転換ハルピュイア
「だから、心配いらねえって言ってるだろ!!」
「そうは言うがな……。ついこの間も迷子になって涙目になってたのはどこのどいつだよ」
「っ! うっせえ! ともかく出てくるからな!!」
大きな翼をばたつかせながら、彼女はそう言う。一度言い出すと聞かないのは、昔からの悪い癖だ。どれだけ心配させてるか、少しは気付いて欲しいものだが。しかしこうなってしまうと、結局は俺が折れるしかないのだ。
「分かった、分かった。せめて大体の行き先だけは言ってくれ」
「……裏の山にある湖の辺りだ」
「分かった。無理して動物を追わなくてもいいからな。暗くなる前に帰ってくるんだぞ」
「だああうっせえ! お前は俺の母親か!!」
「ああ、また迷ったらその湖の辺りにいるんだぞ。迎えに行くから泣くんじゃないぞ」
「~~!! 行ってくる!!」
「おう、気を付けてな」
勢いよく空へと羽ばたいていく彼女を見送り、俺はふうと溜息を吐く。今日は天気が良いだとか、夕飯は何を作るかだとかどうでもよいことと、最近芽生えたとある感情を胸に秘めて。今日も一日が始まる。
◇◇◇
ここは山間にある、木々に囲まれた名もなき集落。
ここで俺――タイチは、親友のユウと共に暮らしている。
慣れないことばかりで戸惑う場面も多かったが、ようやく落ち着いてきたところだろうか。それでも、元の世界とは勝手が違って驚くことは多々ある。
三か月ほど前、俺たちは突然この世界へと連れてこられた。
親友のユウと高校への通学途中、突然の強い光と体に衝撃を受けたところまでは記憶がある。その日は空がどす黒い雲に覆われて雷鳴が聞こえていたから、雷に打たれたのかもしれない。
その後気付いたときには、見知らぬ森の中だった。
そして一緒にいたユウは、何故か半鳥人の姿となっていた。
半鳥人。俺が初めてその姿をみたときに思いついた言葉だ。
半分人で半分鳥の姿だから、半鳥人。そのまんまだ。
体つきそのものは人間だけど、決定的に違うのは翼があること。それは背中に生えているのではなく、腕に生えていた。色は純白でまるで天使の羽のようにも見えた。そして、足は太ももまでは人間だが、その下は鳥のような形になっていた。爪先には、鋭いかぎ爪があった。
そんな姿をした生き物が隣で横たわっていたのに気付いた時は、心臓が止まるかと思ったほどだ。それが、ユウの変わった姿だと分かったときは腰を抜かした。それは「オレはユウだ」と、鈴の鳴るような声で宣ったのだ。
その声を聞いた俺は耳を疑った。なぜなら、俺の知っているユウは男だったからだ。しかし、その半鳥人の体付きをみるとどう考えても女だったのだ。
顔だけみると年端もいかない可憐な少女。腰まで伸びた黒いきめ細やかな髪。そして出るところは出て、締まっているところは締まっている体付き。身長はユウよりだいぶ低い。俺と顔一個分ぐらいは差がある。
半分鳥の姿ということに目を瞑れば、美少女そのものと言って差し支えのない姿だった。
どう考えてもユウに見えず疑いの眼差しを向けていた俺に対し、ユウは二人の間しか知り得ない情報を俺に話してきた。そこでようやく、俺は中身はユウであると認識したのだった。
それから紆余曲折あって、この集落に身を寄せて生活をしている。
この世界は、俺たちがいた世界とは大きく異なるようだった。
この集落はユウのような人間の姿ではない、亜人と呼ばれる種族が多く暮らしている。人間にネコの耳と尻尾を生やした種族、体は人間で下半身が蛇の種族。背中に大きな羽をもつ種族。どれをみても俺たちの世界にはいない、空想上の生き物だった。初めに集落を訪れた際は、それを見て驚いたものだ。
人の言葉が通じるか不安だったが、とくに問題なく会話ができたのは幸いだった。ここの集落を取り仕切っている長――狐耳と尻尾が生えている見た目は幼い女――に話をすると、空き家があるから住まわせてくれるという話になった。人間の俺だけだったらダメだったが、半鳥人のユウが居たお陰だった。
しかし、長は空き家を使うことに”ある条件”を提示してきた。俺たちにとっては承服しかねる内容だったが、それの期限はしばらく先であること、今ここを出ても行先にあてがないことを考えひとまず了承をしたのだった。
長には本当のことを話そうかどうか迷っていたが、逆に長から俺たちが普通ではないということを指摘された。長は千年以上生きているらしく、特別な能力があるらしい。人、いや亜人は見た目によらないらしい。
話を聞くと、どうやら数百年に一度俺たちのような異世界人が迷い込んでくるとのことだった。過去にもそういった人がこの集落に住んでいたらしい。
何名かの異世界人のうち、亜人の姿だった者もいたらしい。
”ユウは記憶喪失の状態で、道に迷ってしまいここへ辿り着いた”という状態で集落の人らに話を通してくれることになった。もう一つ、とある関係であるとも伝わることになったのだが――。
ここで困ったのはユウのことだ。俺は元の人間の姿のままだからよかったものの、ユウは女になった挙げ句半鳥人となってしまった。とくに、腕が翼に変わってしまったせいで、物を持ったりすることができない状態だった。
そんなユウに手を差し伸べてくれたのは、集落に住む同じ女半鳥人のフィズさんだ。記憶喪失という話が伝わっていたらしく、体の使い方やはたまた女としての振る舞い方まで教えてもらったらしい。ちなみに、半鳥人はハーピーと呼ばれているらしい。
ユウがフィズさんから聞いた話によると、どうやらハーピーは女性しか産まれないらしい。そう考えると、ユウはハーピーとなってしまったから女体化したと考えるのが正しいのかもしれない。
◇◇◇
(さて、ユウが帰ってくるまでなにをするか……)
ユウが出掛けたのは、夕飯の食材を確保するためだ。早い話が狩りだ。毎日交代で狩りに出ていて、今日はユウが当番の日なのだ。
――正直なところ、ユウはあの状態なのではじめは毎日俺が狩りに行くと話をしたのだが。ユウが頑なに拒んだので、交代制というところで落ち着いたのだった。
まあユウは手が使えず家事や調理ができないので、自分にも役割が欲しいとはあとから聞いた理由だ。別にそんなことは気にしなくてもいいのだが。
今日はとくに予定もないので、ブラブラと集落の中を歩くことにした。
集落の通りを歩く。通りがかりの人この集落の中には人間が少ない。五十人ほどが暮らしているが、人間は俺を含めて五人ほどだ。あとは全員亜人だ。
「あ、タイチじゃない。ユウは一緒じゃないのね」
道を歩いていると背後から声が聞こえた。振り向くとそこにいたのは、ハーピーのフィズさんだ。俺の身長は百七十五センチぐらいはあるが、フィズさんは俺とほぼ同じ目線の高さだ。女性としてもかなり身長が高い方だろう。年齢は二十歳ぐらいに見えるが、直接聞いたことはない。
腕にはユウと同じ純白の翼。肩までの赤髪にきりっとした目。大きな胸に巻かれたさらし布と、細いくびれの腰と豊満な尻を包む腰巻きだけの目の毒な格好だ。まあ、この集落ではあまり珍しい格好ではないのだが。ユウもほぼ同じ格好をしているし――。
そして性格は豪快そのもの。だが面倒見の良い姉御肌な面も持ち合わせている。実際、同じ種族であるユウにはかなり親身になって相談に乗ってくれていたようだ。
「あ、フィズさん。ユウは狩りに行っているんですよ」
「ふーん、そうなの。……そうそう、ちょうどタイチに聞きたいことがあったのよ。暇だったら来てくれない?」
「……? 別にいいですけど……」
それじゃ付いてきてというフィズさんに従って、俺はフィズさんの家へと向かうのだった。
☆
「それで、ユウとはもうやったの?」
「……? やったって、なにをです?」
そしてフィズさんの家。テーブルに案内され、開口一番にそんなことを聞かれる。どういう意味か分からず、質問を質問で返すことになってしまった俺だったが――。
「意味もなにも、交尾よ交尾。もうやったの?」
「ぶっ!」
フィズさんの旦那さん――集落に住む数少ない人間だ――に淹れてもらったお茶に口を付けていたが、思わず吹き出してしまった。
度々とんでもないことをさらりと口に出すフィズさんだが、今回も予想だにしないものだった。吹き出した拍子にお茶が器官に入ってしまったようで、息が苦しい。
「ゴホッ、ゴホ……そんなことやってないですよ!!」
「え、本当に? とっくに済ませてるものだと思ってんだけど」
「そ、そういうことはやってないですから……」
そう答えてみるものの、フィズさんは翼を口に当て何かを考えている様子だった。そして幾ばくかのあとにフィズさんが口を開く。
「えー。それじゃ、アンタはユウをどう思っているのよ」
「どう、とは?」
どう思っている、とはそれはどういう意味合いなのだろう。いや、何となく分かってはいるのだが分からないフリをしてフィズさんに尋ねてみた。
「好きか嫌いかでいうとどっちなのよ」
「……嫌いではないですよ」
「つまり好きってことなのね。じゃあ早くやっちゃいなさい」
「いや、そういう意味での好きじゃないですから!」
どうしてこう、フィズさんはそういう方向へと持って行きたがるのか。俺に対してユウとはどういう状況かと常日頃聞かれてはいるが、ここまで直球な言い方をされるのは初めてだ。
「ユウとは仲睦まじいって印象なのだけど? 交尾したいとか思ってないの?」
「俺とユウの普段の会話、聞いてますよね? あれでそういう印象受けるんですか……」
「……否定はしないのね?」
「いや、だから俺とユウはほんとそういう関係じゃないですから……」
はあ、と息を吐く俺。フィズさんとの会話はどうも疲れてしまう。嫌なわけではないけど、こう精神的に来るモノがあるのだ。
そんな様子の俺を尻目に、フィズさんは先ほどまでとは打って変わって押し黙り、真面目な顔付きでこちらを見つめてきた。一体どうしたのだろうか。
「……?」
「言おうか迷ってたけど……。うーん、アンタはそう思っているのかもしれないけど……。この間ユウがね……」
「……え?」
☆
フィズさんの家を出て帰り道。知らされた内容に俺は呆然としながら、フラフラと足を進めていた。
フィズさん曰く、ユウは俺に対して気がある、即ち好意を持っているということを聞かされたのだ。どう俺と接すればいいか、とフィズさんに胸の内を明かして相談を持ち掛けていたらしい。
本当にそうなんだろうか。にわかには信じがたい。
その際、俺がユウに対してどう思っているのか、と改めてフィズさんに尋ねられた。俺はとくにどうとは思っていない、特別な感情はないとは答えたのだが。
実際のところ、まったくそういう気がない、とは言えないのだ。
このところ、ユウを見ているとどうも心が落ち着かない。元の世界では友人としていたせいで、ユウとは男友達のノリで話してしまうのだが。
はっきりいってユウの今の姿は、ハーピーではあるが滅茶苦茶俺好みの容姿なのだ。
そんなハーピーのユウは手が使えないため、着替えも俺の補助がなくてはままならない。
着替え、それは裸体を見ることを意味するのだ。俺は毎日ユウのおっぱいにさらしを巻いてあげ、パンツを履かせてスカートのような腰巻きを着せてあげている。当然ながら着せたものを脱がせることもしている。
ちなみに、風呂も一緒に入り体を洗ってやっている。
俺は努めて冷静に、事務的に補助をしているのだが。体に触れることでたまにユウが発する艶めいた声に、俺は胸の高まりを感じずにはいられなかったのだ。
フィズさんには及ばないものの、魅力的な体付きをした少女に毎日ベタベタと触れている。いかに健全な男子高校生である俺でも、そのことに何も思わない聖人ではない。
ユウがどう思っているかは知らないが、そんなことをさせられている俺の身にもなって欲しいと思う。
それをすること自体は面倒だとかは思ってはいない。そういったことより、俺がいつまでこの状況に耐えられるかが問題なのだ。
理性を保てているのはユウが元男だということと、友人であるということを意識しているからだ。
しかし前者はもう過去の話だ。この世界でそれを知っているのは、俺だけだ。そして後者は、あくまで俺がそうだと思っているだけだ。
これが崩れてしまったとき――俺は自分を抑えきれる自信がない。
☆
「おーい帰ったぞー。開けてくれー」
バサッバサッと羽ばたく音とともに、ユウの声が外から響いた。
ドアを開けてやると、誇らしげな顔をしたユウの姿があった。
「どうだ、今日は大物だぜ!」
体長一メートルはあるだろう、猪のような動物をユウは足で掴んでいた。そんな大きなものを、ユウは軽々と持ち上げていた。手は使えなくなったユウだが、その代わり足の握力は相当なものとなったらしい。その気になれば、人の両肩を掴んで飛ぶこともできるぐらいだ。――まあ、それは俺が経験済みだからだ。
「どうしたんだよ、ボーっとして」
「……ああ、すまん。裏で血抜きをするから、そこに運んでくれ」
「分かったぞー」
どうも余計に意識してしまって、ユウの顔を見ることができない。チラチラと見てしまう格好になって、たまに見えるユウの顔は訝しそうな目をしていた。
食事のときもユウの態度は今まで通りで、とてもフィズさんから知らされたような様子には見えなかった。
☆
そんなことがあった日から一週間。あの日から俺はユウのことで頭が一杯だった。どう考えてもフィズさんの言葉のせいだ。意識しすぎているのは自分でも分かっているが、どうにもならなかった。
今日はユウとともに狩りに出ている。本当は俺が当番の日だったのだが、ユウが一緒に行くと聞かなかったのだ。
狩りが終わった後、ユウはいつもの場所へ行かないかと尋ねてきた。
俺が承諾すると、ユウは俺の両肩を足で掴み、翼を拡げ大空へと舞い上がった。
風を切る感覚を覚える。下を見るとどんどんと地上が遠くなっていく。両足がぶらぶらして奇妙な感覚だが、あまり動くとユウに怒られるのでじっとしている。
そして暫くの空中遊泳を楽しんだあと、集落の裏にある山の頂上部までやってきた。
この場所はユウが教えてくれた場所だ。眺めがよく、集落やその周りを一望できる。早朝や夕方には周囲に連なる山脈から陽の入り、また陽の沈みが観察できるのだ。ここまで来るのに自分の足では数時間はかかるが、ユウならばものの十数分だ。
雲一つない快晴。気温もちょうどよく、柔らかい日差しが降り注いでいる。草の絨毯に身を投げ出していると、ユウが顔を覗き込んできた。
「なあ、最近何かあったのか?」
「……どうしてそんなこと聞くんだよ」
「いや、どう見ても元気がないように見えたんだが。このところ、オレが話しててもろくに返事してくれねえじゃないか」
「……」
「これでも心配してるんだぜ? ……その、普段から世話になってるし。オレに話せることなら話してくれねえか」
ユウはそういうと俺に向かってニッと微笑んだ。――その表情は眩しく映り、俺の心を揺さぶった。俺にはそれが美少女の微笑みにしか見えなかったのだ。
どうしようか、本当のことをいうべきか。つまりは想いを伝えることだ。一週間悩み抜いたが、もはや気持ちを抑えきれないところまで来ていた。
よし、言おう。俺は体を起こし、ユウと向かい合うように座り込んだ。話があると言うとユウは「お、おう」と言い姿勢を正した。
「……ユウが俺にそういう気持ちを抱いているとは思っていなかった。俺も悩んだが、自分の想いには素直になろうと思う」
「……は? 何を言っている?」
「ユウが俺のことを好きだってことだよ。俺も同じ気持ちだか……」
「おいちょっと待て!! いきなりどうした!?」
ユウがばたばたと翼をばたつかせ、慌てた様子で俺の言葉を遮った。辺りには少し羽毛がふわふわと漂っている。――なんだろう、何かおかしい気がする。
「え、だってフィズさんからお前がそういう気持ちを抱いていると聞いたんだが……」
「待て待て待て、オレはそんなこと言った記憶ないぞ!?」
「……マジで?」
「マジもマジだ」
そういうユウの顔は、嘘を言っているようには見えなかった。どこか、少し引き攣った顔のような感じがした。俺はそんなユウの顔を見られなくなってしまい、俯く形になってしまった。
数秒の後、一つの答えに辿り着く。フィズさんに言われたこととはいえ、やってしまった可能性が高いということ。いや、そもそもフィズさんの言っていたことが正しかったのかどうかが怪しい気がする。
ヤバい。そう思うと、ユウになんてことを言ってしまったんだという気持ちが沸き上がってきた。そして恥ずかしい。頭に血が上り、顔が熱くなっているのがはっきりと分かる。
「おーい、大丈夫か……顔が真っ赤だぞ……」
ユウの心配そうな声が聞こえる。俺はどうするべきなのだろうか。
ここでなかったことにするのも一つの手ではあるだろう。だが、それで本当に良いのだろうか。俺の気持ちはそんな程度だったのだろうか。――いや、違う。フィズさんに言われたのは一つのきっかけに過ぎなかった。
俺はゆっくりと顔を上げる。ユウは先ほどの声と同じように、心配そうな顔付きでこちらを見ていた。
「……ユウ、ユウはどう思っているかは知らないが、やっぱり俺の気持ちは変わらない。ユウ、俺はお前のことが好きだ」
「う、うえっ!? ま、マジか……?」
「大マジも大マジだ」
ユウの顔をじっくりと眺める。ユウは百面相を浮かべていた。
「す、すまん、突然すぎて……ととと、とりあえずフィズさんがどうとか言ってたよな!? どういうことか聞きたいんだけど!?」
「お、おう……。確かに、それは俺も気になっていたところだ」
「だ、だろ!? フィズさんのところへ行こうぜ!!」
そういうとユウは立ち上がって、翼を広げ飛び上がり俺の肩をむんずと掴んだ。
どこかオーバーリアクション気味なユウ。
――残念ながら返事は、聞きそびれてしまった。
☆
「ははは、いや、いつまでもじれったくてけしかけてみたのよ。まあ、でもよかったじゃないの。タイチは元々そういうつもりだったのよね? ほら、ユウも満更じゃな…………いや、悪かったわよ」
集落へ戻り、俺とユウはフィズさんの家に来ていた。どういうつもりで俺に嘘を言ったのか、問い詰めるためだった。
大笑いしながら話を進めていたフィズさんに、二人揃って白い目で見つめているとフィズさんは雰囲気を察して謝ったのだった。
「まあ真面目な話、半年経つ前に夫婦にならないと、ここを出ることになるんじゃなかったかしら。まだ時間はあるにはあるけど、そろそろどうするのか考えてた方がいいと思うわ」
半年の間に、夫婦になる。それが長から示された、集落で生活を営むための条件だった。フィズさんにはユウがこの集落は人間は基本的に受け入れてはいないが、夫婦ならば問題はないらしい。
何も知らない異世界人をそのまま追い出すのも気が引けるので、半年間猶予をやるからどうするか決めろ、ということらしい。配慮をしてくれた長には感謝したい。
基本的に例外はないらしく、俺たちが集落に住み始める際に夫婦としてやってきたということになっている。まあ、とくに意識せず普通に生活しているのだが。本当は夫婦でないということを知っているのは、長とフィズさんぐらいだ。
話によると、集落に数名いる人間はすべて亜人と夫婦になっているらしい。ちなみに、フィズさんの旦那さんも人間だ。
「俺は……」
「それで、ユウはタイチに対して返事はしたのかしら」
「うぇっ!? い、いや、それは……」
「いや、無理に今すぐでなくてもいいぞ。突然言った俺が悪かった。ただ、俺の想いは嘘じゃないことは分かって欲しい」
「う、う、う……」
小さく翼をパタパタとさせて、ユウは俯いてしまった。そして暫く経ったあと、俯きつつも口を開いた。
「オレは……お前に世話してもらってるってか、お前がいないとオレなにもできねえし……」
「そんなことは気にしなくていい。むしろそれで負い目を感じて仕方なく、ってのは逆にやめて欲しい。ユウの本当の気持ちが聞きたい」
「…………正直、オレにはよく分からない。けど、タイチと離れるのだけは嫌だ」
俯きながらだったが、ユウは力強くはっきりと答えた。それは俺にとってはありがたいものだった。場合によっては拒絶されてもおかしくはなかったからだ。
「まあ、今はそれでいいんじゃないかしらね。頑張りなさいよ、タイチ」
フィズさんはそう言って俺にウィンクを送る。フィズさんからエールを受け取った俺は、改めてユウの方を向いて、下がったままの頭を優しく撫でながらこう言った。
「これからもよろしく頼む、ユウ」
「あ……って頭撫でるのやめろ!! いつも言ってるだろ!!」
「……嫌か?」
「……嫌だよ!!」
ユウはそういうと、プイッと顔をあちら側へと向けてしまった。そんな仕草もどこか可愛げを感じてしまう俺がいた。表情を伺い知ることはできないが、きっと膨れっ面をしているに違いない。
これから先、ユウとの関係がどうなるのかは分からない。ユウはこの世界での唯一無二の親友であり、そして想いを寄せる相手でもある。どうなろうとユウは大事にしなければならない、俺はそう心に誓ったのだった。
とりまる(@torimaru_n)さんにイラストをいただきました。ありがとうございます!
(2017/03/15 活動報告にて後日談を掲載しました)
お読みいただきありがとうございます。
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