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君と見る異世界物語  作者: 北岡卓斗
第ニ章 『副都』
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第61話 『王としての自覚』


「――私は……」


 セレスタは混乱していた。死んだと聞かされていた筈のエレナとエシリアの姿が目の前にあり、カルナがシルヴァを裏切りエレナ達の味方をしている。

 その光景が信じ難いものだった。それと同時に、昨晩のカルナとの会話が思い浮かんできた。



『明日、ルシフェル家の歴史が変わります。セレスタ様がどうすべきなのか、よく考えて下さい。もう一度言いますよ? ――セレスタ様のお友達は、皆いい人です』



 自分が今どうすべきなのか、何をすれば正解なのか、この一瞬では決め兼ねない。

 それでも、確かな道しるべを幼馴染のエレナとエシリアが、姉の様な存在のカルナが示してくれている。

 後は、自分の勇気だけが必要だった。一歩を踏み出す勇気、それがとてつもなく怖い。

 全身が重い鎖に縛られている様な感覚、それがシルヴァの束縛だ。


 カルナはその重い鎖を振り解いた。殺されるかも知れないのに、主君に逆らった。

 その勇気に背中を押される様に、セレスタは一歩を踏み出そうとする。

 重い鎖がキシキシと音を立て、セレスタは力一杯に一歩を踏み出した。


 その瞬間、自分がどうしたかったのか、何が正解だったのかが分かった気がした。

 重い鎖が解け、体が軽くなった感覚。



 ――そうか、エレナとエシリアとずっと一緒に居たかったのか。


 ――カルナお姉ちゃんと、もっと日々を過ごしたかったのか。



 歪んだ視界が、鮮明になっていく。エレナとエシリアの涙を堪えた表情、カルナの優しい笑顔が見えてくる。

 ずっと、セレスタは寂しかった。暗闇の中に一人閉じこもり、悩んで、悩んで、悩んで、孤独だった。

 その開放感と、エレナとエシリアとの大切な繋がりの温もりが、全身に伝わる。

 胸の奥が熱くなる感覚、悲しい涙では無く、嬉しい涙が溢れる感覚、



 ――やっと……やっと、私は……私になれる……。




 ――その瞬間、自分の耳元で金属音が鳴り響いた。目の前には、カルナが自分の顔のすぐ横に剣を突き刺していた。

 視線をその方向に移すと、シルヴァが殺意を込めた目でセレスタに切りかかっていた。

 カルナはそれを、間一髪防いでいたのだ。


「シルヴァ様、今のは娘に向けてはいけない殺意でしたよ」


「お前も俺を裏切るのか、セレスタ!!」


「父上、私はもう父上の言いなりにはなりません。これからは……いや、――今日からルシフェル家は、私が担う。もう父上にルシフェル家を纏める資格は無い。もちろん、兄上もだ」


 セレスタは覚悟を込めた目で、シルヴァを睨んだ。カルナはそんなセレスタの姿を見て、


「それでこそ、私の大好きなセレスタよ。私も協力する。もちろん、エレナちゃんもエシリアちゃんもね」


「当たり前よ!! 私は、やっと元に戻った三人の関係が好き……もう二度と、疎遠になるのは嫌……だから、一人で悩まないでちゃんと相談して!! 私達を巻き込ませたく無いとか、傷付けたく無いとか、関係無いから!! 突き離されるのが……一番傷付くんだから……だから……だから、私とエシリアに……セレスタを救わせて?」


「エレナ……」


 今ならエレナの言葉も、自分の素直な気持ちも分かる。一人で乗り越える事の出来ない壁も、三人でなら乗り越えられる。

 更には、姉の様な存在のカルナが居てくれれば、それは百人力だ。


「セレスタちゃん!! 私達は、何があってもずっと友達です!! 嬉しい時も、楽しい時も、悲しい時も、辛い時も……例え、これからも傷付け合う時があるかも知れません……それでも、私達は友達です!!」


「エシリア……」


 エレナとエシリアの存在が、カルナの存在が自分を強くしてくれる。

 自分が自分である事を教えてくれる。もうシルヴァの操り人形にはならない。セレスタはそう覚悟を決めた。



「――皆……ありがとう……!!」


 セレスタはそう呟くと、腰に携えていた剣を抜きシルヴァの方へと剣先を向けた。


「そうか……それが、お前の答えだな? セレスタ。父親である俺を、ルシフェル家の王である俺に逆らう事が、どういう事を意味するのか分かっているんだな?」


「あぁ、分かっている。私が今日からルシフェル家の王になるって事をな。そして、カルナお姉ちゃんには私の側近になって貰う」


「セレスタ……」


 逞しく話すセレスタに、カルナは胸が熱くなった。



「――カジュスティン家とエイブリー家との蟠りも消して、父上の間違いを正していく。それが、私の王としての自覚だ。父上の言う自覚など、王都の王族としての自覚じゃ無い。父上の理想での自覚だ。そんなもの、今の私に必要ない」


「もうお前は、俺の娘でも、ルシフェル家の王妃でも何でもない。今日ここで、死ね」


 実の娘に対して、絶対に言ってはならない言葉を言い放つシルヴァ。その事に、エレナが苛立ちを募らせる。


「あんた、本当に父親として失格ね。家族を守る立場である父親が、娘に対して死ねだなんて……残酷過ぎるわよ……」


 エレナの脳裏には、母親であるニワと父親であるジュディの姿が思い浮かんでいた。

 既にカジュスティン家は二年前の事件で滅亡していて、エレナ以外の全員の姿が消えた。

 死んだのかもどこにいるのかも分からない。感知魔法では見つける事は出来ず、事実上この世界から存在が無くなっている。


 だからこそ、家族が居る有り難みや幸せな事なのが、誰よりも良く分かる。

 辛い時に、何より一番に側に居てくれる事が救いになる筈なのに、シルヴァはセレスタをただ追い詰めているだけ。

 そんなもの、エレナは「家族」とは呼ばない。かと言って、「他人」とも呼べない。シルヴァはただの「独裁者」だ。


「人は失って初めてその有り難みが、存在価値が分かる。でも、あんたには分からないわよ。家族が家族である為には、母親も父親も兄弟も姉妹も、なにも欠けちゃいけない。それが分からないあんたには、父親を名乗る資格も、王族の王を名乗る資格も、セレスタにとやかく言う資格も無い!!」


「死に損ないの生き残り如きが、ルシフェル家の王である俺に意見するな。やはり、お前はジュディとニワの子供だな。いや、性格はニワの妹のトワに似ているか……余計に、腹立たしいな」


 シルヴァの口から出た「トワ」という名。エレナはその名を、聞いた事がある。

 母親であるニワが、度々その名を口にしていた。会った事は無いが、ニワに妹が居る事は知っていた。


「エレナの悪口を言うのは、許さない」


 セレスタがシルヴァに対して苛立ちを募らせ、睨みつける。例え父親であろうとも、大切な友の悪口を言われれば腹が立つ。


「まぁいい。お前ら全員ここで殺してやる」


 シルヴァはかなりの殺気を込めて、全員を睨む。だが、それでもセレスタ達は怯えない。


「もう怖く無い……これが、自分にとっての正解だから。エレナとエシリアが居て、副都の皆が居て、そして何よりカルナお姉ちゃんが居てくれる。それだけで、私は何も怖く無い」


「ごめんね、エレナちゃん、エシリアちゃん。どうやら、シルヴァ様の説得は失敗の様ね。戦闘になるわよ」


 シルヴァの殺気から、話が通じないと判断したカルナ。エレナとエシリアも剣を抜き、戦闘態勢に入る。



 ――王都近郊のオルダン騎士団と戦闘中のA班。セラとイグニールは、只ならぬ殺気を込めて睨み合う。


「おら、オメェから仕掛けて来いよ」


「随分と余裕な態度。それだと、足元が掬われるわよ……!!」


 セラは勢い良く走り出し、槍をイグニールの顔に目掛けて突き刺す。


「遅ぇんだよ!!」


 イグニールは顔をずらして簡単に避けると、右手の拳でセラに殴り掛かる。だが、セラはそれを左手で掴む。


「男の癖に、力無いわね。それでも、ち○こ付いてるの?」


「うるせぇ!! 女がそんな言葉、使ってんじゃねぇよ!!」


 イグニールはそのまま左足でセラを蹴りつける。何とか右腕でガードするが、よろけた隙に腹部を足底で蹴られ、吹き飛んでいく。


「まだ、一割しか出してねぇんだよ。オメェが俺に負けて、苦痛に歪む顔を見てやるよ。ハッ、ゾクゾクしてきたなぁ」


「この私に、武器も使わず勝てると思ってるのなら足元を掬われるわよ。以前と違って、神器だから」


 セラの持つ神器、シューラ・ヴァラ。自在に想像する武器に変形出来る特異な能力を持つ武器。

 かつて、イグニールとはこの神器を賭けて、戦った事がある。その時は、結果的にはセラが神器を手にした。


「神器なんざあっても意味ねぇ。己の力が全てなんだよ。オメェは、その神器に頼った時点で弱くなってる。それを、俺が証明してやるよ」


「神器を手に出来なかったからって、私に当たらないでくれる? 貴方の実力不足なんじゃないの?」


「さっきも言ったろ、あん時は邪魔が入ったからノーカンだってな。あのクソガキが邪魔しなけりゃ、オメェは死んでた。それに、今の俺はオメェの想像を絶する力を手にした。もうオメェに勝ち目はねぇんだよ」


「ちゃんと、シナハにお礼は言った? シナハが止めてくれなきゃ、貴方は死んでたわよ。別に、貴方がどんな力を手にしようが、根本は変わらない。貴方は私に勝てない」


 お互いプライドが高く、言葉では決して決着が付かない。力で、実力で勝敗を付けるしか、この二人には方法が無い。


「仕方ねぇ。特別にオメェは俺のストックにしてやるよ。まだ一つしかねぇからな」


「ストック? 何の事かは分からないけれど、それが貴方の新しい能力なのね」


 イグニールは不敵に微笑み、セラの方向へと走り出す。セラは、槍から剣へと変形させ、斬りかかる。


「ハッ、便利な神器だなぁ!!」


 イグニールは剣を抜き、セラの剣を受け止める。そのまま胸ぐらを掴み、力一杯を込めて投げ飛ばす。


「っ!!」


 セラは勢い良く転がっていく。体勢を整え様とするが、勢いが強すぎて止まらない。

 百メートル程は転がった所で、ようやく止まり、視線を上げるがイグニールの姿が見えなかった。



「――俺を探してんのか?」


 背後からそう聞こえ、セラが振り向くとイグニールが剣を振りかざしていた。

 その速さは異常で、セラは背筋が凍る。この間合い、イグニールの攻撃スピードから見て、防ぐ事は間に合わない。――瞬間、


 イグニールの剣はセラを捉える事は無く、セラを纏う光のバリアを捉えていた。


「あぁ? 永続魔法なんざ仕掛けてたのか?」


「これは……」


 セラは、防御の永続魔法を使っていない。だとすれば、この防御魔法が誰のものかは、直ぐに分かった。


「ミツハ!! いつの間に私に防御魔法を……」


「ハッ、あの女の仕業か。ったく、面倒臭せぇ事しやがる。まぁ、防御魔法があるってのが分かってんなら、ぶっ壊すなんざ楽勝だ」


 イグニールは、セラを纏う防御魔法を割る為に、力を込めて剣を再度振りかざす。

 だが、今回はセラが剣でそれを防ぐ。だが、力が強くて後退る。


「チッ、そんな簡単には隙を見せねぇか。だが、前のオメェの方が強かったんじゃねぇか? 副都で仲良しごっこなんざするから、弱くなんだよ」


「貴方には、一生分からない事よ。大切な者を守りたいと思う事が力に変わる事を。確かに、前までの私なら貴方の意見に賛同していた。他者との関わりなんか、力にならない、邪魔なだけと。でも、ミツハが教えてくれた。今の私なら十分に分かる。思い知らせてあげるわ。大切な者を守る時、助けたい時の力を」


 セラは立ち上がり、剣を構えてイグニールを睨む。そんなセラを見てイグニールは、


「くだらねぇ。そんなもん俺がねじ伏せてやるよ」



 ――セラとイグニールが激しい戦闘を行う中、繭歌とシナハもどちらから仕掛けるか伺っていた。


「お前、聖騎士団より強い? シナハを楽しませれる?」


「うーん、僕が聖騎士団の人達より強いかどうかは分からないね。戦った事無いから。でも、君を楽しませる事は出来るかも知れない。っていうより、僕が楽しむだけなんだけどさ」


 そう言って繭歌は、剣を抜き構えた。副都の一般的な剣では無く、刃の峰の部分が水色で刃の方は銀色。鍔はギザギザの円形で水色、柄も水色だ。

 自分専用の武器を作っていた繭歌。その武器は、自分の能力に合わせて作られている。


「少し前に、この剣を作って貰ったんだけどさ。実戦で使うのは初めてなんだよね。誤って殺しちゃったら謝るよ」


「お前がシナハを殺す? それは絶対に無理。シナハを殺せるのはこの世界に一人、イグニールだけ」


「へぇ、君でもイグニールには勝てないんだ。相当強いんだね、イグニールって。じゃあ悪いけど、僕が君を倒せる二人目になろうかな」


 繭歌がそう言って地面に剣を刺すと、氷が地面を這ってシナハに襲いかかる。



「――氷? 偶然」


 シナハはそう言って、剣を抜く。刃は銀色で峰は赤色、鍔は金色でS字の形をしていて、柄も赤色だ。

 そして、繭歌と同じく剣を地面に刺すと、桃色の氷が地面を這って繭歌の氷と衝突し、お互いの氷が固め合い、大きな物体となる。


「へぇ、まさか君も氷だとは思わなかったよ。しかも、ピンク色の氷って初めて見るね」


 繭歌の氷は、一般的な透明な氷。シナハのは桃色の氷で、日本では滅多に見ない色をしている。


「氷を扱う者と戦うのは初めて。ちょっと楽しみ」


「僕もだよ。君がどういう戦い方をするのかも、興味があるね」


 繭歌は走り出し、お互いの真ん中に出来た桃色と透明の氷の物体を飛び越えて、上からシナハに斬りかかる。

 シナハは軽々と繭歌の剣を防ぐ。すると、繭歌は何かに気付いた。


「この子の周り……温度が低い……早速、何か仕掛けた?」


「えへへ、ばいばい」


 可愛らしく笑顔を見せてシナハがそう言った瞬間、繭歌の耳に、まるで空気が凍ってるかの様に、パキパキと音が聞こえる。


「まさか……!!」



 ――次の瞬間、繭歌の全身は桃色の氷で氷漬けにされる。身動きも取れず、息すら出来ない。


「残念。近くに来られてもいい様に、仕掛けは怠らない。これくらい見破って欲しかった」


 だが、桃色の氷に突然ヒビが入り砕けていくと、繭歌の周りには透明な氷が覆っていた。その氷も割れ、辺りにはキラキラと破片が輝いて飛び散る。


「間に合った様だね。君の近くの温度が下がってる時点で、予想は出来たさ。まさか、それが君の持てる知力だと言うの? だったら、がっかりだよ。怜悧で聡慧なんて程遠いね」


 悠々と話す繭歌に対して、シナハは無表情で見つめる。そんな二人の所には、砕けた氷が舞い散り、太陽の光を反射させて美しく輝き、繭歌とシナハは同時に剣を振りかざした。





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