第73話 『黒のテラを宿した者』
「――黒のテラ……!?」
卓斗に走った衝撃。それは、ヒナの母親であり、フューズの妻である女性、石橋友理奈が日本人であり、黒のテラの所有者だった事だ。
「左様……いつもは地下にある一室で保管しているが、時折こうして、私の側に置いている。これを持っていると、妻が近くにいる様に感じてね……」
「それにしても、黒のテラって聞いて随分と驚いている様ね、タクト。何か知ってるの?」
ヒナが卓斗にそう言葉を掛けた。黒のテラという言葉に、明らかに驚いている卓斗を不思議そうな目で見つめていた。
「俺も……黒のテラの所有者なんだ……」
「え!?」
その言葉に、ヒナもフューズも目を丸くして驚いた。大好きな母親を、大切な妻を死に追いやった黒のテラを、今目の前にいる少年も宿している。
「タクトさんの体は大丈夫なのかい?」
「はい……今の所は大丈夫です。もしかしたら、友理奈さんの病気は、黒のテラの所為で進行を早めたのかも知れません。黒のテラは、完全に扱えないと暴走しますから」
「確かに妻は時折、人が変わったかの様に暴走していた……それも、黒のテラが原因だったという事ですかな……何故、妻は黒のテラを宿す様な事に……」
「フューズさん、フィオラの秘宝って聞いた事ありますか?」
卓斗は、少しでも情報を知るべく、フューズに質問する。フューズは少し間を空けると、
「えぇ、聞いた事はある。ですが、見た事は無い。妻の黒のテラを封印してくれた者が、フィオラの秘宝という言葉を口にしていたのを聞いただけでな」
「その、封印してくれた者って?」
「ここまで言って置いて恥ずかしながら、名前までは分からない。力及ばず、申し訳ない……だが、周りからは『賢者様』と呼ばれていた」
「賢者様……」
黒のテラを封印出来ると考えれば、その賢者様も黒のテラを所有する者と考えてもいい。
だとすれば、その賢者様は黒のテラの秘密について、何か知っているかも知れない。
「その賢者様ってのは、何処に居たんですか?」
「私も、妻を救うのに必死で、地上に降りて黒のテラについて調べ尽くした。ですが、情報は殆ど無く、唯一の情報がその賢者様だけだった。賢者様は、ガガファスローレン国と呼ばれる国に居る事が分かり、私もすぐさま向かった」
「ガガファスローレン国……」
卓斗はその国の名前を聞いた事がある。ジャパシスタ騎士団の桐谷卓也に、この世界の説明を受けていた時の事だ。
『――ガガファスローレン国。ここは、少し危険でな。あまり、行かない方がいい』
そう説明を受けていた卓斗。ガガファスローレン国は危険な国だとういのが、卓斗の認識だった。
「危険な国だって、聞いた事があります」
「あぁ、確かに危険な国だった。自国の騎士団の者を闘技場で殺し合いをさせ、その娯楽で飛び交うお金で国を繁栄させている。殺しにも容赦無く、罪を犯した者は皆、必ず死刑となる。そのやり方も人間のする様なものじゃない……」
フューズの説明に、卓斗は思わず息を呑んだ。その様な恐ろしく、危険な国に居る賢者様とやらは、味方なのか敵なのかが問題になってくる。
「だが、賢者様はそんな国の事を嘆いていた。未来の見えない国で生きるのは辛い……とな。妻の黒のテラを封印して貰ってからは、賢者様とは会っていないから、現在どこで何をしているのかは分からないが……」
「ガガファスローレン国に行けば、会えるかも知れない……フューズさん、ありがとうございます。いい情報が聞けました」
「いえいえ、とんでもない。タクトさんには、娘が迷惑を掛けるからね。これくらいの事、当然だよ。それより、タクトさんは何故、黒のテラをそこまで?」
「黒のテラは、今後のこの世界の存亡に関わってきます。黒のテラの力は、この世界を終焉へと導く力になるんです。その逆に、この世界を終焉から救う力にもなる……だから、この世界で黒のテラを宿している者は、そのどちらかの力を手にする事になるんです」
つまり、フューズの妻である石橋友理奈がもし、今も生きていれば、そのどちらかの力を手にしていたかも知れない。
フューズはそれを考えると、ゾッとしていた。もしかすれば、妻がこの世界を終焉へと導いていたかも知れないからだ。
「黒のテラとは、それ程に厄介なものだったとはね……では、タクトさんが、この世界を終焉へと導く力を手にしてしまう可能性もある、という事だね?」
「そうです。でも俺は、必ず世界を終焉から救う力を手にして、この世界を守ります」
「でも、どうしてタクトがそんな役目を請け負う事になったの? 別に誰でもいいんでしょ? 黒のテラを宿した人なら」
ヒナの質問は、卓斗にも分からない。何故、自分がそんな役目を負ったのか。
この世界の人間でも無く、しがない高校生の筈の自分をフィオラが選んだ理由も分からない。
「黒のテラを宿したってのが、一番の理由かもな。でも俺は、それだけが理由だとは思えねぇ。フィオラが何で俺を選んだのか、何で俺がこの世界に来たのか、全てが偶然だとは思えねぇんだ。きっと、何かの理由がある……」
「成る程、タクトさんはそれが知りたいという事かな?」
「それを知れば、日本への帰り方も分かるかも知れないですから」
日本への帰る方法を知るには、黒のテラの真相を突き止める必要があると、卓斗は考えていた。
「とにかく、ここでヒナさんの依頼を済ませたら、ガガファスローレン国に向かってみます。帰る方法が分かれば、伝えに来ますから」
「そうね、まずは王子をどうやって諦めさせるかよね。お見合いの時は、私にぞっこんって感じだったから、ちょっと時間が掛かるかも知れないわね……」
――王都では、エレナ達が謎の男から、ヒナとタクトの結婚についての話をしていた。
「へぇ、ふーん、あっそ、間違いなくタクトね、その人物」
エレナは腕を組み、貧乏ゆすりをしながら話を聞いていた。完全に苛立ちが募っている。
「ヒナ様は、うちの王子と結婚する予定だった。なのに、突然と現れ、ヒナ様の婚約者だと言った……そんな事、許せる筈も無い。ヒナ様は王子と結婚すべきだ」
「それは同感ね。あいつが、一国の王妃様と結婚だなんて百年早いわ。そのシドラス帝国ってどこにあるの? すぐにあの馬鹿を連れて帰りたいんだけど」
「その前に、一度うちの王子と話をして貰いたい。それからシドラス帝国へと向かう」
エレナは無言でディオスの方を見やる。言葉にしなくても、ディオスは肌で感じ取った。行くわよ、というエレナの無言の圧力を。
「はぁ……その人が、本当にタクトくんかどうかは分からないけど、可能性があるなら、行ってみようか。上には俺が話をしてくるから、王都の正門で待ってて」
「ミツハ、ミラさん、行くわよ」
エレナはズケズケと歩く様に王都の正門へと向かう。タクトの結婚の話が、相当気に障った様だ。
「エレナちゃん、何をそんなに怒ってるんだろ……」
「ミツハちゃん、鈍感だね」
「ど、鈍感……?」
ミラはそう言って、笑顔で三葉の肩を叩いた。三葉は何の事か分からず、首を傾げている。
「それで、あんた達の国ってどこにあんのよ」
「俺達の国は、マッドフッド国の隣にある小国、イストライル国だ。そこに、王子が居る」
「イストライル国……聞いた事無い国だね。相当小さな国なんじゃない? マッドフッド国の傘下か何か?」
ミラは顎に人差し指を当てながら話す。イストライル国という名の国を、聖騎士団であるミラは聞いた事が無かった。
「そうだ、イストライル国はマッドフッド国の傘下にあたる。つまり、今回のヒナ様との結婚は、シドラス帝国のマッドフッド国傘下の話にもなる訳だ。それなのに今更、婚約者が居るなどふざけた話だ」
「へぇ、マッドフッド国もどんどん規模を大きくしていってるんだね。これは、ヘルフェス王国も油断出来ないね」
「またいつ大きな戦争が起きるか分からない。今は六大国での休戦協定があるが、どの国が裏切るか分からないからな。今の内に、力のある国に付いて置くのが利口という訳だ」
すると、王都の正門に遅れてディオスが駆け付ける。聖騎士団の総隊長に報告を済ませて来たのだ。
「――お待たせ。では、行こうか」
「よし、まずはイストライル国へと向かう。付いて来てくれ」
聖騎士団第四部隊は、ヒナとタクトの結婚の話をするべく、ヒナのお見合い相手である王子の居る、イストライル国へと向かった。
――シドラス帝国の王邸、フューズの部屋で黒のテラが封印されている玉を、ジーッと見つめている卓斗。
「どうしたのかね、そんなに見つめて」
「いや、フィオラの秘宝ってのも、こんな感じなのかなって思って」
やはり、黒のテラが封印されている玉からは、不思議なオーラを感じる。
一度見ると、そのまま目を奪われるかの様な不思議な感覚だ。
「ヒナ、この玉を地下に置いて来てくれないか? タクトさんの案内がてらにね」
「うん、分かった。タクト、行くわよ」
ヒナと卓斗は、元々黒い玉を保管してある地下室へと向かった。入り組んだ、通路を渡り、螺旋階段を下りて地下へと進む。
「そういやさ、この国ってどうやって浮いてんだ?」
「この国は、莫大な自然テラを集めて、それを資源に浮いているの。地下には、その自然テラを溜め込んだ機械があって、外から自然テラを吸収しながら、国の地面全体に流れる様に放出して浮かせている。その機械を壊されたりでもしたら、この国は、真っ逆さまに海へと落ちるわ」
「それって……怖くねぇか……?」
いつ機械が壊れるかも分からない状態だと、怖くて仕方が無い卓斗。この高さから落ちたりでもしたら、助かる保証は無い。
「大丈夫よ、その機械には結界が張ってるから、簡単には壊せないわよ」
「そうなの……か?」
この世界の人間じゃない卓斗にとっては、結界の強度がどれ程のものなのかが分からない。
そんな信憑性の薄い、大丈夫という言葉を簡単には信じる事が出来ない。
そんな事を話していると、二人は地下室へと到着した。
「――ここが、地下室よ」
そこは、円形のホールの様になっていて、壁一面には目にはっきりと見える自然テラが、水槽の様に管理されている。
魚の居ない水族館の様な雰囲気に、卓斗は思わず息を呑んだ。そして、中心の部分には、黒い玉を置く台の様な物が設置されていた。
「なんだ……ここ……」
「ここは、文字通り地下室だから、この床の直ぐ下は空が広がってるわ」
下に空が広がってるという表現は、普段の生活ならあまり聞かない表現だ。
だが、卓斗はそんな事も気にならない程に、この空間に目を奪われていた。
ヒナが中心にある台に、黒い玉を置く。すると、黒い玉は台の上をふわふわと浮いて留まっている。
「それ、浮かせる必要あんのか?」
「正直言って、無いわね。見た目の問題よ」
「なんだそりゃ……でも、やっぱシドラス帝国って凄ぇよ。何で孤立してんのかが分かんねぇくらいに」
「シドラス帝国は、お爺さんが王だった頃に出来たの。お爺さんの力で、空に国を創った。だから、このシドラス帝国に住む人間は、元々マッドフッド国の近郊にあった小さな村の人達なの。当然、村には国との同盟とか無いから、お爺さんもシドラス帝国を創ってから、そういう事をしなかったの。それが知名度の低い理由と、孤立している理由よ。お父さんも、そういうのには疎い人だから、こっちから同盟の話は決してしない。だから、向こう側から同盟の話が持ち込まれない限り、シドラス帝国は孤立状態が続くのよ」
シドラス帝国の王は、言わば元村長だという事が分かった。それでは、国の職務など分かる筈も無い。
ヒナのお爺さんが亡き今、父親のフューズが王の座に就いたが、フューズも当然国の職務を知らない。
それで今回、イストライル国からの同盟の話が持ち込まれ、フューズも最初は喜んでいた。
だが、その条件というのが、ヒナと王子の結婚だった。
「私と王子の結婚が条件って知った時、お父さんは迷ってたの。でも、この同盟を逃せば、次にまた話が持ち込まれるのがいつになるのかが分からない。シドラス帝国も、そろそろ経済的に同盟国からの援助が無いと、回せない所まで来てるからね。だから、私はお見合いの話を呑んだの。でも……まさか王子があんな人だったなんて……」
「国の為にヒナが我慢する必要もねぇよ。俺が、地上に戻ったらシドラス帝国の知名度を上げてやるからさ。なんとしても、その王子に諦めて貰おうぜ」
――イストライル国。飛びっきり裕福な国という訳でも無く、どこにでもある様な、普通な国だ。
街があり、自然があり、日本で言えば田舎の様な国だ。王都と比べれば、その差はかなりある。
建物も木造の民家が多く、二階以上の建物が無い。
「随分、田舎な国ね」
「でも、私は好きだな、こういう街並み」
どこか日本を感じさせるような街並みに、三葉は懐かしい気分になっていた。
「エレナちゃん、先に言って置くけど、ここであまり問題を起こさないでね? ここは、マッドフッド国の領地にもなるからね」
「でも、休戦協定は結んでるんでしょ? なら問題無いじゃない」
「エレナちゃんったら、ヤンチャだね。本当に、元王族の王妃なの?」
カジュスティン家が滅亡したと揶揄するミラに、エレナは若干の苛立ちを募らせ、睨みつける。
「よすんだ、ミラ。エレナちゃんは紛れもなく、王族の王妃なんだ」
「別にいいわよ。特別扱いなんかしなくてもいいわ。王妃だったのは前の話。今は聖騎士団第四部隊の人間だから」
「もう聖騎士団としての自覚を持ってるんだね。そこは褒めてあげるね」
ミラとエレナは恐らく馬が合わない。嫌いという訳では無いが、気が合わないのだ。
「――そろそろ着くぞ」
イストライル国の男がそう言うと、王邸に到着した。他の民家よりは大きい建物だが、風情がある。
大きな門をくぐり、入り口まで庭の様な道を歩く。
「京都みたい……」
三葉はただただ感心していた。どこか懐かしい雰囲気に、気分も上がってくる。
「さぁ、入れ。この中に、王子が居る」
聖騎士団第四部隊一行が入り口を開けると、イストライル国の王子が出向いていた。
「――やぁ、よく来たね。君達が聖騎士団? 僕は、イストライル国の王子、ディーン・ロズウェル。よろしくね」
野太い声に、ボサボサ頭の不潔な髪。だらしない体型に、背丈も157センチと低く、着ているタキシードの様な服は、今にもはち切れそうになっている。
「げっ……んごっ!?」
「嘘……んぐっ!?」
エレナとミラは同時に、ディーンの姿を見て嫌悪感と衝撃に襲われていた。
ディオスは、苦笑い浮かべ、エレナとミラの失言に備えて、二人の口を塞いでいる。三葉は言葉にしないが、表情は引きつっていた。
エレナはディオスに口を塞がれながら、言葉を零した。
「――こえあ、おういさわ!? (これが王子様!?)」




