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亡者たちの階段  作者: 杉山杉諷
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前編

《前編》


便利屋の井田さん(仮)は、とにかく笑顔と口数の絶えない男だったが、

ある年の初夏、ある日を境にめっきり口数が減って、気がつくと塞ぎ込んでしまうことが多くなった。

当時、近所に住んでた地元の後輩が心配して、あの手この手で何があったのか聞き出した。

これは私が、その後輩の男から聴いた話だ。


井田さんから打ち明けられたその話と言うのは、たいそう気味が悪く後輩は皆まで聴く前に震え上がってしまって、

「そりゃダメですよ井田さん、そういう事に詳しい人を知ってるから一緒に行きましょう」

ということになって、後輩の知り合いのそのまた知り合いの霊能者だと言う人のところへ連れて行ったのだと言う。


その霊能者について少し説明せねばなるまい。

ある夜、夢枕に仏様が立たれて、

「何処そこのそこのところを掘り返してみよ!」とお告げがあった。

さっそくお告げ通りの場所を掘り返してみるとあら不思議、夢枕に立った仏様と同じお顔の仏像が出土したのだという。

それからと言うものそこら辺じゃ知る人ぞ知る、地域密着型の霊能者として、心霊の類のお悩みに個人的に応じている。

と、まあ有り勝ちな話だ。


井田さんは後輩に付き添われて、その霊能者のもとを訪れた。

霊能者は井田さんの顔を見るなり、ため息を吐いて、

「……あまり良くないね、詳しく話してご覧なさい」と優しく言った。


井田さんは、あまり気の進まない様子だったが、徐に重たい口を開いた。


「……それはとある会社を経営してる社長さんの家でのことでした……」


最初はエアコンの調子が悪いので診てほしいというの事だった。

部屋がいくつもある大きい邸宅で、その殆どの部屋に個別にエアコンがついている、問題の室内機は、階段を登って二階の一番奥の部屋にあった。電源を入れると電源ランプが点滅してすぐに止まってしまう。

その点滅の間隔がモールス信号のようにエラーメッセージになっていて、どの箇所が悪いのが分かる仕組みになっていた。

本体下部の前蓋を開けると、蓋の裏側に図解入りで症状が書かれてあった。

「室内機のフィルターの汚れと、室外機の電気的異常みたいですね」

と井田さんが言うと、

「凄いわね、ちょっと見ただけですぐわかるのね」

とその家の奥さんが関心した。

井田さんは蓋の裏に書いてあることをそのまま読み上げただけだったが、あまりに関心されたので、タネを明かさずにただ微笑んだ。

「多分一番は室外機を買い替えたほうが良いですね、でもせっかく来たんで、一応、室内機を一通りクリーニングさせてもらって、それでもエラーが消えないようでしたら、あと室外機と電源関係も見させていただきます。

これだけ何台もエアコンを繋いでるので、電圧不足なのかも知れませんし…」


「はい…」奥さんは心ここにあらずと言った様子で、一応返事はしたものの

エアコンから目をそらして頭上に目をやった。そして、

「あの、そこの天井にシミがあるんですけど、関係あるのかしら」

と指差した。


見ると、板張りの天井の隅が黒ずんでいる。

「いや、排水ホースとかは基本的に壁の穴から出して、外壁を這わせてあるんで天井裏で何か水漏れとかってことはないですね」


奥さんは不服そうに

「ふーん」と頷いた。

「気になります?」

「うん気になるのよ」

奥さんは口をへの字に曲げて、顔をしかめたまま天井を見つめていた。

「じゃ、こっちが終わったら天井裏登って見てみますよ」と井田さんが言うと、

「お願い出来る?」

奥さんの顔が少し明るくなった。


その家は隣がすぐ会社の社屋になっていて、奥さんはそこで事務員として働いていた。

井田さんが作業を始めて間もなくのことだ、

「井田さん、ちょっといい?

私、事務所いなきゃなくてさ、

今日忙しくて社長も誰もかもみんな出はからっちゃってんのよ、事務所に誰も居ないのね、家の中がこんど誰も居なくなっちゃうけど大丈夫よね…」と背後で奥さんが捲したてるように言った。


「あ、分かりました、終わったら連絡しますんで……」

と言って振り返ると、既に奥さんの姿は無かった。


ひとり黙々と作業を続けた井田さんは、

室内機のクリーニングを手早く済ませ、

窓からバルコニーに出て、

外壁に固定されている室外機を覗き込んだ。

「なんだ?」

井田さんはそう呟くと、腰にぶら下げていたインパクトドライバーで次々とネジを外し、室外機の外装パネルを瞬く間に外した。

すると、現わになった内部のプロペラの軸に、何やら黒い糸のようなものが、大量に絡み付いているのが見えた。

井田さんがモンキーレンチで軸の頭のボルトを取り外すとプロペラが外れた。

井田さんはギョっとした。

軸のシャフトに絡み付いていたのは、

無数の人の髪の毛だったのだ。

しかもとても長い。

バルコニーで散髪でもしたのかとも思ったが、

女性でもこれだけ伸ばしてから髪を切るなんてことは滅多にない、昔の丸髷でも結っていた時代じゃあるまいし、

井田さんは異様な状況に思えたが、

カッターナイフで丁寧にその髪の毛を取り除いた。


作業が終わると、

エアコンの作動時間は飛躍的に延びた…か……ように思えたが、やはりしばらくすると止まってしまった。

一階にある配電盤の様子を見るため、階段を降りようと二階の廊下へ出ると、誰も居ないはずの一階から足音のようなものが聞こえた。


誰かいるような気配がした。

今さっき奥さんが事務所にいる姿を、バルコニーからチラッと確認したばかだ。

井田さんはそれでも、まだ早いが、もしお子さんが学校から帰って来て、自分を見たらびっくりするだろうかと思い、

「奥さん戻られました?」とか

「便利屋ですけど、何方かいらっしゃいますか?」などと白々しく声をかけながら階段をそろりそろりと降りて行った。


《後編》へつづく

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