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君と見る異世界物語  作者: 北岡卓斗
第三章 『聖騎士団』
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第91話 『カジュスティン家滅亡の真相』


 ジャパシスタ騎士団が結成され、一年が経とうとしていた。若菜と春は飛鳥達とも仲良くなり、ジャパシスタ騎士団の絆はかなり深まっていた。


「飛鳥、若菜、そろそろ行くぞ」


「はーい、ほな行ってくるわ」


 この日、春と飛鳥と若菜は、ある任務へと向かおうとしていた。その任務とは、王都の郊外にある小さな国同士の喧嘩を止めるというものだった。

 王都の街を歩き、正門へと向かっていた三人。その姿は、既に立派な王都の騎士だった。

 本来なら、この三人は十六歳で高校一年生の筈だった。春と若菜に関しては、中学すら経験していない。


「学生生活ってどんな感じなんだろうな……」


「どうしたの? 急にそんな事言い出して」


「いや、普通だったら俺らは、今頃高校生の筈じゃん? 修学旅行とかも経験した事ねぇしさ……どんな感じなんだろって思って」


 それは、卓斗達も同じ事を言っていた。普通だった筈の人生が、一瞬にして変わってしまう。


「んー、うちも中学までしか経験してへんしなぁ。華のJKってのに憧れててんけどな。っていうか、今頃日本に戻った所で、うちらは高校に通えるんかな。普通に考えたら無理やん絶対」


「まぁ、授業に付いていけないだろうしな。俺はこっちでの生活のが、性に合ってるからいいけどさ」



 ――その時、曲がり角で春は誰かとぶつかってしまう。赤い髪の毛が靡き、ぶつかってしまった少女が倒れない様に腕を掴む。


「おっと!! 悪りぃ、大丈夫か?」


「えぇ、大丈夫です。ごめんなさい」


 少女は春に向かって一礼すると、走り去って行く。その後ろ姿を春はずっと見つめていた。それに嫉妬したのか、若菜が春の頬を抓る。


「ちょっと、春。今の子が可愛かったからって見過ぎよ」


「いはいあら、ほほひっはんは(痛いから、頬引っ張んな)」


「さっきの子って、カジュスティン家ん所の子ちゃう? 確かエレナやっけ?」


 飛鳥がそう言うと、若菜も走り去る少女の背中に視線を向ける。


「確かに、言われてみればそうかも知れないわね」


「エイナ様の妹か……そういえば、会った事は無かったな」


 エイナとは国王室で会う機会があり、仲は良かったが、エイナの妹である、エリナとエレナには会った事は無かった。

 美人三姉妹として、王都では有名だったが、実際に会った事のある者は少ない。


「噂通り、かなりの美人やったな。あんなん日本に居ったら、一発でモデルやで」


「一発って何だよ。まぁ確かに、日本人には無い美しさがあるな」


 春がそう言うと、若菜はもう一度頬を抓ねり、歩き出した。


「痛っ!?」


「そんな事より、任務行くわよ」



 ――ヘルフェス王国の郊外にある小さな国。国というよりも、一つの集落の様な場所で、民達が争っていた。

 どこから仕入れて来たのか分からない、剣や槍を持ち、中には魔法使っている民も居た。

 こういう民同士の争いで、魔法が使える者は一番有利だ。


「おー、派手にやってるな」


「呑気な事言うてる場合ちゃうで、春くん。はよ止めるで」


 三人は民達に危害を加えない様に、上手く攻撃を防いだり、躱したりしながら、鎮圧していく。


「ほら、落ち着けって」


「うるせぇ!! 邪魔すんじゃねぇ!!」


 春の言葉を一向に聞かない民達は、三人にもどんどんと攻撃を仕掛けてくる。――その時、



「――っ!?」


 突然、春は激しい頭痛に襲われた。電気が走った様な痛みで、春は頭を押さえながら膝を地面に着く。


「春!! 大丈夫!?」


「くそ……またかよ……」


「春? 治癒魔法掛ける?」


「――――」


 若菜の問い掛けに、何も答えない春。頭を押さえながら俯く春の耳に、若菜の声は届いていなかった。



 ――次の瞬間、春が突然顔を上げると、敵意と憎悪に満ちた殺気が春から溢れてくる。

 その殺気に思わず民達はたじろぎ、若菜と飛鳥もその異変に身構えた。


「春!? どうしたの!?」


「あかん、うちらの声が聞こえてへんみたいや……最近、春くんの様子がおかしくなるん多ない? 若菜ちゃん、何か知らんの?」


「私にも分からない……」


 というのも、春の様子がおかしくなるのは今回の話だけでは無かった。以前にも今回に似た症状を起こし、若菜も心配していた。

 そして、春が手を翳した瞬間、若菜は何かを察し春の元へと走り出す。


「ちょ、若菜ちゃん!?」


「春!! 駄目!!」


 若菜が両手を広げて、春の前に立ち塞がると、春に意識が戻り始める。



「――若菜……?」


「春……今何をしようとしたの? それだけは絶対にしては駄目よ……」


 若菜には分かっていた。春が今しようとしていた事を。それは、かつて魔王獣グザファンを消し去った事のある魔法だ。

 それに似た感覚を感じた若菜は、こうして立ち塞がり、止めたのだ。もし、ここでその魔法を使ってしまえば、ここに居る民達全員はグザファンの様に消し去っていたであろう。

 もしそうなれば、春は当然罪人となる。騎士団に属さない一般の民を殺す事は、日本と同じで犯罪として、扱われていた。


「俺は一体……」


「春くん、覚えてへんの? まぁ、お陰で民達はビビって逃げて行ってるけど……」


 若菜と飛鳥でさえ、身構えてしまう程の殺気を、民達に耐えられる筈が無く逃げ惑っていた。

 どういう結果であれ、争いは鎮圧する事が出来たが、若菜達には不安が残る結果となった。



 ――それからというもの、度々春に異変が起きていた。突然殺気を放ち、目の前に存在する全てのものを消そうとする。

 そんな状態の春を見て、若菜は胸が苦しかった。まるで別人の様に変わる原因も何も分からない。


「春……もう戦わない方がいいんじゃ無い? そうすれば、症状も出ないと思うわ」


「春さん、僕は若菜さんの意見に賛成です」


 若菜の言葉に賛同したのは慶吾だ。慶吾も、春の苦しむ姿を見ていられなかったのだ。

 それは慶吾だけで無く、沙羽も飛鳥達も、皆が同じ事を思っていた。だが、それでも春は、


「そんな訳にはいかねぇよ。俺なら大丈夫だから」


 皆の言葉を聞かずに、春は戦う事を辞めない。だが、症状は出る時、出ない時とあり、若菜達も毎回気を抜けない状態だった。


 そして、ある日から毎晩、春の姿はジャパシスタ騎士団のアジトに無かった。


「今日も春居ない?」


「そやなぁ。そう言えば、見てへんな」


「毎晩何処に行ってるのよ……」


 深夜になると帰ってきて、朝には普通に皆と接している。だが、毎晩何処に行っているのかは決して話さなかった。



 ――そしてこの日もまた、春の姿は無く、心配になった若菜は春が帰ってくるまで待つ事にした。

 世界が寝静まった深夜になると、アジトの扉が開く音が聞こえる。


「春?」


 若菜が入り口の方へと歩いて行くと、そこには血だらけの春の姿があった。


「春!? どうしたの!?」


「若菜……起きてたのかよ……」


「何があったの!? ちゃんと説明して!!」


 だが、春は首を横に振り、ソファにグッタリと座り込む。その隣に若菜も座り、心配そうに春を見つめる。


「心配すんな……ちょっと修行してて転んだだけだよ……」


「そんなの、嘘よ……何で隠すの? 私にも言えない事なの?」


「馬鹿……お前に隠し事なんてねぇよ……だから、心配すんな……」


 若菜は春に治癒魔法を掛け、静かに頷いたが、心配なのは当たり前だ。付き合っている彼が血まみれで帰宅するなど、心配しない彼女はほぼ居ないだろう。



 ――それから数日後、今夜も春は何処かへと出掛ける為に、アジトを後にする。若菜は駄目と分かっていても、心配と不安には勝てず、春の後を追い、尾行する事にした。

 春は真っ黒なローブを羽織り、フードを被って森の中を走る。その後を、バレない様に若菜は付いて行く。

 だが、春の移動スピードに追いつけず、見失ってしまった。


「ハァ……!! ハァ……!! 春……!!」


 すると、森を抜けた所から、爆炎が上がるのが見えた。若菜は直ぐにその場へと向かう。

 すると、若菜の目に映った光景とは、背中から真っ黒な羽を生やした春が、ある一行を襲撃していたのだ。

 無防備な老人や、その付き人を次々に斬り殺し、相手の魔法をいとも簡単に防いで、圧倒的な強さを見せていた。


「春……!?」


 若菜はその恐ろしい光景に、足が竦んでその場に座り込んでしまう。声を掛けようにも、恐怖で声が出ず、ただ震えながらその光景を見ていた。

 すると、春が突然若菜の方へと振り向き、今まで見た事の無い殺意の篭った目で睨まれ、若菜はそこで意識を失ってしまう。



 ――若菜が気がつくと、アジトのソファで寝ていた。時刻は既に昼前で、相当寝込んでいた様だ。

 若菜は上体を起こすと、昨晩の光景が脳裏に流れる。春であり、春でない様な感覚で、経験のした事が無い恐怖心を抱いていた。



「――やっと起きたん? 死んだ様にずっと寝てるから、皆心配してたで」


 若菜に声を掛けたのは結海だ。今アジトには、結海と若菜の二人だけだった。


「私……なんでここに……結海、他の皆は?」


「飛鳥達は任務に行ってるで」


「春も?」


「いや、芹沢くんは見てへんなぁ。飛鳥らが出る時には、もういーひんかったし」


 脳裏に焼き付いた昨晩の光景を、確かめたい気持ちもあったが、怖いという気持ちもあった。

 望まない答えが頭に思い浮かび、その結果を考えると確かめたくても、確かめられない。

 すると、ジャパシスタ騎士団のアジトの入り口の扉を、慌ただしく叩いて、誰かが訪れた。



「――お嬢!! 居るか!!」


「この声……ジョン?」


 若菜が入り口へと向かい扉を開けると、走って来たのか息を切らしたジョンが立っていた。


「ジョン、どうかしたの?」


「大変だ、お嬢!! 直ぐに国王室に集まってくれ!! 隊長と副隊長は緊急招集だ!!」


「緊急招集……」


 その言葉に、若菜は妙に嫌な予感を感じていた。昨晩の出来事から翌日に緊急招集となると、偶然な気がしないでいた。


「ハルは居ねぇのか?」


「春は、今は居ないみたいなの。何処かに出掛けてるみたいで」


「そうか。なら、ハルは後でもいい。取り敢えず、国王室に行くぞ!!」


 ジョンの口振りからすると、緊急招集と昨晩の出来事の関係性は見えなかった。

 少し安堵しつつも、若菜はジョンと共に国王室へと向かった。

 国王室に入ると、既に聖騎士団の各隊の隊長、副隊長は集まっており、総隊長であるグレコの姿もあった。


「やっと来たか。ハルの姿が無いが?」


「ハルはどっかに出掛けてるみてぇだ。取り敢えず、お嬢だけでも連れて来た」


「そうか。では、春には後で伝えるとして、国王様から話がある」


 グレコがそう言うと、国王であるジュディは神妙な面持ちで口を開いた。


「急に集まって貰って申し訳ない。昨晩の事件に付いて、話して置きたい事がある」


 ジュディからの、「昨晩」という言葉を聞いて、若菜はドキッとしていた。


「昨晩、レヴィア高原で、ある一行が何者かに襲われ殺されていた」


「国王様、それだけの話で俺達は集められたんですか?」


 国王にそう話したのは、聖騎士団第三部隊隊長のウルド・ロイレイだ。


「ちょっと隊長、何歯向かってるの……!!」


 そんなウルドの服を引っ張って注意したのは、第三部隊副隊長のシラ・フルークスだ。


「あー、いや。歯向かうとかじゃ無くてですね。そういった類の話だと、盗賊に襲われただとか、よくある話じゃ無いですか。わざわざ全員が集まってする話なのかと、ふと思いまして」


「確かにウルドの言う通り、それだけの話では全員を緊急で集める必要は無い。一つの隊を現場に向かわせるだけで済む話だからな。だが、今回は隊長、副隊長が全員集まり、この話をしたという事は、非常事態だという事だ」


「非常事態?」


「その殺された一行というのは、カジュスティン家の重役達だ。他国との会合を終え、王都へ帰宅していた途中の事だった」


 ジュディからの言葉に、全員は目を丸くして驚いた。王族の人間が何者かに殺されたというのは、王都としても聖騎士団としても放っておける事案では無くなる。

 ましてや、現国王のジュディがカジュスティン家の人間なだけに、事態は大変なものだった。


「これは、カジュスティン家に対するクーデターと考えている。つまり、王都に対するクーデターという事になる。もし殺した者が、他国の人間だった場合、――戦争が起きるぞ」


 その言葉に、国王室はピリついていた。王族の人間が他国の者に殺される。それは十分に戦争の火種と成り得る。


「お前達には、早急にその者を探し出して貰いたい。俺としても、戦争は避けたい所だ。これ以上、被害が出ない様に警備も強化するつもりだ。頼んだぞ」


 ジュディからの話に、若菜は気が気じゃなかった。というのも、昨晩の出来事が発生した場所もレヴィア高原だからだ。

 若菜が見た光景と、ジュディの話が余りにも一致していた。つまり、若菜はその犯人が春であると、分かってしまったのだ。

 望まない答えは、本人の口から聞く事は出来ず、ジュディの言葉によって、若菜に伝わってしまった。


「違うわよね……春……」


「ん? 何か言ったか、お嬢」


「ううん、何でも無いわ」


 集められた若菜達は解散し、それぞれが犯人の捜索を開始する。アジトに戻った若菜は、力が抜けた様にソファに座り込んだ。

 今は何も考える事が出来ず、本人から直接話を聞くと若菜は決心した。

 そして、その日の夜。若菜以外は既に眠り、若菜はソファに座って春の帰りを待っていた。

 すると、入り口の扉が開き、春が帰って来る。


「春!! 何処に行ってたの?」


「あぁ、ちょっとな。それより、まだ起きてたのか? もう夜も遅いんだ、若菜は寝てろ。俺はまた出るから」


「それはこっちの台詞よ……春こそ、こんな遅くに何処に行くの? 私に何か隠してる事あるでしょ?」


 目に涙を浮かべながら話す若菜を、春はジッと見つめていた。そして、若菜の頭を優しく撫で、入り口の方へと歩いて行く。


「待って……!! どこに行くの?」


 若菜が呼び止めると、春は足を止めるが振り向かず、背を向けたまま、


「ちょっとな。ちゃんと帰ってくるから、大人しく待ってろよ」


 若菜はこのタイミングしか無いと思い、涙を流しながら叫んだ。


「私は……全部知ってる……だから、行かないで……!!」


 すると、春は振り向き、真剣な表情で若菜を見つめる。昨晩の出来事がまた脳裏に流れ、若菜は恐怖からか震えていた。


「何だよ、知ってるのか……なら尚更だな。いいか、絶対に来るなよ。またな、――若菜」


 春はそう言うと、アジトを出て行く。若菜は追い掛け様としたが、足が竦み動けず、春の居なくなった入り口前で、涙を流しながら座り込む事しか出来なかった。


「春……!!」


 そして、もう春には会えない、そう思っていた。確信は出来ないが、若菜の直感がそう言っていた。

 これまでの幸せだった生活は二度と送る事は出来ない。大好きな人の隣で、笑う事は二度と出来ない。大好きな人と、結婚する事も二度と出来ない。

 そう思うだけで、溢れる涙は止まらない。小さくなったその背中を暖めてくれる人は、もう居ないのだ。


 翌日、ジャパシスタ騎士団は普段と変わらない日常を送っていた。ここ最近、春がアジトに居ない事が多かった為か、心配はするものの、然程気にする者は居なかった。

 だが、若菜の表情は浮かなく。空元気な対応を皆に心配されていた。



 ――そして、この日の夜。あの事件が起きる。



 いつも通り、アジトのリビングで談笑をしていた若菜達。と言っても、若菜に元気は無く、楽しそうに話している飛鳥達を眺めていた。

 その時だった。王都全体に聞こえる程の、大きな爆音が聞こえる。


「なんや!? かなりでかい音やったで!?」


 飛鳥はすぐさま、入り口から外へと飛び出し、辺りを見渡すと、前方の方から火の手が上がっているのが見えた。


「火事!? 何が起きてるの!?」


 飛鳥と沙羽が騒いでる中、若菜も外へと出て火の手を見つめる。


「あっちの方向は確か……」


 火の手が上がっている方向、それはカジュスティン家の領地がある方向だ。

 その瞬間、若菜は春の姿が頭に浮かび、すぐさまその場へと向かい、走り出す。


「ちょっと!! 若菜ちゃん!?」


 飛鳥達も若菜の後を追い掛ける。カジュスティン領の近くまで行くと、その光景は凄まじかった。

 燃え盛るカジュスティン家の王邸と、その周りにまるで生きているかの様に、人間と同じサイズ程の黒い煙が無数に飛び交っていた。


「なんやこれ……なんかやばいんちゃう……結海、健太、はよ助けに行くで!!」


 飛鳥と結海と健太は、燃え盛る火の中に走り出し、カジュスティン家の人間の救助を始めた。


「こんな時に団長は何してるんだろ……」


 沙羽が零した言葉に、若菜は胸が締め付けられる気持ちで一杯だった。何故なら、この飛び交う黒い煙は、



「――春の魔法……」


 それは、春の宿していた『黒煙』の黒のテラだった。若菜は突然火の中へと走り出し、春の姿を探す。

 黒い煙を避けながら、辺りを見渡すが、春の姿は何処にも無かった。すると、騒ぎを聞きつけ聖騎士団が到着していた。


「ワカナさん!!」


「アカサキさん……」


「恐らく、先日国王様が話していたのが関係していると思います。まさか、カジュスティン家の王邸を襲撃してくるとは思いませんでしたが……兎に角、カジュスティン家の皆様の救助をお願いします」


 そう言ってアカサキも、救助にあたった。若菜は、その犯人が春であると、アカサキに言おうとしたが、言葉が詰まり、言えないでいた。

 そして、若菜は何処に春が居るのかを考えた。ただの直感だが、若菜はある場所へと向かった。


 そこは、かつて春と月を眺めながら話していた花畑だ。カジュスティン領のすぐ側にあり、人気も少ない。

 若菜がその場所に到着すると、黒いローブを着た者が、座り込んで月を眺めていた。



「――春?」


 若菜が呼び掛けると、その者はゆっくりと振り向く。そして、若菜にとっては、信じたく無い答えとなった。


「来るなって言ったろ、若菜」


 黒いローブを着ていた者は、正しく春だった。そんな春の顔色は悪く、元気が無い様に感じた。


「これも、春の仕業なの……? どうしてこんな事……」


「俺の探していた物が、カジュスティン家にあるって聞いたんだけどな。どうやら無かったみたいだ。失望したろ、王族を襲撃して、お前を裏切った俺に」


「理由が……理由があるんでしょう? 何の理由も無く、春がこんな事する筈が無いもの……!!」


「理由か……探し物の他に、理由なんかねぇよ」


「探し物? 春の探している物って何? こんな事をしてまで、見つけなきゃいけない物なの?」


「若菜、俺の命は後数分しか保たない。あまり、話している暇は無いんだ。最後にお前の姿が見れて、俺は嬉しいよ。どういう形で、どういう結果であれ、俺はずっとお前の事が好きだ」


「なら……どうして……!!」


 涙を流す若菜を見て、春は徐に立ち上がり、足を引きづりながらゆっくりと歩み寄った。

 そして、優しく若菜を抱き締めると、


「悪りぃ、若菜。俺はお前を泣かせてばっかだな……最低な男だな、本当。そろそろ時間だ……若菜――」



 ――愛してる。



 春がそう言葉にした瞬間、突然大量の黒い煙が春から溢れ出す。その煙は、若菜を避ける様に広がっていき、カジュスティン領を埋め尽くしていく。


「春!!」


 何もかも呑み込んでいく、漆黒の煙はカジュスティン家の人間や、救助に駆けつけた聖騎士団の者まで消し去ろうとする。

 それは、カジュスティン領に居た飛鳥達にも襲い掛かっていた。



「――なんやあれ……真っ黒な津波みたいなんが迫ってる……」


「結海!! ボケっとしてんと防御魔法や!! はよ!!」


 飛鳥はそう叫ぶと、防御魔法を唱えて、黒の煙から身を守る。だが、徐々にだが、飛鳥の防御魔法のバリアはまるで砂になってるかの様にボロボロと崩れていく。


「あかん!! うちの防御魔法やと防げへん!!」


「飛鳥!!」


 すると、結海が飛鳥の手を取り、飛鳥の防御魔法に上乗せする様に、結海も防御魔法を唱える。

 二重になったバリアは何とか持ち堪えているものの、崩れるのは時間の問題だ。


「それより健太は何処に行ったん!? 結海、一緒に居らんかったか?」


「いや、私も見てへん」


「もう……何やねん、この煙は!!」



 黒煙の脅威は、アカサキ達にも降り注いでいた。だが、アカサキの強度な防御魔法のお陰で、聖騎士団のメンバーは無事だった。


「皆さんは大丈夫の様ですね!! ですが、カジュスティン家の人達の姿が何処にも……」



 ――黒煙の脅威に耐えながら、数分が経つと、徐々に黒煙が消え始めていく。

 そして、完全に黒煙が消えると、カジュスティン領には、聖騎士団のメンバーの姿しか無かった。


「煙が消えた……」


「アカサキ!!」


「ジョンさん。無事でしたか」


「あぁ、俺らは全員大丈夫だった。それより、カジュスティンの人間の姿が何処にもねぇんだ。死んだとしても死体がある筈なんだがよ……これは、さっきの煙の能力か何かか?」


「私にも分からないです。ですが、その理屈が一番正しいでしょうね。兎に角、感知魔法でカジュスティンの人達を感知して見ます」


 すると、アカサキは目を閉じて瞑想を始める。そして、カジュスティンの人間のテラを感知しようとしたが、


「そんな……」


「どうした、アカサキ」


「カジュスティンの皆さんのテラを感知出来ません……少なくとも、王都には居ないという事になります。王都周辺の感知が限界でしたので……」


「王都に居ない? たった数分で、全員が王都から逃げたって事か?」


「いえ、それは不可能に近い話です。カジュスティン領は、王都の入り口である正門から最も離れた場所。あの数分間で、全員が全員逃げれる筈がないです。それから、国王様のテラも感知出来ません」


 アカサキのその言葉に、ジョンはおろか、他の聖騎士団のメンバーも絶望していた。

 突如襲ってきた黒い煙は、王族であるカジュスティン家全員と、ヘルフェス王国の国王であるジュディを消し去ったのだ。


「そんな……一体誰が……」


 王都が謎に包まれる中、若菜の姿を探す沙羽と慶吾も、困惑していた。


「慶吾のお陰で、私達は無事だったけど……若菜さんと飛鳥さん達の姿が無いのはどうして……?」


「僕にも良く分かりません……」


 飛鳥、結海、健太の姿も無く、沙羽と慶吾も絶望感に襲われていた。

 そして、カジュスティン領の近くにある花畑では、若菜が座り込んでいた。

 黒い煙の渦は、若菜だけを避けていた理由が、何となく若菜には分かっていた。

 春が最後に若菜に言った言葉、「愛してる」が、その答えだ。


「春の馬鹿……どうして、何も相談してくれなかったのよ……」



 ――その日の事件は、王都中を混乱させる程、真相が掴めなかった。ただ唯一、その真相を知っているのは若菜だけだ。

 だが、その真相を皆に話す事が出来なかった。春の行なった行為は完全に悪だ。それでも、若菜には春を悪にする事は出来なかった。

 大切な人を、大好きな人を、愛している人を、最後まで信じたいという願いでもあった。

 その為には、若菜にはやらなければいけない事が出来た。若菜の考えでは、春を操っている黒幕が居ると考えた。

 仮に、そうだった場合、春の命を、飛鳥達の命を、カジュスティン家全員の命を奪った黒幕を許す訳にはいかなくなる。

 だが、それも若菜の一つの願いと希望だけの話だ。黒幕が居ない場合もある。それでも、若菜はそこに答えがあると信じ、黒幕を探し出すと決意していた。


 そして、若菜はジャパシスタ騎士団の団長を受け継ぎ、黒幕を探す為にアジトの拠点を国外に置く事を決めた。

 ジュディの代わりに、代理で国王の座に就いたウォルグは、若菜達が国外に拠点を置く事を許可した。


 その事もあり、若菜はエレナに対して、少し気まずかったのだ。二年が経った現在も尚、黒幕の存在は掴めていない。





「――それが、カジュスティン家滅亡の真相……」


 話を聞いた卓斗達は、色んな感情が溢れてきていた。特にエレナは複雑であろう。

 自分の家族を皆殺しにした犯人の、彼女であった若菜が目の前に居るのだ。


「まぁ、貴方がもっとしっかりしてれば、カジュスティン家滅亡は防げたかも知れないわね」


「えぇ、その通りよ……本当に、ごめんなさい……」


「でも、別に真相を知ったからって、私は貴方を嫌いにはならないわよ。貴方が悪い訳じゃないから。好きな人の為なら、私だってきっと……」


 エレナには若菜の気持ちが痛い程分かっていた。もし、自分が若菜の立場で、好きな人が春の様に悪に染まってしまったとしても、エレナはきっと、若菜と同じ事をするであろう。


 カジュスティン家滅亡の真相は、全員の気持ちを複雑にさせてしまう程に、悲しい結末だった。







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