第59話 『セレスタ救出作戦開始』
「いよいよ今日だ。ルシフェル家が大きく歴史を変える日を迎えた。セレスタ、オルヴァ、お前達が王になる日でもある。カルナ、お前の活躍も期待している。今日の正午に、オルダン騎士団の奴らが王都を襲撃する。それを合図に、俺らも準備をし、背後から聖騎士団を叩くぞ」
そう話すシルヴァに、オルヴァとカルナは頷いた。セレスタは、ボーッとしたまま、ただ突っ立っている。
「セレスタ、いつまでもクヨクヨするな。お前も今日から王になるんだぞ。もっと自覚と覚悟を持て」
「そうだぞ、貴様。今日の計画は失敗できないからな。足を引っ張るなよ」
シルヴァとオルヴァにそう言われ、セレスタは強く拳を握って、
「分かってます……」
そして、カルナは少し緊張していた。卓斗達との作戦が上手く行く事を願いながら、カルナはここに居る。シルヴァの計画を止める為に。
――そして、オルダン騎士団の面々も準備を整えて、王都へと向かっていた。
「てかよ、オメェらの作戦に何で俺が必要なんだ? 聖騎士団くらい、オメェらで潰せや」
そう言って面倒臭そうに歩くのは、イグニール・ランヴェルだ。身長は180センチ程。大罪騎士団の制服、半分白色、半分黒色の騎士服着ていて、上着の裾はへそより上の短ランの様な形。そこから見えるお腹は、かなりの筋肉質だ。
目付きは悪く、犬の牙の様な八重歯が見えている。赤色の髪色で、ロングヘア。左目は前髪で隠れていて、紫色の瞳をしている。
「何を言うか、イグニール。お前も、オルダン騎士団のメンバーだろう? なら、お前が参加するのも至極当たり前な事だぞ」
イグニールに対してそう話したのは、オルダン騎士団の副団長、ゲオ・ウェインだ。
黒髪で後ろを結んで束ねている。凛々しい顔立ちに、碧眼だ。身長は、178センチ程で、体格はやや太っている。
それでも筋肉はあり、屈強な体つきだ。服装はオルダン騎士団の騎士服で、黒色ベースに赤色の複雑な模様があちらこちらに入っている。
「それに、何だその服は……オルダン騎士団の騎士服があっただろう?」
「んなダッセェもん着れるかよ。こっちのがよっぽどお洒落だってんだ」
「そのお腹が出てるのがお洒落? イグニール、頭おかしい」
イグニールのお洒落を否定したのは、唯一の女性である、シナハ・サクラスだ。
桃色の髪色でミディアムショート。毛先にはパーマが掛かった様にふわふわしていて、片方の髪を耳にかけている。
ジト目で右目の目尻にはホクロがあり、赤ちゃん肌の様にモチモチした肌質。
身長は150センチ程で、オルダン騎士団の騎士服を着ているが、スカートを履いている。
白色のニーハイソックスを履いていて、ガーターベルトを付けている。
「チッ、ガキにはまだ良さが分かんねぇんだよ」
「イグニール、十九歳。シナハ、十九歳。じゃあ、イグニールもガキ?」
「オメェの頭の中がガキだって言ってんだ!!」
「シナハの頭の中に、ガキなんか住んでないよ? イグニール、頭おかしい」
シナハの口調に苛立ちを募らせるイグニール。イグニールは女性が好きだが、こういうタイプの女性は苦手な様だ。
「クソが、面倒臭せぇ女だな本当」
「えへへ、イグニールに褒められた」
「褒めてねぇよ!! クソが!!」
シナハと話していると、どうも調子が狂ってしまう。そんな二人を見て、
「シナハもイグニールも、ルシフェル家の為に今日は働いて貰うから、失敗はするなよ」
そう話すのは、オルダン騎士団の団長、シェイド・ウルバスだ。
「ハッ、俺は別に王族の為にだとか、どうでもいいんだよ。人を殺せれば何でもいい。戦えりゃ何でもいいんだよ」
「シナハもー。イグニール、勝負する? どっちが多く相手を殺せるか。聖騎士団って強い?」
「まぁ、体長格はシナハなら楽しめるんじゃねぇか? 俺も会った事はねぇから知らねぇけどよ。まぁでも、相手になんねぇのには変わんねぇか」
イグニールは余裕を持って気怠そうにし、シナハは楽しそうにスキップしながら歩いている。
どちらも、人を殺める事に躊躇いなど無い。むしろ、快感すら覚えてしまっている。
それは、常軌を逸しているとしか言いようがない程に。
「まぁ何でもいいが、聖騎士団を倒せさえしてくれればいい」
――卓斗達もセレスタ救出作戦を実行する為、王都へ向かっていた。
「いよいよ作戦開始か……上手くいきゃいいけど……」
「大丈夫だよ、越智くん。僕達なら乗り越えれるさ」
卓斗はこの作戦に不安があった。と言うのも、イグニールの事についてだけだが。
どれだけセラが強いと言おうが、イグニールの強さも予測出来る。『大罪騎士団』のメンバーは全員がヤバイ奴だと分かっているからだ。
「セラ、本当に無茶だけはしないでくれよ」
「しつこいわね、女々男。私達が無茶するかどうかは、女々男達の説得が早く終わるか次第なんだけれど」
「分かってるよ。極力早くすっから」
「でも、セレスタはカルナさんよりも頑固だからね。説得するのは骨が折れるわよ……」
卓斗とエレナとエシリアは、今回の件で二度セレスタの説得に当たってるが、どちらも失敗に終わっている。
「でも今回はカルナさんが味方だ。状況はいつもと違う筈。だから、必ず説得してみせる。でも……心配なのは副都の方だな。もし、副都が襲撃されたら、ステファさんとオルドさんの二人で何とかして欲しいんだけど……イグニールがそっちに回ったら、ちょっとマズイかもな……」
「あんた、えらくイグニールって人の強さを買ってる様だけど、名前しか知らないんでしよ?」
卓斗が極度にイグニールを警戒している事に、エレナが疑問に思った。名前を知っているだけにしては、あまりにも警戒し過ぎているとも言える。
「あ、いや、その……」
「――イグニールは、その強さも名前も、世間では有名。知らない人もいるけれど、知っている人も少なからずいる。ただそれだけの話」
そう言って卓斗のフォローをしたのはセラだ。セラは、卓斗が何故、皆にイグニールに会った事を話さないのか、瞬時に理解した。
『大罪騎士団』の存在と目的を、知って混乱させない為。特に、今はセレスタ救出作戦の方を優先すべき事で、混乱して失敗する怖れもある。
一昨日の夜に卓斗と話して、セラはそう思っていた。自分に話してくれたのは、その話を聞いても取り乱さないと卓斗が思ってくれたからだと。
それに、その話がまだ信じていいものなのかも定かでは無い。嘘だった場合の事も考え、余計に混乱させる訳にはいかない。
「セラ……」
「ふーん、そんなに有名なんだ、イグニールって人」
卓斗は視線だけでセラに感謝を伝えた。読み取ったのか、セラは卓斗の視線を受け止め、目を瞑って肩を竦めると、
「でも、私としてはイグニールよりも危険な人物だと思う人が居る」
「他にも居るのか!?」
「えぇ、団長であるシェイドと副団長のゲオの二人も、実力は確か。聖騎士団でも苦戦すると思っていい。アカサキさんなら、瞬殺できるけど」
セラは、頬を若干赤らめながらアカサキの話をした。もはや、尊敬では無く、恋をしている乙女の様だ。
「でも、シナハ・サクラスという人物は訳が違ってくる。イグニールとはまた違うタイプの危険人物。アカサキさんでも、苦戦する程と見ていい」
「アカサキさんが苦戦する程……」
『最強』を誇る聖騎士団総隊長のグレコ・ダンドール。グレコ以来の『天才』と謳われるアカサキでも、セラは苦戦すると考えている。
「私はシナハと戦うより、イグニールと戦ってる方がマシ。イグニールは女々男と一緒で馬鹿だから、ど直球に真っ直ぐに力で勝負する戦闘を行うタイプ。シナハは、かなり頭がキレるタイプ。I.Qも二百は軽く超えると思っていい」
セラからのシナハの説明に卓斗は息を呑んだ。馬鹿と言われた事など気にならない程に。
イグニールだけでもかなり警戒していたのに、また新たな不安が出来た。
「だから、シナハと戦う人は要注意」
すると、シナハとの戦闘に興味を持った人物がいた。それは、
「I.Q二百以上か……ちょっと、面白そうだね」
そう言ってワクワクしているのは繭歌だ。要注意と言われている相手に対して、心を躍らせている事に他の者は理解出来ない。
特に、そんな相手に警戒しまくっている卓斗にとっては尚更だ。
「繭歌……面白そうって……」
「I.Q二百以上の怜悧で聡慧な人にさ、勝った時の快感って堪らないと思うんだよね。そういう人ってさ、自分の思考が覆る事を想定してないと思うんだ。それに勝つって事は、その人の絶対的思考を否定出来るって事になるからさ、優越感に浸れるよね」
繭歌の言葉に、全員が理解出来ないでいる。そういった意味では、 変な人と思われてもおかしく無い。
「マユカって、ちょっと変よね」
「酷い事言うんだね、レディカって。まぁでも、そのシナハって人は僕が相手していいかな」
「別にいいけれど、勝たなくてもいいのよ? あくまでも私達は足止めが任務だから。女々男達の説得が終わるまでのね」
セラ、悠利、レディカ、繭歌、三葉の五人は、オルダン騎士団の足止めが、あくまでもの作戦だ。
「そうだ。繭歌、勝ちに拘って怪我でもしたら意味ねぇぞ。俺らは、引き分けでも勝ちなんだからな」
「そうだけど、三葉も居るしね。何かあったら治癒魔法を掛けて貰えるからさ、少しは勝ちに拘らせてよ。越智くん達が、早くに説得を済ませて僕達の所に戻ってくれば、僕も戦うのは止めるから」
「本当に、無茶だけはしないでね、繭歌。私の治癒魔法があるからって、油断もしない様にね?」
三葉からの言葉に繭歌は笑顔で頷いた。それから、しばらく歩くと、
「よし、この辺りでいいだろ。ここで、オルダン騎士団が攻め込むのを止める。皆、頼んだぞ」
「任せろよ、卓斗。お前も、セレスタちゃんの説得、頼んだぜ」
卓斗と悠利はそう言って拳を合わせた。A班はこの場に残り、オルダン騎士団の待ち伏せ。
B班はセレスタを説得するべく、そのまま王都へと向かう。
「カルナさんには、自分のタイミングで俺らの味方に付く様に言ってあるから、最初はバレない様に頼むぞ、エレナ、エシリア」
「大丈夫よ。逆にあんたの方が心配なんだけど? どっかでボロ出してバレたりしたら、全部台無しだからね?」
「でも……セレスタちゃんを説得出来たとしても、セレスタちゃんのお父さんを説得出来るかは、また別の話ですよね……それに、お兄さんのオルヴァさんも……」
下手すれば、ルシフェル家の者と戦闘になる可能性もある。考えたくも無いが、セレスタと戦う事だって可能性はゼロでは無い。
「父親と兄貴か……確かに、厄介そうだよな……」
そんな事を話していると、王都に辿り着いた。卓斗はこれが四度目の王都となる。
「エレナ、エシリア、行くぞ」
卓斗達は目を合わせて頷き、ルシフェル家邸宅へと向かう。卓斗は少し緊張していた。
緊張しているのは卓斗だけでは無い。オルダン騎士団を待ち伏せている悠利達も緊張していた。
「――俺らにちゃんと、足止めなんか出来るかな。相手はかなり、強いんだろ?」
「弱気ね、ユウリ。セレスタを助ける為だと思えば、きっと上手くいくわよ」
緊張で不安を募らせる悠利に、レディカが言葉を掛けた。これから戦うであろう相手は強敵。
言葉を掛けたレディカも緊張はしている。冷静沈着なセラも、I.Q二百以上の相手と戦える事を楽しみにしている繭歌も、恐怖心と戦う三葉も、副都で吉報を願って待っている李衣達も、シルヴァの元で卓斗達の到着を待つカルナも、皆が緊張していた。
失敗は許されない。失敗すればルシフェル家の歴史が、王都の歴史が大きく動く。それも、悪い歴史へと。
卓斗達はそれを絶対に阻止しなくてはならない。セレスタの悲しむ顔を、セレスタの一族を、救わなければならない。
「ユウリもレディカもマユカもミツハも、緊張に呑み込まれない様に。――来たわよ、オルダン騎士団」
全員がセラの視線の先に目をやると、オルダン騎士団がこちらへ歩いて来ていた。
「あん? 誰だアイツら?」
「どうやら、私達に用があるみたいだな」
オルダン騎士団が近くへ来ると、お互いは睨み合う。すると、
「――って、オメェはセラじゃねぇか!? 何でこんな所に居んだ?」
「久し振り、イグニール。それに、シェイドとゲオとシナハも」
セラはオルダン騎士団のメンバーと会うのは、副都に入団した時以来だ。
「セラか……て事は、そちらの四人も副都の者か?」
「どうしてお前がここに居る?」
「セラだ。半年前とあまり変わってない? シナハはちょっと大きくなった」
セラは大きく息を吐くと、手に槍の形をした神器シューラ・ヴァラを持つ。
「悪いけど、ここから先には行かせない」
――ルシフェル家の領地へと入った卓斗達。邸宅の手前まで行くと、一人の人物が待ち構えて居た。
「止まれ。ここに何しに来た?」
「お前は……セレスタの兄貴……!!」
そこには、剣を抜いて立っているオルヴァが睨みを利かせていた。
「部外者が入っていい場所じゃ無い。今すぐ帰るか、俺様に殺されるか、選べ」
「フン!! 帰らねぇし、殺されもしねぇ!! 俺らは、セレスタを救いに来た!!」
卓斗達の、命を、歴史を賭けたセレスタ救出作戦が開始した――。




