第53話 『月夜の襲撃』
白色の肌をし、黄色瞳に鋭い牙。翼は無いが完全なる竜だ。顔には頭絡が付いており、カルナ・モーヴィスが手綱で竜を操作している。
日は沈み、月明かりが不気味にカルナと竜を照らす。カルナが殺意の篭った視線を向ける先には、卓斗、エレナ、エシリアの姿があった。
「――シルヴァ様からの命令です。貴方達を殺します。悪く思わないで下さい」
竜から降りるとカルナは、腰に携えている剣を抜く。銀色の刃に峰側は金色に光っている。柄は黒く、鍔は卍の形をしている。
「ちょっと待てよ……カルナさん!! 俺達を殺す? 何でなんですか!!」
「ですから、シルヴァ様からの命令です。貴方達を放っておくと、またいずれセレスタ様の邪魔をしに来ると、懸念されていました。ですからここで、始末します」
本当の意味で、卓斗はセレスタの父親がヤバイ人物だと悟った。エレナやエシリアが言っていた様に。
「セレスタの父親がそう言ったの? 王族である私や、エシリアの事も殺す様にと?」
「いえ、ルシフェル家に訪れた貴方達を見てはいない様で、誰かは分かっておられませんが、殺す様にと命じられました」
「命乞いをするつもりは無いけど、王族の人間を殺せばどうなるか分かってるの?」
それはもちろん、重罪だ。いや、それ以上かも知れない。王族の人間を殺す事は、ヘルフェス王国を敵にするという事にもなる。
「分かっていますよ。承知の上での命令ですから」
そう言うと、カルナは地面を勢い良く蹴り、一気に間を詰める。卓斗もすかさず、副都で貰った剣を抜きカルナの攻撃を受け止める。
静まり返る高原に、激しい金属音が響いた。
「こんな事して……セレスタがどう思うか分かってんのか!!」
「セレスタ様には何も伝えません。金輪際、関わらないのであれば、伝える必要もありませんので……ですから、貴方達は一切の赤の他人。敬語も使う必要はありませんね」
そう言うと、カルナは軽い身のこなしで卓斗の腹部に回し蹴りを決めて、蹴り飛ばす。
「抗わなければ、楽に死ねるのに。一つ言っておくけど、私は聖騎士団の隊長と同格、もしくはそれ以上の実力だと自負してる。だから、貴方達を始末する命令を私が受けた。覚悟はいいわね」
「ルシフェル家は何を企んでるの? 王都を敵に回して何をするつもり?」
「どうせ死ぬんだから、知る必要も無い」
カルナは、剣を横に振り切る。エレナもとっさに剣を抜いて受け止める。
「エシリア!! あんたも剣抜きなさい!! 本当に殺されるわよ!!」
「え……でも……」
「まずは、貴方から」
カルナが手をエレナの肩に当てがうと、掌から突風が吹き荒れエレナは吹き飛んでいき地面を勢い良く転がる。
すぐさま、カルナはたじろぐエシリアに剣先を向けて突き刺そうとする。――否。
突然として、カルナは吹き飛んでいく。地面を転がりながら体勢を整え、視線を吹き飛ばされた方向へ向けると、卓斗が手を翳していた。
「風……では無かった。一体何を……」
「エシリア!! ボーッとするな!! カルナさんは本気で俺らを殺そうとしてる!!」
カルナの攻撃を受け止めた卓斗とエレナは、カルナの本気の殺意を感じていた。
「でも……カルナさんは、セレスタちゃんの……」
「戦闘に情は禁物よ、エシリア」
体勢を整え、立ち上がったエレナもエシリアに呼び掛ける。それでも、エシリアには戦う勇気が出ない。
元々、あまり戦闘には向かないタイプで、人を切る事も苦手だった。それでも、いずれ王を受け継ぐ為に父親のウォルグから副都へと入団する様に言われていた。
「でも……私は……」
手が震え、足が震える。立つのもままならない状況だった。命を懸けた戦いは、これが初めてで恐怖心に打ち勝てない。
「くそ……!!」
卓斗は、そんなエシリアを見てカルナの方へと走り出した。エレナも同時に走り出し、カルナを挟み込む様に距離を詰めていく。
そして、前後から剣を振りかざす、――その時。
「なっ!?」
「きゃっ!!」
カルナが剣を構えて、一回転するとカルナを囲む様に竜巻が吹き荒れ卓斗とエレナを吹き飛ばす。しばらくすると竜巻が消え始め、地面が円形に抉れていた。
「痛って……今のは、竜巻……? 迂闊には近づけねぇってか」
「さっきの貴方の攻撃の仕組みが分からないけど、何をしたの?」
「手の内を簡単に明かす訳ねぇだろ」
当然、カルナは卓斗の黒のテラの能力である『引力、斥力』を知らない。完全不可視な攻撃にカルナは警戒していた。
「そう。仕組みが分からなければ、射程距離も分からない……厄介ね」
卓斗と話し込むカルナの隙を突いて、エレナが剣に炎を纏わせて背後から振りかざす。
「隙だらけよ!!」
だが、カルナの反応も早く、半回転してエレナの剣を防ぐ。すると、エレナの剣に纏っていた炎がどんどんとカルナの剣に吸収されていく。
「吸収した!?」
そのまま、カルナはエレナの胸ぐらを掴み、剣を腹部へ突き刺そうとする。――その瞬間。
「――っ!?」
カルナは突然として、後ろへ引っ張られていく。卓斗が、引力の力でカルナを引き寄せていた。
「引き寄せられてる……!? まさか……!!」
「カルナさんがその気なら、俺もその気だ!!」
引力の力で引き寄せるカルナの背中に、剣先を向けて構える。このままいけば、卓斗の剣はカルナの背中を突き刺す形になる。
「自分達の身を守る為だ!! 悪く思うなよ!!」
卓斗の剣が、カルナの背中を捉えようとした時、カルナが器用に後ろに剣をやり、卓斗の剣を下へ弾く。
卓斗の剣は地面に刺さり、引力で引き寄せられていたカルナは卓斗とぶつかり、二人は転がる。
「ぐっ!?」
思わず、剣から手を離してしまった卓斗は無防備だ。カルナはすぐさま立ち上がり、卓斗に切り掛かる。
「くそ……!!」
「一人目……!!」
カルナは思いっきり剣を振りかざした。――だが、金属音が鳴り響く。
「どこから剣を……?」
卓斗は、とっさに黒刀を作り出しカルナの剣を防いでいた。テラで作り出す剣は、こういう場面で役に立つ。
「俺のとっておき……二本目だ」
今までの卓斗の黒刀は十分が限界だったが、この三ヶ月間修行をし、三十分までに伸びていた。
それでも、永続的に使えるエルザヴェートに比べれば少な過ぎる時間だ。
カルナを相手に、三十分で決着が付けれるかどうか、卓斗は不安だった。カルナの身のこなし、剣技は桁外れに強い。
「神器……では無さそうね。それに貴方、ただ副都に入団している人間じゃないわね。何か、不思議な感じがする……一体何者?」
「俺は、日本生まれの日本育ち、オチ・タクトだ!! カルナさんの知らねぇ国だよ」
言葉では優位に立とうと、日本という言葉を口にする。この世界に存在しない国の名前を言えば、自分の方が優位に立てるという、安直な考えだ。
「ニホン? 確かに知らない国ね。そんな国、この世界にあったかしら……やはり、貴方を放っておくのは危険な様ね」
すると、カルナは誰にも聞こえない程の声で、
「確かめさせて貰うわ……」
そう言うと、勢い良く走り出す。剣を構え、狙いを卓斗に定めて一気に振り抜く。
卓斗も黒刀でそれを防ぐと、右に左に剣を振り回し高速で攻撃を繰り出す。
少しでも気を緩めれば、その隙を突いてカルナの剣が自分の心臓を貫く。こんな緊迫した生死をかけた戦いなど、日本に居た頃には想像も出来なかった。
そもそも、そういった状況など普通の高校生には存在しない。武器など持つ必要も無く、逆に持っていれば罪に問われる。
勉強をし、部活をし、バイトをし、平凡な毎日を送るのが卓斗にとっての人生だと思っていた。――あの日までは。
この異世界に飛ばされたあの日から、卓斗の生活、人生は一変する。常に死と隣り合わせで、いつ誰かに殺されるかも分からない。
腰に携える剣で、自らの尊い命を守らなければならない。大切な人を、仲間を、死から守らなければならない。
――故に卓斗は、この世界で戦う。
再び日本で見ていた自分の人生を、物語を笑って見られるように。
だからこうして、美少女に対して必死の形相で剣を振り回す。自分よりも遥かに、か細く華奢な体の女の子に。
そんな美少女カルナも、卓斗の攻撃を軽やかに防いでいく。一瞬の隙も見逃さない様に、卓斗の動きを見極めながら。
「太刀筋はまぁまぁね。なかなか隙を見せない」
「そりゃどうも。カルナさんも、見事に俺の攻撃を全部防いでくれるよな……!!」
フェイントを入れてみたり、頭や足元や色々な角度から攻撃してみても、カルナは当たり前かの様に全てを防ぐ。
「あー、くそ!! めちゃくちゃ強ぇ……」
「私は、ルシフェル家に仕える身だから。ルシフェル家の人間を守る使命が私にはあるから、絶対に負けられない。幼少の頃から、鍛錬を積んだからね。貴方じゃ、私には及ばない」
王族の人間を守る為に、鍛錬を積んだカルナ。守る者を守れなければ、仕えている意味がない。
幼少から積んだ努力と、生まれ持って持ち合わせたセンスが相俟って、今のカルナの強さがある。
「カルナさんは、ルシフェル家に仕えるって言っても、誰の味方なんだよ。セレスタか? セレスタの親父さんか? 仮に、セレスタの親父さんがセレスタを殺せって命令したら、カルナさんはどうすんだ?」
「――――」
「命令に従って、平気で殺すのか? カルナさんの中では、セレスタの親父さんが一番なのか?」
カルナは卓斗の言葉に押し黙り、静かに睨んだ。ルシフェル家に仕える身分としては、気に触る質問の上に、難しい質問だ。
「もし、ルシフェル家が家庭内分裂した時、カルナさんは誰の元に付くんだ?」
「面白味も冗談性も無い質問ね。そんなの――」
カルナの脳裏には、幼少の頃のセレスタの姿が思い浮かんでいた。この戦いの場において、要らない走馬灯が無理矢理浮かんでくる。
――ルシフェル家邸宅の庭で駆け回るセレスタを追いかける自分の姿。
『待ってよ、セレスタ!! 転けたら危ないよ!!』
『転けないもーん!! カルナこそ、転けちゃうよ?』
――目を瞑り、頭を振って走馬灯を消す。余計な事を思い出させた卓斗に苛立ちが募るカルナ。
「愚問よ……」
それは、カルナが見せた一瞬の隙だった。今後一切、見せないとまで言っていい程の隙を。
その隙を突いたのは、卓斗とエレナだ。卓斗は足にテラを込めて地面を蹴り、一気に近付く。エレナも同様、カルナの背後に一気に近付く、二度目の挟み撃ちだ。
「――っ!!」
「このチャンス、絶対に逃さねぇ!!」
だが、カルナの隙はコンマ何秒かの隙で、卓斗とエレナの猛追は届かない。
カルナは半回転しながら卓斗の剣を弾き、そのままエレナの剣を防ぐ。
そして、剣を持っていない方の手で卓斗の胸ぐらを掴み、エレナが走ってきた方向へと投げ飛ばす。
「おわ!?」
すると、カルナはエレナと卓斗の居る方向へ手を翳すと、
「――テラレイン・フーマ」
体が浮かび上がる程の突風を吹き放つ。その突風は、無数の小さな刃の様に、卓斗とエレナの体を切り刻みながら吹き飛ばしていく。
「ぐお……!! くそ……無効化が間に合わなかった……エレナ、大丈夫か?」
「大丈夫よ、これくらい……」
二人の体中には、痛々しい切り傷が無数に付いていた。服が血に染まり、ズキズキと痛む。
「それより、このままじゃ本当にヤバいわよ……私達……」
「正直言って、カルナさん強すぎる……どうする、俺……」
これまでに戦った相手の中でも、トップクラスに匹敵する強さ。卓斗とエレナの二人で立ち向かっても、この有様だった。
ここに、エシリアが参戦してくれれば何か変わるかも知れない。だが、エシリアは未だに震えながら、涙目で二人が戦うのを見てるしか出来ないでいた。
そんな三人に、カルナは追い討ちを掛ける様に手を翳し、
「そろそろ終わりね」
――テラグラン・フーマ。
目に見えない風だが、地面が徐々にこちらに向かって削れているのが見える。しかも、広範囲に。
先程の突風とは、訳が違うのが分かった。まともに受ければ、切り傷程度では済まない。腕や足など、人間の体など簡単に切断出来る程の威力だ。
「どうすんのよ……これ……」
「俺に任せろ」
卓斗が一歩前に歩み出すと、黒刀を構える。それを見ていたエレナには思い当たる節があった。
「タクト、あれも消せるの?」
「あぁ、だから心配すんな」
黒のテラ、黒刀の能力。黒のテラの魔法以外は、無効化に出来る事。それは、最強とも言っていい能力だ。
向かって来る風を、迎え入れる様に剣を振る。すると、風は瞬く間に消えていく。
「消えた……? 何をしたの?」
カルナは、目を見開け驚いていた。突然、自分の魔法が消えれば驚くに決まっている。黒のテラの仕組みを知らない者は特に。
「フン、俺の最強の、――っ!?」
自慢げにそう言おうとした時、卓斗の頭に激痛が走る。まるで、鈍器で叩かれたかの様な痛み。
視界がボヤけ始め、地面に吸い寄せられているかの様に、体が重くなる。――否、黒刀の使用時間の限界が来たのだ。
「ハァ……!! ハァ……!! もう、限界……来たのか、よ……」
「ちょっと、タクト!? 大丈夫!?」
卓斗は、暴走しない様に黒刀を消すと、膝から崩れ落ちる。その隙を突いたカルナが、走り出す。
「その力、まだ完全じゃない様ね」
「させない……!!」
エレナが卓斗の前に立ち、剣を構えてカルナを待ち受けるが、カルナは掌を翳してエレナを突風で吹き飛ばす。
「今度こそ、終わり!!」
「タクト……!!」
エレナの叫びも虚しく、卓斗は身動きが取れない。黒刀をギリギリまで使用した代償だ。
カルナは一撃で仕留め様と、力一杯振りかざす。――その時。
「これは……」
またしても、金属音が鳴り響き、カルナの剣は卓斗を捉える事は無かった。
だが、今回は卓斗の仕業では無い。黄色のバリアが卓斗を守っていたのだ。
「これは、光のテラ……貴方、じゃないわね」
「光のテラ……まさか――」
間一髪、卓斗をカルナの剣から守ったのは、
「――エシリア!!」
恐怖を押し退け、大切な友を守る為に勇敢に立つエシリアの姿が、卓斗の瞳に映る。




