第95話 『怠惰と憤怒』
シルハス高原で、『大罪騎士団』のメンバー、『傲慢』を司る、ヴァルキリア・シンフェルドと、『憂鬱』を司る、ウルテシア・ヴァルディに襲撃された、『賢者様』と呼ばれるウィル・ヘスパーが激戦を繰り広げた。
ウィルの持つ、『封印』の黒のテラを狙い、二人に襲撃されたウィルは、ウルテシアの能力により、命を落とした。
「よし、早速黒のテラを奪うぞ」
ハルはそう言うと、横たわるウィルの元に歩み寄り、手を翳す。だが、
「黒のテラの反応が無いな」
「でも、確かにこのお爺さんは黒のテラの所有者だよね?」
「あぁ、それは確実だ。つまり、所有者が死ねば、直ぐに黒のテラは違う誰かに宿るという事か。仕方ない、黒のテラが宿った者を探せばいいだけだ。ヴァルキリア、今からセルケト達の所に行ってくれるか?」
「この事を伝えるんだね?」
「あぁ、頼んだ。生け捕りにする様に伝えてくれ」
――マッドフッド国では、美しい街並みは爆発により破壊され、廃墟の様に変貌していた。
命を落とした民達や怪我を負った民達が至る所に倒れ込んでいて、その光景は絶望でしか無かった。
「何が……起きたの……?」
黒色のテラを纏ったヒナは、セルケトの爆発を耐え、無事だった。隣に居たフューズも黒色のテラに守られ、九死に一生を得ていた。
「――僕の魔法を受けて無傷とは……ムカつくね。つまり、お前が黒のテラの所有者」
「貴方は……」
「僕は、『大罪騎士団』『憤怒』を司る、セルケト・ランイース。お前をぶっ殺しに来た者だよ」
被っていたフードを取り、セルケトは悪戯な笑みを浮かべる。八重歯がチラつき、鋭い目付きでヒナを見つめていた。
「『大罪騎士団』……タクトの言っていた組織ね……」
「ヒナ、あの者と知り合いなのか? ヒナを殺すなどといっているが……」
「お父さんには言ってなかったけど、お母さんの黒のテラが、私に宿ったの。この間のシドラス帝国での一件の時にね」
「ユリナのか……?」
「うん。それで、あの人はその黒のテラを狙ってるの」
すると、セルケトの隣の空間が突然と歪み出し、その中から一人の男性が現れた。
「――うわ、派手にやってんじゃん、セルケト」
現れた男性は、『大罪騎士団』のメンバー、『怠惰』を司る、ファルフィール・オルルカス。
黒髪の無造作な髪型で、モデルの様な体型。赤色の瞳をしていて、右目の目尻にホクロがあり、かなりのイケメンだ。
『大罪騎士団』の騎士服を着ていて、首元には黒色のファーが付いている。
「遅いよ、ファルフィール。珍しく動くと思ったら、やっぱり遅刻するんだね」
「んあ? そもそも動きたくねぇんだよ、俺は。んで、黒のテラの所有者は居たのかよ」
「居たよ」
セルケトが視線を向ける方向に、ファルフィールも視線を向ける。
「はぁ? こいつが黒のテラの所有者? ガキじゃねぇか」
「私をガキ呼ばわりしないでくれる? これでも二十歳だから」
「嘘だろ……俺より歳上じゃん。もうちょい面に人生刻んだ方がいいんじゃね? どう見てもガキにしか見えねぇわ」
すると、ファルフィールとセルケトの元に、マッドフッド国グランディア騎士団の団員達が集まり、三十名程で取り囲む。
「何者だ、お前達!!」
「チッ、めんどくせぇな……グランディア騎士団ってなかなか強い騎士団だったよな。マジでめんどくせぇわ」
「お前達二人を拘束する!! 大人しくしろ!!」
団員達が一斉に剣を抜いて、そう言葉にすると、ファルフィールは面倒臭さそうに頭を掻きながら、
「俺さ、服も汚したくないし、むしろ動きたくないし、お前ら全員失せてくれない?」
そう言うと、ファルフィールは手を翳して、ゆっくりと団員達をなぞる様に手を動かす。
その瞬間、突然として団員達は何かに斬られたかの様に、次々に血を吹き出しながら倒れていく。
「ぐあぁぁ!?」
何が起きたのかも分からないまま、ファルフィールとセルケトを囲んでいた三十名程のグランディア騎士団の団員達は、一瞬にして全滅する。
「あー、疲れた。今ので結構疲れたわ。後は任した、セルケト」
「珍しく動いたと思ったら、もう交代? まぁ、僕に任せてくれるなら、それはそれでいいんだけどさ」
一瞬の出来事の光景を目にしたヒナは、恐怖のあまり震えていた。自分の命は、ここで終わってしまうと思ってしまう程の恐怖が、ヒナを襲っていた。
そんなヒナに追い打ちを掛ける様に、セルケトが溶岩で作った剣を持ち、ヒナの元へと走り出す。
「お前も、こいつらと同じ様に死ね!!」
「ヒナ!!」
ヒナを庇う様に、フューズがヒナの前に移動する。セルケトの溶岩の剣が、フューズの体を捉え様とした瞬間、突然何者かが間に割り込み、セルケトの溶岩の剣を防いだ。
「――遅くなりました、早くお逃げ下さい!!」
その者は、両端に刃が付いた剣、双刃の剣でセルケトの溶岩の剣を防ぎ、セルケトを弾き飛ばす。
「いきなり誰? 割って入って来るとか……ムカつく……!!」
「俺は、グランディア騎士団第一部隊隊長リューズベルト・ラズウェル。何者かは知らないが、マッドフッド国を襲って何が目的だ?」
グランディア騎士団第一部隊隊長リューズベルト・ラズウェル。赤髪と金髪のツートンカラーで、茶色の瞳をしていて、薄茶色の軍服の様な騎士服を着ている。
細身でスタイルは良く、背丈は180センチ程で、二十二歳の男性だ。
「あの人達は、私の黒のテラを狙ってるの」
「ヒナ様の黒のテラ……? 成る程、それでこの国を襲って来た訳か」
「ごめんなさい……私がこの国に居たから……罪の無い民達が犠牲に……」
「謝らないで下さい。ヒナ様は何も悪くありませんよ。全ては、襲って来たあの者達が悪いんです」
リューズベルトの励ましも、ヒナにはあまり効果が無く、民達やグランディア騎士団の団員達の死体を見ると、息が出来ない程苦しくなる。
「つうか、俺らの目的はさ、そこのガキだけだからさ、お前はさっさと退いてくれる? 邪魔なんだわ」
ファルフィールがそう言うと、セルケトが突然手を翳し、地面が砕けて大きな岩石となり、それに溶岩を纏わせてヒナの方へと放つ。
リューズベルトは、ヒナを守る様に立ち、双刃の剣を構える。すると、
「だから退けって言ってんじゃん」
ファルフィールがリューズベルトに向けて手を翳し、ゆっくりと横に手を振ると、リューズベルトは何かに殴られたかの様に、突然として吹き飛んでいく。
「ぐっ!?」
地面を勢いよく転がり、体勢を整えて顔を上げると、溶岩を纏った岩石は、ヒナとフューズの元へと真っ直ぐに飛んでいた。
「ヒナ様!! フューズ様!!」
ヒナはせめてもの対抗で、手を翳す。すると、溶岩を纏った岩石は一瞬にして灰と化し、風に飛ばされて散っていく。
「灰になった……? 僕の魔法を、灰にした……?」
「ヒナがやったのか……?」
「実戦で使うのは初めてだけど、何となくコツは分かったわ。私も、怯えてるだけじゃ駄目なの。お母さんの様に強くいなきゃ駄目なの。ここからは、私が戦う!! この件の後始末は私がつける!!」
そう言って勇敢に佇むヒナの背を見たフューズは、その背に妻である友理奈の姿を重ねていた。
友理奈の様に、友理奈が願った通りに、強く逞しく育った娘を見ていると、涙が溢れてくる。
だが、その逆に心配にもなっていた。こうして、命を狙われているとなると、父親としては心配になるのも当然だ。
「へぇ、それがお前の黒のテラの能力か。どういう原理かは分からねぇけど、灰に出来るって結構厄介だよな」
「ヒナ様、俺も一緒に戦います!! グランディア騎士団の誇りに賭けて、ヒナ様とこの国を守ります!!」
「――それは、俺達も同じだ!!」
突然誰かの声が聞こえると、リューズベルトの元に四人のグランディア騎士団の者が現れた。
「お前ら誰?」
「俺は、グランディア騎士団第二部隊隊長クザン・エディード。グランディア騎士団としての誇りは、俺達も持っている。リューズベルト一人で背負う事は無い」
グランディア騎士団第二部隊隊長クザン・エディード。水色の髪色でストレートロングヘアー。筋肉質な体で、頬に大きな傷がある。背丈は185センチ程で、黄色の瞳をしている。年齢は、二十六歳。
「私は、グランディア騎士団第三部隊隊長ラシャナ・ユニファース。街をこんなに破壊した事、後悔させてあげます」
グランディア騎士団第三部隊隊長ラシャナ・ユニファース。銀髪で肩上までの長さのショートボブで、ハーフアップの髪型。
背丈は160センチ程で、紫色の瞳をしている。スタイルも良く、胸もあり、タレ目で美しい女性だ。
スカートタイプの軍服の様な騎士服を着ていて、首元には赤色の長いマフラーを巻いていて、真っ黒なタイツを履いている。年齢は、二十歳。
「うちは、グランディア騎士団第四部隊隊長シュリ・ラバード。リューズベルト先輩だけに任せて置けないから、仕方なくうちもやってあげるよ」
グランディア騎士団第四部隊隊長シュリ・ラバード。橙色の髪色で胸上辺りの長さ。右側部分だけを結んだサイドアップの髪型。
碧眼のつり目で、可愛らしい女性。胸は余りないが、華奢な体で白くて細い脚をしている。スカートタイプの軍服の様な騎士服を着ていて、黒色のニーハイソックスを履いている。
背丈は155センチ程で、年齢は十五歳という若さだ。
「わしは、グランディア騎士団第五部隊隊長ガイエン・シュヴァルツ。未来を担っていく筈の若造が、この様な真似を……これだから、最近の若造は困る」
グランディア騎士団第五部隊隊長ガイエン・シュヴァルツ。黒髪のショートヘアだが、左側部分に白色のメッシュが入っている。
鼠色の瞳をしていて、強面な老人だ。背丈は178センチ程で、軍服の様な騎士服に、真っ黒なマントを付けている。年齢は、五十六歳。
ファルフィールとセルケトの前に、世界でも有名なマッドフッド国のグランディア騎士団の隊長格が、ヴァリを除いて全員が揃った。
「んだよ、隊長格かよ。しかも五人……めんどくせぇ」
「気を付けろ皆、あの黒髪の方の男の能力はかなり厄介だ。目に見えない不可視の攻撃をしてくる」
リューズベルトからの説明を聞いて、ラシャナが余裕の笑みを浮かべながら、
「不可視……ですか。その様な特異な能力者と戦えるなんて、気持ちが昂ぶりますね」
「油断は禁物ぞ、ラシャナ。その様な傲りが、死へと繋がる。未来を担う若造が、その様な事で命を落とすでない」
ガイエンの説教じみた言葉を聞いたシュリが、頭の後ろで手を組んで会話に割って入る。
「未来未来うっさいんだよね、クソジジィ。何でもかんでも若造若造って、これだから老人はって感じ。ラシャナ先輩は傲りが原因で死んだりしないし、てかうちらが居るんだから大丈夫でしょ」
「シュリ、その様な言葉遣いを使ってはいけない。女の子が老人に対してクソジジィなど、ガイエンさんが可哀想だぞ。ガイエンさんはクソジジィじゃ無い。クソジジィがこうして元気に隊長を務める事もなかなか出来ないんだぞ? だから、ガイエンさんはクソジジィじゃ無いんだ」
シュリに注意したクザンに対して、ガイエンが悲しそうな表情をしながら、
「クザン、あまりクソジジィを連呼しないで頂きたい」
「楽しそうに話してる所悪いけどさ、俺らはあんたらの相手してる暇がねぇんだわ。だからさ、死んでくれる?」
ファルフィールはそう言って、手を翳す。すると、目に見えない攻撃がリューズベルト達を襲う。だがその瞬間、
「あ?」
突然リューズベルト達の前に、象形文字の様なものが卍の形をして浮かび上がり、中心から捻れていくと、ゆっくりと消えていく。
「クソジジィなどと、わしを馬鹿にする割には、こういう時はわしに頼るのだな」
「別に、頼んだ覚えは無いですよ? ガイエンが勝手にしただけであって、勘違いしないで下さい」
ラシャナの言葉に、再び悲しみの表情を見せるガイエン。どうやら、ファルフィールの攻撃を消したのは、ガイエンの魔法の様だ。
だが、こうも歳下の者に虚仮に扱われているとなると、少し可哀想にもなってくる。
「しかし、本当に不可視とはな。どういう仕組みかは分からんが、あの者はガイエンさんが担当した方が良さそうだな」
「担当とかそんな舐め腐った事、言わないでくれるかな……!!」
セルケトがリューズベルト達の方へと走り出す。すると、ガイエンが一歩前に歩み出る。
「昔からわしは、そういう扱いを受けてきた……馴れておる……」
セルケトが溶岩の剣をガイエンに向けて振り翳すと、触れる瞬間に再び、卍の形をした象形文字が溶岩の剣を防ぐ。
すると、卍の形の中心から空間が捻れ始める。
「空間が……!?」
溶岩の剣が中心の捻れの中に吸い込まれていく。セルケトはとっさに溶岩の剣を離し、ガイエンから距離を取る。
「僕の剣を空間に飛ばした?」
「左様、わしの防御魔法は少し特殊でね」
「それが防御魔法? 確かに特殊だね……ムカつく」
セルケトが苛立ちを見せ、ガイエンを睨み付けた瞬間、背後に突然ラシャナが移動し、背中に手を当てがう。
「グランディア騎士団を相手に、二人で攻めて来たのは誤算でしたね。私達を舐め過ぎです」
その瞬間、砂が地面から溢れる様に吹き出し、セルケトを包み込む。ドーム型に砂が集まり、空気すら入る隙が無い。
「これで貴方は出てこれません。私の砂は鉄よりも硬いですから」
「おいおい、隙を見せてんじゃねぇよ、セルケト。ったく、出てこれないんじゃ、俺がやらなきゃなんねぇじゃねぇかよ……めんどくせぇな」
「後はお前だけだ」
クザンはそう言うと、拳を構える。リューズベルト、ラシャナ、シュリ、ガイエンもクザンの横に並び立ち、ファルフィールと睨み合う。
「私も戦う!!」
ヒナもファルフィールの方に視線を向けて、そう言葉にした。ファルフィールは面倒臭そうに頭を掻き毟ると、アンニュイな目付きで、リューズベルト達を睨みながら、
「チッ……あー、本当に怠い。勤勉な奴ら見てると、腹が立ってくるわ。こりゃ、ハルの野郎に何か褒美を貰わねぇと割りに合わねぇな……」
――ファルフィールは、地面にヒビが入る程の殺気を放ち、グランディア騎士団とヒナとの激戦が始まろうとしていた。




