第92話 『これからに向けて』
カジュスティン家滅亡の真相を聞かされた卓斗達は、複雑な気持ちになっていた。
その犯人が、若菜の恋人である芹沢春だという事が分かったのだ。
「でも、その春さんって人は、何でカジュスティン家を滅亡なんかさせたんだろ……」
卓斗が疑問に思った事はそこだ。話を聞いている上では、春は正義感が強いというイメージだった。なら何故、その春がクーデターを起こす様な事をしたのか。
「春は言ってたわ。カジュスティン家に自分の探している物がある筈だって」
「カジュスティン家に?」
「それでカジュスティン家王邸を襲撃した……でも、その目当ての物は見当たらなかったみたいなの」
「目当ての物……」
春の探していた物、それが分かれば、もっと奥深い真相が分かるかも知れない。
「エレナ、なんか家にお宝みたいな物あったか?」
「うーん、特には無かったけど……何を探してたんだろ……」
「私は、それの捜索と黒幕の捜索に専念する為に、王都を離れたのよ。でも、手掛かりはまだ一切……」
若菜の捜索は難航していて、情報も何もかもが、まだゼロの状態だった。それでも、若菜は情報集めを辞める訳にはいかなかった。
すると、話を聞いていたウィルが、徐に口を開いた。
「話を戻しますが、ハルさんが『黒煙』の黒のテラだというのは、確定ですな。それで、ハルさんは今……」
「黒煙と共に消えました。もうこの世には、居ない筈です。ですから、卓斗くんが春の名を言った時に、驚いてしまって」
「ならば、『黒煙』の黒のテラは、既に違う誰かに宿っている、という事になりますな」
黒のテラを宿した者が死ねば、黒のテラはまた別の誰かに宿る。つまり、春が死んだ事により、『黒煙』の黒のテラは春では無い誰かに宿っている。
「なら、俺は『大罪騎士団』の方のハルを調べてみる。もし、若菜さんの言う春さんって人と、同一人物だった場合は、その探し物を聞き出せばいいしな」
「その『大罪騎士団』って、何処に居るかは分かるの?」
エレナの質問に、卓斗は首を横に振った。『大罪騎士団』にアジトというアジトは無く、卓斗が唯一知っている場所も、シフル大迷宮と呼ばれる場所だけだ。
だが、そのシフル大迷宮に赴いて『大罪騎士団』と対面するのは、余りにも危険過ぎる。
何故なら、シフル大迷宮には特殊な魔法が掛かっており、その場に自然テラは一切無く、その場に踏み込んだ者の体内テラも一切使えない状態になってしまうからだ。
もしそこで、『大罪騎士団』と戦闘になった場合、勝率がほぼゼロに等しくなってしまう。
「これと言って、アジトの情報は掴めてねぇ。でも、あいつらは黒のテラやフィオラの秘宝に関する場所に現れる可能性はある」
「それは、黒のテラやフィオラの秘宝を狙ってるからか?」
「その通りだ、悠利。『大罪騎士団』のメンバーの奴と、戦闘になった時の状況を考えてみりゃ、今の所は関係してる。初めて『大罪騎士団』のメンバーに会ったのは、悠利と李衣と再会した日だ。その日は、『憤怒』を司る、セルケト・ランイースが悠利達を襲って来ただろ? よくよく考えれば、その場にウィルさんも居た。黒のテラを宿してるって、セルケトが知ってたと仮定しての話だけど。それから二回目は、グラファス峠で悠利達がセルケトと、『傲慢』を司る、ヴァルキリア・シンフェルドと対峙した時だ。あの場所は、フィオラの秘宝があるかも知れないと言われていた場所だ。そして三回目。ついこの間のシドラス帝国で、『虚飾』を司る、イシュタム・デミウルゴスと『嫉妬』を司る、ルミナ・フォードラスの二人が襲って来た。シドラス帝国には、黒のテラを封印した玉があった」
「確かに関係してると言えば、してるわね。それから、『嫉妬』のルミナって人の名前は偽名よ」
エレナの言葉に卓斗は首を傾げる。何故、エレナがその様な事を知っているのか分からなかった。
「ルミナの本名は、エリナ・カジュスティン。私のお姉様よ」
「なっ!?」
その言葉に、全員が目を丸くして驚いた。エリナと対峙したエレナと三葉だけは知っていたが、卓斗はその様な情報は知らなかった。
「生きてたって事か……?」
「そういう事ね。だから私としても、『大罪騎士団』は放って置けない。お姉様の目を必ず覚まさせる……」
「世界を終焉へと導く力……『大罪騎士団』……是非も無しよの。そんなもの、余が滅する」
話を聞いていたアスナが、静かに闘志を燃やしていた。『戦女神』としての本能が、強い者の存在があるというだけで、自らの力を漲らせる。
「アスナさんがどんだけ強いかってのは、何となく分かりますけど、『大罪騎士団』の連中に油断は禁物ですよ。かなり厄介ですから」
「一人でやると言うのであれば、やらせればよい」
そう言葉にしたのは、サウディグラ帝国の国王であるマハードだ。アスナがマハードを強く睨むと、
「わしは貴殿と手を組むつもりは無いからのう」
「それは余の台詞だ。卿と共闘など願い下げだ」
「あのー……休戦協定結んでるのに、こんなに険悪なんですか……」
国王と国王女の睨み合いに、卓斗達は不安になっていた。一歩間違えれば、戦争が起きてしまうのでは無いかという不安だった。
「休戦協定など、わしは反対じゃ」
「ならば何故、休戦協定を結んだんだ。聊か変な話だな」
「ふん、わしの国以外の五大国が協定を結んで、孤立してしまえば元も子もない。流石のわしでも、五大国を相手に勝てる気はしておらん」
「女々しい男だな」
二人の言い合いに、肝を冷やしながらも卓斗は、二人を宥める。
「アスナさんは、何で直ぐに喧嘩売るんですか!! 一国の王なら器は大きくお願いしますよ」
「卿に怒られる意味合いが分からんな。だが、卿の言葉に乗じて大人しくしてやろう」
「上の人だから何も言えねぇけど、すっげぇ上からだな……それから、マハードさんも協定を結んだ以上は、有効な関係を築いていって下さい。意地になって喧嘩売って、戦争にでもなったら、下の者達が可哀想ですよ」
「この歳になって、若造に説教されるとはな。フィトス、お前はいい友達を持ったの」
卓斗の言葉に、落ち着きを取り戻したアスナとマハード。一国のトップに立つ者を纏めた卓斗に対して、フィトスは感心な目で見つめていた。
「うん、流石は僕が見込んだ男だよ、タクトは。君なら、六大国を纏める事も可能だろうね」
「俺が纏める? 無理無理。そんな器じゃねぇよ、俺は。兎に角、マハードさんもアスナさんも、『大罪騎士団』との戦いの時は、手を貸して欲しいんです。お願いします」
卓斗が深く頭を下げる。すると、マハードとアスナは見つめ合い、再び卓斗の方を見やると、
「聊か不思議だが、卿に言われると仕方が無く思えてくるな」
「アスナ殿と同じ考えとは癪だが、同感じゃの。あくまでもわしは、貴殿に協力するつもりじゃ。フィトスが見込んだ男じゃ、わしも信用出来る」
「なら、良かったです。情報の共有もお願いしたいです。残りの黒のテラを宿した人物や、『大罪騎士団』の情報が分かったら、教えて下さい」
サウディグラ帝国とガガファスローレン国が卓斗達に協力してくれる事は有難い事だった。
「となれば、マッドフッド国とシルヴァルト帝国の協力も得たいな」
卓斗がそう言葉にすると、アスナが徐に口を開いた。
「ならば、卿も余と一緒に来るといい」
「ん? どこにですか?」
「この後、エルヴァスタ皇帝国で六大国の協定会談が行われる。エルザヴェートからの緊急招集でな」
それは、卓斗にとっては願っても無い話だった。六大国の王が集まる場所に行けば、一気に話を聞けるチャンスだ。
「是非、行きたいです!!」
「それは私も賛成ですな。タクトさん達が聞きたい事で、私の知らない事を知っているかもしれない人が居ますからね」
「知っているかもしれない?」
「エルヴァスタ皇帝国の皇帝陛下であるエルザヴェート様は黒のテラやフィオラについては詳しい筈です。それから、ヘルフェス王国の国王様であるウォルグ様は、トワさん達の情報を多く持っている筈です」
「そういえば、エルザヴェートさんなら何か知ってるかも……王都の国王がトワって人達の事が詳しい理由は……?」
「タクトさんが聞きたがっていた、白のテラへの行き着き方は私には分かりません。ですが、エルザヴェート様なら何か知っている筈。それから、ウォルグ様はトワさん達の副都での同期ですから」
ウィルからの情報に、卓斗は驚いた。情報集めが難航とされていたトワやヨウジと、王都の国王であり、エシリアの父親であるウォルグが副都で同期という事は、トワ達の事を詳しく聞ける可能性がある。
こうなれば、この後開催される六大国の協定会談には、何が何でも行きたい卓斗だった。
「アスナさん、連れて行ってくれるんですか?」
「別に構わん。だが、卿等を全員連れて行く訳にはいかん。多くても二人が限界だ」
「二人……」
すると、話を聞いていたエレナが、
「ならあんた一人で行けば? 人数が限られてるんじゃ、後一人を決めるのも大変だし、後からあんたが私達に話してくれたらいいから」
「それもそうだな。なら今回は……」
「――私、行きたいです!!」
卓斗が一人で行く事を決断しようとした瞬間、突然ユニが手を挙げて大きな声でそう言葉にした。
「ユニ!?」
「先輩達が話してるのを聞いてて、興味を持ったっていうか……それに、一度六大国のトップの人達にも会ってみたかったですし、駄目ですか……?」
上目遣いでお願いするユニを前に、卓斗も断りづらかった。可愛い後輩の頼みを無視出来る筈も無く、卓斗はユニの頭を撫でながら、
「じゃあ、お前も一緒に行くか。課外授業の延長って事だな」
「はい!!」
「なら、私達は先に帰るわね。モニカとジュリアを副都まで送ってくる」
エレナと三葉は帰る支度を始め、若菜達も続くように立ち上がる。
「私達も失礼するわ。卓斗くん、何か分かったら教えてね」
「はい。若菜さんと沙羽さんもまた今度!! 悠利もまたな」
「おう。お互い頑張ろうぜ。トワさん達の話、ちゃんと聞かせてくれよ?」
「あぁ」
エレナ、三葉、モニカ、ジュリアはサウディグラ帝国を後にし、副都へと帰って行き、若菜、沙羽、悠利はジャパシスタ騎士団のアジトへと帰って行った。
卓斗とユニはマハードの部屋に残り、これからアスナ達と六大国の協定会談が行われるエルヴァスタ皇帝国へと向かう準備を始める。
「じゃあ、俺達はエルヴァスタ皇帝国に向かいますか。ファトス、久々に会えて良かった、またな」
「何を言うんだい? 僕も六大国協定会談に行くよ」
「は? フィトスも?」
「僕は老師の側近の立場でもあるからね」
「じゃあ、セシファもか?」
「はい」
こうして、卓斗達は六大国協定会談に出席するべく、エルヴァスタ皇帝国へと向かう。
――その頃、王都でも国王であるウォルグがエルヴァスタ皇帝国へと向かう為の準備を始めていた。
「兄上、本当に俺が行かなくていいのか?」
「あぁ、大丈夫だ。経験とこれからの為に、エシリアを連れてく」
エイブリー家の王室でウォルグと、その弟であり側近のウェルズは話していた。
「エシリアをか……まぁ、経験としてはいいと思うが、今回は皇帝陛下からの緊急招集だろう? 内容によっては、エシリアには荷が重いぞ」
「心配は要らないだろ。王妃であるエシリアにも、色んな経験は必要だ。その為に副都に通わせてたってのもあるんだからよ」
すると、王室にウォルグから呼び出されていたエシリアが入って来る。
白いワンピースを着ていて、鼠色のパーカーの様な服を羽織っていた。
桃色の髪色で、副都に居た頃よりも少し髪を切り、胸辺りまでの長さ。髪型はハーフツインテールで、透き通る様な白い肌をしている。
エレナもそうだが、王都の王族の王妃は絶世の美女の名に相応しい程に美しかった。
「準備出来たよ、お父様。もう向かうの?」
「あぁ、そろそろ行くか。六大国協定会談に参加出来るのは貴重な体験だ。しっかりと勉強するようにな」
――エシリアとウォルグがエルヴァスタ皇帝国へと向かう頃、マッドフッド国でも国王女が準備を始めていた。
「えーっと……服装よし、髪型よし……あー、でもなぁ……」
マッドフッド国王室にある全身鏡で身なりを整えているのは、マッドフッド国国王女である、エティア・ヴァルミリアだ。
綺麗な桃色の髪色で腰辺りまでの長さ、毛先が緩くふわっとしていて、前髪はぱっつんにしている。
赤い瞳をしていて、若干のタレ目で美しい顔立ちだ。ふわふわとした見た目の上に、桃色のふわふわしたドレスを着ていて、女の子の中の女の子という印象だ。
直ぐにでも折れてしまいそうな華奢な体で、赤ちゃんの様に柔らかそうな肌、胸やお尻は女子が羨む程に出ていてスタイルは抜群だ。
まだ十九歳という若さで、マッドフッド国のトップに君臨している。そんなエティアは、服をヒラヒラさせたり、髪を何度も整えたりと、鏡の前で既に数十分も立っていた。
「あーもう、どうしよう……!! 六大国の集まりがあるのに……髪型とか何もしなくていいかな……いやでも、結んだ方がいいかな……服の色はこれでいいのかな……いやでも、ピンク色好きだし……」
まるでデートに行く前の女子の様に、エティアは身なりに悩んでいた。そんなエティアに待たされている人物が、痺れを切らして部屋の扉の前から叫んだ。
「まーだースーかー!! 早くしないと遅刻するっスよ」
「あー……!! ごめん、ヴァリ!! 直ぐに行く!!」
待たされていた人物とは、ヴァリ・ルミナスだ。マッドフッド国グランディア騎士団の第六部隊隊長を務め、エティアとは姉妹の様に仲が良く、今回の六大国協定会談にヴァリが付き添いを務める事になっていた。勿論、ティアラも一緒だ。
エティアが急いで扉を開けると、目の前でヴァリが頬を膨らませて待っていた。
「遅いっスよ!! たかが協定会談くらいで、そんなに悩む必要は無いっスよ!!」
「ごめんってばぁ……」
「ほら、早く行くっスよ。後、グランディア騎士団の人達にはちゃんと行ってくるって言ったスか? エティアが急に居なくなると、迷子になったって騒ぐっスから」
「ねぇ、ヴァリ。一つ聞くけど……私が国王女よね?」
エティアは廊下を歩きながら、自分の前を歩くヴァリにそう質問した。
「何を言ってるっスか? 当たり前っスよ」
「だよね……たまに、私が国王女なのか分からなくなる時があるんだよね……」
「それはエティアが、何でもかんでもヴァリの言う事を、はいはい聞くからよ」
ティアラからの言葉に、エティアはショックを受けた表情を見せる。
「えー……だって、ヴァリの言う事を聞いて置けば、国王女としてちゃんとやってけるんだもん……」
「あんた……それ、ヴァリが国王女だって言ってるのと同じよ……」
そんな三人は六大国協定会談が行われる、エルヴァスタ皇帝国へと向かった。そして、シルヴァルト帝国の国王も準備を整えて向かう。
――休戦協定を結ぶ六大国の国王が集まり、会談が行われようとしていた。
卓斗にとっても、色んな国王から話を聞き出せるチャンスとなった。




