第77話 『偽りの夫婦』
「――その結婚……ちょっと待ったぁぁぁぁぁ!!!!」
ディーンの野太い叫び声が、会場に響き渡る。そして、卓斗も初めてヒナの結婚相手である王子、ディーンの姿を見た。
「あ、あれが……? 本当に王子?」
「えぇ、そうよ。私の言った通りでしょ」
「いやいや……言ってた以上だよ……想像以上に、やばいな……」
ディーンの容姿に、卓斗も思わず顔を引きつらせていた。これで、フューズやヒナが結婚を嫌がってる事が、完全に納得出来た。
すると、ディーンの後ろから遅れて、ゾロゾロと数名の騎士服を着た者達が現れた。
「――ちょっと、王子……!! 先々行かないでよ、迷子になっちゃう……っ!?」
遅れて駆け付けた美少女、それは。――エレナ・カジュスティンだ。その隣には、三葉、ディオス、ミラが立ち、更にマッドフッド国から来たヴァリ、ティアラが立っている。
エレナの視界に、ウエディングドレス姿のヒナと、髪型をバッチリと決め、新郎スーツを見に纏う卓斗の姿が映った。
「タクト……何やってんの……? 説明してくれるかな……!!」
「エ、エレナ!? それに、皆も!! って、ヴァリとティアラまで……!?」
怒りを抑えながら卓斗を強く睨むエレナ。だが、卓斗は事の経緯を話す訳にはいかない。
何故なら、エレナの近くにはディーンが居るからだ。ディーンに、ヒナの婚約者として見せつけ、諦めさせるのが目的で、話してしまえば意味が無くなってしまう。
まさかの身内の登場に、卓斗はピンチに晒される。
「ちょっと、あれってタクトの仲間? 作戦が失敗しない様に、上手く追い払いなさいよ」
「そう言うけどな……どうやって追い返すんだよ……あいつらにも、俺が婚約者だって思わせんのか?」
「それしか無いでしょ。この作戦をパーにするつもり?」
ヒナの言い分も間違いでは無い。卓斗が優先すべきは、ヒナの依頼の方だ。すなわち、卓斗には犠牲になって貰うしか無い。
「ちょっと、タクト!! その女は誰? 婚約者ってどういう事?」
すると、卓斗の側にフューズが近寄り、小さな声で話し掛けてくる。
「タクトさん、あの赤髪の女の子はトワさんなのか?」
「いや、違うけど……エレナ・カジュスティンって王妃様だ。今は俺と同じ聖騎士団に居るけど」
「エレナ・カジュスティン……やはり、トワさんと同じカジュスティン家の者か……」
すると、エレナは怒りに任せた歩き方で卓斗達の方へと歩み寄っていく。
「早く説明しなさいよ!! 場合によっちゃ容赦しないわよ」
すると、エレナの後を追う様にヴァリも、エレナの歩き方を真似て近寄って来る。
「そうっスよ、タク兄!! ちゃんと説明するっス!!」
すると、ヴァリに自分が卓斗に恋を抱いていると、バラされると悟った三葉もその後を追う。
「ちょっと、ヴァリちゃん!! 分かってると思うけど、余計な事は言わないでね!!」
そんな三人を見つめる、ディオスとミラとティアラ。
「モテモテだね、タアくん。四人の女の子が取り合ってるよ」
「少なくとも、うちのヴァリは僕ちゃんの事、好きじゃ無いと思うけど」
そして卓斗とヒナの前に、エレナと三葉とヴァリが立ち並ぶ。その圧力に、卓斗は気圧されそうになっていた。
「ちょ、お前ら……!! 何しに来たんだよ!! てか、何で俺がここに居る事知ってんだ? それに、あの王子と何で一緒に?」
「誰が質問していいって言ったのよ。まずは、あんたから説明する番でしょ!!」
「そうっスよ!! タク兄が結婚なんてありえないっス!! タク兄の結婚相手は――」
「わーわーわー!! なんでもない!! なんでもない!!」
ヴァリの言葉を遮る様に三葉が大きな声を出し、ヴァリの口元を手で塞ぐ。
すると、三人を見たヒナが徐に口を開いた。
「ちょっと貴方達、いきなり現れて騒いで、どういうつもり? 見て分からないの? 今、結婚式の途中なんだけど。私の旦那さんに群がらないでくれる?」
「おい、馬鹿!!」
卓斗の制止も虚しく、ヒナは言い切ってしまった。そして、その言葉を聞いた三人の表情は固まっている。
「へぇ……旦那さん……ね」
「見損なったっス……」
「な、何かの間違い……だよね……?」
三人からの視線に痛みを感じながらも、卓斗はこの作戦を実行しなければならない。
事の経緯は、全てがひと段落ついたら説明すればいい。そう己に言い聞かせながら、
「――い、いやぁ……あははは……そう、うん、結婚式っていいよなぁ……うちの嫁、か、可愛いいよなぁ……」
「ふーん、あっそ」
するとエレナは、卓斗の目の前まで歩み寄ると、突然腹部に強烈なパンチをお見舞いした。
「ぐふっ!?」
そして、ヒナの居ない方の卓斗の耳に顔を近づける。ヒナから見れば、エレナの顔は見えない。
エレナは卓斗にしか聞こえない程の小さな声で、
「本当、馬鹿ねあんた。なに巻き込まれてるのよ。どうせ、あの不細工な王子との結婚を阻止する為とかなんでしょ? 一人でやろうとして、本当馬鹿」
「エレナ……?」
すると、コソコソしている二人を見ていたヒナが痺れを切らし、エレナを卓斗から引き離す。
「ちょっと、なにコソコソしてんのよ。貴方、私の話し聞いて無かったの? タクトは私の旦那さんなのよ?」
するとエレナは、深く溜め息を吐くと、悪戯な笑顔をヒナに見せ、
「あら、ごめんなさいね、奥さん? 結婚式の邪魔しちゃったみたいで」
そう言うと、エレナはヴァリと三葉の手を引っ張って、ディーン達の居る場所へと戻って行く。
「ちょっとエレナ!! 何してるっスか!? タク兄の結婚認めるんスか!?」
「エ、エレナちゃん……!? どうしたの!?」
「いいから、行くわよ」
ようやく邪魔者が去り、一安心するヒナと、エレナの行動を悟った卓斗は申し訳無さそうに、エレナの背中を見つめていた。
「貴方の仲間には、可愛い人が多いのね」
「まぁ、いい奴らだよ」
エレナ達はディーンの元に戻ると、
「王子、ごめんなさい、話してみたけど駄目だった。あの二人は、どうしても結婚するんだって」
「えぇ!? エレナちゃん、許したの!?」
ミラはエレナからの報告に驚く。だが、ディオスとティアラだけは、エレナの考えを読み取った様だ。
エレナの考えとは、卓斗の作戦に協力する事。卓斗が、ヒナとディーンの結婚を阻止する為に行動していると分かったからだ。
それに気付いていないのは、ミラとヴァリと三葉だ。三人はエレナが許した事に戸惑いが隠せない。すると、
「――使えない奴らだ……」
ディーンがそう呟いた瞬間、ディオスが何かに気付き、全員を卓斗達の居る場所へと瞬間的に移す。
「わっ!? 移動した!?」
三葉達が驚いた束の間、ディーンの居る場所で突然、大爆発が起きた。民達は驚き、恐怖に包まれ、逃げ惑う。
「な、なんだ!?」
「タクトくん!! ここは任せていいかな? 俺とミラと、それからミツハちゃんにも手伝って貰うけど、ここの民達を安全な場所に避難させる!!」
「ディオスさん!! 何があったんだ!?」
「いわゆる、逆ギレってやつだよ。ミラ、ミツハちゃん行くよ!!」
そう言うと、ディオスは民達の誘導を始める。ミラと三葉もそれに続く。
「逆ギレって……まじかよ……」
大爆発が起きた場所の煙が消え始めると、ディーンが鬼の形相で卓斗を睨んでいた。
花嫁を奪われ、ディーンの怒りは最高潮にまで達していた。
「許さない……スースー」
ディーンの隣に立っていた側近も、剣を抜き構えて居る。まさに、花嫁を賭けた戦闘が始まろうとしていた。
「タクト!! 死ぬ気で王妃を守るのよ!!」
エレナは剣を抜き、構えてディーンを見つめながら、そう話した。ヴァリも、神器ではない方の剣を抜き、構える。
「グランディア騎士団が居る前で、悪さをするっスか? 同盟剥奪っスね、これは。ティアラは、そのおじさんを守るっス」
「分かったわ。ヴァリ、気を付けてね」
そう言うと、ティアラはフューズの側へと移動する。ディーンと側近はゆっくりとエレナ達の方へと歩み寄り、
「僕のお嫁さんを奪った……ヒナ様は僕のだけなのに……スースー。僕だけのモノにしてやる……スースー」
そう話すディーンの目付きは、完全に殺意が篭っていた。そして、その殺意は卓斗とヒナに向けられている。
「何だよあいつ……やべぇ奴だな……」
「だから嫌なのよ……あんなのと結婚だなんてあり得ないわ……」
「ヒナ、俺から離れんなよ。ちゃんと守ってやるから」
その言葉が聞こえたのか、エレナの表情は完全にブチ切れている。その怒りをディーンへと向け、
「この際だから言わせて貰うけど、あんた本当に気持ち悪いのよ!! 自分の容姿ちゃんと見てる!? そのみてくれで結婚出来ると本当に思ってたの!?」
「うるさい黙れ!! お前も、僕が他の女と結婚する事に嫉妬してるんだろ!!」
「キモ……」
すると、ディーンが剣を振りかざすと、青白いテラの斬撃が卓斗とヒナを襲う。
「遠距離!?」
卓斗はヒナを後ろにやると、剣で斬撃を受け止める。卓斗はそのまま、斬撃を横に跳ね返す。
「くそが……!!」
斬撃は王邸を直撃し、王邸の左側部分は破壊される。
「破壊力やべぇな……ティアラ!! フューズさんを連れて逃げろ!! ここに居たら危険だ!! 民の人達とディオスさん達と一緒に地上へ逃げるんだ!!」
「僕ちゃん達はどうするの!?」
「王子らは俺らで何とかする!!」
「分かったわ!!」
ティアラとフューズは、民達が避難した場所へと走る。このままでは、シドラス帝国が海へと落下してしまう。
それだけは、避けなければならない。
「ヒナ、お前も地上へ逃げろ」
「は!? 無理よ」
「何で無理なんだよ!?」
ヒナは強い眼差しでディーンを見つめて、
「お母さんとお父さんが暮らしたこの国を、私は守る。滅茶苦茶になんかさせない!!」
「それは、俺らが守るから、お前は逃げろ!!」
「偽りだけど私は貴方のお嫁さんなのよ? 旦那さんだけに任せられないわ。お母さんなら、きっと同じ事を言う筈……」
母親の願いを受け継ぎ、強く逞しく育ったヒナ。その信念が、逃げる事を許さない。
「分かったよ。そのかわり、俺から絶対離れんなよ。あいつの狙いは、俺とお前だ」
「分かった。ちゃんと守ってよね、旦那さん」
最後の部分を強調して言うヒナ。卓斗は笑顔で返すと、すぐさまディーンの方へと視線を移す。
「イチャイチャするのはどうでもいいんだけど、あの王子の狙いはあんた達よ。早くこの場から離れて」
エレナは怒りを抑えながらそう話した。卓斗とヒナの会話が嫌でも聞こえて来て、苛立ちを募らせる。
「そういう訳にもいかねぇんだ。俺らもあいつと戦う。んで、ヒナとの結婚を諦めさせる」
「はぁ!? あんた、守りながら戦う気? 言っとくけど、私は守りながらとか無理だから」
「お前はお前のやりたい様に戦え。ヒナは俺が守る」
卓斗は、自分が地雷を踏んだ事に気付いていない。エレナの表情に怒りマークが沢山出てる事など知る由も無く。
「あっそ。好きにすれば」
そう言うと、エレナはディーンの方へと走り出す。すると、ディーンの側近が立ち塞がり、エレナの行く手を拒む。
「王子の邪魔をするな!!」
「どきなさい!! あんたも斬るわよ!!」
ディーンの側近が、走るエレナに向かって剣を振りかざすと、その剣をヴァリが受け止める。
「君の相手はヴァリが受けるっス!! 王子はエレナに任せたっスよ!!」
「ありがと、ヴァリ!!」
エレナはヴァリと側近を避けて、ディーンの元へと一気に走り出す。ディーンは、剣に青白いテラを纏わせ、振りかざす。
「また斬撃……!!」
ディーンの斬撃がエレナに襲い掛かるが、エレナはそれを剣で横に弾く。その斬撃は、また王邸の左側へと飛んでいき、より一層破壊する。
「無闇に弾けないけど……仕方ないよね……!!」
ディーンの目の前まで行き、エレナは剣を横に振りかざす。ディーンはすぐさま剣で受け止める。
「君も僕と結婚したいのは分かるけどさ……スースー。僕は今ヒナ様の事で頭がいっぱいなんだよね……スースー。邪魔しないでくれるかな!!」
「相手が嫌がってる事に気付かないの? 自己中にも程があるわよ、あんた」
エレナはその場で半回転して、足底をディーンの腹部に当てて、蹴り飛ばす。
「相手に嫌われてるって事に気付きなさいよ、クソ王子」
エレナは剣に赤い炎を纏わせて、ディーンを睨む。既に大量の汗を掻いているディーンは、不敵な笑みを浮かべて、エレナを見つめていた。
一方、ディーンの側近である男と、ヴァリは睨み合っていた。
「同盟剥奪か……そんなもの、別に構わないな。王子の邪魔をするお前らが悪い。イストライル国を舐めるなよ、グランディア騎士団第六部隊隊長」
「舐める程でも無いっスよね、弱小国なんか。マッドフッド国を敵に回した事を、後悔するっスよ」
――空高くある雲の上に存在する空中帝国、シドラス帝国。一人の花嫁を賭けた戦いが始まる。




