない俺は

「その「ちょっと寝ぼけただけじゃないですかー」で喰われるこっちの身にもなってみろっ!」

「なれませんねー。なる気もありませんねー。だってレザーさんはレタスで私はうさぎですから」

 正直は美徳だとか言った奴。殴るぞ。

 さっきも言ったが、俺の名前はレザー・カルシス。もう境遇言うの嫌だからパス。凄いシュールでおっそろしい夢を見て危機一髪で目覚めた。まだ丸い。ああまだ丸くて良かった。丸って偉大だ。丸万歳。球形万歳。

 というわけで、半分喰われて半円形になるという、ぶっちゃけ夢でそうだった最悪の事態までは、現実は進行していなかったが目覚めたら目覚めたらで今まさにそこに進行まっしぐらというところで正夢か予知夢か畜生。

「くそお前と船なんて今後一生のらねえ」

 するとそれまで笑っていたメイスもさすがにむ、としたように

「身勝手な言い草ですねー、どなたのために私がこうして何日も満足に野菜も食べれない船旅に甘んじていると思うのですか、みんなレザーさんのせいですよ。そんなことも忘れて私に文句を言うなんてレザーさん段々あの鬼畜極悪節足動物以下この世の質の悪さが一堂に集結合体融合ファイナルフュージョンを繰り返してできあがったまさにこの世の汚物の中の汚物ベストオブ汚物であるお師匠様に似てこられたのではないですか?」

 こいつの中で最低最悪の人物に似ている、とまで言われてそれほど怒らせたんだなあ、とちょっと詰まって

「わ、悪かった……ちょっと気がたってた」

「分かればよろしいのです」

 まあ、確かに、メイスはなんだかんだ言いまくりやりまくりながらも一応俺の頼みを聞いてくれたしな。……でも命の危険にさらされそうになってその加害者に怒ることは筋違いか? 本当にそうか? 

 ちょっと疑問に思っている横でベッドに座ったメイスはふわわ、と可愛い欠伸をして、転がった俺をぬいぐるみのように抱きあげるとランプの火を吹き消して横に倒れた。反動で白い髪が舞う。横になったメイスの手が俺を潰さない程度にだきよせる。

「まだ寝たりませんー。夜も長いですし明日は早いですし寝ましょう」

 喰われるのはもはやあれだが、こういう扱いをされるのもどうかと思う。いや、もうレタスの身でどうのこうのという問題ではないんだが。

 前に実際にあったことだが、旅先途中でとある町のとある宿に泊まった。その日は俺も転がりまくって疲れていたのでメイスの手の中で早々に寝てしまった。寝ていて気付かなかったが、窓の外から月の光が伸びてきたらしく、ふと目を覚ましてみると……、という事態に陥ったことがある。

 思い出してどうにも居心地が悪い思いをしていると(俺青ざめたら青々しく美味そうに見えるってメイスがよく言うから赤くもなるんじゃねえか? けっ)すると、急にメイスが俺に頬をよせてきてすうっと息を吸い込み

「ああいい匂いですー」

 やめてくれ。

 切実に胸中が叫んだ。メイスの腕の中でせめて震えまいと震えまいとああ俺ってライオンの顎の中にいる赤子状態かもしかして。

「さっきはですね、いい夢を見たんですよー。私が故郷にいて、うさぎに戻っていて。故郷の森は何一つ変わってなくて美味しそうな草が風に揺れていて……いい夢でしたー」

 本当にメイスが嬉しげに言ったのでちょっと恐怖を抜かれた。メイスは俺に頬擦りして

「やっと元に戻った先で、草原の向こうから運命のようにレザーさんが現れましてね。私に向かって転がってくるのですよ。私はそっと近づいてあわや、というところで――」

 あわやというところで食われるところだった。抜かれた恐怖が倍になって戻ってきた。やめてくれうっとりとした目をするなお前の夢は俺の犠牲の上に成り立っているんだぞ震えないぞ震えてないぞ。

「こうしてみると、結構レザーさんと長く旅をしてますねー」

 さわさわ揺れそうな俺を抱いて、狭くて固い船室のベッドに寝転がってメイスがそう言った。正直、食事以外のことにメイスの意識が向いてくれるならなんでもいいと、俺も急いで相槌をうって

「そうかもな!」

「……なんでそんなに意気込んでるんですか? レザーさん」

「俺はいつも生きることに精一杯だっ」

 生き延びるために、と。思ってそれからメイスのさっきの言葉をようやく反芻させる。長く旅、長く旅、ああ確かに。長い悪夢を見ているような日々だったが……

 メイスは俺の態度に少し首をかしげたものの、あまり気にはならなかったようで

「いつかあの最低最悪極悪もう自滅が唯一の世界への奉仕それ以外に他に恩恵を与えることなどありえない思い出すだけで背中に虫唾が走る私もうあれと時と世界を同じくして存在していることが不快でならないそれだけ他に悪影響と悪感情をまきおこさせるあれを生み出しただけで世界の全ての価値が色褪せるお師匠様を抹消して元に戻りたいですねー」

 これだけ弟子に言われる師というのも珍しいのではないかと思うが、俺は正直メイスに最高に同意する立場なので何も言わない。とりあえず半殺しには俺はする。食われる夢みたり食われかけたりレタス扱いされまくったりころがされたり転がったり取り合いされたり荷台に乗せられたり売りにだされたりの、俺の全ての不幸の大本はこいつの師、俺をレタスなんぞの姿にしてくれやがったコルネリアスに全てが起因する。

 そこでメイスと同じように、船室特有の迫るように低く近い天井を見つめながら、だいぶ記憶が薄れてきたあの黒髪の魔導師の姿を思い出した。しかしもう鬱陶しい黒髪に尊大な態度、口調がぼやけてあやふやにしか思い出せなかった。それだけ時がたったってことだ。

「あいつ、見つからねーなー」

「お師匠様は、お師匠様自らが自分を見つけさせようとしたときに見つかるんですよ」

 今度は珍しく嫌味や反感をこめずにメイスが何気なく呟いて、天井を見るのをやめ顔を今は枕代わりにしているいつも背負っているナプザックに寄せて目を閉じた。赤子のように身体を丸めて眠る辺りはうさぎのときの習性か。

 それをちらっと見る。確かにこいつと旅をし始めて結構たった。俺みたいな一見の相手でしかないのとは違って、こいつは俺に会うまではずっとあいつと一緒にいた。

 何気ない一言にその痕跡を見て、やっぱりあいつのことはよく知っているんだな、とちょっと思った。



 目覚めると、もうエフラファは視界の端のほんのぽつんとした点のような姿だが、確かに見えていた。

 航海してから何日たったか記録につけてないので覚えてないが、あのまあ色々とあった船乗り達の船にサンドルフォードで別れて、サンドルフォードから出ていたエフラファ行きの船に乗り換えたのが昨日。一晩とちょっとでつけると言った言葉は嘘でなく、やはり船というのは早い。

 ただこの道中、最速とも言える船より早いものがあった。噂だ。前回のイカの件で、サンドルフォードについた時に、あの船の乗員達とメイスを迎えての興奮で一騒動あった。(俺には関係ないので省略。)

 しかも噂というのは誇張されがちだから困る。つーかあれは倒してないぞ。追っ払っただけだぞ。イカの再生能力というのは凄まじいらしいので(ティールの書に寄れば切り落としたはしから足が再生したとかいう記述もある)あいつは別に今日も元気でどっかの海に浮かんでいるはずだ。思いっきり突き刺した、目までは再生するのかどうかは謎だが。

 イカの行方に思いを馳せながら、メイスと一緒に甲板に出て、潮くさい風を浴びる。

端からきらきら太陽があがって晴れた朝の海は気分がいい。そんな朝の甲板には、目指す目的地が見えたせいか、他の乗客もあがってきていた。俺はちらりとそれを見回す。メイスも気になったのか人のいない裏手の甲板へと向かい、俺に口を寄せて小声で

「なにか、人間社会の価値観においてはあまりお目にかからず真っ当な職業をされていない方が多いように見受けられますが」

 悪かったな、世界のクズで。

 むっとしながらも、俺は同乗の客を思い出し

「冒険者だよ」

「ですねー。ほとんどの方がそうじゃないですか」

「そうだな」

 そうなんだよなあ。冒険者ってこー雰囲気が独特というか、凄くよく分かりやすい。はたから見て一般人の中にいれば必ず浮く。格好がくたびれてすす汚れている、というのも特徴の一つだが、中には綺麗好きもいるし、こう完全に決まりきった特徴というものはないはずなんだが。

 で、そいつらがメイスにやけに注目の視線を注いでいるのも気付いてた。冒険者ってのは実は世間の噂や他国の情勢・経済に一番詳しい職業だと言われている。これだけ各地を彷徨って、その土地や人々に接している職業も少ないからだ。おまけに仕事を得るためにはそういう話に敏感になっておかなければいけないし。

 クラーケンなんて目立ちやすい情報すらキャッチしてなきゃ、もはやお前冒険者をなめるんじゃねえ、ということになる。そう思い、俺はつくづくとメイスを見上げた。

「お前も、ちょっと名がしれすぎたな」

「そのような私を迷惑な境遇に陥らせた張本人に他人事のように言われるのは心外ですが」

 ああ、確かに俺の軽率さの負うところが大きいそれは。もういろんなことや精神的ダメージの大きいことが重なって、下手に名を売らないことにまで頭を使わせるのが実質難しかったんだよ。

 名が売れればどれだけ面倒なことになるかは、アシュレイをみてればうんざりするほど知ることができる。いや俺の仲間うちではみんなアシュレイに押し付けて全面的にあいつを前に出してる感があるので、他人事のようにはいえないが。

 確かに冒険者にはそこそこの名声が必要だ。伴う代償もあるが、それには信用と仕事が付加価値としてある。しかしメイスはもちろん冒険者ではないし、それで生計をたてているわけでもない。それは本人の言うとおり迷惑以外の何者でもない。

 うーん、アシュレイの件といい、これは不可抗力とはいえメイスの件といい、俺って他人の背中に隠れて結構好き勝手やってる駄目人間か? 

 反省もこめてちょっと考え込んでしまうと、するとメイスは声をかすかにひそめて

「……別にそうまで気にやまれなくてもよいですよ?」 

 ん? と頭に疑問符が浮かんだ。なんだ、今の。

 確かめる暇もなくメイスがさっさと中央の甲板に戻ってしまった。

 今まさにいっぱいに帆をあげて、風を受けて、この船が突き進んでいる港が見える。もう手を伸ばせば届きそうなほどの近さになってきた。

 海から来たのは実は初めてだが、ここからでもちっぽけな港と、山々を縫うようにして細長くうずもれるようにある一年前と変わらない町並みが懐かしさを胸に呼び込む。ああ、来たな。今年も。

 エフラファだ。

 冒険者の町だ。


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