第84話 『次なる目的地へ』
シドラス帝国での戦いを終えて、卓斗達は王都へと帰る途中だった。ヒナが最後に卓斗の頬に口付けをした事について、エレナ、ヴァリ、三葉は不機嫌になっていた。
特に、エレナが一番不機嫌で、先頭を歩きながら一切卓斗を見ようとしないでいる。
「なぁ、いつまで怒ってんだよ、エレナ。大体、お前が怒る理由も訳が分かんねぇよ」
「タアくんってさ、本当に鈍感だよね」
ミラからの不意の言葉に、卓斗は首を傾げている。ヴァリはチラチラと卓斗を見ながら歩き、三葉は固まった表情でボーッと歩いている。
そんな四人の後ろをついて行く様に、ディオスとティアラが歩いていて、その後ろにシドラス帝国の民達やヒナ、フューズが歩いている。
「にしても、まさかタクトくんがマッドフッド国のグランディア騎士団の人と友達だとは、思わなかったですよ」
「まぁそうよね。私達も四都祭が無かったら、会って無いだろうし。ヴァリも、僕ちゃんの事かなり気にってる様だから、聖騎士団とグランディア騎士団は、いい関係を築けるかも知れないわね」
「ヴァリちゃんに何か関係があるんですか?」
「マッドフッド国の女王とヴァリは、姉妹の様に仲が良いのよ。まだ若い女王だし、ヴァリもあんな性格だからね。まぁ、たまにヴァリの言う事を聞き過ぎて、どっちが女王なのか分からなくなるけど」
そう言って笑顔を見せるティアラ。マッドフッド国とヘルフェス王国が友好的になるのは、どちらの国側としても利益が生まれる。
一番の最大国家とまで言われているヘルフェス王国と、二番目の国家と言われているマッドフッド国。
二つの国が手を組み合えば、戦力も申し分が無い。ただ、過去の戦争の傷を少なからず忘れられない者も居る様だが。
「――おーい、エーレーナー、エレナさーん、聞こえてますかー……ったく、無視かよ」
エレナの怒りは収まらず、相変わらず卓斗は口を聞いて貰えていない。
そうこうしているうちに、マッドフッド国とヘルフェス王国の分かれ道に到着する。
「じゃあ、ヴァリ達はこっちっスから。また今度っス!!」
「おう。ありがとな、ヴァリ、ティアラ!! ヒナとフューズさんも、また今度!!」
「またね、タクト」
――卓斗達は聖騎士団に入団して初日から、大きな事件に巻き込まれ、卓斗にとっても長い一日となった。
既に日は暮れはじめ、王都に着く頃には夜になっていた。
「――はい、タクトくん」
「すみません……」
卓斗は聖騎士団の宿舎で、ディオスから聖騎士団の騎士服を貰っていた。
初日にして、二枚目となる異例な事だった。卓斗が今朝貰った筈の騎士服は、シドラス帝国と共に海の底へと沈んでいる。
「初日から騎士服を無くす人は、タクトくんが初めてだよ……」
「本当、なに新郎スーツなんか着てるのよ。似合って無いわよ」
「やっと口利いてくれたと思ったら、酷い事言うな……」
エレナは頬を膨らませ、まだ怒ってる様だ。そんなエレナを他所に、卓斗はある事を考えていた。
「ディオスさん、次の休みの日っていつ?」
「うーん、六日後だけど……どうして?」
「いや、ちょっと行きたい所あってさ」
卓斗はフューズとの話で、友理奈の黒のテラを封印した『賢者様』と会ってみたいと考えていた。
極力、黒のテラを宿している者は把握して置きたいのと、何か他に情報が得られるかも知れない。
何せ、その人物は『賢者様』と呼ばれる程の知識を持っているからだ。
「卓斗くん、どこに行くの?」
「ガガファスローレン国に行きたいんだ」
卓斗がそう言うと、ディオスもミラも驚いた顔を見せた。
「え、タアくん……ガガファスローレン国に行って、何する気……?」
「ちょっと、会いたい人が居てさ。ミラさん付いて来てくれんのか?」
ミラは、そこまでする? という程に首を横に振った。そして、引き攣った表情で、
「いやいやいや……絶対行きたく無いから……」
「ん? そんなに嫌な国なのか? 確かに、あんまり行かない方がいいとは聞いたけど……」
「あんな殺戮国家……死んでも行きたく無い……きっと、生きて帰ってこれないわよ……」
ガガファスローレン国とは、騎士同士の殺し合いで賭博をする恐ろしい国だ。
一般の民は住んでおらず、血に飢え、戦いを好む者達で溢れている国。それが、ガガファスローレン国だ。
「殺戮国家……そんな所に、『賢者様』が……まぁ、嫌なら良いけどさ。一人でも行ってくるわ」
卓斗がそう言うと、三葉が勢い良く手を挙げた。
「――私も行くっ!!」
「は? 三葉……付いて来てくれんのか?」
「だって、そんな危ない国に卓斗くんが一人で行くのも……その……心配だし、きっと無茶するから……駄目?」
三葉が上目遣いで卓斗を見つめる。その表情に、思わずときめいてしまう卓斗。
わざと上目遣いなどを使う者を卓斗は嫌っているが、三葉は違う。三葉の行動に計算など無いのだ。
ナチュラルピュアとでも言うのであろう。
「いや……駄目じゃねぇけど……」
「本当!? ありがとう!!」
三葉は嬉しそうに飛び跳ねて居た。三葉からすれば、ちょっとしたデートの約束をしたのと同等だ。するとエレナが、
「ちょ、ちょっと!! 私も……その……丁度ガガファスローレン国に用事あるし……ついでに一緒に行こうかな……」
エレナはモジモジしながら、恥ずかしそうにそう言葉にした。
「殺戮国家に用事なんかねぇだろ」
「あ、あるのよ!!」
「エレナちゃんも、一緒に行こうよ!!」
三葉にそう言われ、エレナは心の中で申し訳ない気持ちで一杯になった。
恐らく、三葉はエレナが卓斗に恋心を抱いている事には気付いて居ない。そして、エレナは三葉の好きな人が卓斗である事を知っている。
二人のデートを邪魔する形になったが、もし二人で行かせたりでもすれば、気が気じゃ無い。
「あ、ありがとう……ミツハ……」
心の中で、自分の性格の悪さに痛まれながら、エレナはそう言葉を零した。
――六日後。卓斗、三葉、エレナは宿舎の前に集まって居た。今から向かうのは、殺戮国家と呼ばれるガガファスローレン国だ。
「よーし、そろそろ行くか」
卓斗がそう言葉にした瞬間、どこからか卓斗を呼ぶ声が聞こえて来る。
「――オチではないか!!」
卓斗が声のする方を見やると、そこにはステファの姿があった。ステファ・オルニードは、副都で教官を務め、卓斗達の担任的な存在だ。
「ステファさん!!」
「シノノメにエレナも、聖騎士団で頑張っているか?」
ステファとの再会は、まだ数日くらいしか日が経っていないが、聖騎士団での生活の一日一日が濃くて、長く感じていた。
その為か、何故か久しい気持ちになっていた。
「頑張ってるぜ、俺ら!! 似合ってんだろ? この騎士服」
「あぁ、三人共よく似合っているぞ。そんな事より、丁度良かった。お前達に頼みたい事があるんだ」
ステファの言葉に、三人は首を傾げる。そして、ステファは言葉を続ける。
「お前達が卒団した後は、当然副都にも新たな入団者が入って来る。まぁ今回は人数がかなり少ないがな」
「俺らの後輩って事か……人数少ないの?」
「今期は三人だ」
卓斗は思わず吹いてしまう。まさかの人数に驚きが隠せない。
「三人!? 滅茶苦茶少ねぇじゃねぇか!!」
「元々お前らの代が多かったんだ。三人は確かに少ないが、いつもは基本一桁の人数だぞ」
「まじかよ……で、俺らに頼みたいって事って?」
ステファは腕を組み、悪戯な笑みを浮かべると、
「お前達に、一日だけ三人の教官を務めて貰いたいんだ」
ステファの頼み事とは、副都での一日教官だった。だが、卓斗達は今から、ガガファスローレン国に向かうという目的がある。
「一日教官!? 何でまた俺らが!?」
「んー、少し今期の三人は癖があってな……お前達が騎士の在り方などを教えてやって欲しいんだ」
「いやいやいや、俺も騎士の在り方なんか、イマイチ分かってねぇぞ……」
あまり乗り気じゃない卓斗に対して、三葉はノリノリだった。
「行ってあげようよ、卓斗くん!!」
「ちょっと、三葉……さん?」
「後輩さんにも会いたいし、ステファさんにもお世話になったから、力になりたいの!!」
三葉の言う事も分からなくも無い。だが、今日は目的があるのだ。
「いや、俺ら今から……」
すると、卓斗の言葉を遮る様にエレナが、
「じゃあ、その子達も連れてけばいいじゃない」
「は!?」
エレナのとんでもない発言に、卓斗は思わず声を上げる。たった一人の人物に会いに行くだけで、大人数で行っても意味はあるのだろうか。
だが、そんなエレナの提案にステファも乗り気だった。
「どこかに向かう所だったか。ならば、課外授業という名目でうちの生徒達も連れってくれないか? 頼む、オチ」
ステファはそう言って頭を下げる。歳上の女性に、こうも頭を下げられると、断れないのが卓斗の性だ。
「あーもう、分かったよ!! 連れてくよ!! 連れていきゃいいんだろ!! 一日じゃなくて、二日教官になっちゃうけどな!!」
「流石、卓斗くん!!」
「本当か!? それは助かる!!」
また変な事に巻き込まれたと、肩を落とす卓斗に、エレナは悪戯な笑みを浮かべて、肩に手を置いた。
「人に会いに行くだけでしょ? なら問題ないじゃない」
「まぁそうだけどよ……」
「ならば、取り敢えず副都まで来てくれないか? 生徒を紹介したい」
『賢者様』に会うべく、ガガファスローレン国へと向かおうとしていたが、一旦中断して副都へと向かう卓斗達。
休みは二日間しか無いが、卓斗にとって濃い休日になるのは明確だった。
「――えーっと……前期の副都の卒団者で、今は聖騎士団の第四部隊に所属してる卓斗です……よ、よろしく」
副都へと到着すると、早速自己紹介を始める事になった。緊張気味に挨拶をする卓斗の目の前には、三人の少女が副都の騎士服を身に纏い、卓斗に視線を向けていた。
「――うわぁ、なんかパッとしない人が先輩なんですね……あ、いや!! 悪い意味では無いですよ!? あの、その……優しそうって意味です!!」
そう言葉にしたのは、ユニ・ディア。十五歳の女性で、桃色の髪色で肩上程の長さ、髪を片方にサイドアップで結んでいる。
赤色の瞳をしていて、可愛い顔付きだが、度々毒を吐いちゃうSっ気な少女。
「――うむ、私の分析によると、この人はあまりモテないタイプと見た。そして不器用で、頭が悪いタイプ……うん、いい分析だ」
そう言葉にしたのは、モニカ・ヴァント。十五歳の女性で、黒髪に腰上辺りまでのロングヘア。前髪はぱっつんで、鼠色の瞳をし、ジト目だ。
ベレー帽の様な赤い帽子を被っていて、自分の分析に酔いしれているのか、腕を組んで微笑んでいる少女。
「――わお!! 本物の騎士なんデスね!! 凄いデス!!」
片言でそう言葉にしたのは、浜崎ジュリア・スカーレット。十五歳の女性で、金色の髪色にショートボブの髪型。
碧眼で元気な少女だ。名前で分かる様に、彼女も日本から飛ばされ、日本とイギリスのハーフの少女。
「――なんか……殆どが悪口だった気がするんだけど……そんな事より……日本人が居るんですけど!?」
「へ? 私の事デスか? 私は、ニホンとイギリスのハーフデスよ!!」
「わー、ハーフなんだ!! 可愛い!!」
三葉はジュリアを子犬を見る様な目で見ていた。まさか、副都に日本から飛ばされた人が居るとは思ってもいなかった卓斗は、只々驚いた。するとステファが、
「この者達はこの二日間、お前達の教官を務める事になった。しっかりと、勉強するんだぞ」
「へぇ、先輩が教官ですか。ちゃんと教えれるんですか?」
ユニは何故か疑いの目で卓斗を見つめて、そう言葉にした。
「お前な……俺の事、馬鹿にしてるだろ……」
「では、師匠と呼ばせて貰うとするよ」
すると、モニカが卓斗にふと、そう話し掛けた。
「師匠? 何で師匠なんだよ」
「色々と教えてくれるのだろう? ならば師匠という結論で問題は無いと思うのだけど」
「そうデスよ!! 騎士の全てを教えてくれる先生デス!! タクト先生デス!!」
キャラの濃い三人の後輩に、さらに肩を落とし、先が思いやられる卓斗だった。
「ところで先輩、今日は何をするんですか?」
ユニが卓斗に質問する。先輩と呼ばれる事に関しては、いい気分になっていた。
中学時代は先輩と呼んでくれる後輩などいなかった為か、先輩と呼ばれる事には憧れがあった。
「行こうと思ってた所があってさ、まぁ課外授業ってやつだな」
「もしかしてそれ、歩きます?」
「いや……まぁ、歩くけど……」
「そんなの絶対嫌です!! 疲れるのなんて、真っ平御免です!!」
「真っ平御免って……」
駄々を捏ね始めるユニに、呆れる卓斗。最近の若い子は、我が儘だなと思う卓斗だが、歳は一つしか変わらない。
「ユニ!! 我が儘を言っちゃいけませんヨ!! 先生の言う事は聞かないとダメなんデス!! 先生は絶対なんデス!!」
えらく自分に慕ってくれるジュリアを、卓斗は思わず可愛いと思ってしまった。
顔も可愛いのだが、そういう事では無く、可愛い後輩という方の可愛いと感じたのだ。
「そうだぞ? ジュリアの言う通りだ。先生の俺の言う事は、聞く様に」
先生と呼ばれる事に対しても、大分と酔い痴れてきた卓斗。最早、嫌がってた最初の頃の卓斗はもう居ない。
「えー、先輩は先生じゃ無いじゃないですかぁ。ただの先輩でしょ? じゃあ、私を背負って下さい」
「ただの先輩って何だよ!! 絶対にお前だけは背負わねぇ!! ジュリアは背負ってあげてもいいぞー」
「ほわ? 本当デスか!? わーい!!」
「んー!! 先輩の馬鹿!! 差別!! ロリコン!!」
喜んで跳ね回るジュリアと、頬を膨らませて地団駄を踏むユニ。そんな二人を見ていると、妹が出来た様な気分だ。
すると、モニカが卓斗に近寄り、腕の裾を掴むと、
「師匠、私は百歩以上歩くと、体力の限界に達する。効率的に課外授業を進めたいのなら、私を背負うのが利口的」
「何故歩数指定? まぁお前は体力無さそうだからな。疲れたら背負ってやってもいいぞ」
「もう!! 何で私は背負ってくれないんですか!! 先輩のあほ!! 差別!! ロリコン!!」
そんな四人を見ている三葉とエレナは、その微笑ましい光景に、笑みを浮かべていた。
「卓斗くん、人気者だね」
「まぁあいつは、親しみ易いからね。舐められてるだけだと思うけど」
取り敢えず、卓斗は三人の後輩と共に、ガガファスローレン国へと向かう事にした。
『賢者様』に会って、黒のテラなどの情報を聞くべく、六人のちょっとした旅が始まる。




