第94話 『宣戦布告』
王都と副都の間にある、シルハス高原を歩いていたウィルの元に、『大罪騎士団』のメンバーである、『傲慢』を司る、ヴァルキリア・シンフェルドと、『憂鬱』を司る、ウルテシア・ヴァルディが訪れていた。
目的は、ウィルの『封印』の黒のテラだ。ヴァルキリアとウルテシアは、只ならぬ殺気を放ちながら、ウィルを見つめていた。
「世界を終焉へと導く為に、黒のテラを狙っている……という事か」
「まぁ、正解だね。久々に戦うから、ちょっと気合いが入ってるんだよね私。ウルテシアお姉ちゃんは相変わらず、やる気が無いみたいだけどね」
「だって……動くのも……鬱陶……しい……から……」
小さく、か細い声で話すウルテシア。紫色の瞳で、アンニュイな目つきで見つめられると、どこか引き寄せられてしまう感覚だった。
「ウルテシアお姉ちゃんは、『憂鬱』じゃ無くて、『怠惰』でも良かったね。ファルフィールお兄ちゃんは、何もしなさ過ぎて居ない様なものだからね」
「はぁ……早く……殺して……帰ろ……?」
「じゃあ、先ずはウルテシアお姉ちゃんからやっていいよ。私はその間、準備運動でもして置くから」
そう言うと、ヴァルキリアは体をほぐし始める。すると、ウルテシアの目の前に、地面から真っ黒な人間の様な形をした生物が出てくる。
顔のパーツも何も無く、只の真っ黒な物体だ。その見た目は、非常に気持ちが悪く、異質を放っていた。
「『憂鬱』と『傲慢』の能力……タクトさんへの情報のお土産となりますかな」
ウィルは腰に携える剣を抜き、真っ黒な生物の元へと走り出す。すると、真っ黒な生物は四つん這いになり、身構えた。
ウィルが真っ黒な生物を斜めに一刀両断する。だが、切断された筈の体は、徐々にくっ付いていく。
「なっ!?」
すると、真っ黒な生物は大きな口を開く。牙がズラッと並び、涎が垂れていた。
目や鼻は無く、口だけが顔にあり、気持ち悪さは倍増していた。
「魔獣では、無さそうですな。しかし、テラそのものという訳でも無いか……」
真っ黒な生物が腕を振ると、その腕はゴムの様に伸び、先が鎌の形をした刃の様に変形する。
ウィルはすかさず半歩後ろへと下り、真っ黒な生物の腕を避けるが、ウィルの背後から、もう一体の真っ黒な生物が現れ、鎌の形をした腕を振るう。
「二体目……!!」
ウィルは全身から黒いテラを放出すると、鎌の形をした腕が触れた瞬間、弾き返す。
「黒のテラ特有の、テラの自動防御……これが無ければ、私は斬られていたな……」
「早く……殺されて……鬱陶……しい……」
「一つ、聞きたい事がある。黒のテラの所有者をどうやって見つけているのかを教えて頂きたいんだが」
ウィルからの質問に、準備運動を終えたヴァルキリアが答えた。
「それは簡単な事だよ、お爺さん。黒のテラを感知しているだけだよ」
「感知? ならば、他に誰が所有しているのかも既に……」
「うん、知ってる」
その言葉に、ウィルは恐怖した。既に敵には黒のテラの所有者がバレてしまっている。
つまり、自分以外にもこうして、『大罪騎士団』のメンバーに襲撃される可能性があるという事だ。
「ならば尚更、この場で『大罪騎士団』のメンバーを減らして置きたい所ですな」
「言うね、お爺さん。私とウルテシアお姉ちゃんに勝てるとでも思ってるの? 笑っちゃうね」
すると、ヴァルキリアは足にピンク色のテラを纏わせると、一気にウィルの元へと詰め寄る。
「っ!?」
ヴァルキリアが鎌を振りかざすが、ウィルを纏う黒色のテラが鎌を弾く。だが、ヴァルキリアの力も強く、反発し合ってウィルも吹き飛ばされていく。
ウィルは地面を勢い良く転がり、体勢を整えてヴァルキリアを睨む。
「その武器……神器グラーシーザ。まさか、神器を扱う者と戦えるとは、光栄ですな」
ヴァルキリアの持つ、神器グラーシーザは、真っ白な大きな鎌で紫色の宝玉の様な物が埋め込まれている幻想的な大鎌だ。
更に、神器グラーシーザの特異な能力は、無限射程。斬撃を最大でも自身の真後ろまで放つ事が出来る、言葉通りの無限射程だ。その上、斬撃が対象者まで届くその速さは光速を超える。
「ここからは、私も参加して二対一になっちゃうけど、悪く思わないでね? それだけ、黒のテラも厄介だって思ってあげてるんだからね……!!」
ヴァルキリアがその場で鎌を振りかざすと、目にも止まらぬ速さで、斬撃がウィルを纏う黒色のテラと交じり合う。
その衝撃でウィルは、後ろへと吹き飛ぶが、足に力を入れて勢いを止め、剣で斬撃を横に弾く。
斬撃は森の中を切り刻みながら進んで行き、やがて消えていく。
「神器グラーシーザ……これ程とは……」
「流石は黒のテラだね。まぁまぁな力で放った斬撃なのに、無傷とは参っちゃうね」
「貴方こそ、その身なりでこの力……驚かされてばかりだ」
その時、突然ウィルの背後から、真っ黒な生物が人を丸呑みに出来る程の大きな口を開けて、襲いかかる。
「油断は禁物ですな……!!」
ウィルは一歩横に移動して、真っ黒な生物を避けるが、真っ黒な生物は着地した瞬間に尾をウィルに向けて振りかざす。
ウィルもすかさず、剣で尾を受け止めるが、その尾は剣に巻き付いていき、ウィルの体までも巻き付こうとする。
ウィルは手から剣を離し、真っ黒な生物から距離を取る。
「武器を失ってしまったか……相手に見せる最大の隙……恐らく、ここを狙ってくる!!」
ウィルはそう言うと、手に黒のテラで作った剣、黒刀を作り出し、後ろへと振り返って黒刀を突き出す。
すると、黒刀は背後から迫っていた二体目となる真っ黒な生物の顔を突き刺していた。その瞬間、真っ黒な生物は破裂する様に消えていく。
「黒刀の能力が通用するとなると、やはりこの生物は貴方の魔法という事ですな」
ウィルがそう言って、ウルテシアの方を見やると、ウルテシアは不敵な笑みを浮かべて、ウィルを見つめていた。
「貴方の……存在が……鬱陶……しい……貴方を……見ていると……気分が……晴れない……」
「折角、美しい女性ですのに、勿体無いですな」
すると、突然ウィルの背後にヴァルキリアが現れ、鎌を振りかざす。
「随分と余裕見せるね、お爺さん!!」
ウィルはそのまま避ける素ぶりを見せる事無く、全身に纏う黒色のテラで、ヴァルキリアの鎌を防ぐ。
「私も、貴方達に負ける訳にはいかないんでね。長年培ってきた技術を舐めないで頂きたい」
「黒のテラに頼ってる時点で、終わりだよね。その力に頼っちゃ己の力が衰えるだけだよ」
「それは、黒のテラのみを使っている場合の話だ」
ウィルの言葉に、ヴァルキリアが首を傾げた瞬間、突然黒色の斬撃がヴァルキリアを襲う。だが、間一髪、鎌で防いで弾く。
「今のは……風のテラ?」
「左様。私は、元々宿していた風のテラと黒のテラを融合して使う事が出来る。衰えるどころか、風のテラは黒のテラの効力を持ち、威力も倍増している。これでも、貴方は意見を言い通す気ですかな?」
「黒のテラの使い道ってのは色々あるんだね。そりゃ、世界を簡単に終焉へと導ける筈だよね。でも、だからといって黒のテラが最強とは限らないよ?」
ヴァルキリアが悪戯な笑顔を見せると、突然地面に半径十メートル程の紫色の魔法陣が浮かび上がる。
「これは……」
「――私の……憂鬱を……晴らして……?」
ゆっくりと低い声でそう言葉にしたウルテシアに対して、先程まで全く感じなかった悍ましい殺気を感じ、ウィルはウルテシアの方へと視線を向ける。
「貴方は……」
ウルテシアが手を翳すと、ヴァルキリアが突然としてその場から距離を取り始めた。
その瞬間、半径十メートル程の紫色の魔法陣が白く光り出した瞬間、紫色の爆炎が魔法陣から噴き上がる。
空高く円形の形のまま、噴き上がる爆炎の周りに雲が集まり、月を覆う。
そして、徐々に爆炎が消えていくと、浮かび上がっていた魔法陣の場所にズッポリと大きな穴が空いていた。
ウルテシアの立っている地面と、爆炎を黒色のテラで何とか防いだウィルの立っている地面だけはそのまま残り、他の部分は地面深くまで穴が開いていて、側面には所々に赤く光って熱が篭っていた。
「ハァ……ハァ……今のは、危なかった……」
黒色のテラで何とか防いだものの、かなりの体内テラを消費した為か、ウィルの体は限界に近付いていた。
すると、夜空を覆った雲から、少量の雨が降り出す。爆炎により、雨雲が発達し、雨を降らせたのだ。
「折角……憂鬱を……晴らそうと……思ったのに……まだ……生きてる……鬱陶……しい……」
「この魔法……闇のテラ……ですな? しかし、これ程の威力は見た事が無い……これだけのテラ量を使っても尚、平然と立っているとは……恐ろしいですな……」
「――うわ、まだ生きてたの!? これを喰らって、よく生きていられたね」
ウィルの背後からヴァルキリアの声が聞こえてくる。ヴァルキリアは、爆炎が上がる寸前に魔法陣から出て、回避していた。
ズッポリと穴が空いた地面を覗き込み、その威力に感心しながらウルテシアを見つめ、
「やっぱ凄いね、ウルテシアお姉ちゃん。こんな魔法、防げるの黒のテラくらいだよね。『大罪騎士団』の序列で言えば、私の次に強いかな?」
「ヴァルキリアは……直ぐに……順番を……付けるよね……そこが……悪い……所……」
「何事にも、序列ってのは大事なんだよ。国だって、簡単に言えば序列があるんだから。一番が国王で二番が国王の周りに居る人達とかね。それより、お爺さん。流石にしぶといから、早く死んでよ」
「この様な老軀……放っておいても、時期に死ぬが……私には私なりの最期ってのがありましてな……」
ウィルがそう言うと、突然ウィルの周りに球体型に黒色のテラが混じった竜巻が吹き荒れる。
穴の空いた地面よりも遥かに規模が大きく、辺りの木々を切り倒していく。
ヴァルキリアとウルテシアもどんどんと膨らんでくる球体型の竜巻から距離を取る。
「お爺さんの魔法も凄いね」
「お褒めの言葉、有難き事」
「――!!」
ヴァルキリアが後ろに下がりながら距離を取っていると、その背後にウィルが回り込み、黒刀を振るう。
ヴァルキリアはすかさず、鎌を振りかざして黒刀を受け止める。だが、その背後からは先程の球体型の竜巻がどんどんと迫ってくる。
「まさか、自分ごと喰らう気なの?」
「己の魔法で死ぬなど、滅相もありませんな」
交じり合う黒刀から風の斬撃を放ち、ヴァルキリアは鎌で斬撃を防いだまま、後方へと吹き飛ばされる。
風力により、宙に浮いたヴァルキリアに為す術は無く、球体型の竜巻の方へと、飛ばされていく。
「仕方ないね、これは……」
ヴァルキリアはそのまま、球体型の竜巻の中へと吹き飛ばされてしまう。
「その竜巻の中は、全方向から私が竜巻を消すまで、永遠と斬り刻まれる……流石の神器でも防ぐ暇などありませんな」
すると、今度はウルテシアが避けていった方へと走り出すウィル。ウルテシアは、地面から真っ黒な生物を二体、出現させて竜巻の動きを止めようとしていたが、真っ黒な生物が竜巻に触れた瞬間、シュレッダーにかけた紙の様に、散り散りになっていく。
「はぁ……鬱陶……しい……」
「貴方も、これで終わりですな!!」
ウルテシアの背後に回り込んだウィルは、黒刀を振りかざし、ヴァルキリアの時と同じ様に斬撃を放つ。
斬撃がウルテシアに近付いた瞬間、ウルテシアを囲っていた透明な結界に触れ、斬撃は弾ける様に消えていく。
「斬撃が消えた……それに、今の消え方は……」
「鬱陶……しくて……鬱陶……しくて……貴方が……憎い……」
アンニュイな目付きで、ウィルをまじまじと見つめるウルテシア。その目を見ていると、一瞬時が止まったかの様に感じたウィル。だが、すぐさま我に返り、
「あまり、貴方と目を合わせない方がいいみたいですな。それから、貴方を囲う結界……黒のテラで出来てますな?」
ウルテシアを囲う透明な結界は、黒のテラによって作られたものだと、ウィルは見抜いた。
ウィルが放った斬撃が、弾ける様に消えたのを見て、黒のテラ特有の、魔法の無効化だと分かったのだ。
「貴方も、黒のテラの所有者という事ですかな?」
「はぁ……また……あの人に……怒られる……鬱陶……しい……でも……気分が……晴れるなら……」
ウルテシアはそう言葉にして、最後にウィルに向かって、不敵に微笑むと、球体型の竜巻の中に巻き込まれていく。
「ともあれ、『大罪騎士団』のメンバーを倒せた事は、良しとしますかな。能力がイマイチ分からなかったが……」
ウィルはそう言うと、黒刀を横にゆっくりと振るうと、球体型の竜巻が消えていく。
「――なっ……!?」
すると、球体型の竜巻が消えた場所に、ヴァルキリアとウルテシアが平然と立ち尽くしていた。
ヴァルキリアの瞳は、ピンク色に光っていて、球体型の竜巻の中に居た筈なのに、全身無傷だった。
その隣に立っているウルテシアの透明な結界にヒビが入っていて、暫くすると粉々に砕ける。その瞬間、紫色の靄の様なものがウルテシアの周りに溢れてくる。
「ヴァルキリア……その力を……使ってるなら……私の……側に……居ても……大丈夫ね……」
「うん、まさか使わされるとは、思ってなかったけどね」
ウルテシアの周りに溢れる紫色の靄が、草木に触れた瞬間、一瞬にして枯れていく。
「貴方達は一体……」
最早、ウィルは驚く事しか出来なかった。自身最大の魔法を使っても尚、『憂鬱』と『傲慢』は平然としている。
その瞬間、ウィルは勝てるという希望が一切無くなっていた。
「二人共、奥の手を使わされるとはね。お爺さん、やるね。でも、こうなったらお爺さんの勝率はゼロだよ」
「はぁ……久々の……晴れ晴れした……気分……やっぱり……結界が……無いと……気分が……楽……」
紫色の靄は、どんどんと拡大していき、いつの間にかウィルの周りを囲っていた。
靄がウィルに降り掛かると、全身がピリピリと痛む感覚があり、体の芯が熱い様に感じていた。
「この靄……は……」
「苦しい……? 辛い……? もうすぐ……楽に……なる……」
「お爺さん、残念だね。もう少し、お爺さんと楽しみたかったけど、もう終わりだね」
段々と息苦しくなり、視界もボヤけてきていた。全身の血の気も引いていき、顔色が悪くなってくる。
「こ……れは……」
「そろそろ、もう一つの班も任務完了するだろうし、頃合いだね」
「もう……一つ……?」
「お爺さん以外にもね、黒のテラを所有してる人に会いに行ってるんだよね。これは、『大罪騎士団』からの宣戦布告だよ?」
その言葉を聞き届け、ウィルの視界は真っ黒に染まっていく。ゆっくりと下へと落下している様な感覚に、ウィルは自分が死んだのだと理解した。
手を伸ばしても、何も掴めるものは無く、何も無い虚無の空間へと落ちていく。
「すまない……タクトさん……エレナ様……そして、アスナ……」
――倒れ込むウィルを見届けたヴァルキリアとウルテシアの元に、真っ黒なフードを深く被った男性が突然として現れる。
「――片付いたか?」
「あ、ハル兄。片付いたよ」
「ウルテシア、また結界を壊したのか?」
そう言うと、ハルはウルテシアに向けて手を翳す。すると、ウルテシアの周りに透明な結界が張られていく。
「ごめん……なさい……でも……気分は……いい……」
「そうか。だが、あまり結界は壊すな。お前の能力は、味方にも影響するからな」
「そうだよ、ウルテシアお姉ちゃん。私だから大丈夫だったんだからね?」
「こっちが片付いたなら、そろそろ向こうも終わってる頃か」
――マッドフッド国。レンガで出来た路や、美しい外観の建物。ヨーロッパを彷彿とさせる美しい国に、一際目立つ者が一人立っていた。
真っ黒なローブを着て、フードを被っている。周りの行き交う民達も、その不自然な人物を不思議に見ていた。
「その蔑む様な視線……ムカつく……この美しい街並みも、ムカつく……!!」
ブツブツと独り言を言っているのは、『大罪騎士団』のメンバー、『憤怒』を司る、セルケト・ランイースだ。
そして、異質を放って佇むセルケトの前に、マッドフッド国に移住したヒナとフューズが歩いてくる。
「ねぇ、お父さん。あの人、なんか様子がおかしくない?」
「ん? 確かに、不気味だな……」
「僕を不気味扱い……かなりムカつく……!! 滅茶苦茶にしてやる……!! 僕が、お前らを……、――滅茶苦茶にする!!!!」
セルケトが叫んだ瞬間、マッドフッド国全体を照らす程の白い光が、セルケトから放たれる。
その瞬間、マッドフッド国の半分を覆い尽くす程の爆発が起きる。
爆風は人々を吹き飛ばし、街を破壊する。爆炎は全てのものを焼き尽くし、街は火の海と化す。
――『大罪騎士団』による、宣戦布告が始まる。




