後編
《後編》
井田さんが一階へ降りて来ると、そこはシーンと静まり返っていて、まるで人の姿はない。
階段下のトイレの前を左へ折れると、エントランスとの間の壁に配電盤が見えた。
「これが一階で、こっちが二階、これが外か……」外用の配電盤は別になっていて《200V》が引かれていた。
井田さんは一通りブレーカーを調べてみたが問題はなかった。
さっそく奥さんに電話をかけてみた。
「はい、エアコンの方は一通り見ましたけど、やっぱり止まりますね、原因は分かりません、はい、あとは多分制御系でしょうから、ええ基盤、メーカーさんに修理してもらうか、室外機の買い替えを検討されて見ては?…ええ、古いですからね」
奥さんはがっかりしていたが、なっとくした様子だった。
井田さん的にはもう帰りたかったが、
「あと、忘れずに天井裏も見て下さいね……押入れのところから見えるはずだから」
と奥さんに念を押されてしまった。
霊能者は、そこで話を止めた。
「と言うことは、その奥さんも何らかの異変を感じていらっしゃったってことですよね」
「さあ、どうなんでしょうね、長い時間一緒にいたわけではないので……」
井田さんは苦笑した。
「それで……井田さん、天井裏見てみたんですよね」
霊能者は、ある程度、推し量った様子で聞き返した。
井田さんはコックリと頷いたが、その時の様子を思い出したくないのかしばらく黙りこんでいた。
井田さんは、配電盤を見たあと再び
階段を上り、あの二階の一番奥の部屋へと戻った。
「あの時のことはよく実は覚えてないんですが……」
井田さんが、ぼそっと呟いた。
「ああ、大丈夫です、ゆっくり思い出しながら話してもらえれば」
霊能者は静かに目を閉じて手を合わせた。
そうやって目を閉じたまま、霊能者は続けた。
「私が思うに、問題は間取りなんです、
階段のすぐ下にトイレがありますでしょう、古い造りの家にたまにあるんです、水場がそんなところにあると、どうしても昇って行っちゃうんですよ……いろんなものが、階段を」
井田さんは、押入れの上の段に上がり、天井板を押し上げた。
板は簡単に外れ、そこから天井裏に入れるようになっていた。
井田さんには多少打算もあった、何か小動物の死骸でも転がっていたなら、それを駆除するのに幾らかでも稼ぎになる。
井田さんは天井の隙間に頭を入れ、息を殺して天井裏を見渡した。
中は真っ暗だったが、手間の方に柱の蜘蛛の巣や綿ゴミなんかが微かに見えた。
だがシミのあった地点はもっと奥の方だ。
井田さんは、胸ポケットからペンライトを取り出し暗闇の奥の方を照らした。
その時だ、黒い影が微かに動いたような気がした。
タヌキか、タヌキにしては大きい…
猿か?
と思った瞬間、目が合った。
ヒトだ。
ヒトが座っている。
白い着物を着て。
白髪の老婆が……座ってこちらを見つめている。
その薄い瞳に生気はなく、血の気もない。
「あれは、この世の者ではない」と、
井田さんは直感的にそう感じ、咄嗟に身を隠した。
「それから、どこをどう走ったのか、気がつくと自宅の前に立ってました」
井田さんは呼び鈴も鳴らさずドアを叩き、
「もう、どうしたの?」と出て来た妻に、
「ししし……塩、塩まいてくれ、塩…」
と震えながら叫んでいた。
「よくないものを感じます、あなたもそうでしょう?」
と霊能者は言った。
「はい、」
「その家の人に、病気になったり、いわゆる災いが降りかかる恐れがあります、それとなく、連絡をとることはできますか…」
霊能者の問いに、井田さんは首を縦に振らなかった。
というのも、エアコンの件で訪問してから数日後、そこの家のご主人で会社の社長という人が心臓発作で突然亡くなられたというのだ。
井田さんは心根の優しい人だから、自分が天井裏をこじ開けたせいでそうなったんじゃないのかと自分を責めている節があった。
霊能者は遅かれ早かれそうなっていたと慰めたが、
そんなことは誰にも分からない。
神や仏のみぞ知る話だ。
井田さんの後輩の話では、
この話の舞台となったその場所には、今はもう家も会社もなくなり、ただのサラ地になっているそうだ。