第89話 『若菜の記憶』
「――話は今から六年前に遡るわ」
若菜は神妙な面持ちで話し始める。
――六年前、東京。
「うぅ……!! 痛いよぉ……!!」
「いつまで泣いてんだよ、ほら」
転んで膝を怪我した少女、――否、当時十二歳の清水若菜だ。その若菜の腕を引っ張って立たせる少年、――否、当時十二歳の芹沢春だ。
若菜は、今とは対照的に橙色の髪色でショートボブの髪型をしている。顔立ちも大人っぽさは無く、天真爛漫な少女だ。
春は、無造作な茶髪で前髪を上げた髪型をしていて、元気で活発な男の子という印象だ。
二人は炎天下の中、公園で遊んでいた。幼稚園、小学校とずっと一緒で、小学六年生になっても二人の仲は兄妹の様だった。
「お前も、六年生で低学年の面倒見る、お姉さんなんだからよ、もう泣くな」
「だって……!! 痛いんだもん……!!」
「はぁ……ったく、しょうがねぇな。俺さ、アレ持って来たんだ」
そう言うと、春はベンチから鞄を持って来て、中身を探っている。若菜は泣きながら、その春を見つめていた。
「お、あったあった。この間さ、写真撮ったじゃん? それ、母ちゃんから貰って来たからさ、若菜にもあげるよ」
「わぁ……!! ありがと、春!!」
その写真には、無邪気な笑顔を見せる若菜と、その隣で無邪気な笑顔でピースサインを見せる春の姿が写っていた。
そしていつしか、若菜は泣き止み、写真を見つめて笑顔を零していた。そんな若菜を見ている春は、優しく微笑んでいる。
「うん、やっぱりお前は、笑ってる顔のがいいよ」
「本当?」
「そろそろ帰るか」
そう言って二人は、家に帰ろうとするが、若菜は膝の怪我が痛むのか、歩き辛そうにしていた。
「歩きにくいか? ほらよ」
春は若菜に背を向けてしゃがみ込む。つまり、おんぶをしてあげるという春の優しさだ。
「いいの?」
「ほら早く。帰るぞ」
若菜は春の優しさを受け止め、背中に身を預ける。春は軽々しく立ち上がると、家へと歩き出した。
「んふふ」
「何だよ、気持ち悪りぃ笑い方すんなよ」
「だってね、春は優しいなって思ってね」
「お前は俺が居ないと、生きて行けねぇからな。しょうがねぇから、俺が一生面倒見てやるよ」
「本当!? 中学に上がっても仲良くしてくれる?」
「当たり前だ」
若菜はいつも自分の為に優しくしてくれる春の事が大好きだった。春も、色々と言いつつも若菜の事を放っておけなくて、好きという感情にこそ気付いていないが、他の女の子とは違う感覚だとは思っていた。
時刻も夕方になり、辺り一面をオレンジ色に染め、団地の通りには夕飯の匂いが漂っていた。
二人もこのまま家に帰り、どちらかの家で夕飯を共にして、ゲームをしたり、漫画を読んだり、平凡な日常が送られると、当たり前の様に思っていた。
ましてや、まだ十二歳の子供には、人生の起点が起きるとは考えもしないであろう。だが――
「ねぇ、春……なんか、視界がボヤけてる……眠いのかな……」
「いや、俺もなんだよ……なんか……目が回ってるみてぇだ……」
二人は突然、視界が歪むという事象に襲われていた。今までに感じた事の無い、嫌な感覚だ。
そして、二人の視界はやがて真っ黒へとなり、何も感じる事の出来ない暗闇に迷い込んで行く。
段々と暗闇に光が差し込んでくる。ゆっくりと瞼を開けると、見慣れない建物が建っていた。
「――あれ……どこだ、ここ……」
「春……どこなのここ……」
「俺も分からねぇ……」
二人の目の前に聳え建つ建物は、自分達の通う学校にも似ていた。すると、
「ったく……また何処かに行ったのか、ヨウジの奴は……また私とオルドに任せおって……」
ブツブツと文句を言い、腕を組みながらこちらへ歩いてくる女性の姿が二人に見えた。
「ん? 何だお前達」
「あの……ここは、何処ですか?」
「ここは、副都だが……珍しい格好をしているな」
「副都? どこだよそれ……それで、貴方の名前は……?」
「私は、副都の教官、ステファ・オルニードだ。お前達の名は?」
「俺は、芹沢春です。こいつは、清水若菜」
二人の前に歩いて来た女性は、ステファだった。二人は異世界に飛ばされた事など知る由も無く、副都に入団する事となった。
――それからというもの、剣技や魔法、見た事の無い物ばかりを目にし、いつしか家に帰りたいなどと思わなくなっていた。
副都での生活が、自分に合っている。そう思っていたのだ。若菜も、春に置いてかれない様に、剣技や魔法の鍛錬に励んだ。
副都に入団して、三ヶ月が経とうとしていた。二人の実力は既にトップクラスとなり、この世界にも馴染んでいた。
そんなある日の夜、二人は副都の屋上で月を眺めていた。
「もう似合う様になっちゃったね、この服」
二人が着ているのは、副都の騎士服だ。最初は初々しく、慣れない服装に戸惑っていたが、今では板に付いている。
「そうだな。俺、思ったんだけどさ」
春がそう言うと、若菜は「なに?」と言って首を傾げ、春の横顔を見つめる。
「やっぱり、ここは異世界なんじゃねぇかな。誰も日本なんて言葉言わねぇし、この世界にある国の名前を一つも知らねぇ。大体、魔法とかあり得ねぇだろ」
「うーん、そうだよね。でも、不思議とお母さんやお父さんに会いたいとは思うけど、今直ぐじゃ無くてもいい気がしてきた。私一人なら泣き喚いてたと思うけど、春が居るから大丈夫なんだよね」
「それは俺も一緒だ。若菜が居るから、こんな訳の分からねぇ世界でも生きて行ける。なぁ、若菜……もし、このまま家に帰れなかったらどうする?」
「どうもしないよ? 春とこの世界で過ごせるなら、それで十分だから」
この世界で過ごしていると、子供とは思えない考えが生まれてくる。まるで、中身は立派な大人になったかの様に。
「だよな。俺もそう思ってた。この世界は気に入ったし、若菜が居りゃ何の問題も無い。――若菜、俺はお前が好きだ。お前以外、あり得ねぇって思ってる」
「うん、私も春の事が好き。春以外、あり得ないって思ってる」
二人は月明かりに照らされ、見つめ合う。そして、優しく唇を重ねる。
どちらからと無く、唇を離すと若菜は頬を赤らめた。
「恥ずかしいよ……」
「だな……これから、二人で頑張って行こうぜ」
――二人の異世界物語は順調に始まっていた。その後も、副都で色々と学び、騎士として立派に成長を遂げていた。
異世界に飛ばされ半年が経ち、若菜と春は副都の卒団試験の日を迎えていた。
二人の副都でのランクは共にSランクで、他の者と比べても剣技、魔法は群を抜いていた。
聖騎士団からもお墨付きを貰っている二人は、既に進路が決まった様なものだ。
「――えー、これから卒団試験の説明を始める」
教卓の前で話すのは、ステファだ。若菜と春の同期は他に八人居て、十人で卒団試験に挑む。
「今回の卒団試験では、新たな導入システムで行う。取り敢えず、付いてきてくれ」
そう言うとステファは教室を出て行く。若菜達もその後を付いて行くと、薄暗い廊下を渡り、一度も入った事の無い教室へと入る。
「何ですか、ここ」
「ここはな、バーチャル戦争を体験出来る場所だ」
「バーチャル戦争?」
その部屋には、大きな透明のガラスが真ん中に張られていて、その奥には、広大な大地が広がっていた。
副都の中にあるとは、考えられない広さだ。そして、ガラスの手前には、装置が沢山付いた椅子が幾つか並んでいる。
「この椅子に座ると、座った者の擬似体をガラスの向こう側に作り出す事が出来る。取り敢えず、座ってみろ」
ステファに言われ、全員は椅子に座り、装置を頭に付ける。すると、突然全員は広大な大地の上に立っていた。
「おわ!? 何だこれ!?」
すると、脳内に響き渡る様にステファの声だけが聞こえて来る。
「お前達からは、私の姿は見えていないが、こっちからはガラス越しに見えている。バーチャルだから、お前達の本体もこちらにある。今からそこで、二つのチームに分かれて、擬似戦争を行なって貰う」
「戦争!?」
「安心しろ。バーチャルの世界では死ぬ事は無い。勿論、怪我もな。これを見ろ」
すると、若菜達の頭の上に緑色の線の様な物が浮かび上がる。
「何ですか、これ」
「それは、ライフポイントと呼ばれるやつだ。ダメージを受けるとそれが減っていく。緑色が無くなれば、死んだとみなされ、こっちの世界に戻される。体に害は無いから安心しろ。例え負けたとしても、実力があるとみなされた者は副都を卒団出来るから、最後まで諦めるな。それでは、そろそろ始めるぞ」
すると、若菜と他四人の頭上に浮かぶライフポイントの隣に、赤色の点が浮かび上がる。残りの春達のライフポイントの隣には、青色の点が浮かび上がった。
「その色がチーム分けだ。同じ色の者が仲間だ。それから、この戦争には擬似魔獣も出現する。気を抜くなよ」
ステファがそう言うと、お互いの陣地に多種類の魔獣が現れる。そして、チームが分かれてしまった若菜と春は睨み合っていた。
「敵同士になっちまったな、若菜」
「喧嘩なんて、いつ振りだろうね」
「喧嘩じゃねぇだろ。だって、怒って無いだろ?」
「うん、確かに。でも、ちょっとワクワクしてる。こうして、春と戦うのは初めてだから」
そう言うと、若菜は腰に携えていた剣を抜き、構えた。
「若菜も俺と同じで、Sランクだから、手加減はしねぇぜ?」
春も同じ様に剣を抜いて、構える。両者が睨み合うと、ステファから合図がくる。
「それでは、卒団試験……始め!!」
ステファの合図を皮切りに、お互いのチームが走り出す。若菜と春もお互い走り出し、剣を交えた。
その様子をガラス越しに見ているステファの元に、オルドもやって来る。
「お、遂にバーチャル戦争が初実装されたか」
「あぁ、ヨウジとシルヴァルト帝国の者が開発したというのに、肝心なヨウジは、また何処かに行ってる様だ」
「あの人は本当に自由だね……それで、ワカナちゃんとハルくんはチームを分けたのかい?」
「シミズもセリザワも優秀過ぎるからな。これで、いいバランスになるだろう。どっちが負けても、二人の卒団は決まってる様なものだしな」
教官であるステファやオルドから見ても、若菜と春の実力は群を抜いていた。
「アカサキの再来とも言えるな」
アカサキは若菜達が副都に入団した八年前に副都を六歳で卒団している。この時は、十四歳にして聖騎士団の第一部隊の隊長を務めている天才少女だ。
「アカサキちゃんの再来か……六歳で副都を卒団し、最高ランクを超えるUランクを会得し、現在は聖騎士団で十四歳にして第一部隊の隊長を務めている……まぁ、アカサキちゃんよりは劣るけど、確かに群は抜いているね」
「二人とも、聖騎士団に入る予定だからな。アカサキも居るし、戦力は相当上がるぞ」
「あまり戦力戦力って言わないでよ。もう戦争なんて起きて欲しく無いんだからさ」
そう話す二人の視線の先では、若菜と春が壮絶な殺陣を繰り広げていた。
お互いに一切の隙は無く、華麗で美しい剣技を見せる若菜と、力と巧みな剣技を見せる春。
二人の剣技は同格レベルだった。時折、光のテラを使った魔法を駆使する若菜に対し、春は一切魔法を使っていなかった。
「春は魔法使わないの? 私に気を遣ってるなら、要らない気遣いだよ?」
「いいや、そういう訳じゃねぇんだ。俺のテラは使わねぇ方がいいんだよ」
「どういう事?」
剣を交えて会話をする二人。意味深な春の言葉に、若菜が首を傾げた瞬間、警報音が突然と鳴り響いた。
「――急になに!?」
「何だ、この警報音……」
それは、ステファ達にも理解出来ない事だった。
「おい、何だこれは!? 突然、エラーが発生したぞ!! オルド、何か分からないか!?」
「いや、俺にも分からない。取り敢えず、強制停止で皆をこっちに戻すんだ!!」
オルドに言われ、ステファは強制停止ボタンを押す。だが、機械は何の反応も見せる事なく、若菜達はバーチャルの世界に閉じ込められる形となった。
「――おい……ステファ……!! あれを見ろ……」
オルドが震える声でそう言い、ステファもガラス越しにバーチャルの世界を見やる。すると、奥から体長何十メートルにも及ぶ、巨大な悪魔の様な化け物が若菜達の方へと歩いていた。
その悪魔は、捻れた黒い角を二本生やし、紅い目を輝かせ、全身は白色の肌色に、両腕と両脚は真っ黒に染まっている。
背中からは、黒い羽を生やし、龍の様な白い尾を付けている。
「こいつは……魔王獣グザファン……!!」
魔王獣グザファンと呼ばれた悪魔は、目に見る者全てを恐怖に陥れる程の存在感を放ち、目に見る全ての者を死んだと錯覚させる程の殺気を放っている。
若菜と春も、グザファンの姿を見て、息をするのも忘れる程、恐怖に陥っていた。
「春……嫌……」
「若菜、大丈夫だ。俺が付いてる」
春は勇敢にグザファンから目を逸らさず、若菜の前に立つ。だが、その足は恐怖で震えていた。
ステファもグザファンの姿を見て、完全に取り乱していた。
「くそ!! 何で強制停止装置が作動しないんだ!! それに、何故あいつが復活してる!? まずいぞ……あいつの前じゃ、バーチャルなど関係なく、人が死ぬぞ……!!」
魔王獣グザファンが、恐慌じみた遠吠えをすると、張られていたガラスが割れ、全員の意識が本体の体に戻る。
「――ぷはぁ!? 体が本体に戻った……!!」
春達も気付くと、装置が沢山付いた椅子に座っていた。グザファンの遠吠えにより、ガラスが割られ、バーチャルシステムが解除されたのだ。
だが、魔王獣グザファンはバーチャルシステムが解除されても尚、消える事なく、若菜や春達を睨みつけていた。
「お前達!! 装置を外して早く逃げろ!!」
「ステファさん!! あいつは何なんだよ!!」
「セリザワ、話している暇はない!! 早く逃げろ!! 全員死ぬぞ!!」
ステファの動揺から見て、魔王獣グザファンがどれ程、危険なのかが春には分かった。
「だったら、俺は戦う!! あんな化け物、逃げても殺されるだろ。だったら、戦って死んだ方がマシだ!!」
「馬鹿を言うな、セリザワ!! あいつは、世界を簡単に終焉へと導ける程の力を持っている!! とにかく、極力あいつから距離を取って逃げろ!! あいつに勝てる者は、たった一人……トワしか居ないんだ!! だが、トワはもうこの世に居ない……だが、グレコとアカサキが居れば、何とかなるかも知れん!! だから、お前達は逃げろ!! 後は私達に任せるんだ!!」
「ステファさん。俺は、この世界で英雄になりたいんだよ。これからの、若菜との大事な人生を潰させる訳にはいかねぇんだ。俺は、若菜のヒーローじゃなきゃ駄目なんだよ」
「春!! 春が死んだら意味ないじゃない!!」
若菜は目に涙を浮かべながら叫んだ。すると、春は若菜に優しく微笑えみながら、
「心配すんな、若菜。お前の面倒は俺が見るって言ったろ? だから、泣くなよ」
そう言って春はグザファンの方へと走り出す。若菜も後を追おうと走ろうとした瞬間、ステファが若菜の腕を掴んだ。
「――っ!?」
「行くな、シミズ!! お前も死ぬぞ!!」
「でも春が!!」
春は恐怖を押し退け、グザファンの威圧に耐えながら近付くと、グザファンは大きな手を伸ばし、春を掴もうとする。
「お前みたいな化け物には、とっておきの魔法を使ってやるよ!!」
春もグザファンの方に向けて手を翳す。そして、詠唱を唱える。
――テラグーラ・ジルガ。
春が唱えた魔法は、最上ランクの詠唱だった。春の全身から黒色のテラが溢れ出すと、グザファンは警戒したのか動きを止めた。
「あれは……黒色のテラ……?」
「春にあんな魔法が……」
その圧倒的なテラ量に、ステファ達も驚いていた。副都に居る間は見せた事の無い春の姿に、若菜もジッと見つめていた。
「俺の黒のテラは、人に向ける様なもんじゃねぇ。だが、お前は化け物だ。世界を終焉に導ける力? 笑わせんじゃねぇ。俺は、世界を終焉から救える力なんだよ!!」
春がそう叫ぶと、辺り一面に黒い煙が吹き荒れ、津波の様にグザファンを襲う。
そして、黒い煙は渦巻く様にグザファンを包み込んでいく。
「――これは……!! Uランクの反応が出てる……」
ステファがポケットに持っていた、ランクを調べる機械が、Uの文字を浮かべていた。
「殆ど出る事の無い……いや、トワとアカサキ以外に出る筈が無かったUランクが……セリザワは一体……」
グザファンの唸る鳴き声と、地響きが収まり、黒い煙が消えると魔王獣グザファンの姿は消えていて、春だけがそこに立っていた。
「ハァ……ハァ……よ……っしゃ……!!」
「グザファンが消えた……? どうなってる……」
「春!!」
若菜は飛び出す様に春の元へと走り出す。春は虚ろな目で振り向き、走り込んで来た若菜を抱き締める。
「良かった……!! 春が無事で良かった……!!」
「力強ぇよ……痛ぇだろ……」
春は抱き締める若菜を引き離すと、頭を撫でながら、
「だから言ったろ……? 俺がお前のヒーローだってよ……だから泣くな、笑え」
春はそう言って笑顔を見せると、若菜も涙を拭い、笑顔を見せた。
「うん、やっぱり笑った顔の方がいいよ、お前は」
――この日起きた卒団試験での事件は、春が居なければ世界が滅ぶ程の大事件だった。
魔王獣グザファンはかつて、世界を終焉へと導こうと、この世界を襲って来た。それを、当時副都の一期生だったステファ達が封印していた。
主に、トワ・カジュスティンがメインでグザファンと戦ったのだが。
それ故に、グザファンの恐ろしさは誰よりもステファやオルドは知っている。
その分、たった一人で、しかも一瞬でグザファンを消し去った春の事が恐ろしく感じる程、ステファ達は驚かされた。
事件の後、バーチャルシステムは禁止され、部屋への進入も立ち入り禁止となった。
数日後、再び行われた卒団試験で、若菜と春は見事に副都を卒団。二人の実力は既に、聖騎士団でも話題となり、特にグザファンを圧倒した春は、アカサキ以上の天才が現れたと、噂になっている程だ。
――話を聞いていた卓斗達は、若菜の話で幾つか気になる所があった。
「それが、若菜さんの異世界での始まり……幾つか聞きたいんだけど、若菜さんはヨウジって人に会った事があんのか?」
「いいえ、ステファさんが口にしていたのを、聞いた事があるだけよ。私が副都に在籍していた間は、ヨウジという人は、副都に姿を見せなかったから」
「成る程……それで、またトワって人の名前が出て来たけど……」
「それもごめんなさい。ステファさんが口にしていたのを聞いただけで……」
黒のテラについてや、日本への帰り方を調べる上で、絶対に出てくる名が、トワとヨウジだ。
新たに、ウィルからの情報で「アッくん」と呼ばれる男性の存在も発覚したが、情報はまだまだ足りない。
「それで、若菜さんの知ってる春って人は、今の所、俺の知ってるハルとは正反対の人だな。『大罪騎士団』の方のハルは、世界を終焉へと導こうとしているからな」
すると、ウィルも若菜の話で気になる所があり、質問をする。
「ワカナさん。私も一つ聞いていいですかな?」
「えぇ」
「春さんが使われていた魔法、私の知る限りでは、『黒煙』の黒のテラだと思うのですが」
すると、若菜はまた真剣な表情をして、エレナを見やる。
「これは、エレナ様にも関係する話よ」
「私に? どんな関係があんの?」
「カジュスティン家滅亡の真相……それを今から話すわね。話は、私と春が聖騎士団に入団してからの話に遡る……」
――若菜から語られる、カジュスティン家滅亡の真相。




