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君と見る異世界物語  作者: 北岡卓斗
第三章 『聖騎士団』
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第88話 『賢者様』


「ウィルが……『賢者様』……」


 その事実に、エレナは驚く事しか出来なかった。二年前のカジュスティン家滅亡の事件で、エレナは王都から逃げ、一人で彷徨っていた所をウィルに救われた。

 そして、ウィルの騎士団で匿われる事となり、その間ウィルは執事としてエレナの側に付いた。


 悠利と李衣がこの世界に飛ばされて、最初に出会った人物もウィルで、魔法や剣技の基礎を教えて貰っていた。

 そして、当時セラ・ノエールが所属していたオルダン騎士団とウィルのエルティア騎士団に、『大罪騎士団』の『憤怒』を司る、セルケト・ランイースが襲撃。

 そこに、卓斗達が駆け付け、ウィルと出会っている。そんなウィルが、まさか『賢者様』とは誰も思わなかった。


「何だ、君達はそのご老人を知ってたのかい?」


「あぁ、会って話した事もある。エレナに関しちゃ、ウィルさんは執事だもんな」


「まぁ、私はやらなくていいって言ったんだけど、何かカジュスティン家に恩があるみたいな事言ってて聞かなかったのよ」


「ともあれ、祖父の居場所が分かったのだ。卿等の聞きたい事を聞きに行くぞ」


「なら、僕が案内するよ」


 そう言うと、フィトスは腰掛けている杖でふわふわと浮きながら、奥にある大きな宮殿の様な建物の方へ進んで行く。

 その後ろを卓斗達はついて行った。漸く、『賢者様』から黒のテラや日本への帰り方を聞けると、卓斗達に期待感が高まる。


 王宮に着くと、複雑な通路を渡り、階段を何段も登って最奥地へ向かう。

 すると、金の装飾が沢山付いた大きな扉が付いている部屋の前に到着する。



「――ここに、老師が居る。恐らく、その『賢者様』もまだ居る筈だよ」


「あぁ」


 フィトスが扉をノックして開けると、豪華な一人用のソファに座る、黒のローブを着た老人が一人と、卓斗達に背を向けて座って居る白髪の老人の姿が見えた。


「何だね、フィトス。わしに用があると思いきや、大勢の客人を連れて何事かね」


 老師がそう言葉にすると、背を向けていた老人も振り返る。すると、



「――アスナ……!! エレナ様も……!! それに、タクトさん達まで……」


「久し振りよの、爺」


「ウィル、元気にしてた?」


「久し振りです、ウィルさん」


 フィトスとセシファの情報通り、この国の王に会いに来ていた老人は、『賢者様』と呼ばれるウィル・ヘスパーだった。

 ウィルも突然の再会に、目を丸めて驚いていた。


「何故、この様な所に……」


「俺達はウィルさんを探してたんです。つっても、探してる人がウィルさんだって知ったのは、さっきなんですけど……」


「私を探していた? アスナもか?」


 ウィルは気まずそうな表情で、アスナを見やる。孫であるアスナと会うのも随分と久し振りで、少し気まずいのだろう。


「余は此奴等に付いて来ただけだ。久し振りに、爺に会いたいと思ってな。変わらず、何よりだ」


「まさか、アスナに出会ってしまうとは思ってもいなかった……三年振りか」


「余に会いたくない様な素振りだな」


「三年前に家族を捨てた身だ。これでも、少しは気にしている」


 ウィルは最初にアスナと視線を合わせてから、その後は一切目を合わせなかった。


「爺が気にするとはな。少しは温厚にでもなったか」


「かも知れないな。だが、ガガファスローレン国の存在は今でも認めていない」


「戯言だな。国の存在価値など、現代の人間が考える事では無いな」


「あの……喧嘩はちょっと……」


 二人が段々とヒートアップしているのを察知し、卓斗が割って入る。やはり、アスナの言った通り、ウィルは孫であるアスナに対して、愛情を持っていない様だった。


「ここは、神聖なる王の部屋だ。喧嘩をするなら、他所でしてくれんかの」


 そう言葉にしたのは、老師と呼ばれるサウディグラ帝国の国王だ。


「自己紹介が遅れたな、わしはこの国の国王、マハード・ゲルマンドだ。君達はフィトスのお連れの様だが、ウィルに何用がある?」


「はい、ウィルさんに聞きたい事が幾つかありまして」


「成る程の。では、そこに座るがいい」


 マハードに促され、卓斗達も客人用のソファに座る。全員が座れる程の広さの部屋にソファだ。

 見た目も素材も高級感に満ち溢れていて、ユニ、モニカ、ジュリアはテンションが上がっていた。

 そんな三人を他所に、卓斗達は真剣な表情で会話を切り出す。



「――それで、ウィルさん。ニホンという言葉を知っていますか?」


「ニホン……確かに、聞いた事のある言葉ですな。随分と昔ですが、ニホンから来たと言っていた者と会った事があります」


「本当ですか!? 名前とか分かりますか?」


「確か……ヨウジ、と言っていましたな」


 その名を聞いて、卓斗は思い当たる節があった。それは、副都でステファから聞いた話だ。

 かつて副都には、ヨウジという名の教官が居て、日本の学校に置いてある物を持ち込んでいると聞いた事があった。

 持ち込んでいるという事は、日本と異世界を行き来しているという事になる。


「ヨウジ……ステファさんが言ってた人か……その人は二年前くらいから行方不明って聞いたんですけど、ウィルさん何か知ってますか?」


「いいや、申し訳無いですが、私にも分かりません。ですが、その者からニホンから来たと聞きました」


「やっぱり、日本人……」


 すると、その話を聞いていた悠利が今度は質問し始める。


「ウィルさん、そのヨウジって人の周りに誰か居ませんでしたか?」


「その者の側には、確かに後二人居ました。一人は、トワ・カジュスティンという女性、もう一人は本名が分かりませんが、そのトワという女性に、「アっくん」と呼ばれていました」


「成る程……じゃあ、シェイドから聞いた情報の男性二人は、ヨウジって人と、アッくんって人で確定だな。そのトワって人も、カジュスティン家であるエレナちゃんでさえも、会った事が無いみたいなんですが、何処に居るか知ってますか?」


「それもそうでしょうな。トワさんとアッくんという者は、十六年前の戦争で死んだと聞かされましたから」


 ウィルからの言葉に、卓斗達は目を丸めて驚いた。二人の存在を知らないでいる者が多いのは、二人が既にこの世に存在していないからだった。


「その情報は、数年前にヨウジさんから聞きました」


「既に死んでる……」


 そう言葉を零して、暗い表情を見せたのはエレナだ。今でこそ、姉であるエリナ・カジュスティンが生きていた事が発覚したが、もう一人カジュスティン家の者が生きているかも知れないと、微かに希望を持っていただけに、ウィルからの言葉は胸に突き刺さった。


「トワさんって、どんな人でした?」


「トワさんは、勇敢な女性でした。強く逞しく、そして誰にでも優しくて、美しい女性……私は、そういう印象を受けました。エレナ様の様に、綺麗な赤い髪色で笑顔が素敵でした。私は、十六年前の戦争でトワさん達と出会い、救われました……」


「じゃあ、ウィルが言ってた、カジュスティン家に恩があるってのは……」


 エレナの言葉に、ウィルは静かに頷いた。そして、言葉を続ける。


「今こうして生きて居られるのも、トワさん達に救われたからです。本来なら私は、その戦争で戦死していた筈ですから。だからその分、ヨウジさんから二人が死んだと聞かされた時は、悲しかったですな……そのヨウジさんですら、その話を聞かされた数年後に行方不明だと聞いて、言葉を失いましたよ……その時に出会ったのが、エレナ様です」


 ウィルの言葉を真剣な表情で聞く卓斗達。いつしか、ユニ達ま真剣な表情で話を聞いていた。


「その時にエレナ様を見た瞬間は、トワさんと見間違えていました。ですが、エレナ様だと直ぐに分かり、その上カジュスティン家滅亡の件を知った私は、せめてものトワさんへの恩返しのつもりで、エレナ様を騎士団に招き入れ、私は執事として面倒を見ようと決めたのです」


「ウィル……」


 どういう理由であろうと、あの時にウィルに助けられたエレナからしてみれば、それは確かな救いだった。

 一夜で家族を失い、王都に戻る事も出来ないまま、自分も死んでいくんだと思っていたからだ。



「――国を抜けても尚、騎士団の名を掲げているとはな。それは、余への冒涜ともとれるが?」


 アスナはウィルを睨みながら、そう言葉にした。この世界では、罪にはならないが、国に属していない騎士団は立ち上げる事は禁止されている。

 ましてや、一度国に属した騎士団となると、それは国に対しての冒涜となってしまう。


「私が立ち上げたエルティア騎士団は、既に解散している。だが、一度犯した過ちは消えない。切りたければ、切るがいい」


「アスナさん」


 卓斗がすかさずアスナを制止する様に名前を呼ぶ。すると、アスナは深く溜め息を吐いて、


「はぁ、分かっておる。余も他国の王の前で、問題など犯さん」


「でも、『賢者様』でさえ、ヨウジって人の居場所が分からないんじゃ、手掛かりは行き詰まるな」


「故に、私はニホンという言葉を知っていますが、帰り方までは分かりません。私も、この世界とは別に、もう一つ世界があるとは信じ難いですから」


 それは卓斗も同じだった。この世界に飛ばされるまでは、異世界の存在など、漫画やアニメの話だ。

 現実になんて、絶対に存在しない。誰も証明出来ない、仮説に過ぎない。

 だが、卓斗達はこうして異世界に存在している。自分自身が、その仮説の証明となっている。

 それでも、この世界の人間は日本のある世界を知らない。卓斗達の言葉も、この世界の人間からしてみれば、証明する事の出来ない仮説に過ぎないのだ。


「異世界、とでも言うべきかな? 大いに興味のある話だ」


 そう言葉にしたのは、サウディグラ帝国の王、マハードだ。


「君達が本当に、別の世界から来たと言うのであれば、この世界の歴史に名を残す事になる。その様な者達と会えて、わしは光栄だ」


「歴史に名を残すなんて、とんでも無いですよ。むしろ、俺達がこの世界に来た所為で、歴史を歪ませてしまってる可能性もありますから」


 卓斗が言う通り、歴史を歪ませてしまってる可能性もある。卓斗達がこの世界に来た事により、本来起きる筈の無かった事が起きている可能性や、その逆もある。


「それで、私に聞きたい事が幾つかあると言っていましたが、他はどの様な件で?」


「はい、もう一つは黒のテラについてです」


 すると、フィトスもその話に興味を持ち出した。『重力』の黒のテラを宿すフィトスにとっても、関係のある話だ。


「黒のテラ……ですか。して、何を知りたいんですかな?」


「今、黒のテラを宿している人物全員の名前と、白のテラへの行き着き方を知りたいんです」


「成る程、ではまず、宿している者の名前から話すとしますかな。私が知っている黒のテラの所有者は、全部で三人です」


 『賢者様』である、ウィルでさえも、黒のテラを宿している人物を知っているのは、たったの三人だった。


「一人は私で、『封印』の黒のテラを宿しています。もう一人は、そこに居られるフィトスさん。貴方は、『重力』の黒のテラを宿し、もう一人はエルヴァスタ皇帝国の王妃、エルザヴェート様。彼女は『事象』の黒のテラを宿しています」


「俺は『賢者様』が『封印』の黒のテラを持ってるのを知ってました。フィトスとエルザヴェートさんが黒のテラを宿しているのも。それから、俺は『引力、斥力』の黒のテラを宿してます」


「タクトさんも、黒のテラを?」


 ウィルは驚いた目で、卓斗を見つめていた。既にこの場に、黒のテラを宿した人物が三人も居る事になる。


「それから、残りのどれかは分からないですけど、シドラス帝国の王妃、ヒナも黒のテラを宿してます」


 その名を聞いて、ウィルは更に驚いた。それもその筈、ヒナはウィルが黒のテラを封印した友理奈の娘だからだ。


「ヒナ様が……黒のテラを……恐らく、母親の黒のテラを受け継いたのでしょう。となると、ヒナ様は『消化』の黒のテラの筈です」


「そうなると、残りの黒のテラは二つ。後二人、居る筈なんです」


「後二人……残る黒のテラは、『創造』『黒煙』ですな」


「一人は大体予想出来てるんですけど、後一人が全然分からなくて……」


「予想出来ているとは?」


「この世界を終焉へと導く力を手に入れる為に、黒のテラやフィオラの秘宝を狙っている組織です。『大罪騎士団』っていう組織なんですけど、そのリーダーが黒のテラを宿しているんじゃ無いかって思ってます。確か名前は……ハルって言ってました」


 卓斗がその名を口にした瞬間、ある二人が思わず反応した。それは、



「――ハル……!?」


「…………!?」


 ジャパシスタ騎士団の沙羽と若菜だ。沙羽は、その名前を口にして驚き、若菜は言葉を発さないまま、只々驚いた表情をしている。


「若菜さん達、知ってんのか!?」


「いやいや、偶然だよね……団長……」


「偶然だと、信じたいわね……確かに、私達ジャパシスタ騎士団のメンバーで、過去にハルという名前の人は居たわ。本名は、芹沢春。でも春は……」


 若菜の表情が更に強張るのが、卓斗には分かった。前にも感じた事のある、違和感だ。

 エレナと初めて会った時、エレナの姿を見た若菜は、表情を強張らせていた。


「若菜さんの知ってる、春って人の事教えてくれ。もし、俺の知ってるハルと同じ人物だった場合、色々と考えなくちゃいけねぇ事がある」


「エレナ様の前で話すのは、心が痛むけれど……先ずは、写真を見せるわ」


「私の前?」


 そう言うと、若菜は首元に掛けていたペンダントを取り出す。そのペンダントは、小さな物を収納できるタイプで、若菜はそこから一枚の小さな写真を取り出した。


「これは……」


「私と春の小さい頃の写真よ。十二歳くらいの時のね」


 卓斗は春の顔を見て、『大罪騎士団』のハルと、口元が少し似ているのが分かった。


「へぇ、小さい時の若菜さんも可愛いですね!!」


 三葉の言う様に、幼い頃の若菜は無邪気な笑顔でカメラに視線を向けていた。

 その隣には、同じく無邪気な笑顔でピースサインを見せる春と呼ばれる男の子も写っている。


「私と春は、生まれた病院も生まれた月も同じで、家も隣同士の幼馴染の関係なの。幼い頃の私は、泣き虫でよくいじめられたりもした。でも、春はそんな私を助けてくれるヒーローだったの。タクトくん、この写真の春を見て、貴方の知っているハルと同一人物?」


「んー……」


 卓斗は『大罪騎士団』との邂逅の際の記憶を、よく思い返した。だが、肝心なハルの顔は、深く被られたフードの所為で口元しか分からなかった分、確実にそうとは言い切れない。


「今思えば、口元しか分からねぇな……これだけだと、同一人物かは断定出来ない……」


「そう……じゃあ、今から私の知っている春の話をするわね。――今から六年前に話は遡るわ」







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