第56話 『心強い味方』
カルナは卓斗の差し伸べた手を取った。それは、シルヴァを敵に回し、セレスタを、ルシフェル家を救うと決めた瞬間だ。
心の奥に閉じ込めたカルナの本音を、卓斗は掘り起こした。卓斗はカルナに微笑みながら、
「へへっ、カルナさんが味方なら、心強いな!!」
「本当、カルナさんは頑固過ぎんのよ。セレスタと似てるわね」
「でも、カルナさんの本音も、セレスタちゃんを救いたいって事が、私は嬉しいです」
カルナは涙を拭い立ち上がると、
「相手は本当に強大よ? 何たってルシフェル家の王だからね。シルヴァ様は平気で人を殺す人、失敗すれば私はもちろん、貴方達の首も飛ぶわよ。他の王族の王妃とか関係無しにね」
「大丈夫だ!! 俺が絶対に説得してみせる。それと、教えてくれるか? ルシフェル家が何をしようとしてて、セレスタが巻き込まれてるのかを」
カルナが味方に付いた以上、必要な情報は聞いて置きたい所だ。その上で、どうセレスタを助けるかを決める。
「事は、貴方達が思っている以上に深刻……シルヴァ様は、ヘルフェス王国を乗っ取り、ルシフェル家の人間だけの国にし、セレスタをその国王にしようとしている。自分は、国王の位の上に立ち、国を支配するつもりよ」
「王都を乗っ取る!? 何でそんな事……」
「あの人は、ルシフェル家以外の人間を決して認めない。実力も存在理由すらも……六年前に、国王がエレナちゃんのお父様に決まった時から、恐らく企んでいた事よ。簡単に言えば、自分が一番じゃなきゃ駄目で、王権のルール上、シルヴァ様は国王にはなれない。だから、この計画を実行する事を決めた。セレスタはずっと反対していたけど、副都に行っている間に事は進んでたからね。そして、それを誰も反対出来なかった。私を含めてね……この計画が成されたら、ルシフェル家は終わり。先祖が築き上げてきた、地位も名誉も全てが終わってしまう。私はそれを止めたい。セレスタを巻き込みたく無い。貴方達が居なければ、私は自分の本音を一生胸の奥に閉じ込めていたかも知れない……貴方達には、感謝する」
カルナは、そう言って頭を深く下げた。何も出来なかった過去の後悔に胸を締め付けられながら。
だからこそ、今は判断を間違えてはいけない。カルナにとっての正しい判断とは、セレスタを救う事、ルシフェル家の伝統を守る事だ。
相手が主君のシルヴァでも、覚悟を決めなければならない。カルナが本当の意味で仕えているのは、セレスタだから。
「そんな事、絶対させねぇ……国を敵に回すって、王族だからってしていい事にはならねぇよ。そんな事に、セレスタを巻き込ませたくねぇ。だから、皆で絶対に救おう!!」
「計画が実行されるのは明後日。オルダン騎士団っていう、国を追い出された不当な騎士団をバックに付けてるから、今日、明日と作戦を密に考えないと」
「オルダン騎士団って、確かセラが所属していた騎士団よね。オルダン騎士団の事は、セラに詳細を聞くとして、カルナさんはこれからどうするの?」
エレナの言う通り、カルナは卓斗を殺す様に命じられてこの場に赴いた。するとカルナは、
「その事だけど、貴方達には死んだって事にして貰いたいの。まだ、作戦も決まった訳じゃ無いし、貴方達を殺せなかったと伝えたら、副都を潰せって言われ兼ねない。だから、作戦が決まるまでは死んだ事にしてて」
「分かったけど、その作戦を決めるのに、どうやってカルナさんと連絡を取ればいい? ルシフェル家に行く訳にもいかねぇし、副都にも来れねぇよな?」
「それなら大丈夫。副都には多分あるはず、魔水晶が」
魔水晶とは、同じ物を持つ遠くにいる人物と連絡を取る水晶の事だ。
卓斗達も、実物は何度も見た事がある。副都で実技の依頼などを行う時に、ステファから持たされていたからだ。
「そうか!! それで連絡を取ればいいのか!! カルナさんも持ってんのか?」
「私も、常に持ってる。何かあれば、こちらから連絡するし、そっちからも連絡してきて」
そう言うと、カルナは乗ってきた竜に跨る。カルナは味方に付いた。だが、卓斗にはまだ心配があった。
「カルナさん、信じていいんだよな?」
「貴方が、セレスタを一緒に救おうって言ったんじゃない。それで信じれないだなんて、酷いと思うけど? 大丈夫、信じて。私も、もう自分の気持ちに嘘は付かない。セレスタを救いたい、ルシフェル家を救いたい。その為に、貴方達には協力して貰うし、協力もする」
「うん、別に信じて無い訳ではねぇけど、一応確認したくてさ。また、作戦とか決まったら連絡するから、カルナさんも情報頼む」
カルナは優しく微笑み、竜を走らせルシフェル家邸宅へと戻って行く。
ともあれ、カルナに殺されなかった事に一安心する卓斗達。それと同時に、命令したシルヴァへの警戒心も強まった。
セレスタの件で話し合いは通じそうにも無い相手に、どう立ち向かうかを考えなければならない。
「ふぅ……何とか、殺されずに済んだな……エシリアが居なけれりゃ、危なかった」
「私は、ただエレナちゃんやタクトさんが傷付くのを見たくなかっただけです……足を引っ張っていたのには、変わりないです」
それでも、エシリアの勇気に卓斗は助けられた。それ以外にも、エシリアが言葉でカルナの気持ちを揺さぶった功績も大きい。
まともに戦っても勝てそうになかった相手に、言葉で味方に付ける事を見出させたエシリアに卓斗は感心した。
ただ傷付けるだけの戦いじゃなく、そういった戦い方もあるんだと分かった。
残された時間は、あと僅か。卓斗達は早急に副都へと戻って、これからの作戦を考えなければならない。
「とりあえず、副都に戻って作戦考えねぇと」
卓斗達が副都へと戻る間、カルナはルシフェル家邸宅へと到着していた。
ここからのカルナには、辛く大変な事が起こる事が予想出来る。だがそれも、セレスタとルシフェル家を救う為だ。
「帰ったか、カルナ。ちゃんと始末して来たんだろうな」
「はい」
無表情でシルヴァに嘘を悟られない様に答えるカルナ。シルヴァにバレてしまえば、卓斗達の身の危険も、セレスタを救う事も出来なくなる。
極力、この作戦の事をセレスタには知られる訳にはいかない。何せ、卓斗達は死んだ事になっているからだ。だが――。
「始末? 何かあったんですか?」
シルヴァの部屋に、話が聞こえてきたのかセレスタが入って来る。タイミングが非常にマズイ状況だ。
「まさか……エレナ達に何か……」
「丁度いい、お前に話しておくセレスタ」
シルヴァの言葉にカルナは焦る。セレスタが嘘とは言え、卓斗達が死んだと知ったら取り乱すのは目に見えている。
「先程来た連中をカルナに始末させておいた。お前の邪魔をする奴らだ。お前の道を邪魔する奴らはどんどん排除していく」
「始末……した……? エレナ達を……どうして……」
セレスタは疑いの目でカルナを見つめる。カルナは今すぐにでも嘘だと言いたかったが、グッと堪えて視線を逸らす。
「カルナさん……嘘だと……嘘だと言って……!! 何の為に私は……」
セレスタからしてみれば、卓斗達を巻き込まない為に自ら関係を断ち切った。
それなのに、始末したと聞かされ混乱するのは当たり前な事だ。よりにもよって、実行したのがカルナだというのが、セレスタにとっては信じ難い。
「どうして……」
「どうして」という言葉が、やけに胸に刺さる。散々自分に嘘を付いてきた筈なのに、人に対して嘘を付くのがこんなにも苦しいとは思わなかった。
もしかすれば、知らずに自分も苦しんでいたのかも知れない。
「私は……シルヴァ様の側近だから……」
「――――」
セレスタは、黙ったまま涙を流してカルナを睨む。そして、そのままシルヴァの部屋を飛び出して行く。
だが、この辛いのも作戦を実行するまでの辛抱だ。この二日間を耐えれば、きっとハッピーエンドが待っている筈だ。
「流石に、友の死はすぐには受け入れられんか」
シルヴァのセレスタに対する接し方に、カルナは苛立ちが募っていく。あまりにも、残酷過ぎる。
実の父親ならば、娘の幸せを願って見守るのが一般的。だが、シルヴァは違う。王族の王として、その宿命をセレスタにも強要させる。
「私も、失礼します」
カルナは怒りを堪えて、シルヴァの部屋を後にした。そして、側近を務めてから、会う機会の減った母親の部屋へと向かった。
「――お母さん」
「あら、カルナ。今日は仕事終わったの? 私の部屋に来るだなんて、随分と久し振りじゃない」
やはり、母親というのは一緒に居ると心が安らぐ。どんなに苦しくても、辛くても母親が側に居れば、落ち着ける。
「お母さん、何かを守る為に起こす罪って、罪と呼ぶ?」
「どうしたの? 急にそんな事」
カルナの突拍子も無い質問に、カルラは首を傾げた。だが、自分の娘が何かに悩んで居るのは、カルナから言わなくても表情などで読み込める。
「お母さんには言っておくけど、近々私は罪を犯す……でも、それは大切なものを守る為なの。大事な場所を守る為なの」
「何か事情があるのね。でも、それは罪って呼ばないんじゃない? カルナは、何かを守りたくて行動するんでしょう? ならそれは、罪では無く功績と呼ぶんじゃないかしら。でも、何かを守る為でも、人は殺しちゃ駄目よ? 例えそれが、正義の為でも殺しは殺し。罪になるからね」
「功績……」
セレスタを救い、ルシフェル家を救えば、それは功績になる。シルヴァへは裏切りの行為になるが、元を言えばシルヴァの行おうとしている事はルシフェル家への裏切りとも言える。
それを阻止すれば、カルナの行いは罪では無く功績となるだろう。
「私に構わず、その功績を成すのよ? それでこそ、カルナは私の娘なんだから」
この時のカルラは、カルナが何をしようとしているのか、大体の予想はついた。
だが、敢えて止めない。この子なら、自分の娘ならきっと成し遂げてくれる。そう信じているから。
「お母さん……ありがとう……」
カルナの目には涙が溢れているが、表情は笑顔だった。これまでの自分を偽ってきた事からの解放感、セレスタをやっと救える日が来る高揚感から涙は止まらない。
カルナが母親に笑顔を見せたのは、実に六年振りの事だった。笑顔を見せなくなったカルナを心配していたカルラも、今のカルナの笑顔を見て、安堵と共に笑顔を見せた。
一方、卓斗達もようやく副都へと到着し、事の成り行きをステファ達に説明していた。
「――という事になったんだ」
「なるほど。では、副都を辞めるとか、エレナ達に投げ付けた言葉は本心では無いと」
セレスタの本当の気持ちを知った副都のメンバーは、ホッと安堵していた。
信じていなかった訳では無いが、半年間も一緒に過ごした仲間からの棘のある言葉には、心を抉られていた。
だがそれも、セレスタ本心の言葉では無く、父親であるシルヴァからの圧力だったと知り、他のメンバーにもセレスタを救いたいという気持ちが芽生えていた。
「でも、ルシフェル家も本当に王都を敵に回すつもりなの? いくら何でも無謀過ぎるわよ」
レディカの思っている事は、この場にいる全員が思っている事だった。
例え王族と言えど、一国を敵に回して勝てる筈が無い。ましてや、王都には聖騎士団が所属しているからだ。
「それで、セレスタの親父さんはある騎士団に協力を求めている。聖騎士団の総隊長の不在を狙って王都を襲撃するみたいなんだ」
「ある騎士団?」
「オルダン騎士団」
その言葉にいち早く反応したのは、セラだった。かつて自分が所属していた騎士団だからだ。
「オルダン騎士団が!? シェイドは一体何を考えて……」
「セラ、オルダン騎士団ってどんな騎士団なんだ?」
「かつてはマッドフッド国に所属していた騎士団だった。でも、国の方針に逆らって追放される事になったけど、それからも騎士団の名を掲げ続けている。でも、悪い騎士団だったていう事は無かった。私が居た頃はね。私は、神器を探す為にオルダン騎士団に入ったから、あまり詳しい事は知らないけど、少なくとも王都を敵に回す様な事を考える騎士団じゃ無い筈」
国を追放されても尚、騎士団の名を掲げる騎士団。それがいつしか、国に属さない騎士団という言葉の誕生する原因だった。
この世界には、こうした所属する国を抜けて、そのまま騎士団として活動しているのが三つある。その一つが、オルダン騎士団だ。
後二つは、エレナの居たエルティア騎士団と、若菜達の居るジャパシスタ騎士団だ。
ジャパシスタ騎士団は、王都から抜けた訳では無いが若菜の意思で、国外に拠点を置いて居ると、聖騎士団第二部隊隊長のジョンが言っていたのを卓斗は覚えていた。
「国から追放されても、騎士団って名乗っていいもんなのか?」
「本来は駄目よ。ちゃんとした拠点で国からの援助を貰って初めて成立するから。それでも名前を掲げるくらいは自由に出来るから国に属さない騎士団の誕生って訳ね。彼らもかつては国を守り、国の為に戦っていたから、その名残を残しておきたいのかもね」
「それで、セラに聞きたかったんだけど、オルダン騎士団には強者は居るの? 王都を敵に回す事を考えるくらいだから、相当な強者が居ると思うんだけど」
エレナからの問いにセラは、
「そうね。団長であるシェイド・ウルバス、副団長のゲオ・ウェインはかなりの強者と見ていい。聖騎士団の隊長格、もしくはそれ以上」
セラからのその言葉に、卓斗達は思わず息を呑んだ。隊長格と言えば、カルナもその実力に匹敵していた。
ましてや、聖騎士団のアカサキなどとも互角となると、卓斗達が敵う相手では無い。
「それから、特に危険なのはイグニールという男」
セラの口から出た名前、イグニール。その名前に、卓斗は聞き覚えがあった。
いや、忘れもしない名前だ。四都祭の本戦でシフル大迷宮へ行った時に、ハルと共に現れた『大罪騎士団』その中に、イグニールという名の男が居た。
「イグニール・ランヴェル……」
「女々男、知ってるの?」
「あ、いや……名前だけな……」
『大罪騎士団』との邂逅は、卓斗やフィトス達だけの秘密となっている。
世界を終焉へと導くと言っていただけに、今すぐに公にして混乱を招く訳にはいかないからだ。
「彼は、相当危険よ。私も何度か殺されかけてたから」
「殺されかけてたって……同じ騎士団に居たのにか?」
「私と彼は仲が悪かったから。神器を争奪した時は、相当ヤバかったわね。本当に厄介な男」
だが、イグニールは現在『大罪騎士団』に居る筈だ。もしも、掛け持ちでオルダン騎士団にも所属しているとなれば、相当マズイ状況だ。
卓斗は会っているからこそ知っている。シフル大迷宮で出会った『大罪騎士団』のメンバーは、全員が桁外れに強いと。
「イグニールがオルダン騎士団に居たら……やべぇな……」
今起きている事が、卓斗達が思っている以上に深刻な事に、この場に居る全員は気付いて居なかった。




