第71話 『突然の任務』
聖騎士団第四部隊に入団した卓斗は、その日に王都のパトロールをする事になった。
その際に、一人の少女が男に追われているのを目撃し、すぐさま後を追った。
――聖騎士団としての初仕事が始まる。
「聖騎士団だと? くそ、この国の騎士団か……」
「お前に用は無いんだ、その子をこっちに渡せ」
卓斗のテンションは最高潮までに達していて、目をキリッとさせ、台詞口調で、
「悪いが、この子が嫌がってるだろう? 無理に連れて行きたいって言うんだったら、この俺が相手になってやるぜ?」
決まった、と言わんばかりのドヤ顔で、男達を見つめる卓斗。男達は顔を見合わせ、小さな声で会話をしだす。
「おい、どうする?」
「ちゃんと説明するか?」
「いや、あまり大ごとにはしたく無い。だが、他国の騎士団に手を出す訳にもいかないな……」
コソコソと会話をする男達に卓斗は、追い打ちをかける様に言葉を繰り出す。
「その様子だと、この国の人間じゃ無いみたいだな。この王都で悪さをしようだなんて、考えが甘過ぎる。聖騎士団が居る限り……いや、この俺が居る限り、王都で悪さは出来ねぇぜ」
「何なんだ、あいつは……」
「凄い、気持ち良さそうに話してるけど……」
その時、卓斗の後ろに居た少女が、突然卓斗の腕を掴み後方へ走り出す。
「――うお!? ちょ、ちょい!!」
少女に引っ張られ、森の中をどんどんと突き進む。すると、男達もすぐさま追ってくる。
「逃がすか!!」
卓斗は、不敵な笑みを浮かべ、男達の方向に手を翳す。すると、
「取り敢えず、この場は逃げるか。――じゃあな」
その瞬間、男達は目に見えない不可視の攻撃に突然吹き飛ばされる。男達は地面を転がり、体勢を整え視線を上げるが、卓斗と少女の姿は既に見えなくなっていた。
「くそ!! 直ぐに探すぞ!!」
――森の中をしばらく走ると、大きな大樹の元に辿り着き、そこに二人は身を隠す。
少女は走り疲れたのか、前屈みになって息を切らしている。
「ハァ……ハァ……ハァ……」
「ところで、お嬢ちゃんは何で追われてたんだ?」
卓斗は情報を聞き出そうと、少女に優しく話し掛ける。――だが、
「――誰が、お嬢ちゃんよ!! 私は、シドラス帝国の王妃よ!? 図が高いわ!!」
「え、え?」
少女は強く卓斗を睨むと、声を荒げて激昂した。突然の事に卓斗は驚いたまま、固まっている。
「まぁでも、いいタイミングで来てくれた事には感謝するわ」
少女のかなり上からの目線に、だんだんと苛立ちが募ってくる。善意で助けた筈なのに、この言われようは何なんだと。
「あのな……」
卓斗が言葉を発そうとした瞬間、少女は人差し指を立てて、
「丁度いいわ、貴方に決めた」
「は? 何が」
「――私の婿に迎えてあげるわ。喜びなさい」
その言葉に、卓斗の頭は真っ白になった。何を言っているんだろうか、この少女は。
疑問に思う事が多々ある。まずは、いきなり婿に迎えるという発言。それから、どう見ても自分より歳下な少女。
この世界の結婚できる年齢は知らないが、十六歳である自分より歳下の子と結婚など、日本出身の卓斗からすれば考えられない。
それ以前に、会ったばかりの男に結婚しようだなんて、理解が出来ない。
「は? 婿に迎える? 何言ってんの……お前……」
「お前じゃ無い!! 私に向かってお前とは失礼よ!! 私は、イシバシ・ヒナ・グリンフィードよ!!」
「――イシバシ……ヒナ……!?」
卓斗はヒナと名乗った少女の肩を掴む。突然掴まれ、ヒナは驚きながらジタバタしている。
「ちょ、ちょっと!! いきなり触らないで!!」
「イシバシって、日本の苗字じゃねぇか!! お前……じゃなくて、ヒナって日本人なのか!?」
イシバシ、それは確実に日本の苗字だ。アカサキ同様、その様な苗字はこの世界に存在しない筈。
だとすれば、卓斗と同じく日本からこの異世界に飛ばされた人物となる。
「――ニホンジン?」
だが、卓斗の期待とは反対に、ヒナは日本人という言葉に首を傾げた。
「だって、イシバシって……」
「あー、イシバシは私のお母さんの姓の名なの。確かに、お母さんもニホンがどうとか言ってたわね」
「ヒナの母ちゃんが、日本を知ってるのか!? って事は、ヒナの母ちゃんが日本人……俺に会わせてくれ!!」
卓斗がヒナの肩を揺すりながら話すと、ヒナの表情が突然曇る。そして、徐に口を開き、
「お母さんは……三年前に病気で亡くなったの……」
その言葉に、卓斗は胸が締め付けられた。悪い事を聞いてしまったと、反省もした。
だが、これは仕方がない事だ。家の事情も何も知らない状態だと、どの質問が無神経にあたるのかは分からない。
「その……ごめん……」
ただただ謝る事しか出来ない。卓斗が悪いという訳では無いが、罪悪感は消えてくれない。
「別にいいわよ。貴方が悪い訳じゃ無いし。それで、貴方もそのニホンというのを知ってるの?」
「あぁ、俺も日本出身なんだ。ヒナの母ちゃんと話して、日本への帰り方を聞きたかったんだけどな……悪い、無神経だった」
「だから、いいって言ってるのよ。帰り方が分からないって、どんな国なのよ、それ。でもまぁ、お父さんなら何か知ってるかも」
「まじで!?」
日本へ帰れる方法がこれで分かるかも知れない。そう思うと、卓斗の気持ちは高まっていく。
「ヒナの父ちゃんに会わせてくれ!! 色々と話がしたいんだ!!」
すると、ヒナは悪戯な笑みを浮かべて、卓斗の口を人差し指でソッと抑えると、
「――私の婿になるならね」
「何でそうなるんだよ!! ふざけんな、大体ヒナ歳いくつだ?」
「――二十歳だけど」
「…………まじで……?」
最早、驚愕以上の衝撃が卓斗に走った。完全に見た目は、卓斗の妹である結衣の同級生と言ってもいい程。
だが、実年齢は自分よりも四つも上だった。日本で言えば、卓斗は未成年でヒナは成年だ。
「そんなに私って子供に見える?」
「いやいやいや!! どう見ても十二歳だろ!! 背も小っちぇし、幼いし!! クマさんパンツを履いてる顔だろ!! まじで……二十歳……?」
すると、ヒナは頬を膨らませて、卓斗を睨むと、徐にスカートの裾を掴んだ。
「誰が、クマさんパンツを履いてる顔よ……!! 私を子供扱いしないで!!」
そう言って激昂したヒナは、掴んでいたスカートの裾を上に上げる。
「――っ!!」
そして、卓斗の視界には、ピンク色のレースのパンツが映った。完全に大人な下着だ。
それに、白色のニーハイソックスを履いていて、ガーターベルトを付けている。
「な、なな、何してんだよ、お前!! 馬鹿か!? 男に自分からパンツ見せる女なんかどこに居んだよ!!」
「ここに居るわよ!! 貴方が、クマさんパンツを履いてる顔とか言うからでしょ!! どうよ、これのどこがクマさんパンツだって言うのよ!! 大人でしょ!? 大人のパンツをちゃんと履いてるでしょ!?」
「パンツ、パンツ言ってんじゃねぇよ!! 成年が未成年にパンツ見せてんじゃねぇよ!! 犯罪だぞ!!」
「だったら何で、ジッと見てるのよ!! 変態!!」
「変態はお前だろ!! 見せてる時点でお前が変態なんだよ!! 見てしまうのは……その、男の特権だろ!!」
未だにスカートを捲ったままで、顔を赤らめ、恥ずかしさで目に涙を浮かべているヒナ。
そんな状態でも目を逸らせないのが男の性だ。
「早く下ろせよスカート……」
「うるさいわね、変態」
そう言うと、ヒナはスカートの裾を下ろす。そして、少し気まずい空気が流れる。
「それで、貴方の名前は?」
「今聞く!? タイミングおかしいだろ……ったく。俺は卓斗だ」
「そう、タクトね。じゃあ、婿の話を詳しく説明するから」
そう言って、ヒナは大樹の幹に座り、隣の座れる場所を手で叩き、卓斗を誘う。卓斗は溜め息を吐くと、ヒナの隣に座る。
「婿にはならねぇけど、話は聞いてやる」
「あらそう。まぁ、簡単に説明するわね。さっきも言ったけど、私はシドラス帝国の王妃なの。シドラス帝国は、どの国とも同盟を結んでいない孤立した国で、その為もあって住む国民も少ない。まぁ、雲の上にあるから元々住みにくいんだけどね」
「は!? 雲の上!?」
卓斗は思わず大きな声を出してしまった。雲の上に国が存在するなど、例え異世界だとしても考えられなかった。
「そう、雲の上。だから、シドラス帝国の存在を知る人も少ないわ。貴方の様にね」
「シドラス帝国……それって、聖騎士団は知ってるのかな」
「さぁね。因みに、私はシドラス帝国から出たのは初めてよ。地上とシドラス帝国を行き来する為の魔法装置の扱いが難しいからね。ようやく覚えて、地上に降りたの」
「何で、地上に降りて来たんだ?」
「婿の話が関係あるの。シドラス帝国の存在を知った、ある国の王子とお見合いをする事になってね。いわゆる、政略結婚ってやつよ。でも、私はその人と絶対に結婚したく無いの」
ヒナはその王子の顔を思い出したのか、寒気を感じた様に、肩をさすっていた。
「政略結婚……どんな、王子だったんだ?」
「もう最悪よ。不細工だし、口臭いし、背は低いし、不潔だし、何より最悪なのは、もう四十四歳のおっさんなのよ!!」
流石の卓斗も、ヒナの説明する王子を想像して吐き気がした。その王子と、ヒナの容姿とじゃ釣り合わなさ過ぎる。
「私のお父さんも、流石に反対してたけど、国同士の事もあるから断れないって……だから、地上に降りて逃げて来たの。さっきの男達は、その王子の国の者よ」
「成る程、それで追われてたのか。でも、俺を婿に迎えるって言ってたのは、何だったんだ?」
「私に、既に婚約者が居れば、諦めてくれるかなって考えたのよ。国同士の事で断れないなら、向こうに諦めて貰うしか無いの……だから、貴方を婿に迎えるって事よ」
卓斗は考えた。正直、出会ったばかりだから結婚なんかあり得ないと思っているが、仮に良く知る仲だった場合、ヒナを結婚相手として考えるのは、ありな方だ。
見た目は幼いが、美少女。好きと言われれば、意識はしてしまうだろう。
「正直な話、結婚は無理だ。俺はまだ十六歳だし、結婚出来る年齢じゃねぇ。でも、何とかして欲しいって言うなら、何とかするぜ」
「何とかって?」
「うーん、ヒナの婚約者のフリをするとか?」
卓斗が導き出した答え、それは、婚約者のフリをして王子にヒナを諦めて貰う事。
「そう上手くいくかしら……でも、やってみなきゃ分からないわよね。いいわ、その話に乗ってあげる」
「何で上から目線なんだ……」
「なら、早速だけど、お父さんともその話をしたいの。タクト、今すぐシドラス帝国に行くわよ」
そう言うと、ヒナは立ち上がり、卓斗の腕を引っ張って歩き出す。
「ちょ、おい!! 行くなら、俺もディオスさんとかに話しときたいんだけど!!」
「そんなの後よ!! 今は急ぎなの!!」
ヒナの強引さに、呆れながらも付いて行く卓斗。こうして、突然として卓斗の初仕事が始まったのだ。
しばらく森を歩いていると、先程の男達と遭遇してしまう。
「――あ、居たぞ!!」
「げっ!? くそ、見つかったか。ヒナ、どうする?」
すると、ヒナは卓斗の腕を抱き締める様にすると、男達に向かって叫んだ。
「――良く聞きなさい!! この人が私の婚約者なの!!」
その言葉に、男達は目を丸くして固まっている。そして、少しの沈黙が流れると、
「本当か?」
男達は、卓斗の方を見てそう話した。ここで、卓斗の演技力が試される――、
「ん? あ、えー、そう!! そうだぞ!!」
そのあまりにも下手くそな演技に、ヒナはこっそり卓斗の腕を抓る。
「いででで!! 何すんだ馬鹿!!」
「あれー? 私の旦那さんは、何を急に言い出すのかなー……!!」
最後に強く抓ると、ヒナは笑顔で男達に、
「そういう訳で、この人と時期に結婚式挙げるから、貴方達の王子様とは結婚出来ないの。ごめんなさいね。行くわよ、タクト」
すると、ヒナは卓斗を引っ張りながら走り出す。男達はヒナと卓斗を止めようと、立ちふさがる。
「悪いけど、俺の嫁が困るから、そこ退いてくれるかな!!」
卓斗は『斥力』の力で、男達を吹き飛ばす。その隙を突いて、一気に走り出す。
「今の演技は良かったんじゃない? 及第点って所よ」
「そりゃどうも。んで、どこまで逃げるんだ?」
「シドラス帝国へ行くわ!! 十分な自然テラがある所まで行くわよ!!」
――王都の街中では、パトロールをしていた第四部隊が卓斗が居なくなった事に、困惑していた。
「もう、どこに行ったのよ……」
「全然居ないね……」
エレナと三葉は、ディオスとミラと二手に分かれて卓斗を探していた。
「目を離した隙に居なくなるって……子供ね」
「もう少し、この辺を探してみよっか!!」
それから、王都を走り回るが、卓斗を見つける事は出来なかった。最早、迷子というより、何かの事件に巻き込まれたのでは無いかと、心配になってくる。
「エレナちゃん!! ミツハちゃん!!」
同じく、卓斗を探し回っていたディオスとミラが、エレナ達と合流する。
「そっちは居た?」
「ううん、こっちは全然……ディオスさん達の方は?」
ディオスは、息を切らしながら首を横に振った。一体、どこで何をしているのだろうか。
そう考えている時、エレナ達に何者かが近づき、声を掛けた。
「――聖騎士団の者だな」
「そうですが、貴方は?」
「一つ頼みたい事がある。ヒナ様とタクトとやらの結婚式を止めてくれ!!」
その言葉に、全員が反応した。エレナ達に声を掛けた男の口から出た名前、正しく卓斗だった。
「ヒナ様とタクトの結婚式……?」
三葉もその言葉に疑問を抱きながら首を傾げている。それは、本当に自分達の知る卓斗なのだろうか。
だが、そんな事も考える余裕が無い一人の人物が、沸々と怒りを露わにしていた。――否、エレナだ。
「その話……詳しく聞かせてくれる?」
――エレナの静かなる怒りを察知したのか、卓斗は大きなくしゃみをした。




