第54話 『走馬灯』
「――エシリア!!」
そこには、恐怖に打ち勝ち、大切な友を、仲間を守る為に勇敢に立つエシリアの姿があった。
「エシリア……お前……」
「本当は、怖いです……傷付くのが、死ぬのが怖いです……でも」
エシリアはそう言って、一度目を瞑り再び目を開けると、
「私の大事なお友達が、傷付くのはもっと怖いです……!! 見たくないです!! だから、私はエレナちゃんを、タクトさんを守ります!!」
それが、恐怖にたじろぐエシリアを奮起させた理由だった。人は何かを守りたいと願った時、特別な力を発揮する。
再び、手や足が震えそうなのを必死に堪え、次のカルナの動きを待つ。
「剣も抜かずに守るだなんて、考えが甘過ぎよ。貴方は、副都に入団しているから、魔法使いでは無さそうだし、騎士なら騎士らしく剣で守ってみなさいよ」
「それじゃあ、カルナさんを傷付けてしまうじゃないですか……こんな戦い、私は望まないです」
「くだらない情ね。貴方、騎士に向いてないわ。それに、貴方如きでは私に傷一つ付ける事は出来ないわ」
エシリアを強く睨み、その考えに嫌悪感を抱くカルナ。例え、特別な力が漲っているエシリアだとしても、卓斗やエレナより戦闘力が劣るエシリアと、カルナとの差はあまり変わらない。それでもエシリアは、
「確かに、私じゃカルナさんには絶対に勝てません。でも、仮に私にカルナさんに勝てる力があったとしても、傷付ける事なんて出来ませんよ。――だって、カルナさんはセレスタちゃんのお姉さんですから」
エシリアの最後の言葉に、カルナの怒りは頂点にまで達した。更に殺意を込めた目でエシリアを睨む。
「だから、私はセレスタ様のお姉さんじゃ無いってさっきも言った筈よ」
「そういう意味でのお姉さんじゃなくて、お姉さんの様な存在って意味です。セレスタちゃんの大事な家族のカルナさんを傷付けたり出来ません」
自分を殺しに来た相手にすら、優しさを出してしまうのがエシリアの、いい所であり悪い所だ。
それでもエシリアにとっては、いいとか悪いとか関係ない。他者を傷付ける事が何より一番嫌いなのだ。それが例え、憎い相手でも。
だが、それがカルナには許せない。騎士などに情は必要ない。自分の身を守る為には情は捨てる必要がある。
例え、相手が誰であろうと全力で勝ちにいかなくてはならない。それが、カルナの考えであり騎士道だった。
「貴方の考えはくだらない。それじゃ貴方は誰も守れない、自分の命すらもね」
「カルナさんも本当は、セレスタちゃんを救いたいんじゃないんですか?」
その言葉に、カルナは眉を寄せて黙ったままエシリアを睨み付ける。
「正直、セレスタちゃんのお父様はいい人とは思いません。きっと、世界を敵に回す様な事をすると思っています。そんな事に、セレスタちゃんを巻き込みたくありません。カルナさんも、セレスタちゃんのお父様に逆らえないんじゃないんですか? 自分の気持ちを押し殺しているんじゃないんですか?」
「――うるさい……黙れ!! 貴方に何が分かるって言うの? 分かった様な事言わないでくれる? 虫唾が走るわ」
「分かりますよ。だって、カルナさんはセレスタちゃんの事が大好きじゃないですか。小さい時から、妹の様に可愛がって、大事にして……そんなセレスタちゃんを、カルナさんは絶対に傷付けたりしません。例え、セレスタちゃんのお父様の命令でも……」
どれだけ殺意を込められて睨まれようとも、エシリアは言葉を止めない。
戦って勝てないなら、言葉で勝つしかない。幼少の頃に、セレスタやエレナと遊んでいる時、カルナの存在をエシリアは知っていた。
初めは、本当にセレスタとカルナが姉妹なのだと思っていた。だが、セレスタには兄のオルヴァだけが兄妹で、カルナはルシフェル家に仕えるモーヴィス家の者だと後から知った。
それでも、本当の姉妹の様にも見えた。仲睦まじく、微笑ましい喧嘩をして、一緒にドロドロになって家に帰る。
兄妹の居ないエシリアには、それが羨ましかった。だからこそ、今のカルナの行いが理解出来ない。セレスタを傷付ける事をしようとしている事が許せない。
「貴方には……何も分からない……私に、干渉しないで……!!」
カルナは走り出し、エシリアに向かって剣を振る。卓斗は黒刀の使用で動けずに居て、エシリアを助けに行けない。
エレナもとっさに走り出すが、この距離では完全に間に合わない。――だが。
エシリアは、光の防御でカルナの剣を防ぐ。カルナは舌打ちをすると、次々に殴り付ける様に剣を振る。
「守ってるだけじゃ戦いには勝てない!!」
「勝ってみせます。――絶対に!!」
カルナの猛撃は止まらない。先程までの美しい剣技とは違い、ただ怒りに任せて剣を振っている。
力は強いが、無駄な力強さも混じっている。ただ力一杯剣を振ればいいという訳ではない。
だが、カルナはエシリアに対しての『怒り』だけに力を任せて剣を振っている。それは、『剣技』とは呼べず、ただの『暴力』だ。
「やっぱり、私の言った事は正しかったんですね。冷静なカルナさんが、ここまで怒りに任せるって事は、私の言葉に肯定しているのと同じです」
「――っ!! 本当に貴方は私を苛つかせる……!! 国王の娘だろうが関係ない、殺してあげる!!」
「――させないわよ!!」
エシリアのバリアを剣で殴り続けるカルナの背後から、エレナが叫んだ。
「どいつもこいつも……!!」
カルナは半回転して、エレナに切り掛かる。だが、カルナの剣が触れる部分だけに、エシリアは光のバリアを出し防いだ。
「ナイスよ、エシリア!!」
「はい……!!」
エレナは、剣では無く拳を握って振りかざした。拳はカルナの右頬を捉えて、殴り飛ばす。
少し転がり、直ぐに体勢を整え立ち上がると、剣をエレナに向かって突き刺す。たが、それもエシリアの光の防御に防がれる。
「さっきの攻撃、拳じゃなくて剣ですれば私を殺せた筈よ。戦闘に情は要らないって言った貴方が、そういう行いをするのね」
「悪いけど、あんたに情を出したんじゃないから。あんたを殺せば、セレスタとエシリアが悲しむのが嫌だっただけよ。勘違いしないでくれる?」
「エレナちゃん……」
光の防御のバリア越しに睨み合うエレナとカルナ。エシリアも、いつの間にか恐怖の震えは消えていた。
「カルナさん、お願いです。これ以上、セレスタちゃんを悲しませる様な事をしないで下さい……」
「貴方達が死んで、本当にセレスタ様は悲しむ?」
「――――」
突然のカルナからの問いに、エレナとエシリアは疑問符を浮かべた。考えた事も無かった問いだった。
人が死ねば悲しみが溢れ出る。だが、それが家族や友人、顔見知り程度の人物、全くの知らない人で悲しみの差はある。
他人の死に何とも思わないのは、人間性に欠けるかも知れない。だが、全く会った事も無い世界のどこかの誰かが死んだと聞かされるより、何年も何年も関係を築き、友情や愛情に信頼を築いた者が死んだと聞かされた方が、絶望感や喪失感は増す。
知らない人が死んでも悲しく無い訳じゃ無く、絶望感と喪失感の差があるだけで、何とも思わないのは人間としてどうかしていると思える。
だから、セレスタもきっと悲しんでくれる筈。エレナとエシリアは無意識にそう思っていた。
人は、自分が死んだ後の事を知る事は出来ない。前世の記憶を受け継ぐ様な奇跡に恵まれない限り。
だからこそ、誰が悲しみに暮れているのか、または自分の死に喜んでいるのか分からない。
少なくとも、家族や友人、学校や会社で関わった人は悲しんでくれると、人は無意識に思っているのかも知れない。
中には、自分が死んでも悲しむ人なんて居ないと言葉にする者も居るが、それはまず無いだろう。
誰かしら必ず、悲しんではくれる筈だ。自分がこの人に悲しんで貰えると思っている人かも知れないし、思って無かった人が悲しんでくれる可能性もある。
セレスタは幼い頃からの友人であり、幼馴染だ。途中で仲違いをしようとも、その関係性が無意識に悲しんでくれるのだと思わせて居たのかも知れない。
セレスタが本当に、心からエレナとエシリアを友達だと思っているのであれば、答えは簡単だ。
だが、実際の所セレスタの本当の気持ちや考えは分からない。もしかすれば、死んで欲しいと思っているかも知れない。
――だが、エレナは、
「当たり前よ。私やエシリア、副都の皆が死んだらセレスタは悲しむわよ。だって、セレスタが死んだら……私は、悲しいから……」
「私も、悲しいです……誰も、死なせたくないですし、死んで欲しく無いです……」
「その考えは、ただの傲慢でしか無い。自分がこう思うから、相手もそう思う。自分の考えや感情を、相手に押し付けるのはどうかと思うけど」
カルナの言い分に、思わず言葉を詰めらせるエレナとエシリア。すると、後ろから卓斗が叫んだ。
「――自分の気持ちを押し殺して、やりたくも無い事しようとしてる人もどうかと思うけどなぁ!!」
未だに黒刀の疲労から解放されない卓斗は息を切らしながらカルナを睨み付ける。
「何が言いたいの?」
「俺らに散々言ってくる割には、自分はどうなんだって事だよ!! 俺は、エシリアの言った通りだと思ってる。カルナさんは、セレスタの親父さんに仕えてるんじゃねぇ。逆らえないだけだろ。命令されたら、やりたくも無い事もやって、自分に嘘ついて……そんなの、ただの自己欺瞞だろ!! ルシフェル家が何をしようとしてるのかは分からねぇけど、カルナさんも本当はセレスタを救いたいんだろ!? ルシフェル家を……セレスタを救いたいんだったら、セレスタの親父さんと決着つけろよ!! ルシフェル家の王だとか、仕えてる身分だとか関係ねぇよ!! 間違ってる事は間違ってるって、ちゃんと言えよ!! そんな事で、大切な人を……物を……失ってたら、人生損だろ!! カルナさんの人生はカルナさんのだろ!? セレスタの親父さんのじゃねぇんだよ!! 自分の人生くらい、自分で歩めよ!! 自分で刻めよ!! 自己欺瞞なんか捨てろよ!!」
卓斗の言葉を最後に、場には静寂が流れた。鈴虫の様な癒される虫の音だけが聞こえ、カルナは静かに卓斗を見つめている。
すると、またカルナの脳裏に走馬灯が浮かんでくる。
『――兄上は全然、私と遊んでくれない……家ではずっとカルナちゃんと一緒だし、カルナちゃんの方が兄上って感じ!!』
『セレスタ、女の子の場合はお兄さんじゃなくて、お姉さんって言うんだよ? 兄妹じゃなくて姉妹って言うの。私とセレスタはもう姉妹の様な関係だから、私の事はお姉ちゃんって呼んで良いわよ?』
『本当!? じゃあカルナお姉ちゃんって呼ぶ!! 私とカルナお姉ちゃんは姉妹なんだね!!』
無邪気な笑顔でそう話す、幼少の頃のセレスタ。それを笑顔で見つめる幼少の頃のカルナ。
当時セレスタは四歳でカルナは六歳。セレスタの兄であるオルヴァとカルナは同い年だが、関わりは殆ど無かった。
当時からオルヴァは父親のシルヴァと共に剣の修行や魔法の修行に取り組み、遊ぶ事は無かった。故に、家で寂しく過ごすセレスタの世話役をカルナが引き受けていた。
『今度、私のお友達にカルナお姉ちゃんを紹介するね!! エレナちゃんとエシリアちゃんって言うんだけど、皆で一緒に遊ぼ!!』
『うん。皆で一緒に遊ぼうね』
――カルナは髪に付けている桃色と白色の花の髪飾りをそっと触り、目を瞑る。
だんだんと走馬灯が消えていき、虫の音が聞こえてくる。再び目を開けたカルナは、
「貴方に……私の何が分かるって言うの? 私の気持ちや考えは私だけの物……自己欺瞞だなんて言わせない……!!」
「あんた、まだ分からないの?」
静かに怒りを露わにしたのはエレナだった。カルナがエレナに視線を向けると、
「あんたがそうやって自分を犠牲にして、傷付くのは誰か分かってんの? 言っとくけどあんたじゃないわよ。周りが傷付くの。セレスタとちゃんと話した? セレスタの本当の気持ちをちゃんと聞いた? あんたもちゃんと気持ちを伝えたの? シルヴァさんの言いなりじゃ、仕えてるって呼ばないわよ」
「うるさいわね……どいつもこいつも……!! 特に貴方達にはとやかく言われる筋合いは無いわ。セレスタ様の……セレスタの事を本気でどうにかしたいって思ってるのなら、何で六年前にしなかったの!? 簡単に見放して……今更、救いたいだなんて虫が良すぎるのよ!! セレスタがどんな気持ちで居たか……貴方達には分からないわよ!! 確かに、六年前の貴方達は幼かった。でも、簡単に見放した事には変わりない。セレスタを一人にさせた事に……変わりない!! そんなので良く友達だとか言えるわね。本当……今更……」
激昂したカルナの言葉に、エレナは何も言い返せなかった。正しく、その通りだったからだ。
六年前にセレスタから突然、関わらないでくれと言われエレナもエシリアもどうする事も出来なかった。
その時はただ、セレスタが自分達を裏切ったのだと思って居た。それが、六年間もの間の蟠りの原因でもあった。
カルナの言い分も正しい。それでも卓斗は、
「――過去の事、うじうじ言ってんじゃねぇよ。カルナさんは今のエレナ達の関係を知らないだろ。その六年前の事は三人で乗り越えたんだよ。だからこそ、俺は三人の関係を切らせたくねぇんだ。――カルナさん、俺達と一緒にセレスタを救わないか?」
卓斗の言葉に、カルナは目を見開いて驚いた表情を見せる。それは、予想もしなかった言葉だった。
「私が貴方達と一緒に……?」
「あぁ、親父さんからセレスタを救おう!! だから、ルシフェル家が何をしようとしてるのか、セレスタの気持ちとか教えてくれ」
戦闘では敵わないカルナを言葉で揺さぶり、味方に付けようと考えた。先程までのカルナならば、そんな卓斗の言葉などに耳を傾けず命令を全うしていただろう。
だが、今のカルナはその言葉に揺さぶられていた。幾つも浮かんだ走馬灯がカルナの気持ちに変化を感じさせた。
「私は……」
――そしてまた、懐かしきあの日の思い出の走馬灯が浮かんでくる。




