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君と見る異世界物語  作者: 北岡卓斗
第三章 『聖騎士団』
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第75話 『フューズの記憶』


 シドラス帝国王邸、フューズ・グリンフィードの部屋で、一人の男がソワソワして立っている。

 銀色のスーツを着こなし、髪型もしっかりと整え、鏡の前で自分の姿を見つめている男。――越智卓斗だ。


「ふぅ……何でか、服まで着ると緊張してきたな……」


 卓斗は今、ヒナの着替えを待っている所だ。ソファには、既に黒のスーツに着替え終わったフューズが、神妙な面持ちで座っている。


「タクトさんも、緊張しているのかね? 私もだよ。娘の結婚式とは、例え偽りだったとしても緊張するものだね」


「父親ってのは、そういうもんですよね。息子なら気兼ねなく、おめでとうって言えるけど、娘になると色々と心配になりますもんね」


「あぁ、心配で心配で仕方がないよ。今回は王子を諦めさせる為の擬似結婚式……娘は私の元から旅立たないが、いつかその日が来る。ちゃんとご飯は作れるのか、洗濯や掃除は出来るのか、子供が生まれたならちゃんと育てられるのか、ちゃんと幸せになれるのか、私が不安がっても仕方ないがね」


 卓斗には、はっきりとは父親側の気持ちが分かる訳では無い。だが、分からない訳でも無い。

 自分が大切に育てて来た愛娘が、自分の元を離れて生活する事が、どれだけ心配か。


 自分の妹である結衣でさえも、その日が来たら素直におめでとうと言える自信は、卓斗には無かった。

 妹大好きお兄ちゃん、という訳では無いが、心配にはなる。


「一人娘となると、余計心配ですよね……特に、王子みたいなのが相手だと……」


 まだ王子の姿は見ていないが、ヒナの説明から想像するに、相当の見た目をしていると、卓斗は予想している。


「本当だよ……ヒナがちゃんと心から好きになった人と、結婚させてやりたい。それが何よりの、私の願いだ」


「そうですよね。きっと、ヒナさんはいい人と巡り会えますよ」


 すると、扉がノックされ、女性のメイドが入って来る。お辞儀をすると、


「ヒナ様の着替えが終わりました」


 そう言うと、メイドの後ろからウエディングドレスを身に纏ったヒナが、若干恥ずかしそうに部屋へと入って来る。


「ど、どう……?」


 卓斗もフューズも、何も言わないまま、黙ってヒナを見つめていた。


「何か言ってよ……!!」


「い、いや、凄ぇ綺麗だ……」


 ヒナのウエディングドレス姿を見た二人は、その美しさに言葉が出てこない。

 少しの幼さはあるものの、やはりウエディングドレス姿の女性は美しい。

 フューズも、愛娘のウエディングドレス姿を見て、目に涙を浮かべていた。


「ちょっと、お父さん!! 泣くの早いわよ!! 今日は擬似結婚式よ? 別に私まだ出て行かないからね?」


「あぁ、分かってる……分かってるが、ヒナのその姿を見ると、色々と思い出してな……」


 生まれた時から今までの、思い出が一気に脳裏に巡り、フューズは涙が止まらない。

 いつの日か、ヒナの本当の晴れ姿を見た時に、涙が出るか不安になる程に泣いていた。


「もう外では皆が私達を待ってるわよ。新郎は王子だと思ってるけど」


「そうだな。まずは民達にこの件の事を話さないといけないな」



 ――シドラス帝国の王邸前には、民達が全員集まっていた。ヒナの晴れ舞台を彩る様に、装飾がされていて、レッドカーペットが敷かれている。


 新郎新婦の登場を今か今かと待ちわびる民達。そして、シドラス帝国に、日本の結婚式でもお馴染みのオルガンの音が鳴り響く。


 王邸の玄関扉が開かれ、新郎新婦が登場する。拍手が沸き起こり、民達全員で祝福する。だが、しばらくすると拍手が鳴り止む。



「――あれ? 新郎の方、王子じゃないぞ!?」


「どうなってる……」


 新郎がディーンでは無く、卓斗である事に気付いた民達が動揺し始めている。


「ど、どうも……」


 卓斗は緊張のあまり、引きつった表情で会釈するが、民達の混乱は収まらない。


「ヒナ様!! どういう事なんです!? ディーン王子と結婚するのではなかったのですか!?」


「その男は誰だ!!」



「――私が説明する」


 卓斗とヒナの後ろから、フューズが出て来て民達の前に立つ。事の経緯を話す時が来たのだ。


「フューズ様!! 早くご説明を!!」


「あぁ、そう急ぐな。新郎の姿を見て、イストライル国の王子で無いのは、見て分かると思う。これには、訳があるんだ」


 フューズの言葉を待つ様に、民達は黙ってフューズを見つめている。フューズは深呼吸すると、


「彼には、ヒナの婚約者のフリをして貰っている。誠に、私情な事で申し訳ないが、イストライル国の王子とヒナとの結婚を、私は断りたい」


「断る……?」


「では、同盟の話は……」


 民達はフューズの説明を聞いて、更に動揺し始めた。民達にも、同盟の話が剥奪されれば、シドラス帝国に未来が無いのは分かっている。


「同盟の話も、無くなる事になる……無責任な国王で、誠に申し訳ない」


 フューズはそう言うと、民達に頭を深く下げた。それを見たヒナも、同じく頭を下げる。


「ほら、タクトも!!」


「お、おう」


 卓斗も頭を下げ、民達の様子を伺う。すると、


「ヒナ様とディーン王子の結婚を断りたい理由とは何ですか?」


「理由……それは、たった一つ。我が子をあの様な王子に渡したく無い……ただそれだけだ……」


 フューズから理由を聞いた民達は、何も言わないまま黙ってフューズを見つめる。

 フューズはそれに、恐怖していた。何を言われるか、どんな罵声を浴びせられるかを。沈黙という恐怖が、フューズを襲っていた。――その時、



「――フューズ様が謝る事ではありません!!」


「そうだ、そうだ!! 俺らも本当は、あんな王子と結婚だなんて反対だったんです!!」


「同盟の話なんてどうでもいいですよ!! 俺達にとって、ヒナ様も家族同然です!! 俺達の方から、ヒナ様と王子の結婚を断りたいってもんです!!」


 民達からの言葉は、フューズの想像を遥かに超えていた。全員が、自分と同じ考えを持っていた事に、驚きが隠せない。

 それと同時に、民達の想いが嬉しくて、嬉しくて堪らなかった。ヒナのウエディングドレス姿を見て、枯れる程流した筈の涙が、再び溢れていた。


 ヒナも民達の言葉に、胸を打たれていた。涙を堪えて、民達を見つめるヒナの肩に、卓斗は優しく手を置いた。


「いい国の人達だな」


「当たり前よ……」


 こうともなれば、ディーンを諦めさせる作戦に、シドラス帝国に住む民達も参加すれば、百人力だ。

 これだけ多くの者で、ヒナと卓斗の結婚式を見せつければ、信憑性も増し、ディーンも諦めるだろう。


「皆……ヒナとタクトさんの擬似結婚式に協力してくれるか?」


「当たり前ですよ、フューズ様!!」


 民達は一丸となって、鼓舞している。フューズはもう一度頭を下げると、涙を拭い、


「タクトさん、やはり私はこの国の民達が好きだ。今回の件が無事に終われば、どこかの国と同盟を結べるか、全力を尽くす」


「俺にも、何か出来る事があれば言って下さい。協力しますから」


 卓斗はそう言って、フューズに笑顔を見せた。フューズは、民達の方に視線を移し、言葉を零した。


「見ているか、ユリナ……民達は、これ程にまでヒナと私を愛してくれている……ならば、私も国王として、やるべき事をやらねばならないな。ヒナのウエディングドレス姿も、ちゃんと見ているか? 立派になったよ……ますますユリナにも似てきた。お前の様に、強く逞しく、そして美しく成長した……あの日のユリナの願いは、ちゃんと叶っているぞ――」




 ――三年前。


「ヒナ? いつまで寝てるの? 早く起きなさい」


 一室のベッドに眠る、金髪の童顔少女を起こす女性、石橋友理奈だ。今より、十九年前にこの世界へと飛ばされ、フューズと出会い、今に至る。

 十八歳でこの世界に飛ばされた友理奈も、今では三十七歳になり、一人娘のヒナを育てる立派な母親になっていた。

 逆を言えば、十九年間も日本への帰る方法が見つかっていない。それでも、友理奈は幸せだった。


 大好きなフューズと毎日を過ごし、大切で愛して止まないヒナの成長を見届けている今が、何より幸せだった。

 もう日本へ帰らなくてもいい、そう思っていた。家族に会えないのは辛いが、自分にもここで家族が出来た。

 それだけで、友理奈は十分だった。


「おはよ……お母さん」


「もう、寝癖も付けちゃって。今日は、エドラさんの結婚式なのよ? お父さんも先に行ってるし、早く準備しなさい」


「はーい……」


 まだ寝ぼけているのか、目をこすって洗面所へと向かうヒナ。その後ろ姿を見て、思わず微笑む。

 この何気ないやりとりでさえも、幸せを感じる。


 今日は、近所に住むフューズの知人、エドラの結婚式が行われる日だ。フューズは先に挨拶に行っていて、友理奈とヒナは後で合流する事になっていた。



 ――エドラの邸宅では、フューズがエドラに祝福の言葉を贈っていた。


「おめでとう、エドラ。お前もとうとう結婚するのか」


「ありがとう、フューズ。まぁ、若い頃は俺の方が先に結婚すると思ってたがな。お前は、堅苦しい青年だったし、女っ気も皆無だったからな。いつの間にあんな、綺麗な奥さん見つけたのか不思議だよ。ヒナちゃんもいい子だし」


「ハハハ、私も妻との出会いには驚いている。運命とは、こういう事なのかと実感したな」


「それもこれも、あの日に無事に生きてここに帰ってこれたお陰で、嫁とも出会えて結婚もして、幸せ者だよ俺は」


「あぁ、十三年前の事か……」


 今より十三年前に、この世界は終焉の危機にまで晒されていた。



 ――第三次世界聖杯戦争。



 全世界を巻き込み、三年間にも及ぶ大戦争が起きた。死者の数は数え切れず、負傷者はこの世界の半数以上にも及んだ。

 戦争の発端は、ガガファスローレン国とエルヴァスタ皇帝国の仲違いだった。

 最初は、二つの大国同士の戦争だったが、マッドフッド国とサウディグラ帝国がガガファスローレン国と三国同盟を結び、ヘルフェス王国とエルヴァスタ皇帝国が同盟を結んで、戦争は拡大していった。


 当時、二十四歳だった友理奈と、二十六歳だったフューズもこの戦争に参加していた。


「あれは酷い戦争だった……私はその戦争で両親を亡くしたからな……ヒナもまだ四歳で、守るのに必死だったな」


「あぁ、俺もよく生き延びれたもんだ……」


 第三次世界聖杯戦争で付いた傷は、十三年経っても未だに癒えてはいない。


「その戦争で妻と私とヒナが死の危険に陥った事があった。その時に、助けてくれた者達を、私は一生忘れない。ただ唯一、心残りなのは、礼を言いそびれた事だ。今、私達がここに居れるのも、その者達のおかげだ……もう一度会って、礼を言いたいんだがね」


「もう十三年前だからな――」




 ――今より十三年前。


「ハァ……ハァ……これでは、数が多過ぎる……」


 フューズと友理奈とヒナは、大勢の騎士や魔法使いに囲まれていた。丁度この頃、戦況は酷く一般市民での犠牲も目立ち始めていた。


「あなた、ヒナを連れて逃げて。私が道を作るから」


「何を言うんだユリナ!! それでは駄目だ、一人では無謀過ぎる!! ヒナの成長を見届けたいんじゃ無いのか!? 何か策はある筈だ!!」


 すると、友理奈は手に黒色の刀を作る。――否、黒のテラの力である、黒刀だ。


「私にはこの力があるから……」


「それを使っちゃ駄目だ!! それではまた……!!」


 その瞬間、友理奈は戦争の疲れの所為なのか、一瞬にして黒のテラの力に負け、暴走を始めてしまう。

 友理奈に自我は無くなり、目の前に居る全ての者を消そうと黒刀を振るう。



「――――」


「な、何だこいつ!? 魔法を無効化してるぞ!?」


「ユリナ……!! くそ……!!」


 大勢居た筈の騎士や魔法使いは、友理奈の黒のテラを前に成す術が無く、全滅する。


「ヒナ、お父さんの側から離れちゃ駄目だぞ」


「パパ? ママどうしちゃったの?」


 ヒナには友理奈が暴走しているなど分かる筈も無く、不思議そうに母親を見つめている。


「大丈夫だよ。ヒナが心配しなくても、ママは強く逞しいから」


 フューズはそう言うが、友理奈の暴走を止める手段など分かっていない。この戦争で幾つか暴走する姿を見てきたが、勝手に暴走が収まる方法しか知らない。

 そして、友理奈はフューズとヒナを視界に捉えると、ゆっくりと歩み寄って行く。


「ユリナ!! 目を覚ますんだ!!」



「――――」


 フューズの言葉は届く事無く、友理奈はフューズとヒナの目の前まで行くと、黒刀を振りかざす。

 フューズはすかさず、ヒナを抱き締める様に庇い、背中を斬られる。


「ぐっ……!!」


「パパ?」


「何でも無い……いい子だから、ジッとしているんだ……」


 友理奈は更に黒刀を、高く掲げフューズに斬りかかろうとする。――その時。



「――っ……」


 友理奈の暴走が収まり、その場に倒れ込む。すると、ヒナが母親の元に駆け寄る。


「ママ!!」


 友理奈は気を失っていて、ヒナの声が届かない。すると、フューズの視界にあるものが映った。

 それは、先程の騎士や魔法使い達の援軍が、大勢こちらへと向かっていたのだ。


「くそ……こんな時に……」


 戦争というのは、気を休める瞬間など無い。常に気を張り、いつ戦闘が始まっても戦える様にして置かなければならない。

 例え寝ている時でも、大切な妻が気を失い、愛する娘がまだ幼くても、戦争というのは命を奪ってくる。


 そして、大勢の敵の援軍はフューズ達の前に並び立つと、トドメを刺さんとばかりに、魔法を唱える。――否、



「――っ!?」


 大勢の敵が一斉に唱えた筈の魔法は、一瞬にして弾けて消えていった。それは正しく、黒のテラの力でもある、魔法の無効化に見えた。

 だが、友理奈は気を失ってフューズが抱き抱えている。ならば、一体誰の仕業なのか。答えは直ぐに分かった。



「――大丈夫!?」


 現れたのは二人の人物。一人は、赤色の髪色でお団子ヘアの女性。碧眼で非常に美しい顔立ちをしている。

 フューズが見るからに、十代後半にも見える。白色の騎士服にミニスカートで、黒のニーハイソックスを履いていて、上着は肩から青いラインが袖に向かって描かれている。


 そしてもう一人は、黒髪に無造作な髪型。黒色の瞳をしていて、フューズは何故か、この者に友理奈と同じものを感じた。

 一人目の女性と同じ、白色の騎士服とズボンを履いていて、腰には細い長刀が携えている。


「き、君達は……」



「――私は、トワ・カジュスティン」


「俺は、ヨウジって言うんだ。今から助けるから、ジッとしてろよ」



 そこに現れたのは、王族カジュスティン家を名乗る女性トワと、卓斗が副都でステファから聞いた事のあった名前、ヨウジを名乗る男性だった。

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